第四十五話 「ヌクレヴァータの戦い・前」
大変お待たせいたしました。
本業が忙しく、慣れない営業などしておりました。
内容についても若干納得いかない部分もありますが、えいやっと投下しないとのびのびになっちゃいますので^^;
アリエン・ワーデルガー視点
ウォーレンナック大将軍は思ったより酷い有様で帰ってきたので、僕たちはびっくりした。
単騎で出ると言われたときはみんなで止めたんだけれど、当然聞き入れてくれるわけもなく、
「戦ばたらきを出来ぬとなれば、我に生きる価値などない。我が生を断つというのなら相手をするぞ」
そんなことを言われては誰も止められるワケもなく。
「メニヒ様は軍を率いて良将であられるが、真価を発揮するのは陣頭に立ち敵を屠り、士気を鼓舞することにある」
サイレン将軍はそうおっしゃっていた。
そんな大将軍がまさか剣を失い、鎧はあちこちに傷やへこみを作って、挙句敵を討たずに帰ってくるとは思わなかった。
でも大将軍は笑っていた。
「戦はいい。死を試してこそ生がある。敵が強いこと、それは最上の喜びであるな」
聞いたことがある。
バシュトナーク陛下が即位する前からメニヒ様は仕えていたと。
旧イダヴェル軍の中で武勇には優れるけど、非常に扱いづらいとして栄達からは遠ざけられていたメニヒ様にバシュトナーク陛下が声を掛けられた時、メニヒ様はこう言ったそうだ。
「戦場と戦いを用意してくれるのならば望むだけ殺そう。我は悪鬼である。殺し尽くした果てに斃れることのみが望み」
こう聞くとさながら殺人鬼のようだが、大将軍には独自の美学があることは明白だった。
慰みに殺さないけど、敵であると認識したら速く、多く倒す。
そしてより強い者との戦いを求める。
それは陛下とよく似ているけれど、少し違う。
陛下の目的は十王国の統一をもって自らの最強を示すことで、覇業を為す野心とも言えるけれど、大将軍は野心とは縁がないようだ。
出世を望まないから使い辛いって思われていたんだろうな。
陛下は大将軍の望むことを正確に見抜いて、軍の一番トップに据えて自由に戦って、自由に強敵を追い求めることで戦果を挙げさせたんだ。
だから軍の運営をするサイレン将軍や、指揮の代行をする参軍部を同行させている。
「アリエンよ、どう見る」
大将軍の言葉は当然バルディスの動きだ。
「完全に罠です」
「それはわかっておる。敵の狙いを聞いている」
バルディスはわざわざ被害を出しながら野戦を仕掛けてきた。
劣勢の兵力で平地の戦をすることは恐らく防御側としてはありえない。
ただし籠城戦というのは援軍がいない限りはあまり上策ではない。
包囲されていれば補給ができないため、長期戦になった場合は防御側の不利になる。
しかし今回はその限りではない。
王都の城壁は長大で、予め民衆を避難させほとんど兵のみしか残っていない状況では物資の減りはこちらより遅い。
さらに僕らの補給線は伸びきっていて、現地調達も思うように行かなかったため、先に参るのはこちらの方だ。
僕なら絶対籠城する。
なのに中途半端な野戦を挑んで、挙句碌に戦わずに撤退となれば罠を仕掛けていることしか考えられない。
けど籠城されて不利になるのはこちらだ。
罠があるとわかっていても…
「城門をあけて逃げ込んでいくところに食いついて、城内へ雪崩れ込むのが最上と考えます」
「兵糧か…」
「御意にございます」
難しい言葉だけど、サイレン将軍に教わった。
「罠があれば食い破ればよいと言ったのは我の方であったな。よしならば躊躇するな!全軍を編成しなおして黒鉄の葬列を先鋒に据えて、騎兵全隊を突撃陣形に組んでただちに突入せよ!敵を一騎でも多く刈り取れい!」
大将軍の号令がかかり各将軍は慌しく動きだす。
確かに罠の警戒をしてこちらの動きが鈍くなっていたかもしれない。
あえて全速突撃をすることで、敵の意表を突くことができる可能性が高い。
やはりこの方は戦場にしかいられない方なのだ。
メルレン・サイカーティス視点
替えの馬に乗り換え、撤退する僕らに向けてイダヴェルは突撃を仕掛けてきた。
もうちょい警戒するかと思ったんだが、これはキツいなあ。
戦車は再装填が終わっているが、突撃する騎兵に対して効果は低い。
「全軍とにかく全速で退避!反撃も防御も考えないで!」
止まったらそれだけ多く食われる。
結構魔術耐性を持ってる騎兵が多くいる。このあたりはさすが精鋭騎兵団というべきか。
物理攻撃のほうが効くかもしれないな。
「戦車隊!片面射撃準備!発射後反転したら次射準備!その後馬車を切り離して馬に相乗りして離脱!」
戦車は重量から離脱に手間がかかっている。
虎の子の三十輌だが、ここは使い時だろう。
殿の騎馬隊が戦車を追い越し、一旦停止する。
戦車は三人乗りのため、乗員を乗せて離脱するための措置だ。
戦車隊は片面を敵に向け一列横隊を形成する。
距離はまだ遠い。
