弟と、困惑する
祖父にあった印象を告げると、ケンちゃんは「正直信じられへん」と言いながらも、こちらに向かってくれた。
さて。
ひとまずは合流ができることに安心する場面ではあるが。
「あの、お姉さん!ありがとうございました!」
「トシさんの孫娘さんだったのね〜?栞ちゃん、だっけ?よろしくね」
お礼を告げるとお姉さんは日傘を折り畳み、ほんわりと微笑みながらこちらを見て、そう返した。
「ところで!お姉さんはおじいちゃんと随分仲が良いように見えるのですが、どういった関係なのでしょうか!」
その質問にブフッとおじいちゃんは噴き出す。
店の常連という可能性も勿論ある。が、祖父もお姉さんもお互いに遠慮していないように見え、もっと親密に見えたのだ。私の知らない親族の可能性だってあったのだが、この時の私の頭からはそんなことは抜け落ちていた。
2人はお互いを見て、ニヤリと笑いあったかと思うと。そちらが、いえそちらが伝えればの応酬が始まった。終いにはじゃんけんで言う方を決める流れになったみたいだが、5回連続であいこをしてみせた。本当に仲良いな!
「ほらほらトシさん、あなたが言ってくださいな」
どうやらじゃんけんに勝ったのはお姉さんらしく、ひらひらと、勝ち手であるパーを振りながらおじいちゃんへと微笑んだ。
「くそっ、こういう時俺はいつもお前さんにゃ勝てた試しがないな」
頭を掻きながら、彼はなんと言ったものかとこちらに向き直った。
「多分栞が今考えているような、男女の関係なんかじゃあないぞ?こいつとはただの昔馴染み、腐れ縁さ」
「あらひどい。愛してる!とか、お前しかいないんだ!なんて、言った仲じゃないか」
「拗らせるような事を言うんじゃない!いいか栞、こいつはこう見えて俺よりもとし「あら、手が滑ったわ〜」うぐっ!?」
迂闊な事を言ったらしい祖父にお姉さんから肘鉄が飛ばされた。どうしよう、二人の距離がますますつかめなくなった。
「まあでも、確かに。友達として長くお付き合いさせていただいてるわね」
「いててて、なら最初からそう言えばいいじゃないか。殴られ損だぞ、これは」
その時、店の戸が勢いよく開かれる。全力疾走してきたらしい汗だくのケンちゃんがいた。
「……どう言う状況?」
息を切らせながら、私にそう聞いてくるケンちゃん。私だって聞きたい。お姉さんはケンちゃんを眺めると、ほう!と感嘆の声をあげた。
「これが栞ちゃんの弟さん?なるほど、若い頃のトシさんにそっくりじゃないか!血は確かに繋がっているようだね」
「そうかぁ?俺は賢介ほど二枚目じゃあなかったと思ったが?」
おじいちゃんの若い頃?写真かなんかを見た事があると言う事なのだろうか?そうでなければ、お姉さんは若い頃のおじいちゃんを実際に見た事があるかのような口ぶりであった。
さて、とお姉さんは私達姉弟を見据えながら近くにあった椅子に腰掛けた。
「そう言えば栞ちゃんにも自己紹介がまだだったねぇ。私の名前は端折 弥都、この店、たしちやができる前からのトシさんの知り合いさ」
この店ができる前?建物自体は昔からのものなので推し量る事ができないが、店内のものの具合からしてもとてもここ数年でできたものではないだろう。
「じいちゃん、この店いつからやってるん?」
ケンちゃんがすかさずおじいちゃんに聞く。
「そうだな、俺はこれを生業にしてきたから……軽く40年、いや50年に手が届くか?そんなもんだな」
「は?」
私とケンちゃんの戸惑いが口をついて出る。それが事実であるならば、弥都さんの齢は幾つということになるのだ?若作りというには流石にごまかしのきかない年数である。
「あらあら、混乱してるわね?まあそうよね、この見た目ですもの。辻褄が合わないって感じてるのかしらね」
弥都さんはそんな様子がおかしくてたまらないといったように口元に手を当てて笑って。
「もっと言うとトシさんが子供の頃から知っているし、トシさんの親もそのまた親も代々見てきたわ」
「さ、すがに冗談……ですよね?」
ケンちゃんが震えた声でそう尋ねるも、無言で首を横に振られる。おじいちゃんを見るも、本当だろうなと呟かれた。目の前の彼女はつまりは人外ということになる。途端に恐ろしいものに感じてきた。
「時が経つのは早いもんさ。この子みたいに若かったトシさんがしわくちゃの爺さんになるなんて」
「そう言うお前さんは、年季が重なる度にどんどんと美しくなるじゃねえか」
「やだねこの人は。美しいっていってもらえるのは嬉しいけど、人様の事を年寄り扱いするもんじゃないよ」
そんなやりとりをしだした二人。
「さて!散々引っ張って、怖がらせたままってのは孫達がかわいそうだ。弥都さんや、俺が言えばいいのかい?」
それに対して、弥都さんはじゃんけんの結果だからそうしてくれ、と姿勢を正しながら言った。
「弥都さんはな、付喪神なんだよ」
信じちゃあ貰えないかもしれんがな、とおじいちゃんは最後に付け足してそう言ったのであった。