夏休みの計画
長い長い梅雨が終わり、もうすぐ夏休みです。
夏休みを目前に控え、教室の中はすでに浮かれた空気が漂っていました。
勿論、僕もその一人でもあります。
「夏休み、楽しみですね。伸一君」
僕はニコニコしながら、彼に言いました。
僕の席の前に立っている伸一君を見上げると、難しい顔をしています。
僕は首を傾げました。
「どうかしましたか?」
そう尋ねると、ますます彼は難しい顔をします。
「どうかしたじゃねえよ。亜鶴沙。お前、忘れてないか」
「何をですか?」
尋ね返すと、信一君は盛大にため息をつきました。
「明後日から中間テストだろうが」
ああ、耳が痛い……。
信一君の口から、僕がもっとも聞きたくないワードが飛び出す。
「うー」
耳を両手でふさいで、机に突っ伏す。
聞きたくありませーん。
「耳ふさいでも、テストからは逃れられないぞ。お前勉強したのかよ」
呆れた声の伸一君。
「でも、ほら。僕は今回のテスト範囲、休んでた時期も多かったですし、多少悪くても……」
無駄な抵抗と分かりつつも、顔を少し上げ言い訳をする。
「休んでたからこそ、しっかり勉強しろよ」
うう……ごもっとも。
全く、何で伸一君はこうもテストの話が好きなんでしょう?
「教えてやるから、赤点だけは回避しろよ」
まったく、といった調子で言う伸一君。
何だか僕の保護者みたいです……。
言われなくてもわかってますよ。
僕だってさすがに赤点は回避するつもりです。
でも、学校の勉強は退屈なんです。
「……分かってます。そんなことより!」
伸一君はそんなことじゃないって顔をしてますが、僕はお構いなしに話題を変えます。
勉強の話はうんざりです。
「夏休み、伸一君はどこかに行く予定はありますか?」
僕が聞くと、伸一君は驚いたように目をぱちくりした。
それから、少し上のほうを見て考えています。
「うーん。お盆に、ばあちゃんの家に行くくらいかな」
外ではうるさいくらいに蝉が鳴いていた。
時計の針はもう少しで授業が始まることを示している。
次の言葉を口から出すのに、酷く喉が渇いた。
「……それじゃあ、お盆の前に僕の親戚の家に一緒に泊まり行きませんか?」
夏休みに、僕は毎年親戚の家に泊まりに行く。
今年はそれに伸一君を誘おうと前から決めていた。
けれど、中々タイミングが掴めずに言い出さずにいたのだ。
伸一君はまたもや、目をぱちくりとさせている。
断られたらどうしよう……。
そう思うと、伸一君の目を見れず視線が徐々に下がっていく。
蝉の音が聞こえないほど、心臓がうるさく鳴っていた。
「珍しいな。お前から誘うなんて」
伸一君の言葉。
キーンコーン。
カーンコーン。
そこで授業開始のチャイムが鳴る。
「また、後で話しましょう」
僕は冷静を装って言った。
「おう」
僕の言葉に伸一君は頷いて自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を見て、僕は言い出せたことの安堵と断られるかもしれないという不安を感じていた。
* * * * *
正直に言おう。
僕は友達が少ない、というよりいない。
それは、僕が少し人より変わっているということもあるけれど、それ以上に僕自身が作らないようにしてきた為だ。
僕は自分が人と違うって分かってるから。
僕の力は人を傷付けるかもしれないって分かってるからーー。
先生にもそう言われてきたっていうのもあるのだけれど。
とにかく、僕は極力他人との接触を避けてきた。
だけど、高校に入学して伸一君と出会った。
彼は僕がどれだけ、避けても話しかけてくれて、優しくしてくれて。
それが、僕にはとても嬉しかった。
僕にとって、二回目の友達。
僕は交遊経験が乏しいから、遊びの誘い方も分からない。
今までは、ずっと伸一君のほうから誘ってきた。
言っておくけれど、この間の桜探しは遊びじゃありませんから、僕だって誘えます。
その時と同じように誘えばいいんだって、わかっているんですけど。
わかってはいるんですけれど……。
自分でも不思議なほどに緊張してしまって。
勿論、伸一君の予定もありますから、断られたイコール嫌われてる、なんてことは無いってわかってるんですけど、どうしても悪い方に思考が働いてしまって。
もし、断られたら、それは伸一君が僕のこと本当は友達と思ってないからかも……。
なんて、思ったりーー。
伸一君は僕と違って友達も多いし、僕は自分でも自覚しているほど、面倒な性格をしているし、この間みたいに伸一君を傷付けてしまうかもしれないし。
時々、不安になるんです。
どうして、伸一君は僕と一緒にいてくれるんだろう? って。
だって、僕、化け物だしーー。
* * * * *
「え、本当に良いんですか?」
お昼休み。
机を二つ、くっ付けて昼食をとる僕ら。
僕は父である一義さんの手作りお弁当。
伸一君は、売店で買った菓子パンを食べている。
「良いも何も。逆に駄目なのか?」
伸一君は菓子パンをかじりながら言う。
僕はぶんぶんと首を横に振る。
「いえ! そんなことはありませんが、断られるかと思っていたので……」
段々と声が小さくなっていく僕を見て、伸一君は笑った。
「あはは! お前、普段の自信満々っぷりはどこに消えたんだよ」
僕は伸一君のその様子に若干ふくれて、綺麗な黄色の卵焼きを口に運んだ。
うん。美味しい。
一義さんの作る卵焼きは少ししょっぱめ。
でも、僕はこれが好きなんです。
「お前が折角、変な用事以外で俺を誘ってくれたんだし、断るわけねぇだろ」
伸一君。男前ですね。
でも。
「変な用事って何ですか! 変な用事って!」
タコの形にカットして焼かれた、通称タコさんウィンナーを頬張り抗議する。
うん。これも美味しいですね。
「お前、ほっぺ膨らませたまま怒っても怖くねぇぞ」
呆れたように言う伸一君。
僕は彼を睨み付ける。
ジトーッと睨んでいると、伸一君は可笑しくて堪らないっといった感じで笑う。
「本当に良いんですか?」
口の中の物を飲み込んで、また聞いてみた。
「やけに念を押すなぁ。いいに決まってるだろ。いつ行くんだ?」
伸一君……。
ありがとう。
「そうですね。僕はいつも一週間ほどお世話になってるんですけどーー」
蝉がうるさく鳴いている。
それと、同じくらい僕の胸も期待と興奮で高鳴っていた。