ありふれた別れ
ある日、週刊誌に愛子と業界有名人との恋愛ゴシップがでる。ほとんどでたらめの悪意のある記事だった。
愛子は笑い飛ばしている。
もちろん俊之も愛子を疑った事は只一度もない。しかし、俊之は愛子の将来の可能性に初めて気づいた。
うだつの上がらない自分よりも、愛子を幸せに出来る男がいるかもしれないと悩んだ。こんなに愛しているのに、何一つ与える事が出来ない自分に嫌気がさして来たのだ。
秋にさしかかる9月。
愛子の誕生日に俊之は、愛子の好きなケーキを準備していた。仕事で遅くなると告げていた愛子が夜10時頃帰宅する。
連日のコンサートだったが、俊之と誕生日を祝いたかった愛子は色んな誘いを断り、マンションにたどり着いた。二人きりの質素な誕生日だったが二人は微笑みあい乾杯をした。
乾杯を済まし、俊之は作っておいた料理を取りにキッチンに行く。両手にオードブルを抱えテーブルに戻るとテーブルにうつぶせになって眠ってしまった愛子を見つめた。
仕事で疲れ果てていたのだ。美しい顔には疲れでやつれが見えている。
そのまま抱きかかえベッドに連れて行き寝かす。そのまま愛子を見つめていた。こんなに疲れ果てるまで働いている愛子が、この世で一番愛おしく思え、それでも帰ってきてくれた健気さに心が痛んだ。
そして、そんな愛子に金銭的な貢献は何一つ出来ず、ただ食事を作って待っている自分の存在。
普通の家庭なら逆なはずだ。そう心が叫んでいた。自責の念が頂点に達した瞬間だった。
俊之は一通の手紙をテーブルの上に置き、カメラバックだけを持ってマンションを黙って出た。
愛だけでは生きてゆけない。俊之はそんな男だったのだ。
次の日目を覚ました愛子は、手紙を読んで涙する。
しかし誰よりも俊之の事を知っている愛子は、俊之の苦悩も痛いほど感じていたのだった。一日中泣いた後、静かに手紙をテーブルに置いた。
このまま暮らせば俊之の心を苦しめてしまう。一番大切な人を愛すれば愛するほど苦しめてしまう逆説が悲しすぎた。
愛子の聡明さは、お互い違う道を歩む事を心に決めさせたのだ。