しかし引きつけて撃ってる場合ではない。
「撃て!」
轟音。
命中率の悪い大砲があちらこちらで土煙をあげる。
命中した弾はひとつもないようだ。
しかし地面を抉る炸裂炎に普通の感覚では突っ込めない。
馬とそれを操る人間の心が多少怯んでくれればいい。
「反転!射撃準備ー!、射撃を終えた射手は戦車を降りて馬に乗って!」
同時にポーチから火薬を取り出す。
緊急時のために用意しておいた触媒だ。
「赤の六芒積みいたり、其は大地の底より炎の舌を召せしめん。
青の六芒積みいたり、其は峻き峰より火勢弥増す気を召せしめん。
白の六芒積みいたり、其は清冽なる風を集め炎を浄火に高めよう。
集い、廻り、大過となれ。形ある全てを焼き尽くせ」
触媒、結印法を併用した多層魔法陣召喚、略式ながら詠唱、今ある魔力のほとんどを投入。
現象化の準備を完了したところで、戦車隊に第二斉射の合図を出す。
「次射、撃て!」
再び雄叫びをあげ、反動でズレる戦車隊。
指示通り、すぐに戦車を切り離し多頭立ての馬車の馬をバラバラにすると離脱を開始した。
もうもうと立ち込める煙、しかし突撃陣形を組んで黒鉄の葬列を先頭にしたイダヴェル軍は怖気づいた様子もなく突入してくる。
まったくよく調教されている。
それがメニヒやバシュトナークに対する忠義なのか、愛国心なのか、はたまた恐怖によって縛られているのかは知らない。
でも、現時点で最大まで威力を拡大したこいつをどこまで抵抗できるかな?
「煉獄」
充分な酸素を供給され、燃焼温度の高まった鮮やかな青い炎が奔流となって襲い掛かった。
魔術抵抗効果のある装備というものはそんなに手軽に入手できるものではない。
しかしさすがに黒鉄の葬列の甲冑には相当な付与がされているようだ。
後列の騎兵が消し炭になるほどの火力をぶつけても彼らはそのまま突進を続ける。
明らかに大なり小なり火傷を負っているのは間違いないのに、恐ろしい戦意だ。
だが馬はそうはいかない。
いかに鍛え上げられた軍馬といえども炎は動物の本能に訴える。
行き足を止める馬はいなかったものの、明らかに速度が鈍った。
退却の機会はここしかない。
どうもまずい。
戦車隊の撤退が遅れている。
もともと騎乗用の馬具を積んでいたわけではなく、ほぼ裸馬にしがみついているようなものなので当たり前だ。
当初の予定ではなんとか門を閉めて、体勢を整えてから力及ばず破られる格好を演出する予定だったが、これではそのまま門内に雪崩れ込まれて乱戦になる可能性が高い。
黒鉄の葬列ってのはまったく戦闘サイボーグじゃないのかと疑う。
特にあの会戦で生き残った奴らは純度が上がっていて困る。
あのレベル数十騎相手だとさすがに僕が一人で食い止めるのは無理だ。
「メルレン様!」
困った時の従者は真の従者。
アル君ナイスタイミング。
「アル!危険なのですぐ撤退しなさい!と言いたいところですが助かりました。他の宮廷騎士団員は既に市街戦の準備指揮にかかっていると思いますが、できればバルテルミ殿に伝えてください。門あたりで乱戦になるので準備を早めるのと同時に人を回して欲しいと。頼みます!」
「わ、わかりました!」
本当はダナードあたりに言われて様子見とひょっとしたら手助けに来たのかもしれないが、この局面はまずい。
庇いきれない可能性が高い。
引き返していくアル君を確認して安心すると、再び戦いに集中していく。
ハンス・フルーエ・ワーデルガー視点
奇術使いの似非騎士かと思っていた。
ところがどうして結構使う。
いやそれどころの騒ぎではなかろう。
黒鉄の葬列の突撃を食い止めている。もう何騎やられた?
母上からいただいたという魔術抵抗のお護りをアリエンから借り受け、奴の魔術を防いだ。
黒鉄の葬列も大半は魔術抵抗装備を所持している。
奴は純粋な剣技のみであれだけの精鋭を向こうに回して互角に戦っている。
奴を退けたメニヒ様の強さは計り知れない。
しかし押し込んでいる。
これ以上の手は奴には無いだろう。
いやわからない。奇手、奇策は奴にとっては常道であろう。
油断せず、驕らず、粛々と進めていけばよいはずだ。
ラウザー隊長も了解しているようで、犠牲が増えている先鋒に加勢はせず隊列をそのままに圧力をかけている。
奇策には正攻法をもってあたるのが、結局は一番だと思われる。
どちらにせよもう城門は手に届く位置だ。うまい具合に乱戦になっているゆえ、城壁から罠の類を仕掛けることもできぬであろうし、見切りをつけて城門を閉めてしまうわけにもゆかぬ。
イダヴェルならばやるであろう。
バルディスがやらぬのは甘さだ。
しかも殿に重要な駒を置いてしまっては見捨てるのに躊躇するのが人情というものだ。
愚かである。
我が兵の一部が城門にとりついた。
我もまたすでに城門前の乱戦に参加しつつある。
見れば強兵であると言われたバルディス王都の軍もほとんどが逃げ出している。
情けない。
いや、罠であるか?
