第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』35
★飛矢折★
世界を滅ぼせる?………あの人形が?
春子さんの発した言葉に、あたしは眉を顰めた。
さっきも思ったけど………あの人形って、あたしが商店街で当てて貰った人形だよね?………なんか喋ったり動いたりするみたいにも言ってたけど…………
(ありゃ、ただの人形じゃねぇぜ)
人形じゃない?どう言う事?
(あたいも大分昔にちょっと見た限りだけどさ………あれが本気になればあたいらが束になってもかなわねぇ化けもんだよ)
………それって………
「………それって、どう言う事なんです?こいつは」
あたしも思った疑問の声を、黒樹君が口にし、メガネベアの頭に手を乗せようとした瞬間、
「素手で触っちゃダメ!」
と春子さんが大声を出した。
だけど、黒樹君は言葉の意味が瞬時に理解出来なかったのか、メガネベアの頭に、正確には巻き付いている黒き大樹らしき枝の上に手を置いてしまう。
その瞬間、何かが破裂する音と共にメガネベアに巻き付いていた枝が粉々に吹き飛んだ!?
静寂がこの場を支配する。
「えっと………え?」
目の前で起こった事がよっぽど衝撃的な事だったのか、茫然としている春子さん。
退魔士の人達も大体似たような感じだった。
(………驚いた。まさかここまで………)
ここまで?どう言う事?瞬輝丸?
(ん?ああ………さっき、黒樹家の種無しは膨大な魔力を持ってるって言ってたろ?)
ええ。
(っで、あの化けもんに巻き付いていたのは黒き大樹の枝だったわけだ)
ええ?
(黒樹家の退魔術の中に、黒き大樹の枝を対象に巻き付けて魔力を吸収させながら封殺する術があんだよ)
封殺?……え!?あれが!?
(まあ、色々と制約があったり、手間がかかったりする術だって話だから、あれだけじゃちょっとの間意識を奪う程度だろうけどよ………分かんだろ?あれも黒き大樹って事はさ、魔力を持つもんは、あれに触れただけで魔力を吸い取られちまうわけよ)
うん?
(っで、魔力を持った黒樹夜衣斗が黒き大樹に触った瞬間、破裂した。あまりにも膨大な魔力を一気に吸収した為に起こったんだろうけどよ……本体から切り離された枝だとは言え、普通はS級退魔対象でもああはならないな)
………それで春子さん達はあんなに驚いているんだ………
(多分、それだけじゃねぇだろうさ)
それだけじゃない?
(ああ……魔力のある場所は、主に心の中、魂の中なわけなんだが………っで、そんな中にあるから、取り出したり、吸いだしたりすると、どうやっても意志力を一緒に消費しちまうわけさ)
えっと……つまり、魔力をどんな形でも外に出せば、意志力を消費するって事?
(そういう事さ。そして、黒き大樹の魔力吸収限界をあっさり超える魔力を消費したはずなのに………)
平然としてるね……黒樹君。
周りの反応を不審そうな雰囲気で見回した黒樹君は、今起こった現象がどんな現象か理解したのか、それに関する質問をしないで、
「………こいつに世界を滅ぼせる様な力がある様には見えませんが?」
と聞いた。
問われた春子さんは、若干驚きを引きずりつつ、
「世界の外から来た存在を、『外来存在』って言うんだけど………そう言う存在って、普通はこっちの世界の人間が召喚術とかで呼び込まない限り来れないのよ。だから、隠語として彼らの事を『お客様』とか言ったりするんだけど……まあ、それはあまり関係ないわね………とにかく、この子は単独で、勝手にこっちの世界に入る事が出来る………らしいわ」
「………さっきから、だってとか、らしいとか……随分曖昧ですね?」
黒樹君の指摘に、春子さんは困った様な表情になり、
「だって……仕方が無いじゃない。私の知識は股聞きの股聞きの股聞き知識なんだし」
「………股聞きの股聞きの股聞き?………」
………何それ………
「うん。夜衣花ちゃんの仲間が、日向魁人さんから聞いて、夜衣花ちゃんがそれをちょっと前に私に教えてくれたわけ」
「………夜衣花からの情報ですか?何でまた………」
