第一章『武霊のある町』16
★???★
少年にとって、彼女は全てだった。
あの絶望的な環境で、唯一汚くない笑顔を自分に向けてきてくれた彼女。
自分を唯一の支えとして求めてくれた彼女。
心が壊れてもなお、自分を求めてくれた彼女。
たとえ、彼女がまともじゃなくても。
たとえ、彼女が正常じゃなくても。
たとえ、彼女が自分をまともに見てくれなくても。
少年は、彼女の求めるままに。
彼女が渇望するままに。
行動する。
なぜなら、そうしなければ、彼女は壊れてしまうから。
大切な、大切な彼女が決定的に壊れてしまうから。
★美羽★
薄れる意識を何とか堪えて、夜衣斗さんを助けに行こうとした時、コウリュウが突然翼で私の視界を塞いだ。
そのコウリュウの意図に気付く前に、コウリュウが激しく揺れた。
翼の隙間から水飛沫が見えてから、多分、高圧縮の水撃。
コウリュウの翼が開き、水撃が撃たれた方向を見ると、砂浜に線の細い少年・礼治と巨大化したキゾウがいた。
なんて無茶を………。
武霊は、はぐれ化していない限り、倒されようと何度でも具現化できる。それは、武霊の『本体』が寄生者の中にあるから出来るって言われているけど……その具現化の度に武霊使いは意志力を大きく消費されてしまう。特に武霊の本体を具現化するのは、消費意志力が最も多くて、一日にそう何度も出来ない。そして、レベル2化も負担が大きい具現化で、その両方を使って失った礼治は、もう武霊を具現化して再びレベル2化させるほど意志力を持ってないはずだけど………。
遠目から見ても、礼治はかなり辛そうだった。
かなり無茶をしているのは間違いないけど………。
高神姉弟が星波町に来る前、彼女達がどこで生まれ、どう育ち、どんな事をして、どう生きてきたか………誰も知らない。彼女達自身が武霊に関するその者の行動ばかり取るから、忘却現象で調べに行く事も、調査を頼む事も出来ないからだけど……でも、確実に分かる事が一つある。それは、二人が『本当の姉弟じゃない』と言う事。あの二人は、兄弟と言うには、あまりにも容姿が違うから、明らかに血の繋がりはない。それなのに……礼治は、血の繋がってない女性を姉と呼び、ここまで無茶をする。そして、麗華のあの狂気……その根底に、『私には想像できないほどの過去』があったって事は……予想出来る。……それに、同情はする……でも、それで自分の欲を満たすために、人を殺していい理由にはならない。
……だから、私はこの状況をチャンスだと思った。なかなか捕まえる事が出来なかった高神姉弟の片割れを捕まえるチャンスだと。
夜衣斗さん、ごめんなさい。
私は心の中で夜衣斗さんに謝り、礼治を捕まえる決意を固めた。
実の所を言うと、この時、私は夜衣斗さんならあの麗華に追われても、大丈夫なんじゃないかなって思ってた。
だって、夜衣斗さんの武霊・オウキは、あの剛鬼丸を倒すほど強かったし、対象を見えなくさせる能力も持ってた。だから、私はあまり夜衣斗さんの心配をしていなかった。
でも、それを私はすぐに後悔する事になった。
突然、大きな爆発音がした。
驚いて爆発音がした方向を見ると、もうもうと立ち込める黒い煙と、煙の中から飛び出す夜衣斗さんが見えた。
その後ろからスライムとは思えない素早さで迫る麗華の武霊も。
「え!?」
そして、夜衣斗さんは、私の見ている前で、『喰われた』
「・・・・嘘・・・・」