第五十話 「vsメニヒ第三幕」
目に見えるほどの濃密な殺気。
考えれば考えるほどに手が無い。
犠牲覚悟で兵を呼び集めればよかったのかもしれないが、自分、周囲の人間への被害や、運よく生き残った場合でもメニヒや身代わりに死んだ者に対しての後味の悪さが容易に想像できる。
ましてや情が移っている者が死んだら後悔は免れまい。
剣速、膂力、反射速度、持久力、どれをとっても及ばない。
得物はほぼ同格。
防御はお互い関係無い、致命傷を防ぐようなものはない。
メニヒは半裸だが、明らかに魔術霧散あたりの効果があるアミュレットを首からぶら下げている。
魔術が無ければ僕の剣なんか当たらないってことか?舐められてるなあ。
そんならここまで僕との勝負に拘らないで欲しい。
加速しても筋肥大しても押し負ける。
死ねっていうのか!?
相変わらず、この肉体の補正なのか自分個人が人の命を奪うこと、自分の命が危機に瀕することについてはフィルターが掛かっているらしく、本来の自分が感じるものとは違う気がする。
ぼんやりしていて忌避感に乏しい。
うまく言えないが「そういうものだ」と思っている。
周りの人間、仲間、そういったものがコイツにはいなかったんだろう。
そこに関する感情はダイレクトに僕の心に訴えかけてくる。
550年間ぼっち。
それはもうぼっちを極めている。
戦いに対する恐怖も高揚もない。
最初にメニヒと対した時とはまったく違う。
メルレンは本当にタイマン仕様なようだ。
メニヒは未だ笑みを浮かべたまま緩く構えている。
緩くといっても無論脱力しているわけではない、一瞬で弛緩から緊張を生み出し、全身の力を余すことなく一点に集中できるように油断ない状態にある。
拳法等でいう螺旋の力、それを誰に教わるでもなく自ら身につけ、いかなる時も自在に操る。
これがメニヒの力の一部だ。
パンチを打ち込めば、等速のコークスクリューブローがカウンターで来るようなものだ。
どうする。
どう攻略したらいい。
僕の乏しい戦闘経験ではその答えを導き出すことはできない。
考えて、工夫して、当たって砕けるしかないのだ。
「肚は決まったようだな」
「ええまあなんとかね」
やるしかないな。
遠めの間合い、僕は全身の力をぐうっと撓める。
引き絞られた弓のように、少し前傾となり両の足は大地を噛み締める。
持久戦は不利、スペックも劣るとなれば、時間が経つにつれ彼我の戦力差は開いていく。
ならば消耗したり被害を受ける前の十全の状態から、全力の一撃を打ち込む。
「いい覚悟だ」
僕は答えない。口をきく力すら剣先にこめる。
メニヒと同じ、力を込めるといっても力んで硬直するのではない。
全身の動作を確認したうえで「緩み」を持たせる。
あとは引金を引く一瞬を待つ。
メニヒなら筋肉の動きで、その一瞬を見切る。
僕はメニヒの予想と対応速度を超えて飛び込んで、致命の一撃を打ち込み反撃を封じるしかない。
分の悪い一発勝負。
タイミングを待ってはみるが、生憎ここには落ち葉も散っていないし、水滴も落ちていない。
遠い夜営の灯りに照らされた王城のシルエットが浮かんでいるのみだ。
僕らの視界は、僕がぶら下げてきたランタンの範囲しかなく、あたりは闇に沈んでいる。
メニヒは自然体でいつでも僕の動きに対応できるように構えている。
自分から仕掛けてくるつもりはないらしい。
おそらくプロレスラーのように、こちらの全力の攻撃を受けきってから倒すつもりなのだろう。
舐めているとも言えるが、このような命懸けの遊戯を仕掛けてくるあたり、メニヒなりの美学があるのかもしれない。
ふうっと一息つく。
そんならタイミングもクソもないな。どうせ隙を待っても作るわけはない。
いつ仕掛けたって同じだ。
勝手に行くさ。
蹴り足に力を込める。
反動で飛び出す。
よし、スピードはイメージ通りに乗った。
リーチの差があって間合いは違うのに、メニヒは迎撃してこない。
やはり僕の攻撃を受けきるらしい。
そしてお互い必殺の間合いに入る。
ドンと踏み込みの足を叩きつける。
同時に構えた刀を突き出す。
胸を張って、背筋が生み出す力、足元から一気に緊張させた全身の力を合わせて突きを繰り出す。
メニヒもそれに合わせて、ようやく大剣を合わせてくる。
見切って、撃ち落して、完全な勝利を味わおうというのか。
しかし、僕が企図した攻撃は必殺の防御をかなぐりすてた捨て身の一撃ではあったが、実は真正面から急所を狙ったものではなかった。
狙いは右腕の付け根。
身長差から低い攻撃になることを利用し、逆にメニヒの迎撃を紙一重で逸らして右腕の機能を狙う。
腱一本。
剣を振れなくなればいい。多くは求めない。
そうすれば仕切りなおした時に、利き腕を使えないメニヒとだったら互角の勝負になるかもしれない。
それくらい僕とメニヒの差は絶望的なのだ。
渾身の一撃を突きこむ一瞬、メニヒの顔を見た。
そこに浮かぶ表情は明らかに驚きだった。
(読み勝った!)
