起承転結で言うと転以上、結未満?
ゆっくりと桜の少女へ向かって歩みを進める亜鶴沙。
少女は亜鶴沙を見つめたまま動かない。
俺の位置からでは亜鶴沙が何をしているのか、よく見えない。
蝶のおかげで傷は塞がったものの、流した血までが戻るわけではないらしく、貧血で意識が朦朧としていた。
かろうじて、意識を保っていられるのはいまだに傷が痛むからだった。
「いやぁぁぁぁぁ」
突然、甲高い叫び声を上げて、少女は膝から崩れ落ちる。
どうしたのかと思うが、亜鶴沙はただ少女の前に立っているだけで何もしていない。
ただ、少女の周りに青い蝶が舞っていた。
すすり泣くような声が聞こえ、少女の体は徐々に薄くなっていく。
その光景に目を見張っていると、まるで花が散るように少女の体が一瞬にして消えた。
本当にこれは現実に起こっていることなのかと、疑いたくなるような光景だった。
俺は痛みを堪え、力を振り絞り亜鶴沙の元へと歩く。
歩く度に腹の傷が痛む。
「……っ」
亜鶴沙は少女の消えた場所を見ている。
「おい、亜鶴沙」
声をかけると亜鶴沙が振り向く。
振り向いた亜鶴沙の瞳は濡れていた。
そこから大粒の涙が零れ落ちる。
無表情に、泣いていた。
「亜鶴沙? どうしたんだ?」
俺は戸惑いつつ尋ねた。
亜鶴沙の瞳は先ほどと変わらない青い瞳だった。
その瞳からポロポロと零れ落ちる涙。
ゆっくりと唇が動き、言葉を紡ぎ出す。
「…………なの」
「え?」
聞き取れずに聞き返す。
亜鶴沙は俺の目を真っ直ぐに見つめ、口を開く。
「悲しかっただけなの」
澱みのない澄んだ瞳を向けて、はっきりと言う亜鶴沙。
その瞳に気圧されて、俺は何も言えずにいた。
亜鶴沙はゆっくりと瞳を閉じて、そのまま憑き物が落ちるように崩れ落ちた。
慌ててその体を支えるも、傷の痛みもあって一緒に倒れてしまった。
重い…………。
意外に亜鶴沙が重い事実を知った。
きちんと食べてるのか不安になるほど、細いのにこの重さか……。
……って、そんなこと思ってる場合じゃないか。
どうでもいいことが頭に浮かび、慌てて現状どうするかを考える。
病院なり何なりに連れていった方がいいと思うのだが、自分自身の怪我もあるし、またここにどうやって辿り着いたのかもよく分かっていない。
つまるところ、迷子だ。
仮に迷子じゃなかったとしても、正直今のこの状況で亜鶴沙を運べるとは到底思えない。
「しょうがないわね。手を貸してあげる」
突然、声をかけられ驚き振り向く。
振り向いた先にいたのはーー。
* * * * *
夢を視たーー。
白無垢を来た女性とその傍らに立つ、愛しい人。
白無垢は"私"じゃないーー。
"私"は遠くからその様子を眺めてた。
眺めることしか"私"には出来なかった。
胸に込み上げてくる感情。
それはーー。
* * * * *
瞳をゆっくりと開けた。
視界に入ったのは白い無機質な天井。
見覚えはないが、懐かしい場所とよく似ていた。
ゆっくり上体を起こすと、激しく頭が傷んだ。
あまりの痛みに頭を押さえる。
しばらくそのまま目を瞑り、痛みを耐えていると徐々に薄れていく。
痛みが完全に消え去ったことを確認してから、改めて部屋を見回す。
どうやら何処かの病院の一室のようだった。
さほど広さはないが、狭くもない。
何故、病室と分かったかといえばナースコールがベットの脇に置いてある。
どうしてここにいるのでしょうか?
僕は確か、伸一君と森にいたはずなのに……。
そういえば、伸一君はどこに行ったのでしょう。
部屋には誰もいない。
僕ただ一人きり。
ベッドから足を降ろして、ゆっくりと立ち上がる。
少しふらついたが、問題なく立つことが出来た。
そのまま、部屋の扉まで歩き扉を開けようとした。
その瞬間、勢いよく扉が開き驚いた拍子に尻餅をついてしまった。
扉の向こうにいたのはーー。
「伸一君!」
僕は驚き半分、抗議の半分といった感じで彼の名前を呼ぶ。
「なんだ、亜鶴沙。起きてたのか」
伸一君は複雑な表情で言った。
その顔はどういう意味ですか?
思ったものの口にはせず。
「なんだじゃありませんよ。いきなり開けるから驚きました!」
そう抗議した。
「悪かったよ。まだ寝てるかと思ったから」
伸一君は思ったよりもあっさりと僕に謝りました。
どことなく普段と様子の違う伸一君に不信感を抱きつつも、僕は何も聞きませんでした。
僕が彼に何も聞かれたくなかったからです。
どうかしましたか? そう聞くのは簡単ですが、それが僕には怖かったーー。
どこまでが夢で、どこまでが現実なのか分からなかったからーー。
簡単に言えば、嫌われるのが怖かったのです。
「僕は寛大なので、許してあげます」
僕は立ち上がりながら、そう言った。
「そうしてもらえると、助かるよ」
伸一君は苦笑してそう言った。
「ところで、伸一君」
「何だ? 亜鶴沙」
僕は至極真面目な顔で伸一君を見た。
つられてか、伸一君も真剣な顔をする。
「お腹が減りました」
そこで、盛大に僕のお腹がぐぅ~っと鳴りました。
「……そんな真剣な顔して言うことかよ」
伸一君は笑って言った。