第一章『武霊のある町』6
★???★
その女は姿鏡の前で長い黒髪をとかしながら、機嫌よく鼻歌を歌っていた。
でたらめで、調子の外れたその鼻歌は、どこかで聞いた事があるヒーローアニメの主題歌だった。が、その鼻歌にどこか狂気じみたものがあり、聞く者がいたら、そのアニメとはかけ離れたイメージを抱かせただろう。
この女はおかしい、近付くと危険、狂ってる。
そんなイメージを。
彼女のいる場所は、木々で作られた廃校の元保険室。
残された姿鏡で、彼女は外へ行く準備をしていた。
なんの服も着ない状態でだ。
姿鏡に映る彼女の裸体は異様に白く、その白さが彼女の狂気さを更に増長させている。
彼女の背後には寝床として使っているであろうベットが一つあり、そのベットの上にはシーツにくるまって寝ている誰かがいた。
シーツにくるまって寝ている誰かが、もぞもぞと動く。
鏡越しにその動きを見た彼女は、くすりと笑う。
その間だけ、何故か彼女から狂気の気配が消えた。だが、直に元に戻り、その濁った眼を姿鏡の上に張り付けてある写真に向けた。
その写真には、『黒樹夜衣斗の武霊オウキが写っていた』。
彼女はその写真を愛おしそうに写真を撫でた。
「あは。待っててね。私の武霊ちゃん」
★夜衣斗★
武霊が現れ始めてから十年も経てば、国の支援がなくてもそれなりの体制は立てられるらしく、星波町にはこの町独自の組織がいくつかあるらしい。
その一つが、『星波町自警団』。
星波町の有志(大人限定)の武霊使いによって構成されている集団で、主に星波町で起こる武霊事件やはぐれの発生の対処をしているらしい。
美羽さん曰く、何か武霊に関するトラブルがあったら、彼らに相談すると大概は解決するそうだが……田村さんの件や、犯罪武霊使いを放置している事から考えると、それほど頼りにならないんじゃないかと思える。
まあ、危ない所や人に近付かなければ、そうそうとトラブルに巻き込まれる事も無いだろう。
………多分。
っで、現在、俺は星波町役場に来ている。
星波町独自の制度の一つに、武霊使いになった者は、その武霊と共に武霊使いとして登録しなくてはいけないらしく、写真撮られたり、ああだこうだ質問させられている。
美羽さん曰く、犯罪の予防とはぐれの大量発生などの、自警団だけでは手に余る事態が起きた時の為の登録らしい。
……それってつまり、昨日みたいなのが起こる度に、呼び出されて戦わなくちゃいけないって事か……まあ、戦うのは俺じゃないから……いや、よくはないな………酷く面倒な話だ。
つい深い溜め息が漏れる。
「大丈夫ですよ。はぐれの大量発生なんて、滅多に起きませんし……なにより、オウキは物凄く強いじゃないですか」
溜め息を聞いた美羽さんが、溜め息の内容を察して、そう言ったが………そう言う問題じゃないんだよな……昨日は、なんだかその場のノリと勢いでうまく体と頭が動いたけれど、普段の俺は、ハッキリ言って『へたれ』だ。同じ様な場面にまた遭遇して、同じ様に戦えるとは、とても思えないんだよな……都合のいい妄想は出来ても、現実的な想像は出来ない。逃げ出し、恐怖で身動きのできない自分なら予想は出来るが……なんにせよ。見羽さんは、どうも俺を買い被っているようだ。昨日の様な『まぐれ』。そうそう都合よく起きやしないって言うのに………俺は少なくとも平凡以下の男だぜ?