間章その一『星波学園の人々』13
★夜衣斗★
その高木先生の言葉は、俺にとっても、クラス全体にとっても意外な言葉だったらしく、教室全体がざわついた。
帰りのホームルームの終わり、高木先生が去り際に思い出した様に、
「そうそう、飛矢折さん。あなた条約とは関係ない部活に所属してたわよね。黒樹君の学校案内を頼んでいい?」
その問いに答えたのは、あの三つ編みのクラスメイトだった。
「……構いませんよ」
一瞬の沈黙の後、飛矢折は頷く。
俺が戸惑った視線を村雲に向けると、村雲はとっとと帰る準備をしていた。
「わりぃな黒樹。俺、これからバイトなんだ」
……マジですか。……ってか、ここってバイトOKなんだな……
「本当は学校案内を俺がしてやりてぇんだけどよ。高木先生も俺の事情を知ってんからな………飛矢折に話がいったんだろうが……俺以外で条約に関係ないのって、飛矢折しかいねぇし」
……条約?
「まあ、頑張れや」
そう言うと、村雲がダッシュで帰ろうとし、急停止して、俺に顔を近付け、小声で、
「言っとくが、飛矢折の前で武霊を具現化させるなよ」
?………そんな事するかよ。意味分からん。
「あいつ……一週間前に連続婦女暴行魔の犯罪武霊使いに、暴行されかかったばかりだからよ」
「飛矢折 巴よ。……よろしく」
そう挨拶されたので、俺は頷いて答えた。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って、飛矢折さんはさっさと教室を出て行った。
やや慌てて後に続く俺。
……対面して分かったが、結構巨にゅ………煩悩滅却。煩悩滅却。
飛矢折さんが案内してくれた場所は、音楽室やら、パソコン室など授業に必要な場所で……淡々と案内された。
やたらと喧しかった昨日の美羽さんの案内とは大違いだな……まあ、問題はないな。うん。
……それにしても、微妙な距離だな……何と言うか、常に一定の距離を正確に離れてて……ん〜嫌われてんのかな?……まあ、嫌われる事には慣れてるからいいんだけど……ってか、自分が女性と仲良くしているイメージがわかないな……美羽さんは例外っぽいし……。
などと考えながら飛矢折さんの後を付いて行っていると、不意に飛矢折さんが窓の外を見て、立ち止まった。
その瞳は、あの恐怖と怒りが入り混じったような………ああ、そうか。ようやく分かった。さっきから何で飛矢折さんが気になっていたのかを。それは……見た事がある目をしていたからだ。
抑えきれない恐怖を感じている自分。その自分に対して怒りを抱いている目。
……一年ほど前、中学時代の俺がよくしていた目。
恐怖の対象が違えど、恐怖を抱いている自分を許せないのは同じ。
そして、それを自分ではどうしようも出来ないのも……多分同じなんじゃないだろうか?
飛矢折さんは俺がみている前で、窓の外に視線を向けながら、一歩二歩と小さく窓から離れ、その自分の行動に気付いた飛矢折さんは、恥じる様に少しだけ下唇を噛んでいた。それでも視線は窓の外に向けられており……。
それは無意識の行動だった。
気付いたら、俺は飛矢折さんの視線を遮る様に窓の前に移動していた。
移動してから、自分の行動に驚き……しまったと思った。
どう考えても彼女のプライドを傷付ける行為だと思ったからだが……。
後ろを振り向けず、振り向く理由もないので、顔を飛矢折さんの見ていた方向に向けた。
上空でまた『あの二人』が空中戦を繰り広げているのが視界に入った。
……本当にいつもの事なんだな……
俺は呆れが含んだため息を吐いた。