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四話

アイリーンの口調が安定してない……気がする。

どうにも似非お嬢様感が否めない。


「そういえば霧島さん、自己紹介してください」

「また唐突だな。というか、自己紹介なら既に済ませただろ?」


 青大将討伐のため、キムルンを出発した霧島とアイリーンはもう森の麓までやってきていた。ここで意外だったのはアイリーンが根を上げなかったことだ。街を出たあと、何度か馬を借りてこなかったことを悔やんでいたが、意外も意外、アイリーンは霧島の歩く速度に難なくついてきたのだ。

 正直に驚いた。確かに冒険者を希望するだけのことはある。

 そんな折、唐突に告げられたのは雇い主らしい一方的な言葉だった。


「私には雇い主として霧島さんを知る権利があります。さらに言えば、私冒険者としては霧島さんの後輩にあたります。後輩に先輩として冒険者活動の体験談を話すことは不思議ではありません」

「……」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 アイリーンの言っている事はおかしくない、むしろ正しい。と言うか、何も話さないで護衛の椅子に座っている霧島の方がおかしい。

 少し考えるようにしてから霧島は語りだした。


「俺がキムルンで暮らすようになったのは半年くらい前からだ。冒険者にはその頃になった。今回青大将の討伐クエストを受けたのも、この半年で三回の討伐経験があるからだよ。で、一緒に釣りもしてた」


 思い出すのは、枝からデタラメに作った竿で釣りをしている自分であり、冒険者として魔物を討伐している自分だ。

 もともと冒険者になっのは釣りだけでまかないきれない生活費を稼ぐため、あくまで自分は釣り人だと言い張る。

 収入が安定するまでは時々ギルドに行っていたので、霧島があの受付嬢を、彼女が霧島を知らなかったのは、顔を出していなかったここ二三ヶ月の間に入った新人だからだろう。

 そんな感じで半年間のことをかいつまんで話してやると、アイリーンは何故かキラキラと瞳を輝かせながら聞いていた。


「冒険者以外にもお魚と売るお仕事もあるのですね! それにその釣り竿を売っているお店に宿屋。私の知らないお仕事がたくさんあります! それに野宿というのは外で眠ることですよね? ベッドもなしに眠れるものなのでしょうか?!」


 話が長くなりそうなので霧島はそっと、空中から水差しとコップを取り出した。


□■□■□■□■□■□■


 日が傾き始めた頃、霧島とアイリーンのふたりは鬱蒼と生い茂る森の中、大きな洞穴の前にいた。


「青大将の足跡だな。ずっと東に続いてる」


 霧島は片膝を着いて、地面にある何かが擦れた跡を入念に調べていた。


「横幅が一メートルもない、今まで倒した中でダントツで小さいな。まだ成体じゃないのか?」


 立ち上がって洞穴と足跡を交互に見ながら思案する。


「なにか分かりましたか?」

「ん? ああ、青大将はあっちにいるみたいだ」


 霧島が指さしたのは洞穴に向かって右手の方向。一様に森が続いていて姿を確認できないが、観察したところ足跡はそっちの方向に向かっている。


「お分かりになるものなんですね。私にはさっぱりです」

「俺だって本職じゃないから適当なことは言えないけど、蛇が移動したあとは思っているよりわかりやすい」


 霧島に促されてアイリーンが地面を観察すると、なんとなく帯のように色が違う部分があるのが分かる。


「これがそうなんですか?」

「多分ね。断言はしないぞ? 間違えたとき恥ずかしいから」


 霧島は陽炎を抜剣すると大胆に茂みをかき分けて森に入っていく。アイリーンもそれに続いた。

 経験談を語るなら、霧島にとって青大将は危険な相手ではない。蛇が共通して持つピット感は非常に厄介極まりないが、それを考慮しても怪我一つ負うことなく倒せる。

 チラッと後ろに目をやると、町娘姿のアイリーンが苦もなく追従して来るのが分かる。装備を整えてやらないといけないな、と思いつつやはりアイリーンの意外性に目が惹かれる。どう見ても、話を聞いても、箱入り娘のお嬢様なのに、妙に体力があったり、山道や森を歩きなれている。外見詐欺と言うか、生活詐欺と言うか。インテリ眼鏡がスーパーマンでした、くらいの意外性が彼女にはある気がする。

