第三話 「即位式」
お気に入り、評価ありがとうございます。
素直にうれしーw(バルバダイン、来栖瞬より)
イケメンぶりに差がある。
こっちはイケメン歴二週間でバルテルミは生まれてこのかたイケメンだ。
ワインをあおる仕草にも気品がダダ漏れだ。
侯爵家の長男だったな。
さすがに指先ひとつにまで神経が行き届いた動きというのか、それをもう無意識にやっている。
アネカの視線もいまや僕二割、バルテルミ八割だ。
これがシロートイケメンの限界だというのかっ!
という僕の穏やかならざる胸中と裏腹に涼しげなやり取りでお互いのプロフィール交換をしていた。
「なんと!メルレン殿は魔法剣士ですか!」
驚き方すらイケメン。
もう見苦しいから嫉妬はやめておこう。
「師を超えるにはまだまだですが」
この年にはまだレイスリー・プロガーンの活躍はない。
魔法剣士というスキルを修めた変態がいるらしいという噂だけだ。
「不躾ながら是非一度お手合わせください」
「いえいえ高名なバルテルミ殿に比べれば非才の身、くらぶるもおこがましい腕前でございます」
「ご謙遜を」
食い下がるので機会がありましたら、と言って逃げる。
たしかこいつ相当強いはずだぞ。勝てる気がしない。
ただどうも見た目よりは武芸バカのようで、剣の話になると長い長い。
ワインもいつのまにやら六本目だ。バルテルミの奢りなので気にしないが。
下手に出て話しているので、酔いも回ってきたのか武勇伝やら愚痴やらも混ざり始めた。
(なんか普通にいい奴だな)
バルテルミの意外な一面を見た僕は作者ながら好感を持った。
弱体化しかけたバルディスの宮廷騎士団長代行として、国の全ての騎士団を率いて劣勢ながらも強大な国と戦って支えた生真面目で実直なイケメン騎士という設定のほかにもこんな人間臭いとこがあったんだなあと感心してしまう。
「我が栄光あるバルディス宮廷騎士団の団長はゼフィア様です。ご存知ですか?」
「勿論です」
勿論ですとも。
書いたの僕だもの。
「類稀なる剣の冴え、高潔なる精神、お姿も非常に美しいと騎士の鑑のような方です」
最後の騎士と関係ねえ。
なんだこいつゼフィアに惚れてたのかー。
作者も知らぬ人間関係。
考えてみればバルディスってゼフィア出奔後はちらちらしか話に出てこないもんな。
いろいろあるんだなあ。
「実はですね」
と声を潜めるバルテルミ。
「グレティル様は即位式の時にかねてよりお話のすすめられていたドロームンの王女様との婚儀を発表されるのです」
うん、そうですね。
「それはめでたいこと続きですね」
「ええ、ドロームンとの友好関係も深まり、嫁がれてくるヤーヴェイ王女様はとても美しく聡明なお方とお聞きします。バルディスの未来は明るいです!」
しかし、表情を暗くするバルテルミ。
「しかしですね、ゼフィア様が気がかりなのです」
「どうしてですか?」
知ってて聞くのも面倒なのだが。
「ゼフィア様は幼少の頃よりグレティル様を大変慕っておられます。それは臣下としてではなく、一人の女性としてです」
「それは・・・」
「皆ゼフィア様のお心を知っておられるので、婚儀のことを伝えられずにおります」
「グレティル様はご存知ないのですか?」
「まさか!臣下として次期王に恋するなどとは不敬になりかねません。いかに公爵令嬢で騎士団長の地位にあろうとも。たとえばグレティル様がゼフィア様を女性として見、后としてお選びになれば、また違った話になったのでしょうが・・・誠に申し上げにくいのですがグレティル様はそのー」
言いよどむバルテルミの代わりに続ける。
「そういうことに疎い方なのですね」
「はい・・・大変賢明で、国と民のことを第一に思いやる素晴らしいお方なのですが・・・」
