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栞、途方にくれる

佐藤栞さとうしおりは途方に暮れていた。母が亡くなってから父が男手一つで私と1つ下の弟を育ててくれていたが、その父も仕事先で先日亡くなった。父方の祖父母も亡くなっているため、両親を亡くした私達を引き取ってくれると言ったのは、まだ存命であった母方の祖父であった。


その割には親族と父の会社の人とのささやかな葬儀の後、すぐに家に帰ってしまったようなので、私と弟はしばらく両親と暮らした家で暮らすことになった。そして一週間が経った昨日、思い出したかのように祖父から電話がきて、こうして電車を乗り継いで、迷い迷い歩きながら言われた住所までやってきたのであったが。


「誰も、おらへん」


もしかしたら入れ違いになったか、家を間違えとるかもしれん。そう言って、弟であるケンちゃんは徒歩で駅の方に戻って行った。なんとなく場所はわかったから、片道15分もかからないだろう。


母の実家は両親に連れられて数回訪れた程度で、ほぼ疎遠だったに等しい。こうして子供だけでも電車で片道を1時間半でつける距離にあるにもかかわらず、だ。おぼろげな記憶にある祖父はいつも、小難しい顔をしていた気がする。もしかしたら私達を引き取るのだって、義務だのなんだのといった、世間体を気にして嫌々引き受けたのかもしれない。そうでなければ、私達を一週間も放置するだろうか?


「あの人は何考えているのか、娘の私でもわからないからね」


祖父について生きていた時の母に質問したことがあったが、返ってきた答えはそんなものだった。正直な話、苦手だったからと何処か遠い目をしていたものだ。


生活感は感じられるが人気がない家の表にある、何処か寂れている表札には「目」とだけ書いてあった。表札という事は、これは苗字なのだろうが、なんと読むのだろう?母の生家だ、どこかで聞いた事はあるのだろうけど、よく覚えていない。しばらくその場で立ち尽くしていると、後ろから女性に声をかけられた。


「おや、この家に用事かいお嬢ちゃん。あいにくだけど、今はこの家の裏手にある店の方にご主人は居ると思うよ?」


振り返ると、凛とした佇まいの日傘がよく似合う女性がその声の持ち主であったようだ。何処か作り物のような、人間離れしたような美しさを感じた。


「ご親切にありがとうございます。行ってみます」


お礼を言って、歩き出そうとすると、彼女はそのまま私の隣に並んで歩き始めた。


「なんなら、連れて行ってあげようか?私も久々に顔を出そうかなと思っていたところなのさ」


見ず知らずの子供になんと優しい事だろうか、と思うよりはこんなに綺麗な人が祖父に何の用があるのだろうかと感じてしまう。


「重ねてありがとうございます。よろしくお願いします」


お姉さんはうんうん、と頷いて、じゃあ行こうか!と案内を始めてくれた。


「お姉さんは、この辺の人なんですか?」


当たり障りのない質問をしたつもりであったが、お姉さんはスッと目を泳がせたように感じた。


「んー、まあそうね。確かにこの辺に住んでるわ。この町のことなら案内できないところはない、かな?」


「そうなんですね。あっ、案内って事は何か特色がある町なんでしょうか?」


もしかしたらこちらで暮らすかもしれない。そうなった時の為にこの町の名所や歴史について、少しでも聞いておいた方が自分の為になるだろう。


「そうね、この辺は道具を大切にする人が昔から多くて、使い古した道具を供養している小さな社や祠がいっぱいあるわね。その都合で、町の近くだというのにわりかし自然も残されているのは、特徴といってもおかしくないかしらね?」


確かに、駅からここにくるまでに緑がある場所は多くあった。空き地や公園かと思っていたが、あれは境内なのか。


「後は、またしても物持ちの話になっちゃうんだけど古い蔵が沢山あるわね。今から向かうトシさんの店も、蔵を改装して作った物だったハズよ」


トシさんとは、恐らくは私の祖父が俊蔵トシゾウというのでそれの愛称だろう。ますますお姉さんと祖父との関係性に謎が深まる。


祖父、というより母の実家はどうやら蔵持だったらしい。結構お金は持っているのかな、と現金な事を考えてしまう。


口数が少なくなったのを見てか、お姉さんも話しかけてくることを控えてくれたようであった。


そうしてたどり着いた先には、よく言えば趣のある、悪く言えば古臭さが目立つ建物であった。恐らくは祖父の手作りなのだろう看板には、「たしちや」とひらがなででかでかと書かれていた。


「トシさん、可愛らしいお客さんだよ!表の家の方でどうしようか立ち尽くしてたけど、何か約束事があったんじゃないのー?」


慣れた手つきで両開きの戸を開けるお姉さん。そこに顔を突っ込んで祖父に向かって声をかけた。


「ん?……しまった、もうこんな時間だったか!」


お姉さんからの呼び声に時間を見たのか、慌てたような声を上げて祖父が飛び出してきた。息を切らしながらお姉さんを押しやり、私の姿を見るとくしゃりと顔を歪めてみせる祖父。


「すまない栞、忘れていたわけじゃあないんだ。ここまで大変だったろう。弟の賢介けんすけはどうした?今回は1人できたのか?」


それだけの事で。


私の中に出来上がっていた唐変木で掴み所のない年寄りという印象が崩れ去っていった。


「もう!トシさんは相変わらず何かに熱中すると他が疎かになるんだから!」


お姉さんが呆れた口調で祖父を咎める。


「すまんすまん、あんたにも世話かけたな。依頼されていた時計の声を聞いていたら、つい熱が入ってしまってな。まるで時が止まっていたかのような錯覚をしておったわ。実際の時間が経つのが早すぎるわい!」


まあ入りんさい、と店の中に案内を受けた所で、私はケンちゃんに祖父が見つかったと連絡をしたのであった。


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