 無傷で倒せる相手との戦いです。ただし不確定用途がオプションで付きます。勝負の結果は? わからない。アイリーンがわからない。

 細心の注意の配りながら霧島は呪文の詠唱を密かに始めた。


「アイリーン、ちょっとこっちきて」

「はい」


 霧島は突然歩みを止めるとアイリーンを呼んだ。それに微かな疑問も抱かずに従う。

 ポンポン。と肩を叩いた。


「? えっと、なんでしょうか?」

「アイリーンを守るおまじない」


 それだけいうとまだ霧島は止まっていた足を進めた。

 謎すぎる行動にさすがのアイリーンも困惑気味で立ちすくむ。と、置いて行かていることに気づいて慌てて追いかけた。


「あの! おまじないというのは魔法のことなのでしょうか?」

「あ~、そんな感じ」


 要領を得ない霧島の返しにちょっぴりカチンと来たアイリーンは一言言ってやろうと口を開けて。


「シッ!」

「むぐっ」


 霧島に口をふさがれた。


「対象を発見。ほら、あれ」


 クイクイと顎で指されたほうを後ろから覗き込むと、そこには体の真ん中あたりがポッコリ膨らんだ大きな蛇が寝ころんでいた。


「ついてるな、食事中だ。今なら動きもとろいし殺りやすい。アイリーンはここで待っててくれ、直ぐに倒してくる」


 そう言うと霧島は一気に坂を下った。

 それに気づいた青大将が近づいてくる霧島に向かって尻尾を打ち込んだ。


「おっと、そんなでかい腹して、素早く動ける訳無いだろ」


 青大将の攻撃を跳んでかわした霧島は木の枝にぶら下がっていた。

 シュルシュルと青大将が舌を出し入れする。蛇特有の行動だが、これは舌で匂いを感じ取っているらしい。

 互いににらみ合っている状態だが、状況だけを見ると間違いなく空中でぶら下がっている霧島が不利だ。しかし、彼の顔に焦りの影はない。


「シャー!」


 青大将が勢いよく霧島に飛びかかった。それでも彼は眉一つ動かすこはない。

 人一人容易に飲み込む口が迫って、霧島を飲み込んだ。


「あっ」


 アイリーンが息を飲んだ。それは、霧島が青大将に飲み込まれたから、ではない。

 いつの間にか青大将の首が切り落とされていたからだ。


「へぇ、結構切れ味がいいな。骨まで真っ二つだ」


 ついさっき青大将に飲み込まれたはずの霧島が、たった今落ちた首のそばで剣身にべったりついた血を払ってから剣を鞘に収めた。その視線は綺麗に切断された蛇の頭部の断面を見つめており、それは試し切りで振るった剣の切れ味をはっきりと教えてくれた。


「霧島さん!」

「ん、おう! しっかり仕留め―ー」

「今! どうやって首を切り落とされたのですか? 私、霧島さんが食べられてしまったとき心臓が止まるかと思いました!!」


 霧島が返事を返し終わる前にアイリーンが詰め寄ってきた。

 霧島の身を案じて、目の前で起こったことに興奮して、鼻を衝く鉄のにおいに顔をしかめて、一度にたくさんの表情を見せてくれた。


「それで、あれはいったいどの魔法をお使いになったのですか?」

「え、あ~、うん。闇属性の魔法……かな」

「闇属性? と言う事は……幻惑系の魔法ですね!! つまり、私とあの大蛇が見ていた霧島さんは幻で、実際には別のところ、今回でいうと大蛇の首が通る地点に隠れて機会をうかがっていた。そういうことですね!?」

「……ああ、うん」


 あまりのテンションにドン引きである。


「あっ、そういえば、聞いていたよりも随分と小さいサイズのようですが……この子はまだ子供だったのでしょうか?」


 唐突に正常に戻ったアイリーンからそんな質問が出た。確かにそんな話を街を出る前にしたなと、もやっと思い出した霧島は肯定した。


「そうだな。洞穴を見た時も思っていたけど、こいつはまだ成体じゃないと思う。人間で言う十五くらいだな。ちょうど子供と大人の間」

「えっと、成人は十六ではありませんでしたか? そのたとえで言うのなら十歳程度が適切では?」

「あくまで例えだし、それに十六を過ぎても体は成長するだろ?」

「成長……言われてみればそうですね。得心がいきました」


 胸に手を当てながら彼女はそういった。


「それにしてもよかったですね。この……青大将? がまだ小さくて」

「まあ、倒しやすくはあったな」

「しかし、この子が屋敷のように大きくなるなんて、不思議ですね~」

「…………ん?」


 屋敷のように大きくなる? そんなことを一言でもいっただろうか? 



『討伐クエストだ。青大将、簡単に言えばでかい蛇で、こいつを狩る。サイズは一軒家程度』

『もしかして、爬虫類ダメか?』

『いえ、苦手というわけではありません。しかし、一軒家ほどの大きさとなると……』

『まあ、でかくなると嫌な人もいるか』

『いえ、そうではなく……その』

『ん?』

『そんなに巨大な魔物を倒せるのですか?』



 あー、得心がいきました。心の中でひとりごちる。

 つまり、彼女は世間一般で言うところの一軒家を、貴族様の豪邸と勘違いしたというわけだ。

 この女、聞いてもいないのに過去を勝手に悟らせる人物である。

 と言うか、さすがに貴族の屋敷サイズとなるとそれこそドラゴンくらいのものだろう。そんなでかい生き物が沢山いたら普通に困る。


「あ~、アイリーンさん?」

「? なんですか?」


 キョトンとした表情で小首をかしげる姿は実に愛らしい。


「じゃなくて」

「?」

「えっと、こいつらの大きさなんだけど――――」


 順序建ててわかりやすく説明をする。途中、アイリーンが家を小屋と言い放ったときは思わず顔を覆った。


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