断章 「ティルクーク」
間話を1章に組み入れるかどうかは後で考えます。
ま、どうでもいいのですが^^;
わたしは盲いて生まれた。
砂漠の民として生まれながら、肌は白く、長い間立っているのが億劫なほどに体力も無い。
『精霊王レヴィノーア』の加護の子。
その託宣が星見より告げられていなければ、出来損ないとして父母により夜の砂漠へと置き去りにされていたかもしれない。
双子の兄ダルタイシュは『灰色の軍神長ファグラード』の加護の子として生まれ、この世にこれまで生まれたどのような人間よりも強い。
わたしには何もできなかったが、わたしには余人の目には見えぬたくさんの友がいた。
万物の精霊である。
稀に精霊の声を聞き、精霊の姿を見、精霊の力を借りることができる者がおり、それは精霊使いと呼ばれる。
でもわたしは少し違う。
契約も呼びかけもいらない。
あらゆる精霊が常にわたしの助けとなり、わたしに力を貸してくれる。
わたしは盲いており何も見ることはできないが、精霊が目の前のこと、遠くのこと、時には人の心の動きすらつぶさに教えてくれる。
精霊は決して裏切らず、決して欺かない。
わたしは精霊の声に耳を傾けるだけで、目が見える者と同じように立ち、歩き回ることもできたし、目が見える者よりもずっと多くのことを見た。
兄はラザルスという老いた剣士から剣の技を学び、尋常の立ち合いにおいて無類の力を得た。
これも軍神の加護である。
わたしは精霊王との語らいを通じ、彼とつながりのある力ある神々との対話もできるようになった。
ある時精霊王はわたしに問うた。
『汝れは世界を夢見ぬのか?』
世界。わたしは考えてみた。
わたしにとっての世界はすべて精霊の語り伝えてくれるもの。
赤い色は夕陽の色。炎の色。血の色。オアシスに咲く花の色。
でもわたしは赤い色を見たことがない。
薄皮一枚隔てたようなもどかしい感触。
木綿で漉したような味わい。
『わたしはそのような世界など望みません』
『汝れの五感は欠けておるが、心まで欠けてしまっておるのか』
そう言われてもわからない。
精霊王は兄に成り代わって世界を手にすることを望まぬのか、と問いたいらしい。
わたしにはそれが可能だと。
そそのかすわけではない。わたしの野心を試しているのだろう。
正直言って興味がない。
たとえ少しはあったのだとしても、精霊王が「可能だ」と言ってしまった。
もう答えはわかった。ではやる必要がない。
手に入れたとしても触れられない、確かめることのできないものにどれほどの意味があるのだろう。
欠けている、のだろうか。単に冷めている、いや熱くなることができない性質なのだと自分では諦めている。
兄は違う。
兄は史上最強なのは事実だから仕方がない。
でもそれを法螺だと言われるのは癪なので、強いと言われる者とすべて立ち会って勝つという。
なんとも明快な行動様式だ。
しかもイダヴェル皇帝バシュトナークと立ち合うには戦争以外に方法はないから、わたしに手伝えという。
わたしはそれを聞いて、生まれてはじめて心の底から笑った。
これほど悪びれず自分の都合で戦争を起こす人間を初めて聞いた。
大義などない。
欲望と呼ぶことさえあまりに馬鹿げている。
その時に誓った。
これほど驚くのなら、これほど笑えるのなら、わたしは一生兄の都合につきあってやろう。
きっと飽きることがない。
精霊ですら慌てふためくような男なのだ。
わたしの力など、それに比べたらつまらないものだ。
つまらなかった。
戦争など実に単純な遊戯だ。
いかなる奇襲も、伏せ手も、陣形も、奇策も精霊の目を誤魔化すことなど出来ない。
わたしの頭の中には空を飛びまわる精霊が敵の陣形を、敵陣を駆ける伝令と、その情報が逐一伝えられてくる。
負けるわけがない。
唯一の劣勢だった兵数も、タネを明かした奇術のような戦場では大した意味を為さなかった。
敵の突撃を弱兵でかわし、弱点となる部分へ戦力を集中して投入する。
とはいえ味方の兵は集団戦の練度は低く、長期間訓練を積んだ敵と当たった場合はどうしても被害が出る。
当たり前だ。
わたしは冷静に被害を見極め、後詰の兵の投入時期をうかがう。
と、精霊が騒ぎ出す。
(何事ですか?)
兄だった。
こともあろうか密集陣形を取る敵の重装歩兵隊に向けて単騎で切り込みをかけたらしい。
なんということを。大将自ら単騎で切り込みとは馬鹿げている。
討たれたらここで終わってしまう。
ところが騒ぐ精霊達が伝えてきたことは、わたしの想像を超えていた。
(大剣を片手で振り回して敵重装歩兵団を盾ごと両断!?射掛けられる矢は左手の剣で全て叩き落していると!?あの人は本当に人間ですか!)
