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バタフライドリーム  作者: 海 潤航
8/12

ありふれた再会

渋谷の酒場でピアノを弾く様になったのは1年前からである。


自分の出発の原点でもあるし、俊之と出会った場所だったからだ。


俊之への思いは消えずにいたが、再会を望んでいたわけではない。時間が経ちすぎていたし、あの時の自分の美貌と若さをすでに失っていたのだ。


ただ、運命の神に導かれる様にこの店を訪れ、息子の代になった店長と話が弾み、不定期でピアノを弾く事になった。




目が合った。お互い凍り付いた。



ピアノに置かれた指が止まる。残響は不協和音となり店内に広がる。


数人の客が舞台を振り返った。愛子は立ち上がり、俊之の方へ歩み寄る。俊之も愛子の方へ歩く。


店長が気を利かしてレコードの曲を店内に流した。いつもと同じ雰囲気にもどり、数人の客は何事もなかった様に雑談を再開した。


「愛子、久しぶり」やっとそんな言葉が出た。


「俊之さん。ごめんなさい。わたしおばちゃんになっちゃった」その笑顔は、昔のままだ。


「俺もおじさんだよ」


それが再会の台詞だった。


それから二人はその酒場で飲み、愛子のマンションへ行く。お互いの身の上を話し、お互いの誤解で道を間違った事に泪し、抱き合った。


そしてまた二人で暮らす事になった。



俊之は昔の友人に頼み込み、小さな雑誌社を紹介して貰い、臨時社員として働き始める。


愛子は音楽教室のパートの先生になり、ピアノを教え、時折あの酒場でピアノを弾く暮らしをスタートさせる。


2DKの小さなマンションでの二人の暮らしは質素だったが、平安を二人は手にしていた。



毎週金曜日には駅で待ち合わせをして、ファミリーレストランで外食をする。


食事の帰り道、マンションの近くに、小さな稲荷神社がある。愛子は必ずそこへ寄り、5円玉を賽銭にして手を合わせる。


「この神社は縁結びの御利益があるのよ。だからあなたと会ってからいつも手を合わせているの。この縁がこわれませんようにってね」


俊之はそんな愛子を優しく見守り、自分も手を合わせる。


その夜も、二人は愛し合う。


なくした時間を埋める様に俊之は愛子の腰を抱く。充実した時間だった。


しかし、愛子は時折全身を鏡に写し、悲しそうにつぶやく。


「昔に戻りたい。あのきらきら輝いていた体に戻りたいの。そうしたら俊之さんはもっと喜んでくれるでしょ」


子供の様に甘える愛子に俊之は答える。


「俺だって、こんな締まりのない体になって悲しいよ」と話を合わせる。


そんなたわいもないやりとりは、電気を消すと消えてしまう。二人で暮らしているだけで十分だからだ。

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