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異界のストーリーテラー  作者: バルバダイン
第一部 「イダヴェル戦乱編」
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第五十一話 「管理人」

 メニヒはあえて迷いながら戦うことにした。


 陥穽(ピット)による穴はあいたりあかなかったりだが、どちらにも対応するつもりで動けばどうにかなった。


 具体的には踏み込んだうえで足場を決めてから攻撃のラインを描く。


 出だしは遅れるが剣速で勝るので互角に戦える。


 一方のメルレンは未だに余裕を見せている。


 時折魔術を挟むが、そのペースすら非常に不規則でまったく読めない。


 穴の大きさ、深さもまちまちで一定以上の大きさは作れないようだが決して無視できないように、そしてある程度計算して行使している。


 強撃気味のメルレンの突きを逸らせて、足を下ろした場所は何回か前に陥穽(ピット)によってあけられた穴があり、メニヒはまた窮地に陥った。


 ただし足元のバランスで攻め込まれるパターンには変わりないので、メニヒも段々慣れてきていた。


 全力は無理だとしても現在の総合力を判断した場合、自分が僅かに勝っている。


 相手が魔法剣士だということで、陥穽(ピット)のような初見の隠し玉を持っている可能性は高いが、一気に場を制圧するような大きな魔術は使えないし効果もメニヒまでは届かない。


 油断なく戦って、この人生で一、二を争うような心浮く仕合に勝利したい。


 メニヒはバシュトナークと仕合ったときにもまして防御的な戦いを続けた。


 それは決して恥ではない。


 敵への敬意と一介の剣士として、ある意味至極真っ当な心構えだった。



「人間にしては随分多く殺したようだな」


 メルレンが面白そうに嗤う。


「生業であったのでな」


「そうか、因果なことだな。わたしはあくまでも好きでやっていたことだからな。愉しみがなければこんなくだらぬことに時間など費やさぬよ」


 メニヒは無言だ。でもメルレンはメニヒをじっと見やる。


「お前もそうなのだろう?好きで殺すことを生業に選んだのだろう?わかるぞ、これ(・ ・)は一度味をしめると抜け出せぬからなあ」


 やはりメニヒは無言だったが、メルレンの言葉には違和感があった。


(このエルフは殺し自体が好きなのではないか?我よりはデュラハンめに近い)


 アークロイガー第二軍団長、大将軍マグニール・デュラハン。


 無抵抗の者を嬲り殺すことを何よりの悦びとして、たびたび任務を逸脱し執拗な殺戮を繰り広げるイダヴェルの最も忌むべき、しかし恐れられる男。


「自分が強いなどという思いあがった人間の自信を少しずつ剥ぎ取って、絶望しあるいは無様に命乞いする相手を切り刻むのはたまらんよ」


 しかし続けられたメルレンの言葉にメニヒは思い違いに気づいた。


 このエルフは自分と同じく強者を求める。


 しかしその目的は大きく違う。


 ただ…


(傍から見れば変わらぬか。我もまた戦に喜悦する気狂いでしかない)



 剣技、膂力、間合い(リーチ)ともメニヒに有利だ。


 そしてスタミナも。


 メニヒは防御的な戦いに徹することで攻防の天秤こちらへ傾けることも考えていた。


 同時にそれを許すような相手ではないことも。


(どう出る)


 散発的に他の着火(フリック)や、空刃スライスなども混ぜながら探ってきている感じだ。


 何を?とは思うが、無表情に近い微笑を浮かべたメルレンからは何も読み取れない。


 するとメルレンはだらりと両腕を下げた。


 誘いのようにも見える。


「さて、仕掛けるぞ」


 突如殺気が膨れ上がる。


 メニヒはそれに呼応して間合いを詰める。


 決して反射で動いてしまったわけではない。


 仕掛けると言われて、ぼうっと待っているつもりは無かっただけだ。


加速(アクセル)空壁(エア・ウォール)爆裂(エクスプロージョン)


 メルレンの姿がブレ、直後に背中側に魔術を発生させてありえない速度の踏み込みを見せた。


(しかし!)


