参 依頼者。
城島さんが、声を発した。
「あの、一つ思ったのですが、これは、何かの暗号とかじゃないですか? 例えば、最初の『もう嫌です。』は、『嫌』という文字は、『ケン』とも読めますよね。」
城島さんのその声で、皆がはたと気づいたように表情を変える。暗号で送る事。これがどんな意味を表すのか。……それはつまり、知られたくない事情があるから。ならば、この不自然な文章にも納得できる。そこで全員で、暗号の解読をすることにした。
……そして、数分後。姉御先輩も、何かに気付いたように提案しだした。
「気付いたんだが、これは、すでに書かれている漢字の読み方を変えるのではなく、書かれていない漢字の読み方を変えるんじゃないのか?」
これまでの常識を覆すような発言に、皆は驚いた表情になる。そして、議長だか生徒会長だかの笹島先輩が、反論をする。
「待ってくれ、そんな、ここに書かれていない漢字なんて、常用漢字だけで何千文字あるか……。」
さすがにそれはないだろう……。大丈夫かよ、生徒会長。というか、常用漢字は数万文字はあるんだけど……。僕がそう思ったその時、そんな頭のおかしい生徒会長の発言を、提案主の姉御先輩が否定する。
「いや、そうじゃなくて、ひらがなで書かれている漢字の事だって。例えば、『かみさま』とか、絶対漢字で書けるでしょ?」
どうやら、姉御先輩は比較的まともな人のようだ。風紀を乱しちゃってそうな見た目のわりに、実はいい人なのかもしれない。と、そんな姉御先輩の発言に、城島さんが便乗する。
「なるほど……、つまり、神様を信用と読み替え、そこから『信頼していた人』とも考えられる。という事ですね!!」
……ちょっと無理やりな気がするけど、笹島先輩の意見よりはマシだろう。それに、今の所はこれが一番有力な意見だ。
――そしてそこで僕は、気づいた。
「あの、僕からも、一ついいでしょうか。」
僕の、何かに気付いたような声を聞いた笹島先輩が、首を小さく縦に振って、続きを促す。僕は、その反応に、自分の感じた意見を述べた。
「この、不自然な改行。これはおそらく、縦読みじゃないでしょうか。ほら、行の頭の文字を読むと……。」
縦読み……? そんな顔で皆が悩んで、黙っていると、勇気ある姉御先輩が読みだした。いやぁ、さすが姉御先輩。尊敬ですわ。
「……『も、か、か、ら、は、な、れ、た、い』……?」
……そう、それだ。僕は、これに気づいたんだ。さすが僕。だが、僕の名推理を姉御先輩が読み上げ、もう理解できただろうというのに、議長だか生徒会長だかの笹島先輩はまだ、しっくりこない、といった様子で唸っている。笹島先輩はどう思ったのだろうか。とりあえず、振ってみる。
「笹島先輩は、これについてどう思いますか?」
笹島先輩は、何か言いたそうにしていたが、先程の失敗の経験から、意見を言いたく無くなってしまったのだろう。そんな黙り込んでしまった笹島先輩の代わりに、城島さんが意見を言う。
「……あの、じゃあ、残りの文はどうなるんですか?」
その声を聞いた僕は、胸を張ってこう言った。
「それは知らん。」
……と。だが事実、僕はこれしかないと思っている。つまり僕は、残りの文はすべてダミーだと、そう考えているのだ。
「貴方ねぇ……。」
城島さんが肩を下ろす。……はい。当然の反応だと思います。まぁ、僕も実際考えていなかった。だが僕は、生徒会長のように頭が足りないわけではない。素晴らしき屁理屈を使えばどうとでもなるだろう。
「そんなにがっかりしないでよ……。考えてみれば、平仮名になってるのは最初の漢字だけだ。他が漢字になっているということは、縦読みとして意味をもつのは最初の文字だけ。他の文字は……。」
「ダミー、か……!!」
いつのまにか、僕の席と机を挟んですぐ向かい側で、机に手を置くように前屈みになり、興奮したように顔を上気させ、僕の目の前に顔を寄せていた姉御先輩が口を開いた。姉御先輩の赤毛が頬をくすぐる。……姉御先輩、積極的っすね……!! というか、そんなことより近い近い!! あ、パイオツでk……。
「……!」
考えが読めるのか、それとも顔に出ていたのか。よくわからないが、何かを察知した城島さんの目線が刺さる。
「そうです。」
僕は、心を無にしてそう言った。僕は何も思ってません。巨乳? なんですかそれ。と、ダブルの圧に気圧された僕がなんとか絞り出した、たった四文字の肯定の声を聞いた姉御先輩は、満足げに席に戻って行った。それと同時に、城島さんがボソッと声を掛けてくる。
「……ハァ……。気を付けてくださいね。あの人、力が入るとあんな感じになるので。……っていうか、何考えてるんですか……私は……いえ、何でもないです。」
下を向いて、城島さんが黙ってしまう。というか、あの人は前からあぁなのか。そうか、なら仕方がないね。っていうか、一体何を言おうとしたんだ?
