第二章『カウントする悪魔』60
★飛矢折★
スカウトサーバントから送られてくる戦いの映像を見ながら、私は彼と直前まで交わしていた会話を思い出していた。
「偽物?」
あたしの言葉に、彼は頷いた。
「ええ。ドッペルゲンガーサーバントっと名付けたサーバントを使って、飛矢折さんの偽物を作ります。そして、あの場所で」
彼の指差す先には、錆びたコンテナがあった。
「狭く避け難いあの場所で、電撃攻撃をします。ドッペルゲンガーサーバントには、そう言う機能もありますから」
「でも、武霊はどうするの?」
「俺が囮になって、レベル3からレベル1にさせて、引き付けます」
「どうやって!?下手すれば殺されちゃうよ」
「平気です。きっと都雅は、俺に『飛矢折さんが壊れる様を見せつけようとします』から」
妙に自信のあるその予想に、私は目瞬かせた。
その根拠が分からない。だから、
「……どう言う事?」
っと口にした。
あたしの問いに、彼はちょっと困った様な雰囲気になって、少し考えて、説明を始めた。
「……都雅の言動から、都雅の目的は『自分を構成するものを壊す』事なんだと思います」
「自分を構成するもの?」
「他人・記憶・イメージ・過去・現在・未来ありとあらゆるもの………それら全て、自分を構成する全てを、壊したい。そう思ってるじゃないかと………」
「どうしてそうだと思うわけ?」
「………俺と都雅は、同じ所があるからです」
何それ。
「そんな事……あるわけないじゃない!」
っと私が思わず声を荒げて言うと、彼はちょっと驚いた様な雰囲気になった。
「……勿論、全く同じっと言うわけではありません………でも、近い所はあるんでしょう。だから、あいつは俺にあんな挑発し………俺はまんまとそれに乗ってしまったんです」
「……仮に、仮にそうだとしても、それで黒樹君が殺されない保証はないでしょ?」
「今までの都雅が起こした事件で、死者はいますか?」
?……………確か、いなかったはず……
あたしは首を横に振ると、彼は頷いて、
「壊すっと言っても、方法は様々で、その考え方も様々です……多分、都雅は、完全に破壊する事より、不完全に壊して、破壊の爪痕を残した方が、壊し易いっと考えていると思います」
「……意味が分からないんだけど……」
「都雅が今壊そうとしているものは……多分、『社会』なんだと思います」
「社会?」
「……それがなければ、『人は只の獣』です………都雅の起こした婦女暴行は、人が獣だって表す方法の『手段』なんでしょう。それを繰り返し起こせば、模倣犯だって出る。被害者が生存している分、被害者、その周りの人に、大きな傷跡が残り、社会を軋ませる。……特に、ここは武霊っと言う、『個人に超常的な力を得られる町』です。その影響は、日本のどの場所より大きいでしょう」
「……あいつは、この町を無法地帯にしたいって事?……仮にそうだったとしても、随分回りくどく感じるんだけど……」
「人の社会は、ルールによって形作られていますが、その主な構成は、精神的な所で構築されている所が大きい……そう俺は考えています……ですので、もし仮に、直接的な、例えば警察などを襲うなどしても、多くの人はまともな精神を持っていますから、社会がすぐさま壊れる事はありませんし、直に代用がされるでしょう……そうさせない為に、まずは人の精神から壊す。………俺にはそう言う思惑で都雅が動いている様な気がします」
「……本当にそう言う思惑で動いているなら、あいつは理性的に動いているってことだよね?……とてもそうは思えないんだけど……」
襲われた時の事を思い出し、あたしは少し震えた。
「多分、都雅は、強い本能と強い理性。その両方が同居しているんじゃないんでしょうか?強い本能が働いているから、女性を襲っている。強い理性があるから、自分が殺されそうになる瞬間……笑うんでしょう」
「笑う?……どうしてそれが理性に繋がるわけ?」
「………普通の動物が自殺するって話を聞いた事がありますか?」
………ないかな?
