声に誘われ
ねぇ。一体誰なの?
どこで話しているの?
ーーこっちよーー
まるで、鈴が転がるような軽やかで美しい声が僕を誘う。
ーーおいで、私はここにいるよーー
待って。
今行くよ 。
美しい声と甘い香りに誘われて、手を伸ばす。
気分はまるで禁断の果実に手を出す瞬間のアダムとイヴのよう。
一時の至福と背徳感。
もう少しで手が届く。
……。
あれ?
一体、何に?
気がついた時にはもう遅いーー。
「危ないっ!」
僕はその声ではっと目が覚めた。
気がつくと、すぐそこには大きな川があった。
僕は勢いが殺せずそのまま川に落ちようとしていた。
川幅も広く、流れも速いため落ちれば大人でも危険そうな川だった。
水面が近づいてくる。
スローモーションのように時間がゆっくりと感じられた。
ああーー。
また、戻ってきたのか。
その時ーー。
後方に体を引っ張られ、そのまま誰かの上に倒れこむ。
「一体なにしてんだよ! 危ないだろ!」
伸一君だった。
僕は振り返り彼の顔を見る。
怒鳴った表情のまま、彼は鬼のような形相で僕を見ていた。
いつの間にこんなところまで来ていたのだろう。
上手く働かない頭で思う。
とりあえず、伸一君の上から退けてその場に座り込む。
「おい、大丈夫か? 亜鶴沙」
怒った表情から、一転して心配そうに僕に声をかける伸一君。
「立ち止まったと思ったら、急に走りだしやがって」
ーー?
走り出した?
「僕……。走ってた?」
自分に尋ねるかのように呟いた。
伸一君が訝しげな顔をする。
「大丈夫か? 亜鶴沙」
今さら、心臓がバクバクと脈打つ。
危なかった。
危うく呑まれるところだった。
「……平気だよ。大丈夫」
平静を装って答える。
伸一君がいてくれて良かった。
「ありがとう。君がいてくれて良かった」
感謝の言葉は素直に僕の口から出てくれました。
僕が言うと伸一のは少し変な顔をした。
「何、急に言ってんだよ」
どうやら伸一君は照れてるらしいのです。
「おかげで川に落ちずにすみました」
僕はそう言って笑う。
「気をつけろよ。全く」
伸一君の言葉に頷く僕。
そして僕は川の向こうを指差す。
「あちら側にきっと僕の探し物があります」
伸一君はズボンの汚れを払いながら立ち上がる。
「てことは、向こう岸に渡るのか? どうやって?」
伸一君が立ったので僕は彼を見上げる形になる。
「わかりません。橋か何かないですかね?」
「俺に聞くなよ」
伸一君、眉間に皺を寄せていいます。
「とりあえず、川沿いを歩いて見ましょう。橋があるかもしれません。」
僕も汚れを払いながら立ち上がって言う。
そして、伸一君の返事を待たずに歩き出す。
「おい、待てよ。亜鶴沙」
そう言って、後を追いかけてくる伸一君。
ねえ。
伸一君?
僕は君がいてくれて本当に良かったと思っているよ。
だって、あの声は僕にしか聞こえなかったのだろうから。
君は声を聞かなかった。
もしも、僕一人だったらあのまま死んでいたかもしれないもの。
だから、君には本当に感謝しているのだよ。
僕はまだ死ぬわけにはいかない。
必ず桜を見つけなくてはいけない。
僕自身のためにもーー。
僕はそう自分に言い聞かせるようにして歩みを進めた。
「ところで伸一君」
ふと、僕は立ち止まる。
「なんだ? 亜鶴沙?」
自然、伸一君も止まる。
僕は尋ねるーー。
彼にーー。
最も重要なことをーー。
「ここ、何処ですか?」
「……」
一瞬の沈黙ーー。
後
「俺が知るかよ」
実にごもっともです。
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