第一章『武霊のある町』14
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彼女は呑気に鼻歌を歌い、ゆっくりと海岸沿いを歩いていた。
楽しそうに、しかし、どこか狂気じみた雰囲気でだ。
その彼女に線の細い綺麗な少年が近付いてくる。
年の頃、十五・六歳ほどの少年だ。
「麗華お姉ちゃん。麗華お姉ちゃん。もう終わった?終わった?」
近づいてきた少年は、外見とは不相応な幼い口調で彼女・麗華に声を掛けた。
声を掛けられて少年に気付いた麗華は、どこかおかしな笑顔を少年に向ける。
「まだよぉ。礼治は、あのくそ虫女を、殺した?」
「ごめんなさい。まだなんだ」
麗華の問いに、少年・礼治は怯えた様に麗華を見て、空に視線を向けた。
その視線の先で、礼治の武霊キゾウと赤井美羽の武霊コウリュウが激しい空中線を繰り広げている。
「いいわよぉ。あなたはあのくそ虫女を抑えてくれていれば」
「うん。わかったよ麗華お姉ちゃん」
麗華の言葉に、礼治は一気に明るくなって、無邪気に麗華に抱き付いた。
その礼治の行為に麗華は起こらず、逆に、優しげに礼治の頭をなでる。
礼治は頭をなでられ、気持ち良さそうに目を細めた。
この二人、態度だけ見れば、仲の良い姉弟だが、その外見は全くと言っていいほど似ていない。
明らかに姉弟ではないが、この瞬間だけ、麗華から狂気が消えているのからして、二人は姉弟以上の絆で結ばれているのだろう。最も、その絆が『正常な絆』だとは到底思えない。
しばらく二人はじゃれあっていると、二人の傍に赤い狼男の武霊が走り寄ってきた。
その瞬間、麗華に狂気が戻り、一瞬、礼治の顔が悔しそうに歪み、元の無邪気な顔に戻る。一瞬だった為、麗華はその礼治の様子に気付いた様子はない。
「見つかったぁ?」
麗華のその問いに、赤い狼男は頷いた。
「礼治ぃ。お姉ちゃん行くね」
そう言って、麗華は礼治の頭を撫でるのを止めた。
「うん。行ってらっしゃい」
礼治は名残惜しそうに麗華から離れる。
「僕、頑張るね」
そう言って、礼治は麗華に背を向けて走り出した。
「無理をしちゃダメよ」
麗華はその背中に声を掛けて、赤い狼男に近付いた。
赤い狼男は、麗華を抱き抱え、礼治とは反対方向に駈け出した。
「あはっ。待っててね。私の武霊ちゃん」