第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』55
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夜衣斗のクラスメイトにして友人の村雲勇人の朝は早い。
まだ人がまばらにしか乗っていない始発電車に乗り、星波町で新聞配達のバイトをした後にギリギリの時間で登校する。
それが勇人の日課なのだが、
「………なんだこりゃ?」
電車がトンネルを抜け、まだ暗い早朝の星波町が窓の外に現れる。
はずだったが、先に目に付いたのは、線路上を取り囲むように展開し始めるシールドサーバント達だった。
意味が分からず唖然としていると、シールドサーバントが見えないシールドを展開し、シールドのトンネルを作り出す。
どう考えても何かからこの電車を守る為にやっているとしか思えず、大慌てで周りを見回すと、見た事がない大型バイクに跨って電車と並走する夜衣斗が見えた。
「無免許運転かよ………」
何となくそう突っ込んでおきながら、こんな時間に夜衣斗がこんな事をしている事に勇人は嫌な予感に襲われた。
その予感はすぐさま現実の物となる。
線路脇の家々から次々に武霊達が飛び出し、シールドを破ろうと攻撃し始め、夜衣斗がそれを撃退する為にバイクからガトリングガンらしき物を出し、連射。
僅かにいる勇人以外の乗客がようやく異常事態に気付き、騒ぎ始め、その内の何人かに武霊使いがいたのか、背後から武霊を具現化。
その光景に、勇人はぎゅっと拳を握り締めた。
春休み中に奪われた自分の武霊。
本来の日常にない物なのだから、大して影響は無い。
そう思っていた。
いや、思おうとしていた。
だが、夜衣斗が来てからというものの、武霊に関する事件が立て続けに起こり、その事件全てに夜衣斗が巻き込まれている。
その事に、勇人は歯痒く思っていた。
会ったばかり、出来たばかりの友人であろうと、友の苦境に何も出来ない自分。
ちょっと前の自分であったのなら………
襲い掛かる武霊をたった一人で撃退する夜衣斗の姿に、そう思わずにはいられない勇人は、夜衣斗を見ている事しかできない。
だからこそ、気付いた。
「………何で自警団の武霊に襲われているんだ?」
勇人が疑問を口にするより少し前に、星波町駅前で最初の動きがあった。
夜も明けていない星波町駅には町中と同様に笛の音の放送がされている。
それにより操られている駅員や出勤・登校の為に駅に来ている人達。
彼らは普段通りの行動をする様に命令されているらしく、意思のない瞳のまま普段通り駅のホームなどにまばらにいた。
そんな所によれよれの作務衣を着たフランス人・ユベールがふらりと現れる。
どこから現れたのか、あまりの唐突ぶりに普通なら驚く所だが、誰も反応らしい反応はしない。
その事に若干寂しそうな顔になりつつ、ユベールは夜衣斗に頼まれた事を始める。
ユベールの退魔士能力シルフ。
それは風を操り風になる能力。
風。すなわち空気の動き。
そして、音は空気の振動。
つまり、やろうと思えばユベールは『特定の音だけ』を増幅する事も、『消す事も出来た』。
不意に駅にいた人達の瞳に意思が宿る。
もっとも、飛矢折巴の様に何らかの異常な行動を命令されたわけではないので、自分達が直前まで意思を奪われていた事に気付いている者はいなかった。
強いて言えば、何故かホームに突っ立って辛そうに目を瞑っているフランス人に不審な視線が集まるぐらい。
もっとも、その視線を受けているユベールは、それを気にする余裕はない。
特定の音だけを消す行為は、繊細でかつ継続的に能力を行使しなくてはいけない作業である為、ユベールへの負担が大きい。その上、ユベールは『ある目的』の為に、その範囲を少しづつ広げていた。
駅のホームから駅。駅から駅の周辺。駅の周辺から星波商店街・星波デパートの付近。
そこまでがユベールの限界だったのか、それ以上は笛の音が消える範囲は広がらなかった。
だが、それでも音が消える範囲が広がる度に催眠が解ける星波町住人。
それと共に催眠が解けない住民もおり、その者達は周囲の異変を三島忠人に報告する為に星電を取り出した。
早朝の仕入れから戻った八百屋の主人は、自警団に所属する武霊使いだった。
その為、他の星波町住人とは違い、携帯音楽プレイヤーを持たされており、それを常に付ける様に命令されていた。
それ故に、ユベールの能力が効かず、催眠下のままである為、催眠から解放された八百屋の主人の妻は夫のいつもと違う雰囲気に眉を顰め、寝ぼけていると勘違いした。
「いつまで寝ぼけてんのあんた!シャキッとしなさい!」
そう言って夫の後頭部を叩く妻。
いつもなら、そこで主人はへらへら笑いながら謝るのだが、今日は、
「起きてる」
そう感情のない声で言っただけだった。
不気味なその反応に、妻はようやく夫がいつもしていないイヤホンをしている事に気付いたが、それの意味が分からない。
妻が困惑している間に、夫は星電を取り出し、どこかに連絡しようとした。
その瞬間、何かが噴出する小さな音が聞こえ、連絡をしようとしていた夫が意識を失って倒れる。
「あんた!?」
あまりの事に驚きつつ、反射的に倒れる夫を支える妻。
その近くに唐突にPSサーバントを着た顔馴染みの黒樹春子が現れ、イヤホンと携帯音楽プレイヤーを夫から奪い取った。
「は、春ちゃん!何!なんなの!なんで!」
訳が分からない妻に、
「ごめんなさい。説明は後でするから、今は黙って第二シェルターの方に避難してて」
と更に訳が分からない事を言ったが、その見た事が無い真剣な表情に、はぐれの発生で緊急事態には慣れている妻は頷き、
「分かったわ。第二シェルターね!でも、夫はどうするの!?」
「今回は役に立たないからそのまま持ってちゃって!」
武霊使いでもない春子にそんな事を言われ、更に困惑する八百屋の妻だが、妻が何かを言う前に春子はPSサーバントの通信機能を使い、どこかに連絡し始めた。
しかたがないので意識を失っている夫を野菜を持ち運ぶ為のカートに乗せ、外に出ると、同じ様に訳が分からず外に出てくる商店街住人を目撃し、
「今度は何が起こってるわけ?」
思わずそうつぶやくが、それを答えられるであろう春子は人とは思えない速度でどこかに行ってしまった。