第三章『奪われたオウキ』54
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駆け出した生徒・飛矢折巴の気配が遠ざかるのを感じながら、高木弥恵は投げ捨てられた傘を回収し、微笑んでいた。
何が起こったか、聞こえた咆哮と、巴の焦り様から分かる。
そこから考えても、巴の行動はあきらかに無謀で無意味なものだったが、だからと言って何も行動しない子には先生としても、大人としてもなって欲しくなかった。
だから、巴はまさしく弥恵が生徒に望む行動をしてくれたので、ついつい微笑んでしまったのだ。
もっとも、ただ無謀で無意味な行動で終わるとは思っていない。
少なくとも、巴には起こした行動に何らかの結果が残せる能力が備わっている。
そう弥恵は思っており、だからこそ、黒樹夜衣斗を助けたいと言う巴に弥恵は手を貸した。
これが普通の生徒なら、当然渦中に飛び込む様な事はさせない。
何にせよ。弥恵の行動は教師として大人として問題な行動だとは言える。
言えるが、弥恵自身は特にそれを問題だとは思っていない。
子供は無茶を少しぐらいするのが丁度いい。
それが弥恵の教育方針の一つで、その為に今回の様に無茶を誘ったりもする。
実はとんでもない教育者だった弥恵だが、そんな弥恵でも夜衣斗の事は心配だった。
あの生徒は、この町に来てから予想を上回る行動ばかりする。
それはある意味弥恵とって望ましい事だが、同時に不安にもさせていた。
予想を上回ると言う事は、決していい事ばかりではない。
それが良い方に転べばいいが、悪い方に転んだ場合、夜衣斗の『素地』ではそれを乗り切れるか疑問な所があった。
どう転んでいるかにせよ。早めに見付け、合流した方がいい。
そう思った弥恵は、携帯電話の様な視覚障害者用のGPSを取り出し耳に当てた。
音声で現在位置を知らせ、行きたい場所へ案内してくる代物。
流石に気配で周囲の様子が分かるとは言え、初めての所ではどこをどう進めばいいか分からずに取り出したのだが、GPSを起動させた時、弥恵が出てきた建物とは別の建物から、誰かが出てくる気配がした。
「音声ナビゲートを開始します」
そう耳元でGPSが言ったが、それに耳を傾けている状況ではなくなった。
何故なら、現れたその気配に弥恵は覚えがあり、
「お母様?」
向こうにそう声を掛けられたからだ。