 メニヒにはその姿も剣の軌道も見えていた。


 速度が上がったとはいえ、奇しくも気絶する前のメルレンが見せた攻撃の軌道と寸分違わぬものだった。


 ただし爆発的な加速を見せているので、同じ迎撃はできない。


 メニヒはメルレンが突きこむ刃を側面から腕で外側に逸らすのが精一杯だった。


 一度見たからこそ対処ができた。


 追撃を加えることはできなかったが、代わりにメニヒはメルレンの攻撃を無傷で凌いだのだ。


(黴でも生えたか)


 引き出しはまだまだありそうだが、結局メニヒに致命傷を与えるには到らない。


 侮るつもりはなかったが、最初に感じた畏怖は勘違いだったような気がしてきていた。


 交差した二人は再び遠間を取った。



 そしてメルレンは刀を一旦鞘に納めると前傾姿勢をとった。


 居合いの構えだ。


 メニヒはメルレンが飛び込んで居合いを使うのか、待ち構えて間合いを幻惑するのか見極めようとした。


 しかしどうも違う。


 魔術の心得が無いとはいえ、魔術師との戦いも多少あった。


 メルレンは多分魔術を使う。


 種類は当然わからない。


 勝負どころだとメニヒは読んだ。


 メニヒにも奥の手はあった。


 バシュトナークとの対戦一度きりだけ使った独自の歩法だ。


 蹴り足の動きを極端にコンパクトに抑えて、通常の踏み込みに見えながら全力の飛び込みと遜色ない速度で間合いを詰める。


 ましてメルレンに比して五割近いリーチの長さだ。


(魔術師相手なら鼻っ面を抑えるのが一番であろうな)


 機先を制する。


 いかなる魔術で幻惑しようとしても護符で実質的な影響はない。


 陥穽(ピット)などで動きを阻害されることを技でねじ伏せる。


 方針は決まった。


 あからさまな構えのメルレンに対し、メニヒは軽く構える。


 しかし全力の飛び込みを見せるべく下半身の力が蓄えられている。



断空(スラッシュ)


 メルレンは踏み込まなかった。


 間合いを詰めつつ、魔術で幻惑し抜刀術を繰り出す可能性が高いと思っていたメニヒはアテがはずれる。


 メルレンは一気二打で断空(スラッシュ)をX字状に打ち出してきた。


 メニヒは構わず爆発的な飛び込みで最短距離を突っ切る。


 魔術による真空の刃は周囲の空気を屈折させるため、はっきりとではないが目に見える。


 メニヒはそれを護符の力で防ぎながら、術の打ち終わりの隙に向けて必殺の一撃を叩き込もうとした。


(二連の魔術をほぼ同時に放つとはなんたる手練か。空圧が護符で霧散する際の衝撃を目くらましに己も飛び込みつつ斬撃を放つつもりだったか)


 しかしメニヒは織り込んでいたために、目くらましなど役に立たない。


 の、はずだった。


 メニヒの右腕が肩口から切り飛ばされていた。




「避けぬとはな。お前が今までやってきた戦いというものが透けて見えるわ」


 断空(スラッシュ)はなんの抵抗もなく、メニヒの腕を切っていた。


 痛みすらまだ感じぬメニヒは呆然と足を止める。


 残った左手で首から下がっているはずの護符を探ると、無かった。


 メルレンは先ほど交差した時に、最初から護符を狙っていた。


 来栖=メルレンは武器を狙ったのだが、メルレンは防具を狙ったのだ。


「…迂闊」


「そうであるな。お前は結局剣技に頼んで護符なんぞに頼った戦いしかしてこなかった。くだらん。防御ならば防ぎ、避ける。攻撃は当てる。そんな習い始めて半日の小僧にでも出来ることがお前には出来なかったということだ」


 致命傷だった。


 噴き出す血の量は著しく、剣は右手に握られたまま向こうに転がっている。


 万が一剣を拾い左手で揮ったとしても、十全に戦えぬばかりか五分も立っていられないだろう。


 終わったのだ。


「エルフ、最後の仕合楽しませて貰った。礼を言う」


「そうか、わたしはつまらなかった。三度生まれ変わって修行せい、人間」


 メルレンは最早興味がないとでも言うように無造作にメニヒに歩み寄り、その首を刎ねた。


 ふん、と鼻を鳴らすとメルレンは街の方を見やった。


「魔力を他者から譲り受けつつ大魔術を使うとは…面白いことを思いつく。知識だけで使えなかった禁呪も試せるな」




-------------------------------------------------------------------


 来栖瞬視点



 目を開けた。


 そこは暗い部屋だった。


「僕はどうしたんだっけ」


 立ち上がろうとして違和感を感じた。


「あ」


 思わず声をあげる。


「僕の…身体だ…」


 メルレンのじゃない。僕の、来栖瞬の身体だった。


 でも妙に現実感に乏しい。


 ふと思い出した。


 僕は死んだのだ。メニヒに斬られ、いや殴られたのか。


 当たり所が悪かったのか、あんな馬鹿力で頭殴られれば頭蓋骨陥没するよなあ。


「死んではいないよ」


 え?


「君は別に死んではいないよ」


 声の方向を見ると子供がいた。


 男の子か女の子かわからない。五、六歳といったところか。


 誰だ?