そんな雰囲気に緊張がほぐれたのか、笹島先輩がようやく意見を言い出した。
「一ついいかな。モカって……、一体なんの事なんだい?」
それは僕も思う。アニメか何かのキャラと思ったが、今季の中では心当たりがない。有名どころのアニメのキャラにモカというキャラはいるが、高校生が見るようなアニメではない……。
「あのー……。」
考え込む皆の静寂を破ったのは、城島さんだった。
「それ、私のクラスの女子生徒ですね。」
なんだ、そうだったのか。僕はそんな人聞き覚えないけどねぇ。その城島さんの発言に、生徒会長が言う。
「そうなのか? 小森君、君は知っていたのかい?」
「知りませんでした。」
きっぱりと、はっきりと、さっきより胸を張って言った。だって知らないもの。すると、その答えに生徒会長が問う。
「何? 確か、君と城島くんは同じクラスだったはずだったとおもうが……?」
いや、まぁそうなんですけども。知らないものは知らないんですよ。すると、生徒会長の問いに、城島さんが答えた。
「会長、それは小森くんの交友関係の狭さが原因です。今日一日見てわかりましたが、彼が独りなのは、病での休学ではなく、彼自身に問題があります。言及は無駄でしょう。」
……冷静な判断です……。っていうか、城島さんちょっと怒ってない? 僕何も悪いことしてないよね? 城島さんの報告に、生徒会長が答える。
「あぁ……、それは、小森君が悪いね……いろんな意味で。」
なんという理不尽。でも、僕と姉御先輩以外の生徒会メンバーは全員、同意したように小さく首を縦に振っている。そんな、後輩まで……!? とまぁ、それはさておき。依頼者がわからないと、なんの対処も出来ない。僕は、その旨を伝えた。
「あの、それはさておき、依頼者がわかってないんですが。」
皆は、それもそうか。という顔になって、真剣な顔に戻る。そして、会議が再開した。
絶好調の姉御先輩が発言した。
「名前が書かれていない以上、筆跡で考えるしかない。みんな、この字に見覚えある? 城島ちゃんは?」
あ、姉御先輩は、城島さんのことちゃん付けで呼ぶんですね。姉御先輩のその問いに、城島さんが答える。
「私は……、無いですね……。」
城島さんは見覚えがないらしい。すると他の人も、口々に『見覚えががない。』と言う。……でも、僕はあの字に見覚えがある。……誰だ……? 僕が黙って悩んでいると、生徒会長が言った。
「小森君は、見覚えあるのかい?」
その問いに僕は、冷静に答える。
「まぁ、見覚えはあるんですけど……。誰なのかはわからないですね……。」
僕がそう答えると、生徒会長……ではなく、姉御先輩が言った。
「そうか……。まぁ、思い出したら、私にでもいいから言いな?」
姉御先輩……!! 優しいっすね!! ……とは言わず、短めに『はい。』と言っておいた。長くなると、また顔を近づけられて、また城島さんの視線が刺さるかもしれない。
「……では、どうやって依頼者を見つけましょうか……。」
そう言ったのは城島さん。確かに、名前もないうえに、筆跡でもわからないとなると、もう打つ手はない。だが、依頼者が見つからないと、僕たちは二人仲良く停学だ。そして、二人の関係をあることないこと流される……。いや、こんな美少女とならむしろご褒美かもしれない。……って、違う違う。そうじゃなくて、依頼者だよ、依頼者。
四人が悩んでいると、突然生徒会室の扉が開いた。そして、現れる少女。その少女は、廊下を走ってきたのか、顔を紅くしながら、息も切れ切れ生徒会に叫んだ。
「助けてください……!!」
……と。
しばらくの静寂の後、生徒会長が口を開いた。
「ま、まぁ、とりあえず座ってください。」
生徒会長は椅子を指さし、その少女を席に座らせた。そして、おちついた少女は、ゆっくりと話し出す。
「私の依頼……。わかりましたか?」
依頼……!? まさか……。
生徒会長も気付いたようで、手元にある例の依頼を見せて、こう言った。
「これ……ですか?」
その紙を見せられた少女は、さらに質問をしてきた。
「意味、伝わってますか……?」
その質問に生徒会長は、答える代わりに僕の名を呼んだ。
「小森君。」
僕はその一言で生徒会長の意図を察した。多分、間違っていた時赤っ恥をかくからだろう……。
「モカから離れたい……ですか?」
僕がそう言うと、少女は安堵したような表情になり、自分の名前を言って、頭を下げた。
「分かってくれましたか……。私は、二年生の槍間 花凜です。依頼、お願いします。」
槍間 花凛……知らないな。ヤ○マンでいいか。