兵法も何もない。
騎兵に対しては長槍を構えた歩兵で当たるのが当然定石。
足を止めたところで弓兵が攻撃すれば崩せる。
ところが兄は構えられた長槍の列を横薙ぎに叩き切り、返す刀で大盾を構えた完全武装の歩兵を7,8人まとめて両断したそうだ。
穴が開いた歩兵の列に踊りこむと、槍の長さと乱戦で弓では狙えない、歩兵団は完全に恐慌状態になっている中で300ほどの歩兵を颶風のように切り殺した。
弓隊は味方の突撃で壊滅し、敵大将に追撃をかけたところで降伏の意思を示してきた。
味方の被害は当初の想定より半分以下で済んだ。
「兄上、危険すぎます。大将の自覚を持っていただかないと」
「おう!悪いな!堅そうだったんでじれったくてな」
味方の被害に心を痛めたのかと思っていたのだが、それも違った。
思わず苦笑してしまう。
悪気はない。この人はそういう意味ではイダヴェルのバシュトナークよりよほどたちが悪い。
(世界で最も強い子供のようなものか)
精霊達はそれをきいて笑っている。
戦はいつのまにか終わりを告げた。
あらかじめ決まっていたことだ。驚きはない。
数の差は打ち破った兵力を吸収することで是正されていった。
それもわかっていた。
ミクラガルドもコルベインも恐怖によって支配されていた。
そこへあの兄だ。
天真爛漫ともいえる性格と、バシュトナークを凌ぐ剣の腕。
見た者を魅了し、兵力は膨れ上がっていった。
バシュトナークの手法は正しかった。
極めて大きな勢力を掌握するには恐怖は有効であり、殺戮とそれが生む恐怖は抗えないものがある。
しかし維持は難しい。
恐怖は反抗を生む。
しかも大勢力の維持には金と食糧の消費が莫大となる。
だからバシュトナークは急いだ。
兄とは違う手法で、自分の強さと手腕を世に示そうとした。
性急な戦の仕掛けと、苛烈な支配はそのためだ。
自分が一代で十王国に覇を唱えるのなら同じ方法を採るだろう。
しかし兄が誤算だった。
あんな人間はいてはいけないのだ。
文字通り一人で戦局を変えてしまうような者はいないのだ。
しかし。
遠見の精霊が伝えたことがある。
もう一人いる。
ここより随分北の地に。
聞く話では兄とは随分違う。
魔術師、剣士、両方の技を併せ持つところは、今は亡きレイスリー・プロガーンと同じ。
グレイエルフというところも同じ。
ラザルスといいレイスリーといい、この男といいグレイエルフが人との関わりを嫌うというのは嘘なのではないだろうか。
それとも永い時を生きると変わり者にもなりやすいのか。
そうそう三人目のグレイエルフの話だ。
名は伝わっていないが、妙な戦術を使ったらしい。
わたしのように戦場を把握するのではなく、言うなれば誘引戦術というのか。
相手の行動選択を制限して、望む展開に持ち込むことに長けている。
しかしそれだけでは説明できない。
仕掛けが物理的に早すぎたのだ。
イダヴェルの侵攻前に侵攻箇所に効果的に布陣している。
逆算するとイダヴェルが帝都ウルを出立した時には既にバルディスの王都ヌクレヴァータを離れていたことになる。
密偵がいたにしてもおかしい。
導き出される答えはただ一つ。
『予め戦が起こることと、戦の流れを知っていた』
ということだ。
政をよく知り、軍のことをよく学んだ者なら、密偵の情報と合わせて察知しえたのかもしれない。
だが、戦の状況を聞くとそれほど巧みに軍を操っている様子はない。
ただ聞いたこともないような奇策や、これまでの常識からするとありえない手法、または卑怯と罵られても仕方の無いような策も実行する。
とてもちぐはぐで違和感がある。
いずれ会ってみたい。
わたしは強く思う。
戦が終わり、念願を押し通してバシュトナークを倒した兄。
バルディスの女公を妻に娶り、正式に初代カタラク王として玉座を頂いた。
これで落ち着くわけはない。
たださすがにこれ以上他国と戦乱を起こしてはこちらが討たれることになる。
兄に意思を聞くと
「戦争はしねえよ。あとケンカ強い王様なんてイルベオスくらいだろ?」
イルベオスとはヒヤルランディの竜殺しの中の竜殺し王だ。
「あいつはちょっと行って頼めば付き合ってくれるから戦争する必要はねえな」
くれぐれも殺したり死んだりしないように注意しておく。
「メニヒは行方不明だし、どっちにしろクスコ・ガンカナーも含めてバシュトナークの子分だろ?弱いヤツに興味はない」
「では何をなさいます?新王国の政を行いますか?」
「それはお前の仕事だろうが。俺はそんな事やるわけねえだろ。ケンカしてしまくって、ケンカの相手がいなくなったら子でも孫でも撫でて隠居するぜ」
これで愚王と呼ばれることにならないと予想できてしまうのがすごい。