「はじめまして、じゃあないんだけどね。顔を合わせるのは初めてだね。んーと、名前は無いんだよなあ。そうだなあ“管理人”とでも呼んでくれ」


 子供じゃない、な。


「違うよ。どうせ特殊な状況でしか顔合わさないんだからどんな外見でも構わないし、声だけでもよかったんだけど子供の姿してたら警戒されないかと思ってね」


 そう言われると警戒するしかない。


「大丈夫だよ。ボクは何もしないし何もできない。見てるだけー」


 可愛らしくポーズを取るのが余計不気味だ。


 と、ふと思い出した。


「お前、その目見覚えがある。ゲーム起動した時にモニターに映ったのはその目だ!じゃあお前が僕を!」


 立って掴みかかろうとしたが、どうもふわふわしてうまくいかない。


 くそ苛立たしい!


「まあまあ落ち着いてよ。とりあえず正解。ボクがキミを連れてきたんだ。でも連れて来られた訳には心当たりありまくりだろう?キミは“管理人”どころじゃない。この世界の“創造主”(ライフメーカー)なんだからさ」


 何?


 いや、僕が作った世界…なのか?


「そうだよー、何言ってるんだよー。無責任すぎるぞ」


 子供=“管理人”は両手を腰に当てて‘怒ったぞ’ポーズをする。


 しかし作ったから呼ばれたとなってはフィクション作家は軒並み神隠しだ。


「他は知らないけどさ、キミの作ったこの世界は結構売れてみんなが『意識』してるんだよ。だからボクが生まれた」


 意味がわからない。


「えーとね。世界の成り立ちなんて結構いい加減で、キミが思いついた瞬間に生まれたんだ。でも歴史みたいなざっくりとしたアイデアから世界の過去が細かく成立したんだ。その時点にいる人、建造物、自然、木の一本一本にいたるまで。混沌とした伝承に残らないほどの太古までの過去が出来上がって歴史や記憶として認識された。そしてボクもその時に生まれた」


 いや僕はお前なんか作ってない。


「そりゃそうだよ。ボクは言わば『世界自動生成および管理ツール』だもの。できたもの同士が齟齬のないように管理して世界が破滅しないようにバランスを取る役目なんだから」


 じゃあ僕はいらないよなあ。


「ところがそうじゃないんだなー。キミが今いる時点から過去は事実を元に構築できたけど、先というのはある時点から先がないんだ」


 え?


「物語は『それからみんな幸せに暮らしましたとさ』とかさー完結するじゃん。そしたらボクも登場人物達の行動履歴から幸せになるような未来を現象化して、その後の未来を乱数交えながら管理できるけど……キミ、エタってるじゃん」


 お前!自然消滅とかもっといい言い方があるだろうが!


「いや、だって事実だし。続編待てっぽい言い方してたくせに読者からの早く書けコールも無視してるじゃん」


 モチベーションとか、一旦話が落ち着いちゃったから自分や読者のテンションをそこまで上げられるか自信が無いとか、いろいろあるんだよ。


「知らないよ!そんなそっちの都合は。こっちはもう限界なんだよ。このままじゃ保たないよ!」


 それこそ知らないよ。だってエタってる話なんか山ほどあるじゃんか!あれはどうなんだ!?


「だから他は知らないって。実際問題としてこの世界はこうやって実在してるし、キミは連れてきちゃったし、続き書いてくれないと壊れちゃうんだってば」


 何が壊れるの?


「この世界だよ!みんな死んじゃうの!ボクだって消えちゃうんだよ!一応こんなんでも生存本能はあるんだ。だからキミを連れてきたんだよ」


 いや、まあそう言われてもなあ。


 じゃあなるべく早くに続き書くので、とりあえず帰らせてください。


「無理」


 即答!?てか帰らなきゃ続き書けないし。


「キミの執筆意欲はボクから丸見えなんだけどー。シリーズ書いてた頃を100としたら15くらいじゃん。絶対書かないし」


 的確すぎてぐうの音も出ねえよ。じゃあ大体なんで今お前は出てきやがったんだ。


「そうそう、それそれ。本当はキミの創造した新キャラに意識を乗せて、この世界のこれまでを軽く追体験しながら次章に絡んでもらって執筆してもらおうと思ったんだけどさ」


 だけどさ?


「キミ、死にかけるんだもん」


 あ。


「忘れてたよね」


 なんかそういやそうだった。死んで神が出てくるおなじみの展開がここで入るのかとは思わなかった。


「だから神じゃないって。見て調整することしかできないんだ」


 僕を引っ張り込んだのは!?


「火事場の馬鹿力?」


 なんで疑問系なんだよ。ちゃんと元に戻せるんだろうな。


「……頑張るよ」


 絶望しかねえな。


「話を戻していいかな。キミが作ったメルレンはなんというかキャラが立ちすぎていたんだ。能力的には極めて高いのにみんな知らない。この辻褄あわせをした結果があの性格さ」


 あの、って?


