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短編小説

古都の冬に

 

 昼前、ふとんから出て窓を開け放った。

 疎水沿いの散歩道がうっすら見えた。今日も見捨てられたように誰もいない。鼻先が痛くなるほど冷たい。粉雪の混じりの風が吹き込んで、立て付けの悪い窓を慌てて閉じる。悲しいことに、頼みの綱の電気ストーブは先週から壊れたままだ。


 その冬、この街の主要な寺院はすべて拝観を停止していた。拝観料に税金がかかることに反対しているらしかった。古都はまるで死んでしまったかのように静かだった。下宿の近くにあるG閣寺を訪れる観光客はほとんどいなかった。門前の土産屋や食堂は閑散としていた。いきつけの『H食堂』はそのうちの一軒だった。


 僕は半纏(はんてん)を羽織るとゴム草履(ぞうり)をつっかけ、雪で真っ白になった路地を小走りに駆けてH食堂に飛び込んだ。いつものように三十円の味噌汁と五十円の白飯と八十円のニラ炒めを頼む。


 食事を終えても大学には行かない。ここには大きなストーブがあるからとても暖かい。店の跡継ぎのM氏は貧乏学生にも温かく接してくれる。店に置いてある漫画を片っ端から読んでも、哲学的な実験レポートを延々と書いても、終わりのない日記をつけていても決して追い出されたりはしない。そのうえ白飯はいつも超大盛りにしてくれるし、頼みもしないのに時々クリームシチューを付けてくれる。そこはまるで天国のように居心地がよかった。


 終わりのない日記に書いていたのは恋人のことばかり。彼女と交わした言葉を思い出しながら、彼女の姿を思い浮かべて彼女のことを綴る。そうすると優しい声やほのかな体温や清潔な香りが生き生きと蘇って、今もまだ彼女が隣に座っているような、いつものように二人で会話しているような気がするのだった。天国のような食堂で、僕は彼女と一緒に生きていた。


 死んでしまったような古都で、死んでしまった恋人と二人で過ごした冬。その冬の終わり、僕はいつか彼女のことを小説にしたいと思った。


 あの冬から三十年経って、僕は少しずつ小説を書き始めた。新しく生まれる物語の中で彼女と永遠に生き続けるために。




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