しかし、初対面の僕にこんなことまで言うとは大分酔ってるな&鬱憤たまってるな。
ここは飲ますに限る。
アネカを呼んで更にワイン追加。
「しかしいくら王族の方とはいえ男と女の機微に他人が踏み込むのは無粋というもの。今日は飲もうではありませんか」
バルテルミははっと顔を上げる。
「そうですね」
グラスを掲げて何度目かになる乾杯をした。
「古の森よりきた剣を携えた賢者との出会いに」
「麗しの都の比類なき騎士との出会いに」
乾杯。
三十分後、バルテルミは寝た。
酒では勝てることがわかった。
アネカは慣れたもので城へ使いを出し、やってきた従者に抱えられイケメン騎士は帰っていった。
支払いは従者がしてくれた。
騎士団の者がご迷惑おかけして申し訳ないと謝罪までされた。
出版社のパーティとかはもっと頭おかしい人がわんさかいるので全然平気なんだが。
これでやっと風呂に入れる。
風呂は石鹸があった。
古典的な獣脂を灰汁で固形化したものに何かハーブでも入れてあるようだ。
ロン毛なのでリンス欲しいな。
キューティクルが傷んじゃうー。
翌日朝一番でバルテルミから使いがきた。
書状によると
「昨晩は失態をお見せして申し訳ない。お詫びもしたいので一度城に来て欲しい」
という内容だった。
ここでジェントルを炸裂させるしかない。
「昨晩は貴重な出会いとお話が得られて何物にも替え難い宝となりました。即位式を明日に控えて王城におうかがいするのもご迷惑かと存じますので、即位式を終えた翌々日に是非お訪ねさせていただきます」
炸裂完了。
夕方に再び使者。
「格別のお心遣いに感謝いたします。是非お待ちしております」
さらに翌日、即位式だ。
ここで更に高級宿のアドバンテージが出た。
懇意にしている貴族のお屋敷が目抜き通りに面しているため、鉄柵の内側のスペースを即位式見物用として開放してくれるというのだ。
宿をご利用のお客様限定というヤツだ。
混雑の中で場所取りするのも嫌だったので申し出を受けた。
するとどうだろう。
貴族のお屋敷だけあって通りよりも少し高い位置に盛り土してあるため、祝賀パレードの行われる目抜き通りがよく見える。
おまけになんとお茶の支度までしてくれてあり、パレードがやってくるまでの間、優雅にティータイムなど楽しんじゃってましたよ。
そこでもイケメンパワーを如何なく発揮。
子爵令嬢やご友人の方々はグレイエルフというだけでも興味津々で、イケメンなのだから更にくいつく。
超楽しい時間を過ごしてしまいました。
やがて華やかにファンファーレトランペットの音が聞こえてきた。
「即位式が終わったようですね。いよいよパレードがきますよ」
まず王城の広間で即位式が行われる。これは貴族や家臣や招待された他国の賓客しか出席できない。
続くお披露目は王城のバルコニーで行われ、王城前の広場から見ることが出来るが、これは抽選式の整理券が配布され当選した人だけが入れるらしい。
残る我々は目抜き通りをゆっくりと一往復するパレードを沿道から眺めるわけだ。
(今頃ゼフィアはガーンってなってんだろうなあ)
そういう話を書いた本人なのだが、ちょっと心が痛む。
パレードではオープンになった馬車でグレティル新王とヤーヴェイ新王妃が並んで乗るはずだ。
歓声が段々と近づいてくる。
王子時代からグレティルの評判はすこぶるよかった。
病弱な先王をよく補佐し、新しいことも充分に取り入れ、しばしば街や領内へ出向いては直接民に話を聞くことも多かった。
まさしく後に「聖賢王」と呼ばれる名君だ。
唯一の難点は個人の武力が高くないこと。
あ、あと朴念仁ってのもあるか。
グレティル王の人気を裏付けるかのように歓声は地鳴りのように凄まじい。
