間章その二『うさぎと魔人』15
★???★
暗く閉ざされた部屋の中で、黄道美幸は目を覚ました。
ぼんやりとする思考の中で、美幸は、
(起きちゃった)
っと思っていた。
半回転してベットの横を見ると、そこには既に美幸の武霊が具現化しており、鼻をひくひくさせている。
美幸の武霊は、人と兎を組み合わせた様な姿をしている。
それの大本になった記憶は、海外に単身赴任でずっと会っていない父親と、その父親に昔買ってくれた兎のゆきちゃんが基になっている。その為、美幸は自身の武霊をゆきちゃんと名付けた。
ゆきちゃんは、基本的に武霊使いに従順な武霊の中でも更に従順で、常に美幸だけじゃなく、他の人間の心配をする様な優しい武霊だった。
だが、今は違う。
いや、基本的な所は変わっていない。
ただ、
不意に机の上に置いてあった携帯が鳴った。
あ!っと美幸が思うと同時に、ゆきちゃんが拳を振り下ろした。
凄まじい音と共に、机ごと携帯が破壊されてしまう。
「ゆきちゃん………」
鼻息を荒く、何度も何度も壊れた携帯に拳を叩き付けるゆきちゃんに、美幸はどうする事も出来なかった。
過剰なまでの武霊防衛反応。
少しの物音だけでも過剰に反応し、その発生源を破壊してしまう。
その対象は美幸の母親までにも及んでいる為、もう何日も美幸は母親の顔を見ていなかった。
本来の武霊なら武霊使いの命令無しに破壊行動を取る事はないが、今のゆきちゃんはそれを何故か出来ていて、主であるはずの美幸の命令さえ聞かない状態になっていた。
(……お腹空いた……)
そう思った美幸は壁掛け時計を見て時間を確認。
時間は夕方。
そろそろ母親がパートから帰ってくるまでには時間がある。
そう思って美幸はぼろぼろの自室から出た。
当然ゆきちゃんも付いて来ようとするので、美幸は意識を集中して、具現化レベルをレベル0.5に調整し、普通の兎のサイズにする。
今、唯一制御出来るのはこれぐらいしかなく、それも、ゆきちゃんが攻撃の意思を示せばあっさりコントロールから外れ、レベル1の具現化状態になってしまう。
自室のある二階から一階に降り、台所に行くと、テーブルの上におにぎりとおかずが用意されていたので、それを食べた。
食事はこうやって母親がいない時に、母親が用意してくれた物を食べてはいたが、寂しい食事に美幸はつい暗い表情になってしまう。
その表情の変化に、ゆきちゃんが過剰に反応して、レベル1に戻り、用意された食事をテーブルごと破壊してしまった。
今のゆきちゃんとは、通常の武霊と武霊使いの間にあるはずの精神感応が全くなくなっており、互いの心の動きが全く分からず、誤解で度々家の中が壊されている。
(どうすればいいんだろう?………いつまでゆきちゃんはこのままなんだろう?)
そう自問しても答えが出るわけも無く。
それでも、他人に答えを求めるわけにはいかなかった。
自警団に相談すれば、この事が公になり、多分原因であろう親友の飛矢折巴に迷惑が掛かる。
それに、
(今の状態で、もし、ゆきちゃんが倒されちゃったら………)
はぐれと同じ様に消滅してしまうじゃないか?
そんな不安もあったから、誰にも相談出来ずにいた。
ゆきちゃんは、昔飼っていた兎のゆきちゃんじゃない。
だが、それでも、武霊のゆきちゃんは、美幸にとって兎のゆきちゃんと同じ、生まれ変わりの様なものだと美幸は考えていた。
だからこそ、こんな状態になったゆきちゃんを見捨てずにいるのだが………
(このままじゃ……………私は………)
ゆきちゃんが暴れるのを防ぐ為に、感情を表に出さず、心の中で美幸は嘆くしかない。
心も体も、限界が迫りつつあるのを美幸は感じていた。