「なんでも夜衣花ちゃんの話だと、同じメガネベアがちょっと前まで夜衣花ちゃんの所に、日向さん経由でいたらしいの………まあ、夜衣花ちゃんがこの子から聞いた……じゃなくて、伝えられた?この子、喋れないんだってね」
「………ええ」
「っで、それによると、他にも似た個体がいっぱいいるらしいから、同じ子かどうかは電話越しの夜衣花ちゃんには分からなかったみたいだけどね。でも、この子以外の個体を見た事がないって言ってたから、夜衣花ちゃんの所にいた子なのは間違いないんじゃないかしら?」
「………なるほど……つまり、このメガネベアは、この町に来る前は、夜衣花の所にいたわけですか………っで、その間に、夜衣花は世界を滅ぼす力の一端を見たと?」
「ん~そうなのよね………なんでも、『結末獣』を食べちゃったって話だから………」
結末獣?………また新しい言葉が出てきた。
「ん~でも、私ごときの黒き大樹で気絶するんだから………どうも信じらんない話なのよね………」
そう言いながら、黒樹君に抱き抱えられているメガネベアをグリグリと撫でた。
「………さも知ってるかのように言いましたけど、結末獣って何なんです?」
あ、黒樹君も知らなかったんだ。
「そう言えばそうねぇ~まあ、私もそれほど詳しいわけじゃないけど………なんでも、『世界樹の枝の先に出来る果実・結末世界果実』が、意志を持った存在。それが『結末世界果実獣』。通称『結末獣』って言うんだってさ」
……………?………どう言う事?
「………つまり、『世界が滅んだ可能性の世界そのもの』って事ですか?」
そう言って黒樹君は理解できたみたいだけど………あたしはさっぱり………なんか、今日はそんなのばっかり………
「………もし、そんなのが実在し……見たって事は、この世界にやって……召喚された?んでしょうが………それを食べた……ね」
いまいち釈然としていないのか、歯切れの悪い黒樹君。
「結末獣の存在は、私達退魔士の中でも有名な話だから………私もどうも信じられないのよね……」
言ってる本人も自分の言葉に納得いってないのか、こっちも歯切れが悪い春子さん。
……………なんか、話しの大き過ぎる話ばっかで………
「………まあ、何であれ………こいつがどんな存在であっても、一カ月近くいる俺からすれば………どうでもいい話です」
そう言いながらメガネベアの頭を軽く叩く黒樹君。
その感じから、黒樹君が、メガネベアを随分信頼しているのが分かる。
あの黒樹君がそんなに信頼するだから、メガネベアはいい子……なのかな?
「………第一、それほど大きな力があるなら、何らかの条件や、制限があるんじゃないんですか?」
「さあ?そこまでは聞いていないけど……確かにそうよね。いつでも使えるんだったら、とっくに世界が滅亡してるかもしれないし………それにしても……起きないわね」
首を傾げる春子さんは、メガネベアの頬を突く…………あたしも突っ突きたい………
「………おかしいわね。この子には黒き大樹の力が効かないって話だったんだけど………」
ん?あれ?……黒き大樹が聞かないんだって、瞬輝丸。
(……だとすると、随分規格外の奴だな……あたいは結構長く在るけどさ。そんな奴、初めて聞いたぜ)
初めて?………と言うか、瞬輝丸はどれくらい生きているわけ?
(物なんだから在るだって……まあ、そんな細かい事はどうでもいいか……ん~多分、安土桃山時代後期頃じゃね?)
何で疑問形?
(生まれた頃の記憶は曖昧でさ………まあ、刀狩りで集められた刀から造られたって話だから、その頃なんじゃねの?)
………安土桃山時代………
そんな会話を心の中でしている間も、春子さんはメガネベアをいじくり回していたけど………反応はなかった。
…………本当に動くのかな?
そう思った時、黒樹君が唐突に首を傾げた。
多分、心の中であの猫と会話をしていたんだろうけど………
黒樹君は少し考えた後、メガネベアの耳の近くに顔を近付け、
「………ここにいる全員は、俺に深く関わってる。だから、人形の振りをしなくてもいいぞメガネベア」
と言うと…………唐突に、メガネベアの首が動き、黒樹君を見て頷いた!?