「まあおいおいわかるさ。で、重要なのはここからで、本来キミが死んでしまうともうその時点で詰みなんだ。元いた世界ではキミの死体が発見され、心不全とか言われて終わり。こっちの世界は崩壊。元の世界の記憶や記録からはこの世界のことがすっぽり消えてしまう。そういう風に改変される力が働くはずさ」


 死にかけって言ったな。


「うん。誰しも死んだことなんか無いからどれくらいで死んじゃうかなんてわからないよね。キミはメニヒとの戦いでヘマをしたけど別に死ななかった。せいぜい大きなタンコブを作ったくらいさ。でもキミは『死んだ』って思ったろ?」


 そりゃあのメニヒ相手じゃ一手間違えば死ぬ覚悟するさ。


「それで、メルレンは本来の持ち主が主導権を奪ってしまったんだ」


 本来の持ち主って、設定されたメルレン・サイカーティス?


「そうだよ、足りない部分は補完させてもらってるけど。550歳のいけすかないグレイエルフの悪党だよ」


 悪党なのか?


「現在の能力から過去の経歴を生成してるからね。レイスリー・プロガーンとほぼ同等の剣技、師以上の魔術的才能、修羅場のくぐり方、メニヒなんか可愛いくらいの戦闘マニアだよ」


 設定ミス?


「ありていに言えばそうだけど、勢いで作って検証もしてないんだから仕方ないと思うよ。最強の魔術師とか言わなくてまだよかったんじゃないの?」


 で、元の持ち主に戻ったらなんかまずいのか?


「そうだね、本来なら戦闘にも飽きて森で修行でもしてエルフらしく暇だ暇だ文句言いながら死んでったんだろうけど、いろいろ刺激しちゃったからねえ。どうやら暴れる気らしいよ」


 え?




 大賢者(クソジジイ)の百倍はあやしい自称管理人に教わって、「外」へ意識を向ける。


 なんだかでっかいロボットの操縦席に乗って世界を眺めているような気分だった。


 見ればメニヒは首を刎ねられている。僕がやったのか?


「メルレンだね。正直今のメルレンはまずいよ。完全にバランス崩すほどの能力があって、なおかつ自制しようとしないから」


 どうやらメルレンは僕の中に、今の僕のような状態で残っていて僕のこれまでの行いや、表層に浮かんだ意識、同じく表層で回顧した記憶などを閲覧していたらしい。


 それって管理人(オマエ)のミスじゃね?


「こんなことやったの初めてだもの。わかるわけないだろ?こういう展開だとキミから見たボクはいわゆる神っぽいけど、ボクは違うからね。あんまり期待しないでよ」


 最初から期待なんかしていない。


「酷いな」


 表層意識を読む。メルレンはリュタンを使って魔術の実験をするらしい。


 しかも遺失魔術で禁呪レベルのヤツだ。


 魔力が足りなくて使えなかったものだが、リュタンの魔力量の潤沢さを知りどうしても試したくなったようだ。


 また悪いことに今のヌクレヴァータは念入りに祭壇の準備までしてある。触媒を補充してやれば活かせるというわけだ。


 新しいおもちゃを得た子供かよ。


「言いえて妙だなあ」


 うるせえ。


 早いところ主導権を取り戻さないとエライことになるのはわかった。どうやって戻ればいいんだ?


「さあ」


 …おい。


「そう言われてもわからないよ。だってこんなことやったことないもの。気合でどうにかならないの?」


 使えねえ。かえすがえすも使えねえ。


 このまま禁呪使うとどうなるんだ?


「内容よくわかんないんだよね。キミって古代魔法王国の設定テキトーだったじゃん」


 ぐ。


「だからどういう規模と効果かわからないけど、あのメルレンのわるそーな顔見てると絶対ろくでもないことになるよね。で、もし物語の進行上修正しきれないほどの影響出たとすると…」


 すると?


「わかんない」


 またかよ。


「可能性があるとすると、このまま本格的にパラレルワールド化するかもね」


 来たよSF。


「もう修正あきらめて、独立した世界として切り離しちゃうとか?」


 どういうことだ。


「ボクも可能性として言ってるだけだからわからないけど、少なくともキミは元の世界には絶対帰れないことだけは確定する」


 ふざけんな。


「主導権を奪い返してバカを止めるには同じことするしかないかもねー」


 具体的に言ってくれ。


「メルレンが死なない程度に半殺しにする」


 誰が?


「誰かが」


 無理じゃね?


「もしくは気合」


 完全に詰んだ気がしてきた。

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