第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』16
★夜衣斗★
俺の予想に、周りは騒然となり、春子さんは少しの間難しい顔になった。
「………確かに私達も、夜衣斗ちゃんの言う様に考えているわ………魔法使いの組織が、私達退魔士をはめて星波学園を作り、武霊を宇宙か異世界のどちらかから召喚し、次世代兵器にしようとして失敗。何らかの理由で忘却現象がコントロール出来なくなって、星波町から武霊を出せなくなり、仕方なく星波町のどこかで研究・開発を続けている………そう考えているけど………夜衣斗ちゃん。そこまで武霊・忘却現象の解析が進んでいる根拠は?」
根拠ね………
「………まず、武霊使い強化薬。これはある程度武霊の解析が進んでいないと作れない物だと思います。そして、その武霊使い強化薬を作った連中が、ただたんに忘却するだけの薬をばら撒くとは思えないからです。第一、そんな事をしても意味がない。だとすると、同じ忘却繋がりで忘却現象を連想するのは自然な事です」
「そうかもしれないけど………」
「………そもそも、春子さん達だって分かっているんじゃないんですか?」
俺の問いに、春子さん達は疑問符を浮かべる。
「………ひよりさんの忘却を治療できなかったんでしょ?」
視線をひよりさんに向けると………ひよりさんはいつの間にか、さゆりさんに寄り掛って寝ていた。
……どうりで静かな訳だ……
「確かに治療は出来なかったけど………」
………まあ、この二つだと根拠としては弱いか………退魔士達の世界でも忘却剤の様な薬はあるだろうし………ふむ。だったら………いや、まあ、さて……どうしようか?………正直、自分から切り出したくない予想……話題なんだが………まあ、状況が状況だしな………躊躇をしている場合じゃないか…………
俺は深いため息を吐き、
「………春子さん」
「ん?何?改まって?」
「………美魅が言っていましたが、もしかして、俺の家は……黒樹家は日本五大退魔士家系の一つだったりしますか?」
その俺の問い掛けに、それまで黙っていた夜衣花が反応し、俺の腕の中の美魅を睨んだ。
美魅は何かを感じたのか、震えて逃げ込むように俺の中に入って消える。
「そうよ。私も、あなたのお母さんも、その黒樹家の人間」
あっさり肯定する春子さんに、俺はため息を吐き、夜衣花は春子さんを睨んだが、春子さんは特に気にせず、
「言葉だけじゃ信じられないだろうし……退魔士能力見る?」
そう言ってきた。
まあ、正直、春子さんが言う様に、言葉だけじゃ信じられなかったので、頷く。
すると、春子さんは片手を水平に上げ、
その瞬間、春子さんの手から黒い枝が生え、その先端から黒い小太刀ぐらいの木刀が現れた。
………この枝って、メガネベアを簀巻きにしているのと同じ物だよな………
「これが黒樹家の退魔士能力『黒き大樹』とその黒き大樹から作られる『黒樹刀』。そして、この樹は魔法を喰らう魔法の寄生樹。私達はこれを自在に操って、退魔を行うわけ……ちなみに、私の黒き大樹は一族の中で『最弱』だから、黒き大樹はこれぐらいしか出せないし、黒樹刀もこんなにちっちゃいの……本当の黒き大樹使いは、大樹の名前の通りに出せるし、黒樹刀も普通の木刀ぐらいの長さなんだけどね………」
そう言う春子さんはどこか自嘲気味に笑った。
………最弱ね………まあ、その事で春子さんがどんな目に遭ってきた……今の表情で想像するのは簡単か………何にせよ。春子さんの感じからして、母さんの実家はあまりいい所ではなさそうだ………にしても……魔法を喰らう樹?………それって、魔物とか魔法使いにとって天敵なんじゃ………と言うか、
「………そんな能力を持ってるのに、忘却現象の影響を受けるんですか?」
「だから、言ってるでしょ?現代の魔法使いじゃ出来ないって」
………なるほど………それが最大の根拠になってるわけか………
「まあ、でも、流石に武霊は寄生出来ないみたいなのよねぇ~。それだけは、すっごく残念かな?」
そう残念がる春子さん。