紙吹雪の舞う中、パレードが近づいてきた。
栄えある先頭は二騎の騎士、片手で手綱を持ち、片手でバルディス国旗を掲げてゆるゆると進んでくる。
その片方はバルテルミだった。
てことは向こう側はザックラー・ウェズレイか。
どちらかというと人懐こそうな、あご髭を蓄えた黒髪、黒目の騎士。
南方国境騎士団からの異例の大抜擢で王都騎士団長を経て宮廷騎士団第三席まで上ってきた叩き上げだ。
さすがに子爵邸の鉄柵に僕が貼り付いていることには気づかず、バルテルミは通り過ぎていく。
「バルテルミさまー!!」
子爵令嬢達の大歓声。
熱狂っぷりがハンパない。
ウェズレイにも声かけてやれよ。
ウェズレイ騎の足元はどちらかというと子供がたかっている。
馴染みやすいキャラとサクセスストーリーで子供の人気者なのかもしれないな。
やがて宮廷騎士団が過ぎ、歓声が一層大きくなった。
白い二頭の馬に引かれた白いオープン馬車。
そこに乗る人物を見たとき、彼を作り上げたはずの僕ですらため息が漏れた。
「これはこれは・・・」
純白のガーブオブロード、シンプルながら大きなルビーをあしらった王冠、歴史を感じる王錫。
隣にいるヤーヴェイ王妃も凄く美しいのだが、王には圧倒的な存在感があった。
物語から抜け出したような隔世の感ともいえる。
あ、物語から抜け出したんだっけ。
「グレティル様ー!!!」
あれ見て黄色い声をあげられる子爵令嬢とそのご友人の方々は結構凄いのかもしれない。
その時気がついた。
王の馬車を警護する数騎の中にゼフィアがいた。
ゼフィア・エンフィールド。流浪の女騎士。
傷心とともに戦乱を駆け抜ける。
彼女もまたヤーヴェイ王妃と充分並び立つほど美しい、はずなのだが今はその美しさは大きく損なわれていた。
傍目にも明らかに憔悴している。
あれじゃさすがにまずいだろっていうレベルだ。
詳しい事情を知らない街の人ですら多少ざわついている。
(うわーなんか気まずいなー)
自分のせいとも言い切れないが、自分のせいじゃないとも言えない。
そんな居心地の悪さが僕を苛む。
(騎士だってのにあれはない!)
設定より、いや僕が考えていたのよりゼフィアが弱弱しい気がした。
僕のイメージしてたゼフィアはひどく悲しみながらもなるべく毅然としている感じだ。
その後よく考えて、王に悟られないように武者修行のため諸国を旅したいと言って引き止められ、結局諸国を調査するという名目を貰ってヌクレヴァータを去る。
だが、こんな明らかに丸わかりな落ち込みかたをするのはなんか作った人間として不本意だ。
僕は思わず声をあげた。
「ゼフィア!」
周りがぎょっとする。
あ、いけね。
相手は騎士団長様だった。
やりなおし。
「ゼフィア様ー!お顔を上げてください!為すべきことをどうかお忘れなく!」
必死の大声。
周りはやはりぎょっとしている。
ゼフィアがこちらを見る。
奇妙な感覚だ。
僕のペンを通して生まれた者が今こうして僕を見つめている。
ゼフィアはややおいて前をきっと見据えた。
(うんうん)
凛としたオーラを取り戻し、ゼフィアは進んでいく。
前の馬車からはグレティル王もちょっとこっちを見ていた。
(声がデカすぎたか)
「ゼフィア様ー!!」
子爵令嬢達も負けずに声を張り上げた。
僕が王城へ行くのを伸ばした理由は二つ。
一つは単純に後片付けが忙しいだろうなーと気を遣ったこと。
もう一つはゼフィアと会うのを避けたのだ。
ゼフィアは即位式の後、悩みに悩んで翌日には武者修行の話を王に申し出る。慰留されるも翻意せずに、名目をでっちあげて翌々日の朝早くに、ひっそりと見送りもなく王都を後にする。
この世界での僕は本編第七巻までで未登場キャラだ。
