第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』75
★???★
フレイムワールドを展開しながら宙に浮くイフリートの真下に、緑川響はいた。
三島忠人に指示された通り、場所・時間・ルートで歩き、イフリートを具現化し、フレイムワールドを発動。
ただそれだけ指示。
ただそれだけを成功させる様に、響の意志力・集中力を四散させない様に、命令は単純明快。
かつ青葉愛の様に自由戦闘を可能にするほど意識は残されていない。
理由は二つ。
響の役割に意識は必要ないのと、そうでもしないと『フレイムワールドが目的を達するまで持たない』為。
フレイムワールドは意志力の消費が激しい技であるのと、響自体に意志力が少ない事が、催眠下であろうとフレイムワールドの維持時間を短くしている。
その為、少しでも維持時間を長くする為に、ゆっくりと歩く響。
何度目かの曲がり角を曲がった時、長い一本道の先に商店街と駅が見える場所まで来た。
展開中少しづつ広がる性質があるフレイムワールドは、あと数歩でシールドサーバント達が張るシールドに触れる所まで接近している。
そして、そのシールドの先には、夜衣斗がいた。
もっとも響は夜衣斗を視界に収めても何の反応らしい反応もせず、ただゆっくりと一歩前に進み、不意にその歩みを止めてしまう。
響の侵攻を見ていた三島忠人は、不意に歩みを止めた響に眉を顰めた。
意識を残さないほどハーメルンの笛を使った場合、命令以外の何らかの事が起きると、何も出来なくなる。
だが、状況が瞬時に変化する戦闘ならいざ知らず、響に与えた命令はフレイムワールドを展開しながら駅まで歩けと言う単純明快なもの。
何が起ろうとその命令に支障が出る様な事にはならない。
なのに、歩みを止めた。
三島忠人は遠見の武霊能力を使っている武霊使いに命令し、響が凝視している視線の先を映させる。
そして現れた映像に、三島忠人更に眉を顰める事になった。
映像に移るのは、キバに乗って夜衣斗の隣まで移動している小学校高学年ぐらいの全く同じ顔の二人の女の子達。
その女の子達の正体を三島忠人は、『武装風紀委員長だった事もあり知っていた』。
緑川姫音 姫歌。
緑川響のとも同じ髪型である上に、格好も常に同じである為、中々二人の区別が付かないが、右目の下にホクロがあるのが姉の姫音・左目の下にホクロがあるのが妹の姫歌と聞いてはいる。
もっとも、そっくりな双子だからと言う理由で知っていたわけではない。
彼女達は、星波町で数人しかいない『武霊封じの文字を書ける武霊使い』。
それが彼女達の最も重要な正体。
つまり、双子の武霊の能力で響は止められている。
三島忠人はそう判断した。
だが、それは三島忠人が三島忠人であるが故にしてしまった『間違った判断』だった。
★夜衣斗★
どうやら賭けはうまくいったみたいだな………
歩みを止めた緑川を見て、俺はほっと一息吐いた。
「うわぁ~本当に操られてるよヘタ兄」
「でも、操られている方が全然強そうだよ?」
「じゃあ、このままにして貰おっか?」
「うふふ。それいいかも」
と、とんでもない事を俺の後ろで言っているのは、緑川の妹達で、一卵性の双子である上にわざと似た格好をしているらしくて、一見するとどっちがどっちか分からないが………右目の下にホクロがあるのが姉の姫音で、左目の下にホクロがあるのが妹の姫歌だと言う話。
一部の武霊使い達には『小悪魔双子姫』と言われている子達らしく………まあ、その呼び名の通り、小悪魔な性格で、お姫様の様に『わがままがある程度許される立場』にある。
それは彼女達の武霊が星波町でも五人といない武霊封じの文字が書ける武霊だからだ。
それを聞いた時、事前に彼女達の事を聞いておけばよかったと思ったが………まあ、過ぎた事はどうしようもないし、本来ならまだ星波町に居ないはずの時間だとか………
姫音の筆の姿をした装備型武霊『筆神』。
姫歌の女性書道家を基にした武霊『筆女神』。
その二体が協力する事で武霊封じの文字を書けるらしく、二体で書く事により意志力の消費が他の武霊封じを書ける武霊使いより低いので、最も警察や自警団・武風に重宝されているとの事。
だからこそ、周囲の大人は彼女達が機嫌を損ねて武霊封じの文字を書かなくなる事を恐れ、ある程度のわがままを聞いてしまうわけだが………教育上よくないよな………
まあ、とにかく、彼女達がそんな立場にあると言う事は、それだけ犯罪武霊使いによく思われない。
だからこそ、彼女達の事は一部の武霊使いにしか知らされておらず、星波町に居るだけで危険にさらされる可能性がある為、普段は隣町の親戚の家に預けられ、星波学園に通っている。
っで、本来ならまだ登校時間ではないのでここにいるのはおかしな話なのだが………まあ、例によってわがままを発動したとか………まあ、俺にとって今回のわがままはかなり幸運だと言えた。
何故なら、彼女達の立場を一番苦慮しているのは、兄である緑川響だからだ。
緑川は、何とか彼女達と一緒に暮らせる様に、自分が強くなって彼女達を守れる様に、自分も武霊も強くなろうとして………自分より強いと思う武霊使いに片っ端から武霊バトルを仕掛けていたそうだ………まあ、当の彼女達はそんな緑川をもっともわがままが言える相手として認識しているらしく………色々と大変らしい。
まあ……つまり、それだけ緑川は妹達の事を思っている。
三島忠人の催眠が『本当の催眠』でないのなら、完全な抵抗は出来なくても、強い思いが生じれば何らかの弊害が出る可能性が高い。
そう考えた俺は、彼女達と彼女達の母親に協力を要請し………結果、目論見は予想以上に成功した。
………そして、俺の予想が正しければ、三島忠人は緑川が動かなくなった事を、彼女達の武霊能力によるものだと曲解しているはず。
その隙を………突く!
「………二人ともここからが本番だからね」
「「は~い。任せて黒樹お兄ちゃん」」
二人同時にそう言って、小魔の笑みを浮かべる緑川姉妹。
なんだか………思わず緑川に合掌したくなった。