第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』72
★飛矢折★
全ての感覚が一瞬の内に消失した。
だけど、次の瞬間には、あたしを中心とした半径百メートルぐらいの全ての光景を『感じる』。
視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚。
それら五感に加え、気を感じ取る事であたしは周囲の気配を知る。
どれが欠けても、どれかが補える様に、どれでも全力で使える修業をしているから、何かの感覚が一時的に消失する感覚は経験した事が何度もあった。
だけど、その五感の全てが同時に消失した事は経験が無い上に、それらを上回る全く違う感覚を感じた事など一度もない。
ましてや、その今まで感じた事が無い未知の感覚で、あたしはあたしの身体がとんでもない事になっている事に気付き、混乱を通り越して発狂しそうだった。
その未知の感覚は、あたしの身体がいつの間にか霧散し、感じている光景の全てにバラけて存在している事を示し、その範囲が徐々に徐々に広がっている?
(あ~やっぱりいきなりは無理か)
不意に瞬輝丸の声が聞こえた。
あたしは思わず怒鳴り散らそうとしたけど………身体がなくなっているので、当然、声が出ない。
瞬輝丸!?一体これは何なの!
仕方なく、心の中で抗議すると、
(心配すんなって、ただ身体の組成がちょっと雷になっただけだからよ)
どこがちょっとよ!……え?雷?
(あたいのもう一つの名は、『雷の退魔刀』。所有者の身体を雷へと変える魔法を持つのさ………まあ、そうは言っても、その魔法を使う為には膨大な魔力が必要だからよ。所有者にはそれ相応の魔力の持ち主か、どこかから借りられる奴である事が求められるってわけさ)
なるほど………じゃあ、今回はキバから借りたと言う事?
(借りたって言うより、奪ったが正確だな)
奪った?
瞬輝丸の言葉に、意識をキバに向けると、キバの姿がゆっくり霧散しているのを感じられた。
(あたいには他者から魔力を奪う力もあるんだがよ。加減が効かなくてな………)
それは見れば分かるけど………ねえ?何だか周りの動きがゆっくりになってる様な………
(そりゃそうだ。今のあたい達は、雷だからよ)
………つまり、全てが雷の速さになっているのね………だから、瞬輝丸。
(そう言う事だ。まあ、なんだ。さっきも言ったが、これはあくまで緊急手段だからよ。ちゃっちゃと終わらせねぇと直ぐにこの状態が終わっちまうぞ?)
そうは言っても………どうすればいいの?
(思えばいい)
思う?
(どうし、どうしたいか。強く、強く)
強く、強く?
村雲君と操形先輩による銃撃をなぎなたで防ぐ鳥越さん。
あたしは瞬輝丸に言われた通り強く強く思った。
鳥越さんの背後から電気となった瞬輝丸の刃を振るう自分の姿を。
瞬間、拡散していた自分が一瞬の内に鳥越さんの背後に集まり、あたしとして形作られ、鳥越さんを思った通り斬った。
電気となった瞬輝丸の刃は強烈な電撃を鳥越さんに与え、気絶させる。
それと同時に再びあたしは拡散し、ゆっくり驚く村雲君と操形先輩の背後から二人を襲おうとしている香城さんを発見して、あたしは咄嗟に思った。
アスファルトから飛び出す香城さんの背後から斬りかかる自分を。
瞬間、あたしの身体は再び収束して、香城さんの背後に現れ、香城さんを瞬輝丸で斬り、気絶させた。
(ん……なんとか間に合ったな)
そう瞬輝丸が言うと共に、あたしの身体は一気に元に戻り、同時に意識が霞んで………気が付いたら地面に倒れていた。
「大丈夫か?」
心配そうに村雲君があたしを覗き込んでいた。
えっと…………とりあえず、
「………大丈夫」
そう言いながらあたしは立ち上がろうとしたけど………何故だか力が入らない。
「まだ休んでろって………よく分からなかったけどよ。キバが捨て身の攻撃をしてあの二人を倒してるからさ………多分、それに飛矢折は巻き込まれたんだろうさ………」
そう言う村雲君の視線の先には、シールドサーバントに運ばれる鳥越さんと香城さんがいた。
………キバが捨て身?……確かにキバはいなくなっているけど……
(操形家がそう誤魔化したんだよ)
あたしの疑問に瞬輝丸がそう答えたんだけど………その声は何故か元気がない。
(言ったろ?緊急手段だって………だから、あれをやると、あたいも巴もすげぇ疲れんだよ………まあ、つうわけで寝る。しばらくあたいは使えないからな)
え?ちょ!ちょっと!………瞬輝丸?
本当に寝ちゃったのか、瞬輝丸は一切返事をしなくなった。
………退魔刀って寝るのね………
そんな事を思った時、PSサーバントの通信機能がオンになった。
そして、聞えて来たのは、
「「オウキの準備が整いました。予定とは大分違いますが、第四段階に進みます」」
黒樹君の声だった………よかった無事に助け出されたんだね………まあ、PSサーバントが消えていないから無事なのは分かっていたけど………
そんな事を思いながらほっとしていると、凄まじい爆音と爆風が唐突に生じた。
明らかに聞いていた第四段階とは違う現象に、音のした方に顔を向けようとするけど………まだ力が入らない。
「やべぇな………このタイミングであいつを使ってくるなんてな………」
そうつぶやく村雲君。
何が起ったのか見えている村雲君は、その起った何かを知っている様な感じだった。
だから、
「何が起こっているの村雲君」
「緑川だよ」
?………緑川君?
あまりにも村雲君の深刻な雰囲気と繋がらない人の名前が出てきたので、あたしは反応に困ったんだけど………そんなあたしに村雲君は予想外の言葉を口にした。
「みんな知らねぇんだよ………あいつが、『学園最強の炎系武霊使い』だって事をな」