僕は密かに心中快哉を叫びながら、真っ直ぐにメニヒの脇下部分に切先を突きこんでいった。
(!)
鮮血が舞った。
「己の命を種銭に腕一本を求める博打を仕掛けてくるとはやはり面白い!」
届かなかった。
メニヒは自分の攻撃を力ずくで止めると、僕の切先が狙いを捉える前に肘で刃を叩いて逸らせたのだ。
結果薄く脇腹を傷つけたのと、メニヒの肘の皮を切ったのみで終わった。
攻撃後の無防備な体勢の僕の刀をメニヒはそのまま右腕で抱え込んだ。
(まずい)
咄嗟に武器を放そうとしたが、それよりも先に握りこまれたメニヒの左こぶしが僕の後頭部にうちこまれた。
「げはっ!」
変な声が出た。
頭蓋骨が軋んだ。
陥没したのではないか。
そんなことを考えながら、僕の意識は暗黒へと落ちていく。
負けたなあ。
こりゃ死んだかな。
「勝ち戦の後でも尋常の立ち合いを受けてくれたこと感謝するぞ」
遠くでメニヒの声が聞こえる。
そんなもの一文の得にもなりゃしないよ…。
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深夜の私闘は一応の決着を見た。
メニヒは満足気にたった今自分が倒した相手を見る。
まだ死んではいない。
このまま立ち去ることも考えないではなかったが、それではあまりにこの場まで付き合ってくれた相手への礼を欠くと考えた。
敗軍の将たる自分にこの者との再戦はない。
生涯で一度完膚なきまでに打ちのめされた主君バシュトナークには遠く及ばなかったが、それを除いては最も心浮く戦いだったと思えていた。
我儘ではあるかもしれないし、メルレンには生きたいという望みはあるだろうが、勝者の権利として死出の供にしてやろうと決めた。
「想像とは違ったが楽しかったぞ」
メニヒの言う想像というのは、メルレンがもっと様々な魔術を駆使して文字通り全力全開の戦いを仕掛けてくると思っていた。
しかし蓋を開けてみれば純粋な剣士として真っ向から挑んで敗れていった。
己の持てる最高の技術と力で正面勝負。
立ち合いとしては正に申し分なかったが、どこかしっくりこない。
「我が思うより愚直な武人であったということか」
誰に言うでもなく呟くと、倒れたメルレンに止めを刺すべく大剣を振りかぶった。
「?」
メニヒは違和感をおぼえた。
意識を刈り取るのに充分な手ごたえがあった。
数時間は目を覚まさない、あるいはそのまま目を覚まさない可能性もあるほどの打撃。
しかし、今メルレンから感じる気配は
「断空」
僅かな手の振りでメニヒの足に向けて風の魔術が飛ばされてきた。
メニヒは咄嗟にかわしたが距離が近すぎて完全にはかわし切れず、護符の効果が発動して魔術を遮断する。
「小賢しいな、人間め」
倒れ臥していたメルレンがゆっくりと立ち上がる。
メニヒは状況が掴みきれず、大剣を正眼に構えなおす。
「手加減なく殴ってくれたおかげで酷く痛むぞ。しかしおかげで出てこれたのだから礼を言わねばな」
メルレンは笑いながら刀を拾う。
「貴様…違うな?」
メニヒがそう言うとメルレンは一層笑いを強くした。
その笑顔は見る者を凍りつかせるような異質な笑顔だった。
「ほう、わかるか人間。ならば挨拶せねばなるまい。わたしがメルレン・サイカーティスだ。今までお前が相手にしてたのはまがい物よ」
「まがい物だと?」
「そうとも。突如わたしの意識を乗っ取って好きにわたしの体を使っておった。つまらぬ、取るに足らん人間風情がな」
「…どういうことだ」
言いながらメニヒは妙にしっくりくるものがあった。
