壱 全ての始まり
春。それは、別れの季節であり、同時に出会いの季節でもある。三年生の先輩たちはこの学校を卒業し、僕たちの前から去って行った。そして、大学や職場で、新しい生活を送ってくのだろう。そう、春とは、学生たちにとっては、進学、入学の季節なのだ。そしてそれは同時に、僕の進級をも意味するのだった。そして普段は他人にあまり興味を持たない僕も、クラス替えには多少の興味があった。できることなら、馬の合う、関わりやすい人間と一緒になりたいものだ。春休み中も時折、そのことを考えていた。新しいクラスの人たちと、仲良くできるだろうか。今までの学園生活、一度も発動させたことのない上級スキル、隣の人との会話を発動させる日が、ついに訪れるのか。そんな淡い期待を抱いていた。だが、その夢は幻想に終わる。
僕は、華々しい、新たな学園生活、『高校二年生』その初日、僕は、摂氏四十度ほどの高熱を出して寝込んでいた。高熱のおかげでそこまで辛くなかったが、目は霞むし、体は重かった。眠くもないのに、瞼が落ちてくる。それはもう、大変な闘いだったんだ。
そして一週間後。僕の闘病生活も終わり、ようやく高校に行けるようになった。そして僕は、新しい教室へと向かった。二年A組、男子十三番。与えられた席に行き、隣の人とばったり出くわす。さあ、いまこそ、あの上級スキルを使う時だ。そう思い、僕は、隣の人に話しかけようとした。そして、僕が声を掛けるその瞬間、校舎内に、放送が響き渡った。
「二年A組、小森優君。至急、生徒会室に来て下さい。繰り返します。二年A組、小森優君。至急、生徒会室に来てください。」
……あぁ、今までの無断欠席の事かな……。憂鬱だけど、行くしかないよなぁ……。
僕は、教室棟一階の、技術家室前にある、生徒会室へと足を運んだ。中を覗くと、数人の生徒会の役員たちと、学校長が会議をしていた。確かに、一週間の無断欠席は悪いと思っている。でも、こんな大ごとになるだなんて……。まさか、退学処分になるなんてないよね!? ……でも、とりあえず……、入るか……。
僕が、恐る恐る扉を開けると、生徒会役員のうちの一人が、僕をにらみつけてきた。その役員は、端正な顔立ちをしていて、眼は碧眼。そして、いかにも生徒会というような容姿。さらになんと、金髪ツインテールだった。なんだ、どこのヒロインだ。というか、校則とか大丈夫なのか? いや、この高校の校則は、だいぶ緩いんだった……。その原因はおそらく、校長にあるのだろう。この高校の学校長は、基本寝ているし、起きているときには、エロ本を読んでいる。内容は、……ここには記せない。とにかく、学校長は、重度の適当主義者なのだ。だが、よく考えると、そんな適当校長の学校で、無断欠席がここまで重罪になることはないだろう。不思議に思った僕は、目の前の美少女に質問しようとした。
「あの、僕はなんでここに呼び出さr」
「初日から遅刻ですか。」
The,美少女というような声が教室に響き渡る。その声は、やはり目の前の美少女の喉から発せられていた。
「遅刻? どういうことですか、言ってる意味がよくわからないです。」
「え? なんて言ったんですか? 聞き取れません。」
「どういうことですか、言ってる意味がよくわからないです。」
「だから、聞き取れないんですよ!! 何ですかその話し方は!! 仮にも生徒会でしょう!? しっかりしなさい! 小森君!!」
「あ、すいません……。え? 生徒……会……?」
今度は、声量を少し上げて聞き返す。
「まだ声が小さいですよ……。それと、聞いてないんですか? あなたは、生徒会書記ですよ。」
え……? 今、なんとおっしゃいましたのでしょうかこのヒロインは。僕が……、生徒会……?
