第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』76
★???★
立ち止まる緑川響を再び歩かせる為に、三島忠人の指示が飛び、フレイムワールドの中から武霊が次々と飛び出し周囲の建物を壊し始める。
緑川姉妹の武霊能力により足止めされているのなら、周囲の建物のどこかに文字が描かれていると三島忠人は考えた。
だが、実際には文字など書かれておらず、ただ緑川響が何より守りたいと思っている自分の妹達に、危険なフレイムワールドを近付けたくないと言う思いによって三島忠人の催眠に対して抵抗しているに過ぎない。
三島忠人が見当違いな対策を打っている間に、夜衣斗は次の対フレイムワールド作戦を開始した。
「「あーテステス。こちら姫音」」「「と姫歌だよ~」」「「「「ヘタ兄聞えているぅ~」」」」
星波町の各所にある自警団本部と繋がっているスピーカーから緑川姉妹の声が聞こえ始めた。
前の段階で、夜衣斗達は自警団本部と繋がっている笛の音が出ていないスピーカーは壊していなかった。
それは、全てのスピーカーを壊してしまうと次のはぐれ発生に対する対応が出来ない、とは言わないまでにも、何らかの支障が出る可能性があると考えた為だった。
三島忠人も、夜衣斗ならそうするだろうと考え、スピーカーが一部残っている事を不自然に思わず、また、対して問題ないとしフレイムワールドの燃やす対象には入れていない。
しかし、その残ったスピーカーから緑川姉妹の声がし始めるとは予想もしていなかった。
しかも、
「「発表しまぁ~す」」「「ヘタ兄は毎晩」」「「私達と電話をして無事を確認しないと」」「「寝られないほどのシスコン」」「「「「で~す」」」」
その流れる内容に意図が分からなさ過ぎて、三島忠人は困惑するばかりだった。
★夜衣斗★
自警団本部に繋がるマイクを持ち、緑川姉妹は口々に緑川の恥ずかしい秘密を暴露する。
曰く、テストで0点を連続して取って親に酷く怒られ、尋常じゃないほど大泣きして児童相談所に通報された。とか。
曰く、好きな人に勇気を出して告白したら、物凄く拒絶されて暫くご飯もたれられないほど落ち込んで、げっそり痩せた。とか。
曰く、Hな漫画をベットの下に隠してて、その内容が…………って!?
ぎゃー何やってるんだ緑川の奴ぅぅううぅ!?あれほど慎重に隠せと言っているのに思いっきりばれているじゃないか!?………どうか俺のだと気付かれていませんように………って不味い!
俺は慌てて春子さんと通信を繋ぎ、
(………言ったら………分かってますね?)
((も、勿論よ!))
思考通話でとりあえず脅しておく。
………これだけじゃ安心出来ないな………暫くシールドサーバントを使って監禁しとくか………
そんな事を考えながら緑川の様子を見る。
激しく動揺しているのか、微動だにしていなかった緑川の身体が小刻みに動き出していた。
よし!今だ!
俺は春子さんの問題をとりあえず放置して、作戦を次の段階に進める為に指示を出した。
★???★
テオ=S=サラマンダーは、フレイムワールドの炎の中で来ている白いスーツの襟を正し、白い帽子を被り直した。
彼は自身の退魔士能力で炎の魔人と化している。
その為、視覚的にはテオは炎と一体化しており、フレイムワールド内で待機している三島忠人側の武霊使いに気付かれずに悠々と緑川響の背後まで移動出来た。
フレイムワールドは燃やす対象を認識していないと、例え通常なら簡単に燃える物であろうと燃える事はない。
その特性を見抜いた夜衣斗は、テオに危険なフレイムワールド内への侵入を頼んだ。
そして、その危険性を可能な限り減らす為、緑川姉妹による足止め兼陽動を行った。
夜衣斗の目論見は見事に成功し、妹達の秘密の暴露に動揺している響の背中に、緑川姉妹が書いた武霊封じの札を張ろうとポケットから札を取り出す。
これを張れば、上空にいるイフリートは消え、フレイムワールドは消える。
そうなれば、一気に逆転に転じる奪還作戦第四段階が始まり、状況が一変するはずだった。
だが、不意にスピーカーから緑川姉妹の声が聞こえなくなる。
それにぎょっとしたテオは、札を張るのを止め、気配を消しながらゆっくりと後退。
武霊使いは武霊を具現化させられる様になった段階で、感が鋭くなる。
これは武霊呼ばれる魔法生物に魂が直接触れる事により、普通は眠っている第六感が活性化する為じゃないかと退魔士達は考えていた。
その感の鋭さは、個人によって大きく違いはあるが、少なくともある程度集中している状態で誰かが近付けば、その気配に気付くぐらいの感の良さは確実にある。
だからこそ、集中力を削る為に緑川姉妹に兄を動揺させる暴露をさせていたのだが………
テオは夜衣斗の指示通り、無茶はせず、スピーカーから緑川姉妹の放送が再開するのを待つ事にした。
ただ、フレイムワールドに入る前の段階で燃やす対象に確実に入っているであろうPSサーバントを脱いでしまっているので、何が起ったか正確な情報が得られず、普段は異様に陽気なテオも流石に顔を曇らせた。