噂に聞くグレイエルフとはこういう存在な筈だ。
人間を見下げ、接触を嫌い、大半は詩作や探究などに時間を費やす。
稀に人と接触するグレイエルフも高慢で、人間を下等生物だと考えていると。
まさにメルレンの態度は合致する。
「知らんよ。どこかの禁呪使いがおかしな召喚術でも使ったのではないか?わたしの中にもぐりこんだ人間の小僧は剣にしろ魔術にしろ、それこそ本を読んだだけのような稚拙な理解と運用でわたしの名誉を地に貶めた。まったく嘆かわしい」
メルレンは芝居がかった仕草でかぶりを振った。
「その人間の小僧はどうなった?」
「ああ、お前が殴ったせいで落ちて行った。惰弱な。おおかた自分が死んだとでも思ったんだろう、肉体の制御を手離しおった。だからわたしが出てこれたのだよ」
「それでどうする?続けるのか?」
「続けるも何も、わたしはこれが久々の実戦さ。お前のような力まかせの児戯に遅れを取ったとなると、わたしの経歴に傷がつく。潰させてもらう」
「我もまだ食い足りなかったところだ。付き合ってくれるとはありがたい」
二人の力関係は逆転したように見える。
メニヒは油断なく構える一方、メルレンはなんの構えも見せない。
お互い凄みのある笑みを浮かべているが、メニヒには余裕がない印象だ。
ただ先程の来栖が主導権を握っていたメルレンの必死な様相ではなく、ギリギリの緊張感を心から楽しんでいる。
「まるで別物だな」
「伊達に五百年も剣を振っておらん。わが師、レイスリーにも遅れは取らぬ。ラザルスの戦闘狂が相手ではどうなるかわからんがな」
十王国世界でも飛びぬけた剣士、ラザルス・アクシオムに比肩すると豪語するメルレン。
それはメニヒの主たるバシュトナークと同じか、それを凌ぐということだ。
ブラフなのか。自信なのか。
それが掴めずにメニヒは踏み込めない。
ただ、自分を超える力量であるという感覚を神経が伝えてきていた。
ならば挑むべきだ、という考えに到る。
さきほどメルレンがそうして自分に挑んできたように、全力で挑んでいくのが格上相手の戦いだと思った。
メニヒは大剣を下段に構えて一気に踏み込む。
どちらかというと防御的な様子見の型だ。
敵の動きに対応して、間合いを制する。
方法は違うが、やはり真っ向からの打ち合いを挑んだ。
メルレンはそれを見ている。
見ているが、何も動きを見せない。
(どういうことだ?魔術的防御結界なら剣で切り裂くぞ)
メニヒは切先を突き入れる目標をメルレンの下腹部に定め、低空から剣を跳ね上げる。
飛び込んだ踏み足が大地を食うその瞬間だった。
「陥穽」
短く唱えたメルレン。
「なに!?」
メニヒが踏み込んだ先の地面が、直径五十センチ、深さ十センチほどに抉れたのだ。
陥穽の魔術。
土属性の術で、魔力の使用量や追加詠唱により規模が変わってくるが落とし穴を作る呪文であり、実行領域の地面を魔力で急激に圧縮して作るため、あまり大きな穴になると術の規模に比べて穴の大きさが小さくなるため効率が悪い。
小さな穴など意味が無い様に思われたが、このような使用方法をメルレンはしてきた。
そこにあるべき地面がない。
当然穴に踏み込めば大きくバランスを崩す。
体勢の泳いだメニヒに向けて、メルレンは容赦なく刀を迸らせる。
「ちいっ!」
銀光のような斬撃をメニヒは勘だけでくぐりぬけた。
そのまま前転して間合いから逃れる。
穴に嵌まったまま無理矢理前転したので、足を捻ったようだが大事はない。
一瞬早く対処できたために無傷で脱出できたが、危うく両断されるか背中の肉を大きく削ぎ落とされるところだった。
