「嫌だ!俺は働かないぞ!」 第1話:宣告の朝 ※続きを書く予定はありません。
「嫌だ!俺は働かないぞ!」
そう言って青年は部屋から逃げ出した。逃げ遠ざかる部屋から聴こえないはずの声が聞こえた気がした。「いいや……、絶対に働いてもらうさ……」と。
翌朝、青年が自室に戻ると、両親が待ち構えていた。
「徴労局の人から聞いたよ。働かないと言って家を飛び出したそうじゃないか」
「だから?」
「このままじゃ、家が差し押さえられるわ!」踵を返し去ろうとしていた青年に母が言った。
「へ……へぇー……」青年は少し気圧されそうになったが、これで引き止められるのはなんだか格好悪く思え、そのまま部屋を去ろうとした。が、腕を引っ張られそれを阻まれた。母が無言で腕を掴んでいた。逃がすまいという確かな力と生まれてはじめて見る母の剣幕とが青年にことの重大さを認識させた。青年は内心泣きそうになった。このまま圧倒されたのではまずい。働かされてしまう。
「じゃあ……ちょっとトイレ」そういうと、母は手を離した。青年はトイレに向かった。母がついて来る様子は無かった。トイレに入り意味もなく便器の水を流した。
(どうしよう……)逃げることは出来るだろう。追い掛けられても俺の方が早いはずだ。でもその後どうする?家に帰らなきゃ、金も飯も無い……。俺はお父さんとお母さんに食わしてもらっている。ずっと……ずっとこの状態でいたいのに……。なのにあの徴労局のやつのせいで……。くそっ!働かないと家を差し押さえるだと!どうすればいいんだ!
青年はやけになったように排水レバーをガチャガチャしながらうんうんうなっていた。しばらくして我に返り、部屋へ戻った。
どれくらトイレに籠っていたか分からないが、父母の様子は変わっていないように見えた。それはそうかもしれない。青年が家に帰って来るよりも前から、こうして待っていたのだろうから。
それに気づいてますます青年は気が重くなった。
青年が腰を下ろすと、父がゆっくり語り始めた。
それは要約すると、3か月以内に就職すること。それが出来なかった場合、強制就労所へ入所することになること。青年がそれを拒み逃亡などした場合、父母の家を含む資産が全て差し押さえられること。父母の就業先は変わらないが、生活は強制就労所で行うことになること。という内容だった。
それから、お前ならできるとか、大丈夫とか、お願いだから働いて、といった青年への叱咤激励が行われた。それらのどれもが青年には”働け”というメッセージにしか聞こえなかった。青年は腹立たしさを感じた。
父母はいつも青年のことを考えてくれていた。いつも青年を優先してくれていた。意志も行動も尊重してくれていた。その父母が、財産を差し押さえられるという現実を前に、青年をコントロールしようとしていた。それが腹立たしかった。父母の言うことも態度ももっともだ。青年自身父母の立場なら、我が子に同じことを言うだろう。けれど、けれどその”当然”が青年には腹立たしかった。それが現実であることが、それを受け容れられないことが。
青年は俯いてぷるぷるしながら話を聞いていた。話が終わると「わかった……」と一言言って部屋を出た。父母も一緒に部屋を出た。玄関まで父母と一緒に来たところで「散歩にいってくる」と言い家を出た。