生贄の少女
少女は恋をしていた。
身分は違っていたけれど、少女は彼を愛し、彼も少女を愛してくれた。
けれど、桜の神が二人を引き裂いた。
少女は神の怒りを静める為に、桜の下に埋められた。
生贄としてーー。
生きたままーー。
少女は彼に言った。
自分は自分が生贄となることで貴方を救うことが出来るのならば、喜んでこの身を神に捧げようーー。
と。
ただ、人目でいいから死ぬ前にーー。
埋められてしまう前にーー。
貴方に会いたいーー。
そう彼に告げた。
そしてーー。
彼女が神に捧げられるその日。
彼はーー。
* * * * *
少女は普通ではあり得ない髪の色をしていた。
本物の桜よりもずっと濃い桃色の髪。
そして真っ赤な瞳。
人間ではありえないーー。
「君が僕を読んだの?」
僕は少女に尋ねた。
少女は首を傾げた。
「私は誰も読んでいないわ。私は待っているの。あの人がここへ来るのを」
あの人ーー?
夢で見た青年のことだろうか?
「おい、亜鶴沙。大丈夫なのか? どう考えてもこんなの異常だ」
隣で伸一君が言う。
僕は伸一君に構わず続けた。
「あの人っていうのは、誰のこと?」
僕は確かめなくていけない。
あの夢がどこまで真実なのかをーー。
「あの人ーー?」
僕の問いに少女は首を傾げる。
「あの人はあの人よ」
その答えに今度は僕が首を傾げた。
「名前は? 君とはどういう関係なんだ」
僕は少女に向かって歩みを進めた。
少女は逆に一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「名前……? 私との関係?」
少女は嫌々というふうに首を横にふる。
「どうしたの? 答えられないの?」
僕は少女に近づく。
少女は僕と距離をとろうとする。
「名前……。あの人の、名前、は……」
困惑と恐怖に歪んだ少女の顔。
追い詰められた人間の顔と同じ。
「君はその人の何?」
僕は問いかける。
そうしないと前に進まない。
たとえ、それが少女にとって残酷なことだとしてもーー。
「あの人は……。あの人は、私の……」
少女は俯いて、顔を両手で覆う。
僕はそんな少女に近づいて、言った。
「分からないの?」
僕の言葉に少女はハッとしたように顔をあげ、僕を見る。
その目は大きく見開かれ、禍々しいくらいの赤色だったーー。
赤よりも濃く、血よりも鮮やかな色。
異形の証。
少女は僕を見た。
時間にしてそれは数秒の間だっただろう。
少女の目がさらに赤い色が増して、髪が揺らめいた。
僕が気付いた時にはもう遅く。
僕の足下から、巨大な木の根が僕をめがけて勢いよく飛び出してきていた。