ということはメインストーリーというスポットライトの下に出てきてはいけないのだ。
しかし、このスポットライトは即位式の翌々日、即ち今朝ゼフィアとともにヌクレヴァータを出ていった。
今頃は北へ向かう街道でキャルバル王国、国王ダン・テレンス・マイヤー二世への親書を携えて、北の大交易都市メサノーヴァ、そして首都ハイエスタットを目指していることだろう。
そしてヌクレヴァータは今や僕にとっての自由行動範囲になったのだ。
午前一0時、チェックアウトの時間になり、僕はこの五日間で馴染んできた銀杏の並木亭を引き払う。
アネカが涙の別れとかしてくれるかな?と思ったが「ありがとうございました。またのご利用を従業員一同心よりお待ちしております」という伊豆の旅館のような文句で見送られただけだった。
どうしたイケメン。
余談だが、その後女性向け小物屋で鏡を見つけて自分の顔を見てみた。
確かにイケメンだった。
造りだけでいえばバルテルミに匹敵する。
あとは「品」だな。
ジェントル、ジェントル。
王城はまだにぎやかさを残していた。
後片付けが一日で終わるはずもなく、そこらじゅうで下働きの者たちが駆け回っている。
いずれ布令が出て知るだろうが、まだゼフィアが騎士団長を辞したことを知らない。
一応籍は宮廷騎士団に置いてあるが、彼女は二度と宮廷騎士団に戻ることはない。
がんばれよ、バルテルミ。
そんなこれから大変になるバルテルミ君を訪問するわけだが、特になにも考えていない。
行動予定としてはここから東へ大きく動いて千年森のグレイエルフの大賢者オーベイ・ファスハンディルを訪ねようかなーと思っている。
気難しくて人に会わないじじいだが、僕くらい面白い話を持っていけばきっと興味を示すだろう。
あと伊達に三千年も生きてないだろうから、何かしら元の世界へ帰るためのヒントとか行動指針とかくれるに違いない。
いや、寄越せ。
バルテルミに会うのは、この国の王城の人とコネもっとけば何かの有利があるかもなー、くらいだ。お詫びといってもお茶くらいだろうから、適当に挨拶してとっとと出発しよう。
街の入口の門番さんと比べて、王城の門番さんは鎧がかっこいい。
なんか無駄に飾りとか羽根とかついてる。
バルテルミの書状を見せると、奥へ伝令を出した。
しばらく待ってこないだの従者が出てくる。
「お待ちしておりました、サイカーティス様」
「メルレンで構いません」
「では、メルレン様。こちらへどうぞ、主がお待ちです」
通された部屋は騎士団員に割り当てられた私室らしいが、さすがに上位で貴族だけあって部屋でかい。
「メルレン殿!」
フレンドリーな笑顔のバルテルミが席を立ってやってくる。
シェイクハンドー。トモダチー。
「すいません、遠慮もせず王城まで押しかけてしまいました」
「何をおっしゃいます。わたくしこそ無理にお呼びだてしてしまいもうしわけありません」
しばらく歓談する。
しかし、バルテルミがなんか言いたそうにしていることに気付く。
「先程からなにやら落ち着かないご様子。ご懸念でもありますか?」
バルテルミは照れたように笑う。
「これはご慧眼。実は先日酒の上ではありましたが、お手合わせをお願いしたではありませんか。実はそれからというものそのことばかりが気になってしまい、どうにもたまりません。しかしながら先日もご迷惑をおかけして、その上こんなことをお願いするのは気が引けてしまいまして」
なんだよ!ゼフィアのことじゃないのかよ!
しかももうしっかりお願いしてるじゃねえかよ!
ツッコミてえ……
やっぱイケメンだけど脳筋だよ。
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