「しぶといな。勘だけはいいようだ。人間にしては場数を踏んでいるというわけか」
魔術のからめ方が実に厄介だ。
魔術霧散の護符も着用者に対して直接危害を及ぼすようなものについてしか効果がない。
火炎などの属性攻撃、こちらの行動を阻害するような魔術など。
メルレンはこういったギリギリの、そしていやらしい戦い方に長けているようだ。
「魔法剣士の戦いぶりが見たかったのであろう?まさか無駄に魔力ばかり食うような派手な上位魔術が本領だと思っていたか?」
例えば長大な詠唱と極大の効果範囲を誇る魔術でも、詠唱が完成する瞬間にそこに対象がいなくては意味がない。
そこに敵を誘導するのは戦略的な見地と戦術眼が必要になる。
それは軍師的役割の者か、知力の高い魔術師の領分だ。
魔法剣士は違う。
一対一なのか、一対多なのか、自分が一軍を率いているのか、奇襲なのか、窮地なのか。
あらゆるシチュエーションと相手に合わせて、自分の引き出しの中から最も効果的な魔術を選択し、一瞬で実行する。
攻防の天秤をそこで引き寄せて戦闘を支配する。
それが魔法剣士の理想像だ。
しかしそれには気の遠くなるような鍛錬と試行錯誤、脳内におけるシミュレーションと実戦におけるトライアンドエラー。
それを積み上げてようやくそこへ近づける。
だからこそグレイエルフにしか形にできなかった。
本来剣術の研鑽には興味を示さないグレイエルフの中でも異端の者が飽くなき修練の元に完成を見る可能性がある。
それが魔法剣士なのだ。
来栖にはそれを望んでも無理というものだ。
「さて仕掛けようか」
今度はメルレンが打ち込んでくる。
純粋な剣術だけで考えるならばやはりメニヒに軍配があがる。
それは体格、膂力が違うことが大きい。
技術をもって、その差を埋めることは可能だが、同等の才能を有し同等の修練を積んだ二人の剣士がいれば体格の有利な方が強いのは至極当然だ。
しかしメニヒの頭にはさきほどの攻防があって、思いきった手を打つことができない。
いつ仕掛けられるか警戒しているのだ。
ひときわ強いメルレンの打ち込みに一歩後に下がろうとした時だった。
「陥穽」
(来た!)
踏み下ろした先に穴をあけ、またメニヒの体勢を崩すつもりか。
メニヒはその先にくぼみがあることを計算に入れ、反動で攻勢に転じようと心積もりをした。
「なに!?」
しかし足を下ろした場所には穴など開いておらず、踏ん張りのタイミングを逸したメニヒはまたもやバランスを崩す。
それに合わせて襲ってきたメルレンの突きをなんとか自らの刀身で受け流したものの、メニヒは再び距離を取って仕切り直すしかなかった。
「今のは魔術など練っておらん。対戦の虚実すら駆け引きできぬとはいよいよ児戯に等しい剣術だな」
メルレンは呪文の名を呟いただけだったのだ。
魔術の心得があればそれが魔力の励起を促すものであるのかの判別はつくだろう。
しかしメルレンはメニヒが純粋な剣士であることを知って嵌めた。
戦闘経験なのか。メルレンはメニヒの常に一枚上を行く。
魔法剣士という不慣れな相手、メニヒはそのアドバンテージを充分に活かされていた。
(面白い)
メニヒはぎゅうっと笑った。
所詮小手先の小技である。
しかしそれすらも極めればこれほどになるとは、メニヒにとっては嬉しい誤算ともいえる。
生涯常に強敵を求め続け、命の削りあいを求めてきた彼にとって、まさに今は望んだとおりの時間であった。
(剣ならばこちらが上、我の突破口はそこにある。勝って最期に華を添えよう!)
記念すべき50話で主人公(中の人)が不在になってますw




