第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』24
★飛矢折
夜衣花ちゃんの飛んでも発言に場が静まり返り、
「ちょ!な!お前!何言ってるんだ!?」
流石に慌てたのか、黒樹君がいつもの間も忘れて、大きく慌て、慌てさせた当の本人は、不思議そうな顔で慌てている黒樹君に小首を傾げ、
「何かいけない事なの?」
などと分かってない感じで言った。
………確かにあたしだって兄弟達と一緒にお風呂に入った事があるけど………それは小学校高学年になるかならない時に止めている。
他の家がどれくらいの時期に止めるかは知らないけれど、少なくとも、中学生・高校生の年の間柄で一緒には入らないでしょ?………多分………
「………あ~………夜衣花ぐらいの年で、俺と入るのは色々とまずいだろ?例え本当の兄妹だったとしてもだ」
と黒樹君が一般的ぽい事を言うと、
「でも、昔は一度も入ってくれなかったし………」
と言って落ち込む夜衣花ちゃん。
「………それは、他人と一緒に入るのが恥ずかしかったらで」
「もう他人じゃないもん!」
「いや、だから、俺はあんまり人と一緒に入るのが苦手で………」
………まあ、確かに黒樹君の性格なら、温泉とか集団で肌を見せる様な場所は不得意だろうけど………
「じゃあ、一緒に寝よ、夜衣斗お兄ちゃん」
…………どうも夜衣花ちゃんは、普通の女の子と感覚がずれていると言うか……家族限定で甘えん坊になるみたいね………考えて見れば、夜衣花ちゃんは普段、家族と離れ離れに暮らしている上に、厳しい環境で置かれている………こうなるのは仕方が無い事………かな?
「………あのな………」
若干呆れた雰囲気になる黒樹君に、
「だめ?」
と潤んだ瞳を向ける夜衣花ちゃん。
その表情に困った雰囲気になる黒樹君は、困った様に春子さんを見るけど、春子さんは二人の甥姪を面白そうに見ているだけで、黒樹君は深いため息を吐き、
「………わ」
折れた返事をしようとした瞬間、不意に夜衣花ちゃんの立体映像が消えた。
「な!春子さん!」
驚いた黒樹君が春子さんを見ると、春子さんも驚いた表情をしていて、慌てて近付こうとするけど、途中でその足を止めて未だに出していた黒き大樹を見て、出していない手で、黒き大樹が出ていない部分の腕を強く掴み、
「ふっ……くぅ~!」
辛そうな声と表情になると共に、ゆっくりと黒き大樹が春子さんの腕の中へと引きずり込まれ、なくなった。
荒い息を吐いてふら付く春子さんは、自分に注目しているあたしと黒樹君に苦笑して、
「私の黒き大樹って、一度外に出るとなかなか戻ってくれないのよ………だから、これも含めて私は黒樹家最弱なんだけどね」
そう力無く言って、携帯電話を拾った。
「ん~………こっちに問題はなさそうね」
携帯電話と魔法具を調べた春子さんはそうつぶやいて、
「夜衣花ちゃん、大丈夫?」
そう携帯電話に話しかけると、
「ごめん春子お姉ちゃん。ちょっとピンチになっちゃった」
そう魔法具のスピーカーから夜衣花ちゃんの声が聞こえてきた。
「そうなの?じゃあ、気を付けてね」
と軽く言う春子さん。
そのあまりの軽さに、思わず、
「あの、ピンチって言ってませんでしたか?」
と言ってしまうと、春子さんは軽く笑って、
「ピンチはいつもの事だから平気平気」
平気って………
「そうよ。だから、あなたに心配される必要はない」
あたしが心配したのが不快なのか、そうはっきりと夜衣花ちゃんに言われてしまった。
………なんか、本格的に敵認識されちゃったみたいね………ひよりちゃんは寝ているし、この場に赤井さんがいなくて、ある意味良かったかも………赤井さん無事だといいんだけど………
「………夜衣花」
心配そうに声を掛ける黒樹君の声に、携帯電話向こうで夜衣花ちゃんが少しうろたえた様に感じ、
「夜衣斗お兄ちゃん………大丈夫。夜衣花は強いんだよ………それに、一人じゃない。ほら、エレアなんか喋って」
「え!?な、何か喋れと唐突に言われましても………」
夜衣花ちゃんに携帯電話を押し付けられたのか、戸惑った女性の声が聞こえてきた。
「ほら、一人じゃないでしょ?他にも二人、今は近くにいないけど、いるし、現地の退魔士にも協力して貰ってるから全然心配ないんだよ」
黒樹君を安心させようと説明する夜衣花ちゃんだけど………黒樹君の心配する気配は消えない。