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「なんだ。声、出るじゃないですか。」
耳をふさぎ微笑みながら、ヒロインが言った。なんだその顔。かわいいな。
「まあ、とりあえず座ってください。話を聞かされていなかったようなので、今回の遅刻は、特別に赦します。問題はありませんよね、校長。」
どうやら、そこまで厳しい人ではないようだ。彼女の言葉の後、奥に座っていた校長先生が口を開いた。
「そうだねぇ。聞いていなかったなら、仕方がないよねぇ。まあ、私の仕事なんだけどね。まあ、優しい城島くんなら、許してくれるよね?」
「あなたは赦しませんよ、何をおっしゃっているのですか? 校長先生。」
校長先生が怠けていたことを知って、冷めた声でヒロインが言う。どうやら、彼女は城島というらしい。
「では、会議を始めようと思いますので、小森君、席に座ってください。」
生徒会長らしき先輩がそう言って、城島さんの隣の空いている席を指す。僕は言われた通りに、すすめられた席に座った。
そして間もなく、会議は始まった。手元に資料が配られ、それに目を通す。席に座って、文字を読む……。どこかで見たことのある構図だなぁ……。あぁ、授業か。そうだ、授業に似ているんだ。『授業と似ている』そう思った瞬間、突然睡魔が襲ってきた……。目を開けていられない……。あ、金髪ツインテール……。触ってみt……。
「……も……君……小森く……小森君!!」
眼を覚ますと、目の前に金髪碧眼美少女、つまり、城島さんの顔があった。どうやら、会議中に寝てしまったらしい。
「会議中に寝るなんて、非常識極まりませんよ。ほら、会議内容の記録です。これを見ていなさい。」
そう言って、彼女は一冊のノートを渡してくれた。丸っこい字で、『生徒会議事録』と書いてある。おそらく、城島さんが書いたものなのだろう。僕は、城島さんからそのノートを受け取った。
「あ、ありがとうございます。……というか、生徒会やるなんて一言も言ってない……よね?」
「……まあ、あなたが休んでいる間に勝手に決まりましたからね。女子は私で決まったのですが、男子は誰も立候補しなかったので。」
苦笑しながら彼女は言った。というか、同じクラスだったのか。全く気が付かなかったな……。
「ほら、何をしているんですか、教室に行きますよ。」
授業か……面倒だな……。まぁ、そう思っていても、時間になれば授業は始まってしまうのだけれど。
今日の授業の大半を寝て過ごした僕は、すべての授業が終わった放課後に城島さんに起こされ、しぶしぶノートを写していた。そこで、ノートを書き写す作業が面倒になった僕は、城島さんから受け取った議事録を、城島さんから隠れて読んでいた。ノートなんて取らなくてもいいじゃないか。そしてそのノートの、生徒会への依頼内容の項を開くと、意見箱に入れられた紙を、そのまま議事録に貼り付けたものとなっていて、筆跡から、書いた人がどんな人なのかもわかるようだ。確かに、この方法は便利かもしれない。……いや、書きとるのが面倒なだけだったのかな……? ん、なんだ? 『今週解決するべき優先依頼』? えぇっと、『人類を滅ぼしてください。』? え、こ、こんなのが優先なのか? い、いやいやいやいや、見間違いだろう。夢なら確か、目を勢いよく開けるようにすると覚めるんだよね。僕は、目を開けた。すると、そこにはまだ、『人類を滅ぼしてください。』との文字。……え、えぇっと、さすがに……ない、よね……?
「……なぁにをしているんですかねぇ? こ・も・り・君?」
おぉーっと、ばれてしまいましたねぇ。目に殺意がこもってますねぇ。あ、髪の毛ってホントに逆立つんだ。わぁ、すごーい、ツインテールがすごいことになってるなぁー。おぉっと、城島さんの拳が迫ってきていますねぇ。
「っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
とっさに、腕を顔の前に交差して目をつむる。きっと僕の寿命はあと一秒ほどだろう……。あぁ、死ぬ前に[自主規制]たかったなぁ……。
「……うん……? これは一体何ですか? 『人類を滅ぼしてください。』?」
僕からノートを取り上げて、城島さんが不思議そうな声を漏らした。
「あ、あぁ、き、きききき気が付いたか、じょじょじょじょ城島さささささん!!」
いやぁ、よかったぁ……。生きてたぁ……。ビビッて変な反応になってしまったじゃないか。
「貴方は一体、なにを慌てているんですか……? ところで、これはもしかして、貴方の仕業なのですか?」
そう言って、先程のあの要望を指さす城島さん。表情がもとに戻っている。怒ると怖いんだなぁ……。
「……いや、違うけど。」
そう答えた瞬間、校舎内に放送が響き渡った。
「二年A組の、小森さん、城島さん、至急生徒会室に来てください。既に会議が始まっています。」
「……城島さん、一緒に遅刻だね。」
僕がそう言ってニコッと笑うと、城島さんもニコッと笑って、微笑みながら、グーでお腹を殴られた。
……起きたら、生徒会室に着いてるかな。