第三章『奪われたオウキ』16
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闇は今や久思にとって唯一の安らげる場所。
闇の中なら何もかもが無くなる。
その中に身を委ねていれば、その内に心の中まで無になって、何も考えなくても、何も思い出さなくても済む。
ただ、最近、お節介なクラス委員がよく久思の部屋の前に来る様になった。
その呼び掛けを聞く度に、久思の止まっていた思考と心が動き出して、久思を苦しめ………手の中にある注射器を嫌でも意識してしまう。
これを渡されてから何日経ったか、今の久思には定かじゃないが、未だに使っていない。
確かに、武霊は魅力的な存在だが、同時に久思は怖いとも思っていた。
自分以外の何かが、自分の中にいる。
一つの仮説によれば、星波町に人が入った時点で、武霊は人に寄生している。と言う話だが、誰もそれを証明出来ないので、本当に武霊使い出ない自分の中に武霊がいるのか久思は懐疑的だった。
むしろ、自分なんかにはいないとすら思っている。
その証拠に、既に星波町に来てから一ヶ月以上経ってると言うのに、一向に武霊が発現しない。
まあ、危機的な状況に陥った事がないので、具現化する機会が無いと言う可能性も無くはないが、そもそも、久思の中に明確な自分を形作っているイメージがあるのか、そこに首を傾げる所がある。
漫画やアニメなどの空想の産物は好きだが、好きと言うだけで、それほどのめり込んでいるわけではない。
だから、久思は自分の中に武霊がいるか確認する術はない。
今、久思の手の中にある注射器以外にはだ。
これが本物なのは、博の事件で証明されている。
だから、それを使えば久思は武霊使いになれる。
だからと言って、とてもじゃないが使う気になれない。
武霊が怖いと言う事もあるが、そもそも、自分自身に得体の知れない薬物を注射するなど、気弱な久思には無理な話だった。
使えないのに、注射器を無理矢理くれた少女の武霊使いの脅しで捨てる事も出来ない。
だから、思考と心が動き出すと、どうしても誰かに頼りたくなって、つい、お節介なクラス委員に言ってしまった。
黒樹君と話がしたい。
っと。
そもそも、黒樹夜衣斗とは、不良グループから助けてくれた以降会っていない。
それでも、星波町の中で、星波町の中で、頼れそうな人物は、夜衣斗以外思い浮かばなかった。
まあ、もっとも、夜衣斗がわざわざ自分の為に来る事なんてない。っと久思は思っていた。
何故なら、夜衣斗とは僅かな関わりしかないし、そんな義理があるとは到底思ないからだ。
もし、自分が同じ立場に置かれたなら、きっと行かないだろう。
そういう予想が、より久思を追い詰めたが………その予想は裏切られる事になる。
何故なら、部屋のドアがノックされ、
「楠木君。黒樹君を連れて来たわよ」
そうお節介なクラス委員が言ったから………