だけど、黒樹君は携帯電話に音を拾われないぐらいの小さなため息を吐き、
「………分かった………夜衣花、代われる余裕があるなら、少しだけエレアさんって人に代わってくれないか?」
★???★
小屋の半分がまるで削り取られる様になくなっている中、メイド服の女・エレアは夜衣花を小脇に抱えつつ、ショットガンを森へと向けていた。
不意な攻撃、小屋の壊れ方からして、丁度夜衣花の上に降る雨粒に何らかの力を加え、弾丸の様にしたのだろう。
その証拠に、原形をある程度留めている小屋の一部に、無数の穴が開いていた。
一応小屋には強度を上げる退魔士道具を使っていたので、屋根が壊れる気配を感じたエレア間一髪の所で夜衣花を抱え、その場から飛び退く事が出来たのだが、雨を攻撃手段に変えてくるとなると、非常に今の環境は非常に敵に有利な環境だと言える。
なのに、エレアの主である夜衣花は、平然と通常通話に切り替え、電話を続けていた。
肝が据わっているのか、仲間を信頼しているのか、はたまた何を置いても兄と話したいのか。
幸い、こちらが攻撃された事に気付いた仲間の一人が、防御結界を空に張った様なので、これでしばらくは持つだろうが………何であれ、エレアはため息を吐かざるを得なかった。
そんなエレアに、
「え?うん。エレア。夜衣斗お兄ちゃんが代われだって」
そう言って、魔法具付きの携帯電話を差し出す夜衣花。
「あの、夜衣花お嬢様。状況分かってます?」
思わずそう言ったエレアに、夜衣花はにっこりと笑って、
「代われ」
と、にべもない言葉。
どうも夜衣花は、自分の兄の事になると、見境がなくなると言うか、暴走気味になると言うか、冷静な判断が出来なくなる。
これは逆らっても無駄なので、エレアは夜衣花を下ろし、開いた片手で携帯電話を受け取り、
「代わりました。夜衣斗御坊ちゃま」
そう言うと、御坊ちゃまと言われた事に違和感を感じたのか、向こうは沈黙。
エレアは彼が普通に育った事を承知しているので、若干苦笑しつつ、
「エレアは、お二人のご両親から夜衣花お嬢様のお世話並びに護衛を依頼された武装メイドです」
「………武装メイド?」
聞きなれない言葉を聞いた夜衣斗の疑問の声に、エレアは少し困った。
説明をするのは簡単だが、現状が説明する暇があるのか疑問な状況だったからだ。
だからと言って、主の兄の疑問に答えないわけにはいかないので、答え様とした時、エレアの間に状況を察したのか、
「………エレアさん。夜衣花を頼みます」
そうさっさと自分の用件を言い、若干唐突だったので、エレアは思わず、
「あ」
なたに言われなくても。と言いそうになり、無理矢理言葉を飲んで、
「もちろんです。お任せください夜衣斗御坊ちゃま」
「………夜衣花に代わってください」
「はい。夜衣花お嬢様」
エレアから携帯電話を受け取った夜衣花は、自分の耳に携帯電話を当てようとした。
その瞬間、夜衣花・エレアはその場を飛び退く。
直後、大量の雨が上空に張られた防御結界を破壊して、直前まで夜衣花・エレアが居た場所を破壊した。
「夜衣花お嬢様!ご無事ですか!?」
一緒に飛び退いた事を確認はしてはいたが、それでも心配だったエレアが夜衣花を見ると、夜衣花は平然と電話を続けており、
「………うん。もちろんだよ。やっと紹介出来るから、私、嬉しいよ………うん。そうだよ………夜衣斗お兄ちゃんも、どうか無事で………」
そう言って、名残惜しそうに通話を切った。
少し沈んだ顔になる夜衣花に、エレアは心配になって声を掛けようとするが、夜衣花は携帯電話をエレアに放り投げた後、両手で頬を思いっきり叩いた。
「いったぁ~」
強く叩き過ぎたのか、ちょっと涙目になる夜衣花。
「よし!気合入った!エレア!ちゃっちゃとあいつらを倒して、夜衣斗お兄ちゃんを助けに、日本に帰るよ!」
「え!?お、待ってください!夜様、夏子様から、しばらく日本に帰るなって指示が」
「知らないわよ!お家騒動がなんぼのもんじゃ!!!」
どうも変なスイッチが入ったらしく、絶叫しながら両手に黒樹刀を出して森に突っ込んでしまう。
「お、お待ちください夜衣花お嬢様ぁ!!」
夜衣花の突然の特攻に、エレアは大慌てで携帯電話を虚空に消し、夜衣花の後を追った。
なお、夜衣花の思いとは裏腹に、このインドの退魔は予想外の方向に派生し、日本に帰るに帰れなくなるのだが………それはまた別の話。