第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』31
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暗闇に支配された空間の中に、一つのソファーが浮いていた。
そのソファーに一人の男が座っている。
年頃の五十代前後のその男は、メガネをしているが、メガネが掛るべき耳があるべき場所に耳が無く、酷い傷跡があるだけだった。その為、メガネはゴム紐で固定されており、またそのメガネには幾つかのコードが繋がっていた。そして、そのコードは男の腰に下げた機器に繋がっていて、メガネのレンズに高速で何らかの文字を流している様だった。
メガネのレンズに流れる文字。
その文字の中に、「転送魔法探知」と現れ、男は眉を顰めた。
直後、ソファーの足下に幾何学的な魔法陣が現れ、そこから女性と少女が現れ、魔法陣は消える。
現れた女性は、大きめのサングラスに障害者用の杖を持った四十代ぐらいの女性。
彼女は、黒樹夜衣斗のクラス担任・高木弥恵。
現れた少女は、肩やお腹など所々に穴の開いた服を着たポニーテールで小学生ぐらいの女の子。
彼女は星波町で暗躍する武霊チルドレンの長女・華衣。
「よぅやく帰ってきぃたか」
音程もイントネーションも外れた声を上げる男。
耳の器官が完全に壊れている為の喋り方なのだろうが、男が喋ると同時にその外れた声もメガネのレンズに文字かされているので、メガネは耳の器官の代わりも兼ねているのだろう。もっとも、文字化された声を見ながら、
「さぁって、ほぅこくをきぃこうか?」
一向に直そうとしないので、わざとこう喋っているのかもしれない。
「報告?常にこの子達を監視しているあなたに報告する様な事はないと思うけど」
弥恵が、夜衣斗達や武霊チルドレンに対して使った事もない様な無感情な声でそう言い、何事かをつぶやき、それと同時に虚空に現れた小さな幾何学的な魔法陣を手を突っ込み、SDカードを取り出した。
「へぇ?そぉれは?」
「華衣が取り逃がした渡り猫が、今回の実験を妨害する要因になった事に対する罰則を与えない交換条件よ」
「あぁあ、美魅様とぉか言われーてたあの化け猫かぁ………ぉもしろい結果だぁよな?まぁさか、魔物のちっからを借りてぇ実験体のぉ、心の潜ってぇ薬もぉ、武霊もぉ、消しさっちまぅっだからよぉ」
そう言って陰湿に笑う男。
そして、ひとしきり笑った男は、ニタリと弥恵に笑い掛け、
「いぃい実験対象にぃなりそぉうだよなぁ?お前の生徒わぁ?」
その言葉に、瞬時に杖に手を掛けようとする弥恵を、華衣は抱き付いて抑えた。
「駄目です。お母様」
華衣の声に、瞬時に沸騰した感情を抑える様にゆっくり息を吐いた弥恵は、
「小村………約束が違うわ。私のクラスの子は、実験対象にしないって約束でしょ?……忘れたなんて言わせないわよ」
言葉にあきらかな殺意を込めて言う弥恵に、小村と呼ばれた男は肩を竦め、
「むかぁしみったぁに閃君ってぇ言ってくれねぇよな。最近」
と抱き付いていた華衣が思わず身体を離すほどの殺気を物ともせず、そんな事を言う小村。
小村閃。
それがこの男の名前なのだろう。
そして、かつて弥恵は閃と親しい間柄にいた事を、閃の発言から窺い知れる。だから、今は、
「……夫を人質に取って、無理矢理言う事を聞かせているあなたを、名前で、君付けで呼べと?」
「けぇっさくだろ!?」
さも楽しそうに笑う閃に、今度は華衣が止める事も出来ない速さで、一瞬の内に閃が座るソファーの腰掛けの上に移動し、上から抜身の仕込み刀を閃に突き付けた。
「おぉおこえぇ。流石、おれぇ達、七人の内でぇ最強とぅ目される事はあるーな。一瞬で多重防御結界をやぶぅりやがってぇよ」
そう言う閃のメガネのレンズには、言葉通り「防御結界が破壊されました」と言うメッセージが何度も流れている。
だが、刀を突き付けられていると言うのに、閃は態度を変えず、それどころか、いやらしい手付きで弥恵の足を触りさえした。
「っで?こっからどぉするぅんだー?わかってんだろぉー?おーれの、身体はー、お前のおっとぉっと因果がリンクしってぇるってよ」
因果がリンクしている。
つまり、閃が傷付けば、弥恵の夫も同じ様に傷付く事象が起きると言う事。
それが、閃が自分より実力の勝る弥恵に対しての人質。
しかし、
「だから?」
その弥恵の冷淡な声に、閃の表情が一瞬ひくついた。
「……あなたを殺して、夫が死んだら、私も後を追って死ぬわ。あなたと心中なんて嫌だけど………最初っからこうしておけばよかったわ」
揺るがぬ決意が込められた覚悟の言葉。
「っまぁ」
待てと言う言葉を閃が発するよりも早く、刀が閃の肩から心臓にめがけて正確に突き
さされなかった。
次元の違う動きに止める事も出来なかった華衣は、目の前で起きた現象にただただ驚くしかない。
何故なら、弥恵が刀を動かそうとした瞬間、弥恵の背後から小さな幾何学的な魔法陣が現れ、そこから現れた手により虚空へと弥恵が引きずり込まれ、消えた。
「日向かぁ。助かったぜぇ」
そう言う閃の視線の先を華衣が見ると、宙に浮くソファーを挟んで向かい側に、いつの間にか電動車いすに座った四十代ぐらいの男性がおり、弥恵はその男に抱き抱えられていた。
「魁人君……」
閃から日向・弥恵から魁人と言われた男は、弥恵を丁重に下ろし、電動車椅子に備え付けられたノートパソコンを打つ。すると、
「「お前を助けたんじゃない。弥恵姉さんを助けたんだ」」
とノートパソコンから人工音声が流れた。
日向魁人。
この男こそが、夜衣斗も前に現れた自称最後の敵にして、魔法使い。
そして、この三人が星波町に武霊をばら撒き、武霊を日本の次世代魔法兵器にしようと暗躍している魔法使い組織『堕ち人』のトップ『三猿』
『見ざる魔法使い・高木弥恵』
『聞かざる魔法使い・小村閃』
『言わざる魔法使い・日向魁人』
自らの師を裏切り、殺した七人の裏切りの魔法使いの内の三人だった。