確かに、春子さんの様な人物が武霊を具現化出来ないのは……少し不自然か……同じ退魔士である統合生徒会長とか優癒さんとかは武霊を使えるのに………武霊と忘却現象はそれだけ性質が違うって事なんだろうか?………ふむ、何にせよ。春子さんが武霊に寄生されないと言う事は………
「………やっぱり俺には退魔士能力はないわけだ」
ぼそっとそうつぶやくと、春子さんはもちろん、夜衣花もぎくりとした。
その様子をちらりと見ながら、
「………考えられるパターンは二つ。俺が『養子』か『能力を受け継げなかった』…………そして、養子であった場合、俺の両親、『黒樹 夏子』と『夜』の本当の子供は…………」
視線を夜衣花に向ける。
明らかに動揺する夜衣花。
「………夜衣花だと仮定出来る」
★???★
木々が生い茂る森の中に、夜衣花がいる小屋があった。
周囲に生える植物は、あきらかに日本のものではなく、そこが海外、それも熱帯・赤道付近である事を示している。
彼女が今いる国はインド。
六月のモンスーンに入っている事もあり、小屋の外はバケツを引っ繰り返した様な酷い雨で、小屋の中は異常な雨音に支配されている。
そんな中に夜衣花を含む四人の男女がいた。
その内の二人の女は、椅子に座り、辛そうに目をつぶっている夜衣花を心配そうに見ている。
夜衣花の手元には、魔法具を付けた携帯電話。
携帯電話に付けた魔法具は、携帯電話を介して意識の一部を掛けている携帯電話に送り、その携帯電話に付けている魔法具が再現したホログラムに送った意識を宿す魔法具。
「……これ……本当に大丈夫なんでしょうね?」
そう疑惑の声を上げるのは、金髪ポニーテールの白人女性。
その格好は何故かメイド服で、その手にはショットガンと現実的にはおかしな組み合わせだった。
そして、疑惑の声を向けられた女性は黒髪ロングヘアーの日本人女性だったが、その格好は異様なほどの蒸し暑さだと言うのに、ライダースーツを着て平然としている。
「大丈夫ですよ。今までだって不良品を渡された事はなかったじゃないですか?」
「………じゃあ、どうして夜衣花お嬢様は苦しそうにしているのよ!」
「え?だって、それは………いよいよ『あの事』を話すんじゃないんですか?」
「そんな事、あんたに言われなくたって分かってるわよ!」
「そ、そうですか………」
何だか理不尽に怒鳴られ、ライダースーツの女性は困った様にこっそりとため息を吐いた。
メイド服の女は基本夜衣花限定の心配性で、今の二人のやり取りは大体いつも通り。
だからか、そんな二人のやり取りを特に気にせず、この場で唯一の男性である執事服の男は、ずっと窓の外の様子を窺っていた。
男性は黒色の肌に、銀色の髪、赤い瞳と容姿上ではこの場の誰よりも特徴的な男性で、どこか人でない雰囲気を醸し出しており、事実、彼は人間ではない。
その証拠に、唐突に彼の眼前にレーダーサイトの様な物が現れ、それと同時に両手を機械的な姿に変化させて肥大化、窓から飛び出した。
「っちょ!ちょっと待ちなさい。単独行動は夜衣花お嬢様に禁止されていでしょうが!」
唐突な執事服の男の行動に驚きながら、メイド服の女はライダースーツの女を睨み、
「とっとと援護に行きなさい!」
そう言うと同時に、手を横に外に向けて振った。
ほぼ同時に、土砂降りの雨が降る外の何もない空間から大型バイクが飛び出し、停車。
大型バイクの出現を確認したライダースーツの女は、
「夜衣花ちゃんを頼みます」
と言って駆け出し、大型バイクに飛び乗る。
「あんたに言われるまでもないわ」
メイド服の女はそう言ってムスッとし、それを見たライダースーツの女は苦笑しつつ、大型バイクを走らせ、森の中へと消えた。
その際に、大型バイクは一切音を発せず、まるで馬の様に機体を動かし飛び、木々の幹を走ったので、このバイクも普通のバイクではなく、魔法仕様のバイクの様だった。
ライダースーツの女を見送ったメイド服の女は、ショットガンを油断なく構えながら、夜衣花を見て、うろたえた。
「よ、夜衣花お嬢様!?」
何故なら、夜衣花はメイド服の女の前で、目を瞑りながら涙をぼろぼろと流していたからだ。