びーだま
「昔さ、ビー玉の取り合いになったことあったよね」
僕の隣にいる幼馴染が昔話を始めた。
「ああ。確か、お前泣いたよな」
「そうそう、結局、どうなったっけ」
「さぁ、お前が持ってったんじゃねーの」
「そうだっけか」
放課後、僕の部屋に転がり込んできた彼女は、僕が淹れた紅茶を大人しく飲んだ。
「おいしいビー玉ならあるけど」
少し離れた位置にある缶を、僕は精いっぱい手を伸ばしてとった。
「懐かしいね、それ」
僕の好きな人は、嬉々とした表情で受け取った。
食べられるビー玉、と呟いて幼女のように飴が入っている缶を軽く振った。そして無言で僕に押し付ける。僕は仕方ないから、黙って蓋を開けてあげる。
満面の笑みの彼女は、手のひらに無造作に中身を出した。出てきたのは透明な真ん丸。赤い模様が入っている。
「あ」
ガラスのかけらがパラパラとこぼれてくるだけで、ほかにはもう無い。
「いいよ、食べて」
僕は彼女の顔を見ずに言った。今日もきっと、形だけの遠慮をするのだろう。そして僕はそれをいつもの通りに受け流すんだ。
「分けよっか」
唐突に、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んだ。
「いいよ、別に。もう子供じゃないんだし」
僕は少し驚いて、咄嗟に彼女との視線を外す。
「子供じゃないから、分けるんだよ」
彼女は、大人ぶった子供みたいなセリフを真剣な面持ちで僕にぶつける。
「ったく、相変わらず。そもそもどうやって分けるん……」
「いいこと、思いついた」
彼女は、僕の言葉をビー玉で甘くなった声で遮った。
僕の視界を奪って、そのまま僕に寄りかかってくる。
「危ないって。何すんだよ……」
僕の声はあったかい温度で閉ざされた。
柔らかい感触。
少し濡れた味が、僕の舌にのった。