あたしは首を横に振った。
「……個人的な考えですが、自ら死ぬ行為は、理性によって行われる事だと思うです」
「………そうなのかな?」
「………少なくとも、俺はそうでした」
「え!?」
心臓の脈が跳ね上がった。
それってつまり、彼は自殺を考えた事があるって事で………
「自分が殺されそうになる瞬間、笑う。つまり、自分の死を喜んでいる。望んでいる。それは、要は自主性の無い自殺と言う事です」
「……じゃあ、何で都雅は自分自身で、死のうとしないわけ?」
「本能が邪魔をするんでしょう。多分、理性より本能の方が、僅かに上回っている。だから、自分では死ねない」
「何それ……」
「本能が強い証拠に、あいつはこう言ってたでしょ。この世は狭い。って」
「……うん。言ってた」
「人の本能にとって、この世。社会は、酷く狭く感じるとは思いませんか?」
「……そうなのかな?」
「人の社会は、『少なくとも表面上は』、理性的に作られています。ですか、その社会に住む人は、どちらかと言うと、理性よりまだ本能の方が勝っています。だからこそ、人は日々ストレスに苛まれ、そのストレスのはけ口を求め、いじめなどが起きる………まあ、一概にそうだとは言えない所もありますが、一端である事は間違いないと思いますよ」
………そう思うのは、自分がそれに晒された事があるから?
そう言い掛けて止めた。聞いた所で意味がない問いだから……
「……そして、都雅は、普通の人より本能が強い。だからこそ、この世が狭いとより感じ、耐えられず、自分を構成するこの世を壊そうとする。だけど、理性も強いから、直接的な破壊ではなく、間接的で効率がよく、本能も満足させる破壊、連続婦女暴行を起こした」
……………あいつが殺人を犯さない事は分かったけど………
「それで、どうして、黒樹君に………あいつが私を壊す様を見せつけ様とするって思うわけ?」
その私の問いに、彼がちょっと困った雰囲気になり、ちょっと悩んで、
「それも俺を壊す手段っと言う事ですよ」
「黒樹君が壊れる?」
「都雅はこう感じたんでしょう。後一歩押せば、俺が自分と同じ様に、もしくはそれ以上になるって」
「そんな事」
あるわけないでしょ。っと言うのを彼は遮って、
「ある。そう思いますよ?だって、さっき俺は怒りにまかせて殺そうとしたでしょ?」
………確かに……しそうになったけど……
「あの時、飛矢折さんが止めてくれなかったら、俺は『無力化した人間』を殺していました………そんな事が出来る人間は……壊れた人間でしょ?」
「黒樹君……」
「それに、言ったでしょ?都雅は本能では死ねないけれど、理性では、自分が死ぬ事を望んでいるって………だから、俺は殺されない。壊れた俺に殺される事も望んでいる」
……………
「…………それを前提に、俺はギリギリまで都雅と戦い。捕まります。そうすれば、都雅は俺を拘束しながら飛矢折さんを襲う為に、クラッシュデビルをレベル1し、飛矢折さんが隠れるコンテナに生身で入るはずです。そこを飛矢折さんに化けたドッペルゲンガーサーバントで気絶させる………これが、俺が考えた作戦です」
「………でも、あいつの武霊って、あたしの位置を分かるんじゃないの?いくらそっくりに作ったからって……」
「そうです。だから、飛矢折さんには………もしわけないんですけど、偽者の近くで、隠れて貰います」
「隠れるったって………そんな場所あるの?」
「無くても平気です。このPSサーバントにはこんな風に」
唐突に彼の姿が消えて、直に現れた。
「強くイメージすれば作動するステルス機能がありますから」
………消える?………
試しに自分が消えたイメージをしてみると………確かに見えなくなった。
………いたせりつくせりね。
「………都雅を殺さず、俺も、飛矢折さんが助かるには、今の俺の状態も考えて………これしかないと思います」
彼が捕まり、戦闘が終わった。
彼の予想通り、彼は拘束されるだけで済み、あいつはレベル3を止めて、あたしのいるコンテナへと近付いてくる。
怖い。怖い……怖い。
恐怖があたしの心を支配し始める。
コンテナの一番奥の壁に背を付け、両手を胸の前で組み合わせて祈る様に震えている偽物。
あたしはそれをコンテナの角で見詰める。
まるであたしの心をそのまま映し出しているかの様に見えた。
コンテナの錆び付いた扉が……ゆっくりと開く。