第四章『それぞれの裏、さまざまな真実』3
★飛矢折★
二つの気配が走る速度で近付いて来る。
「どうしたの?」
あたしが誰もいない方向に顔を向けている事を不思議に思ったのか、芽印が話し掛けてきた。
「二人。こっちに向かってくる気配がするんだけど………ここに芽印以外の人いるの?」
「ん?結構いるわよ……えっと〜五十人ぐらい?」
五十人!?
「なんでそんなにこんな場所にいるの!?」
「そりゃ、ここが万が一の時の緊急避難所だからよ」
それはどういう意味?そう言おうとした時、二つの気配から声も聞こえてきた。
「待って!駄目よひより」
「えー?なんでぇー?芽印お姉ちゃんは行ってるんでしょぉ?ずるーぃ!」
「ずるくないの!まだあの子が大丈夫かどうか分からないんだから、近付いちゃいけないのよ。分かるでしょ?」
「わかんなぁーい」
「いい子だから待って、ひより」
「やぁー!私も夜衣斗お兄ちゃんの所に行くぅー」
………何だろう?一人は成人女性の声なのは分かるけど、もう一人は………あたしと同年代ぐらいの声なのに、妙に幼い喋り方をしている様な………
そんな事を思っていると、三十代ぐらいの綺麗な女性と、その女性に似たあたしと同年代ぐらいの女性が現れた。
同年代ぐらいの女性……多分、ひよりさんは、外見に似合わない幼い足取りであたし達に近付き、ちょこんとあたし……と言うより黒樹君の前に座った。
後ろから、三十代ぐらいの綺麗な女性……多分、ひよりさんのお母さんが息を切らしながら追い付き、あたしを見て、芽印に無言で問い掛ける。
その問い掛けに、芽印は頷き、
「大丈夫です。私達の予想通り、笛の音の届かない場所では催眠は持続されないみたいです」
笛の音?………あ!あの笛の音?………そう言えば、あたしが催眠状態になっている時、ずっとあの笛の音が聞こえていた様な………なるほど、あたしと黒樹君だけがここに寝かされていたのは、催眠状態がどこまで続くか確証がなかったからで、芽印はあたしが自分達の予想通り催眠状態から戻っているか確認する為に来たってわけね………
「夜衣斗お兄ちゃん。起きてぇー」
唐突に意識を失っている黒樹君を揺するひよりさん。
その仕草は、本当に子供の様で………まるで幼稚園児までの記憶を残して記憶喪失になった様な………
「起きてー」
「こら!止めなさいひより!」
「えーだってー起きないんだもぉーん」
「だもんじゃありません。夜衣斗君は疲れているの……ゆっくり休ませてあげないと………」
やんわりと自分の娘を押さえ付けたひよりさんのお母さんは、あたしの方に顔を向け、
「ごめんなさい。この子、今………なんて言えばいいのかしら?……幼稚園児ぐらいまでの記憶以外を失ってて………」
やっぱりそうなんだ………でも、
「どうしてそんな事に」
視線をひよりさんに向けると、ひよりさんは不思議そうな………純真無垢な目をあたしに向け、黒樹君に握られているあたしの腕に視線を移し、小首を傾げ、再びあたしを見た。
「お姉さん。夜衣斗お兄ちゃんの恋人なの?」
っな!
「違うの?」
え!?や、その、
「じゃあ、私が王子様やってもいいよね?」
「お?王子様?」
「うん♪」
意味が分からない言葉と、恋人と言う言葉に動揺していた事もあって、あたしはひよりさんの次の行動に直ぐに対応出来なかった。
「ちゅー」
★夜衣斗★
………何だか騒がしい様な………だが、公園の中は相変わらずサヤ達以外誰もいない………静かなもんな気がするんだが………?
「そろそろ起きる時間みたいね」
そう言って、サヤは俺から離れた。
同時に両隣の女の子達も起き、寝ぼけ眼の目をこすりながら俺の前に立ってドレスのすそを持ち、一礼。
何だか照れ臭くなり、頬を掻きつつ立ち上がる。
「今度この子達に会う時まで、この子達の名前を考えて置いてね」
そのサヤの言葉に思わず振り返ると、
「きっとその時が、再びの運命の選択の時だから」
っな!?
気が付くと、目の前に人の顔があった。
ん?…………なんか………唇に柔らかい感……触が?……………………ぎゃー!!!
★飛矢折★
あたしも含めた三人が唖然とする中、ひよりさんは黒樹君と………唇を……………重ね合わせた!?
きゃー!!!!!!?
もう自分でもよく分かんない訳の分からいない感覚に混乱しつつ、物凄い早さでひよりさんを黒樹君から引っぺがした。
「しまった!シャッターチャンスだったのに!」
悔しがる芽印を睨みつつ、
「い!いきなり何をしてるのかなひよりちゃん」
何とか自分の感情を抑えつつそう問うと、
「えー知らないのぉー。眠り姫は王子様のキスで目を覚ますんだよぉー」
とか言いだした。
逆でしょ!逆!……………と言うか、と言うか、落ち着くのよ巴。相手は、記憶喪失で幼児化した人。言わば、幼稚園児の戯れ………って、身体は女子高生で、心は幼児って………よりイケナイでしょうが!
もう、頭の中は大混乱。
っど、どうしよう。唯一の救い?は、黒樹君が起きて
「ほら、やっぱり起きたよお姉さん」
え?
ひよりちゃんの言葉に、反射的に黒樹君の方へ視線を向けると、前髪から僅かに見える目が見開かれているのが見えた。
………えっと…………この場合、なんて言ったら………
「とりあえず」
それまで固まっていたひよりさんのお母さんが、唐突に口を開いて、
「責任とってね夜衣斗君」
とからかう様に言った。
その言葉に、驚きで固まっていた黒樹君は途端に動揺し出し、
「………勘弁してください」
と言ったので、あたしは思わず笑ってしまった。