第一章『武霊のある町』43
★???★
彼は後悔する事になった。
姉に本当の弟として接する事を。
何故なら、彼が弟として姉に接する度に、姉は人らしさを手に入れ始め、その度に壊れていったから。
彼は理解し、失念していた事に気付いた。
この場所が普通の人間に耐えられる環境じゃない事を。
壊れなければ、壊れていなければ、更に壊れてしまう。
そして、姉は姉じゃなくなり、全てを壊して、自由になった。
★夜衣斗★
「「そんな礼治に触れ、麗華の心に徐々に人としての心が芽生え始め、人としての最も根本的な『欲』を持つ様になる。欲しい。欲しい。っと日々思い、テレビに映る自分の手に届かない全てを欲しがり、時には客にそれをねだる様になった。だが、例え客から欲しかったものを貰ったとしても、すぐに両親に奪われた。そして、彼女は自覚した。自分は弱い人間。ただただ奪われるだけの弱い人間だと」」
ふっと昔の事を思い出した。程度は大分違うが、俺も『奪われるだけの日々』を過ごしたことがある。 どうしてこんな目に、どうしてこんな事が起こるんだろう?
そう思った。
今は、それを理解している。
言葉にするとごちゃごちゃと様々な言葉が出てくるが、一言で言うと、電動車椅子の男が言う様に、人の『宿命の悪意』によるものってことなのだろう。
人の身に常に生じる逃れようのない悪の意思・意識。
人の理性と本能の負の側面。
「「だから、彼女は欲し始めた。奪われる弱い人間ではなく、奪う強い人間になる為の力を、欲した。だが、その願いは叶うわけもなく、日々が過ぎ、出来始めていた人としての心は崩壊した………そして、彼女は弱いまま奪う人間になった」
★???★
だから、彼女は欲しかった。
力が欲しかった。
テレビの中に映る様々な力を。
奪われる弱い人間じゃなく、奪う強い人間になる為の力を。
そう願い続けて、彼女は、彼女じゃなくなった。
そして、願いは叶わないまま、彼女は奪う人間になった。
奪う弱い人間に。
そのままだったら、彼女は全てを奪われていた。
唯一自分のものになった弟すら奪われる。
それが、彼女の本来の結末。
★夜衣斗★
「「三年ほど前にマスコミを騒がせた『商業ビル惨殺事件』の事を覚えているか?」」
唐突にそう問われ、俺は眉を顰めたが……すぐに思い出した。結構印象的な事件だったからだが……そう言えば、一週間ぐらいでその事を報道するマスコミはなくなったような……。
「「事件の舞台になった商業ビルが、地下売春組織の本拠地だったのが判明し、社会への影響の大きさを考えた政府が、大規模な報道規制を掛けたからな」」
報道規制?……なるほど、その地下売春組織に結構な大物が関わっていたんだな。政治家とか、警察上層部とか。
「「そう言う事だ」」
そう言う話には、ありがちな話だが……実際にそんな事が、しかも、日本で行われていたなんて、思いたくもなかったな……ってか、なんでそんな事をあんたが知ってんだ?
「「勿論、この事件の犯人は高神姉弟だ」」
うわ。無視しやがった。
「「彼女の両親の隙を付いて部屋から抜け出し、両親だけでなく、その本拠地にいた全ての人間、同じ様に売春を強要されていた少年少女、その少年少女を管理する者達、少年少女を買いに来た客、その全てを殺害し、自由を手に入れた」」
……どうやってだ?そんな事、たった二人で出来るとは思えないんだが?
「「犯罪組織に銃や刃物は付き物だろ?」」
……確かに、そんな物を使えば、出来なくはないだろうが………考えてみれば、公に出来ない商売なのだから、かなりの閉鎖空間で行われていただろうし……何にせよ。随分と甘い管理だったんだな。両方とも。
「「管理は厳重だったよ。ただ、客が麗華に籠絡されるなんて予想していなかったんだろう。もっとも、その籠絡された客も、入口付近で殺されていたがな」」
なるほど……馬鹿な男だな。
「「いや、女だったよ」」
……………
★???★
唯一壊されなかった彼は、姉が求めるままに姉の後を付いていき、覚悟していた。
このままでは、また、あの単調な日々に戻ると。
彼は世界を知っていた。
再び失望しかけた時、姉と彼は、辿り着いてはいけない場所に辿り着いた。
これで単調な日々に戻らなくて済む。
そう思った。
そして、同時に理解した。
姉は、『この場所』で『更に壊れる』と。
★夜衣斗★
「「自由を手に入れた麗華は、礼治と共に町から町へ、犯罪を重ねながら移動し、追われ、やがて導かれる様に星波町に来てしまう」」
導かれる様に……ね。
「「その直前まで彼女は諦めていた。弱いままの自分は、やがて全てを奪われる。っと。だが、星波町に来て、彼女は手に入れてしまった。武霊と言う力を。欲しても、欲しても手に入らかなった力を。そして、彼女は力に依存した。心の望むままに、欲し続けていた力そのものの姿をした武霊を手に入れる為、武霊使いを襲う様になった」」
……なるほど、だから、奪った武霊のほとんどがテレビとかで見た事がある姿形だったわけだ。
★???★
何も無くなる。
そうなるはず。っと彼女は思っていた。
武霊っと言う、まさに彼女が渇望していたそのものと言える存在・武装守護霊に出会うまで。
そして、彼女は狂喜した。
その『武霊のある町』には、彼女が欲しかった力そのものが『いた』のだから。
そして、彼女は更に壊れていった。
唯一の家族であったはずの弟をないがしろにしかけながら。
更に壊れた姉は、彼を徐々にないがしろにし始めていた。
それでも、彼は姉が求める弟を演じ続けた。
彼は理解していた。
そうしなければ、姉が更に壊れる事を。
姉の精神は誰かが守らなければ、あっさり崩れ去るほど脆い事を。
だから、いずれ終りの来る二人の偽りの姉弟の生活を、全てが壊れるその時まで、守ろうと彼は決めていた。
彼女は全てを失った。
思いもしない。たった一人の武霊使いによって、彼女は全てを失った。
そう思った。
でも、彼女の目の前に、弟が現れた。
「守れなくて、ごめん。麗華」
そう言われた時、彼女は理解した。
ああ、最も欲しかったものを、私はすでに手に入れていた。っと。