せいぜい武王どまりだ。後世の歴史家は周囲の苦労を考えて欲しい。
「なんかこの前俺の結婚式に来たヒョロい騎士いたじゃねえか、なんて言ったか?」
「バルディス宮廷騎士団長バルテルミ殿ですね」
「ふーん、まあいいや。あいつが言うにはバルディスにも面白いヤツがいるみたいだな」
「グレイエルフの騎士でしょうか」
「そうそうそれそれ!ケンカに興味持ったグレイエルフってのはだいたいハズレが無いんだよなあ。お前も知ってるだろ?」
まあ確かに。
「あいつら暇に任せてバカみたいに修行するからな!会いに行ってみたいんだよ。いいだろ?」
「それはズルいですね。彼にはわたしも興味があります」
「お!なんだ珍しいな。お前も興味あんのか?でもお前がケンカするとバルディスが国ごと消し飛ぶからやめたほうがいいぞ?」
「ケンカはしません」
精霊達が伝えるこのグレイエルフの話は、聞くだけではただの英雄譚のようだ。
しかし気になる。
「まあいかんせんオレもすぐさま飛び出そうとは思ってねえよ。お前一人じゃ大変だろうし、他に仕事押し付けられるヤツを見つけてからだな」
「ゼフィア様はどうなされます?」
「連れてくに決まってんだろ。あの寂しがりを置いていけるかってんだ」
そこは同意せざるをえない。置いていくと言っても聞かないだろう。
しかし国王も王妃も不在の新王国というのはいかんせんひどいな。
「人間のケンカ相手がいなくなったら怪物相手でも構わないぜ。イルベオスに最強のドラゴン教えて貰うか、『嘆きの荒野』制圧作戦とかもいいな」
「兄上の銅像でも先に作っておきます」
「銅像?なんでだ?」
「兄上が王竜でも倒したら偉業を称えるということで、亡くなられたら偉業を偲ぶということにします」
「ははは!そいつはいいな!お前も冗談うまくなってきたな!」
英雄なんかこんなものだ。
まともな人間につとまるワケはない。
(友よ)
この呼びかけをしてくるのは精霊王レヴィノーアだ。またの名を灰色の主神。
(久しいですね)
(そうかな?人の感覚とは異なるからわからぬ)
(どういった御用でしょう?)
(ああ、前に話していたグレイエルフだが)
(バルディスのですか?)
(ああ、アレは関われぬ)
妙な言い方だ。関わらぬほうが良いならまだわかる。
(どういうことでしょう)
(我は精霊を束ねる。ゆえに力を持って神とまで呼ばれる。教会の坊主や、怪しげな邪教崇拝者たちの言う神が本当にいるかどうかは我も知らぬ。しかし、我らは自ずから生じたわけではない)
(……レヴィノーアを生み出した者がいると?)
(かもしれぬな。我はこの世界を見通すことができるが、所詮世界は紙一枚ということだ。この世界という包み紙の向こう側、その包みをぶら下げている存在があるとすれば我らが神と呼ばれるのは滑稽に映るであろうな)
と、いうことはどういうことだ?
(かのグレイエルフは、その造物主なのですか?)
(いや…違う…な、おそらくは)
歯切れが悪い。
(あれは我らの知らぬ理を感じる。大賢者も少し感じるが、あれはあやつの知識魔術だからな。あの者は違う。存在自体がおかしい)
(なんと)
違和感の正体はそれなのか。彼を探ろうにも精霊達はあやふやな事しか伝えてこない。
レヴィノーアと精霊の力を通じて、世界の果てまで見通せる気になっていたわたしは初めて目隠しでもされたような気分になった。
(面白いですね)
(…そなたもまた人間であるということか)
(そうですか?)
(そなたに鏡を見せてやれないのが惜しい。今の顔はまさに兄と瓜二つであるよ)
なんと、兄上はこんな心持ちになることを求めて生きているのか。
それは確かに納得できる。
世界はあるべきようにある。
わたしにはそれを目にすることはできないが、精霊の見聞きしたものを概念として理解している。
兄上やその他の人間は自分の目で見ることで理解する。
だからこそ人は未知を怖れ、未知に憧れる。
まだ見ぬものを見、知り得ぬものを知り、未だ踏破せぬ地を踏み、まみえぬ者と会う。
それは人の本能に根ざした欲求なのかもしれない。
だからこそわたしは神と精霊の力を借りて、神の近しいほどに世界を知るゆえに世界に倦んでいた。
バルディスのグレイエルフ。
世界の理の外に居る者。
未知ということがこれほど心浮き立つものだと初めて知った。
(会って知ることを求むるか?)
(当然でしょう。これは新王国には王も王妃も王弟も不在ということになってしまいそうですね)
(なんとも国民は前途多難なことだ。我ですら同情を禁じ得ぬ)
一刻も早く、国が勝手に回って行く様に段取りせねばなるまい。




