栞、目を知る
「おじいちゃんは、どうしてこの店を開いたの?」
弥都さんがおじいちゃんに断りを入れて店の奥へと入って行った後、なんとなく聞いてみる。
「道具ってのは自分を映す鏡みたいなもんでな。道具を見てれば扱ってきた人の人となりがわかるものなんだ。そいつが面白くて、近くの道具屋に弟子入りしたのがきっかけさ」
そこにいる弥都さん達の存在もあるんだがな、とおじいちゃんは笑う。
「俺の小さい頃はもっと弥都さんみたいなのが人に混じって暮らしていたもんだ。悪さする物でもないからと大多数が受け入れていた」
「あの頃は良かったねぇ。この町の外に行くのだって気兼ねなくいけた、良い時代だった」
おじいちゃんの言葉が聞こえたのか、店の奥から弥都さんの相槌が挟まる。
「苦しかった戦争も終わってやれ平和な時代になったと思っていたんだがね。高度経済成長期に突入した途端、道具は使い潰す考えの人が増えてきた」
ガサゴソと言った音とともに、そう話す弥都さん。
移りゆく時代の中で古道具屋を始めたおじいちゃんはさぞ酔狂者に感じられただろう。視線を向けると鼻をかきながら答えてくれた。
「はっは、道具ってのは使わねぇとすぐに錆びてダメになっちまうもんさ。案外使ってみればまだまだ使えるもんも、簡単に時代遅れだと捨てっちまうのは勿体ないじゃあないか」
何しろ戦後においても蔵を持っているほどの裕福な家だったのだ。安値で売られる道具を買い叩くのは難しくはなかったという。
「でも、買うばかりじゃあなかったんでしょう?そんなんやってたらいずれお金が尽きてまうし」
「修理も請け負ったり、手入れをして新品同様にしたものを売ったりもしていたさ。あとは質屋、金貸し、代筆や物書きとしての顔もあるな」
「質屋……だから名前もたしちやなの?」
疑問であったお店の名前の由来を聞いてみた。
「いや、太七という、今では廃れてしまった当時のここの地名から取った。太七にある店だから、たしちや。わかりやすいだろう?」
うーん?おじいちゃんに同意を求められたがわかるような、わからないような……それよりもつけるべき名前があったように思う。
「よくあるような、自分の苗字を入れたり仕事の内容を書いたりはしなかったんやね」
ケンちゃんが私の納得のいっていないところを突っ込む。
「あとごめん爺ちゃん。俺、こっちの家の苗字の読み方わからんのやけどなんて読むん?」
その言葉には流石におじいちゃんも驚いたようだった。そして、ゆっくりと私の方を見られたので横に首を振る。ごめんなさい、私も読めません。
「千夏め、そこまで私の事が、この家が苦手だったか……その割には、嫁ぎ先が皮肉なものだと感じたが」
大きなため息とともに母へと小さく愚痴を吐き。
「この姓は目と書いてさかんと読む。歴史のある苗字でな? 元々は律令制で定められた役職の一つからきている」
と説明を始めた。
「律令制って?」
「大宝律令くらいは学校の授業で聞いたことはあるだろう?古代国家における所の憲法である、律と令を用いた政治体制の一つだよ」
あー、なんか歴史の授業で習ったような気もする。歴史は好きだが、私の興味のある時代ではないために話半分に聞いていた。
「四等官という、官職を四つの等級に分けた中でさかんと呼ばれるのは一番下の役目だな。とはいえ官僚、つまりは役人だ。同じ読み方でも漢字によって属している場所が違う。目の漢字を当てるのは、国司と呼ばれる地方官の事だ」
「どんな仕事内容だったのかな?」
「文書や草案を担当していたみたいでな。うちの蔵にも古い書物が沢山あった」
ご先祖様はしっかりとその役目についておられたのさ、とおじいちゃんは締めくくった。
「さかんって呼ぶのはわかった。でも、それと佐藤とどう関係あるん?」
「時代の流れで、苗字を名乗れなかった時があった。再び苗字を名乗っていいとなった時に佐藤に改名した家がいくつもあって、その中には、目という苗字の人もいたとのことだ」
だから、お前達の父親を連れてきた時には時代の流れなのかと思ったものだ。
へえ、と私は感心する。それと同時に少し勿体ないなとも思った。だって佐藤なんて、言っては悪いがありふれた苗字であったし、目と言う名前は知ってる限りではいなかった。
それなら。
「あの、私。目の姓を名乗っても良いですか?」
物珍しさと言う不純な動機ではあるが。私は母が捨てた旧姓を名乗ってみたいと思ったのだった。