真夜中に渡り歩く影
とりあえず、夏休みの旅行の計画はテストが終わってから、ということになりました。
僕らの通う清皇高校は、テストが終わってからすぐに夏休みになるのですが、伸一君曰く。
「どうせ夏休みは俺がお前の宿題の面倒を見るんだから、その時に一緒に決めれば良いだろ。それよりも、今は目前に控えた中間テストを乗り切るほうが先だ」
とのこと。
確かに、ごもっともです。
そんなわけで、ウキウキ気分は置いておいて、勉強に励む僕です。
しかし、放課後伸一君と一緒に図書室で勉強している時は良かったのですが、いざ家に帰り机に向かうとどうにもやる気が湧かず、早々に切り上げて寝床についた僕でした。
* * * * *
チッチッチッと、時計が針を刻む音がする。
暑い……。
そっと目を開けば、見慣れた部屋の天井。
枕元に置いた目覚まし時計は時刻午前2時20分を指している。
確か先週に美和さんが、時計が無いと不便だから、そう言って僕の部屋に勝手に置いたものだ。
別に不便と思ったことはないし、目覚ましに使ったことも今のところない。これからも使うつもりはない。
ボーッと天井を眺めた。
それにしても、暑い……。
何で、夏ってこんなに暑いんでしょう。
寝苦しくて、全然寝付けません。
早く寝たのも悪かったんでしょうか?
とにかく、眠れません。
僕はゆっくりと上体を起こした。
そのまま、ゆっくりと体をベッドからおろして立ち上がる。
とりあえず、水でも飲みましょう。
そう思って、一階にあるリビングへと向かった。
そう。僕の家、二階建てです。
言ってませんでしたっけ?
ギシギシと鳴る階段を降りていくと、ザァーッというノイズ音が聞こえた。
音はリビングから聞こえてきていた。
リビングのドアをそーっと開けると、テレビがつけっぱなしになっている。
あれ?
おかしいですね?
いつも一義さんがちゃんと消しているのに。
忘れてたのかな?
テレビは、今日の放送が終了したらしく、砂嵐。
ザァーッというノイズ音を響かせている。
消そうと思い、リモコンを探すが見当たらない。
あれれ?
もう。どこにやったんですか?
ちゃんとしてくださいよ。
心の中で不平を漏らしつつ、リモコンを探していると、ゾワッと背筋に寒気が走った。
振り向くと、砂嵐のテレビ。
心臓が早鐘を打っている。
僕の脳が警鐘を鳴らしている。
これは危険だ。
ーー!
「あっーー」
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突如頭に響いたノイズ。
頭が割れそうーー!
頭を両手で抑えると、胡蝶が噴き出すように、舞い上がるのが分かった。
視界が青く染まる。
痛い。
痛い痛い痛いーー!
「ううう。ァアァァァァ!!!」
* * * * *
「はぁはぁ」
全身から噴き出すように汗が流れた。
頭がズキズキとまだ痛んでいる。
座ったまま両手で床に手をつき、肩で息をする。
「はぁはぁ」
床には青い胡蝶達の無惨に引き千切れた無数の死骸が散らばっていた。
そして、真っ二つに割れたテレビ。
ああ。これ、僕がやったんだーー。
「亜鶴沙ーー?」
一義さんの声がした。
「大丈夫か?」
背中に置かれる温かい手。
あれ?
思ったより近くにいた。
顔を上げることさえ、出来ないほど疲れきっている。
汗が止まらない。
ゆっくりと背中をさすってくれる一義さん。
その手の動きに合わせて、呼吸を落ち着けていく。
「はぁはぁ。……あ、がと……ざぃ、ます。も、へきです」
「そんなんで、大丈夫なわけないだろ。無理するな」
優しく背中をさすってくれる手がとても心地好かった。
そのまま、暫くの間お言葉に甘えて休んでいると大分落ち着いてきた。
「はぁ。……もう大丈夫です」
そう言って、僕は顔を上げる。
一義さんはとても心配そうな顔をしていたけれど、僕は大丈夫と言うように立ち上がる。
「すみません。テレビ、壊してしまいました……」
真っ二つに割れたテレビを見て、言った。
足元には蝶の死骸。
さっきのは一体なんだったんだろう。
「気にするな。片付けておくから、もう今日は休みなさい」
そっと頭を撫でてくれる大きな手。
僕はコクリと頷いて、リビングを後にした。
静かな暗い廊下。
そこを自分の部屋に向かって歩いた。
ごめんなさい。
心の中で呟いた。
ごめんなさいーー。