しかし、罠であるとしてもこうして王都になだれ込まれてしまっては策もなにもない。
守るべきは王都であり、王城であり、王であるはずだ。
その一線が崩れた今、次を目指すのみ。
「ワーデルガー副長!」
ラウザー隊長が声をかけてくる。
「なんでありますか!?」
「敵は散り散りになって逃げているようだ。これは数で勝る我々の各個撃破の好機である!足の速い我々が率先して追撃を開始する!」
「命令が来ましたか」
「いや、わたしの独断である。現在被害の大きい黒鉄の葬列は再編のため後退しておる!従って現在先任士官はわたしとなる!」
確かに間違ってはいないが危険がある。
本陣からの命令でなければ、罠にかかって失態を責められるおそれもある。
「本陣への意見具申は必要ありませんか?」
「ワーデルガー副長!これは命令である!復唱せよ!」
「は!ワーデルガー以下第二騎兵隊分隊はただちに敵追撃の任につきます!」
「よろしい!」
罠はある。
そうかかって追うのがいい。
むしろ我々が先立って罠を潰して回れれば後続の被害も減らせようというものだ。
罠はあった。
いたるところが罠だらけだ。
どれだけの準備期間を経てこれだけの罠を準備したのか。
待ち伏せなどはまだ少ない。
落とし穴、落石、はては大きな館すら倒れるように仕掛けてあり、警戒していたはずの我々ですら相当の被害を受けた。
敵をその被害に見合うだけ仕留めたかというと全くである。
敵にとってここは庭だ。
予め逃げる経路を確保してあるのであるから、そうそう追いすがれるはずもない。
撤収しようにも巧みに落石等で混乱させ、経路すら覚束ない。
こういう時は敵の仕掛けが重厚な方が即ち退路、もしくは敵の行かせたくない方向である。
最精鋭ではないにしろ我ら第二騎兵団ならば、その囲みを破ることも可能なはずだ。
しかしその思いは幻想であったと知る。
「貴様ら…何をしておる…!」
敵の追撃が緩んだと思った隙に、兵達は馬を降り崩れた民家から宝飾品などを漁っていた。
「副長、これは当然の報酬ですよ。ここまでロクに金目のものもなく、メシも満足に食えずに女もいない。王都にくれば、と思えばこのザマです。せめて金目のものでも貰わなければやってられません」
他の隊員もそうだ、と同調する。
「コルベインはよかったなあ、女は抱き放題。領主の家の宝物庫の競争なんて今でも思い出すとたまらねえ」
そこに見えたのは栄えある第二騎兵団とは思えぬ下卑た欲に歪んだ顔、顔、顔。
私がコルベインで駆けた戦場は血と名誉のものだった。少なくとも私はそう信じている。
帝国建国以前に存在していた騎士は誇りを持って戦っていたのか?
バルディスの騎士どもは他国の攻め入っても狼藉は働かぬのか?
第三軍の軍団長であり、帝国にて唯一堂々と騎士を名乗るクスコ・ガンカナー大将軍はこのような狼藉を見ていかがなさるのか?
そして私はここで如何とする。
私が激しい迷いにとりつかれた時、救いとも言える伝令が来た。
「バルディス軍に組織的動きあり!全軍再編して合流予定地点にて陣形編成せよ!」
私は思わず息をついた。
「全員騎乗せよ!これは命令である!」
手近な戦利品を懐に押し込む姿を見て嘆息した。
(これでは野盗と変わらぬな)
王城へ至る目抜き通りは巧妙に曲がりくねり、各所に関が設けられていた。
しかし関の門はいずれも開け放たれ、一見取るものもとりあえず逃げ出したように見える。
「隊長、この先にも数多くの罠があるのではないでしょうか」
「当たり前だ!我々は犠牲を厭わず王城を陥落せしめ、奸王たるグレティルを玉座より引きずりおろし城に帝国旗を翻すのだ」
それが本陣の判断なのか?
だとすれば是非もない。兵達は明らかに戦に厭んでいる。士気の低下を防ぐためには一刻も早く決着をつけて、勝利の事実を手にする必要がある。
しかしだ。バルディスは予め帝国の襲来を予想して、入念に準備を重ねてきたふしがある。
果たしてここに、ヌクレヴァータに王はいるのか?
そしてどのような巨大な顎が我らを飲み込もうとしているのか。
「兄上!」
その時アリエンの声が聞こえた。
「アリエン!お前なぜこのような前衛に出ている!危険だ、さがっておれ!」
「戦場に安全なところなどありませんよ、兄上」
こいつは昔から年齢の割に異常なほど冴えたところがあった。
さきの戦いにおいても、こいつに渡された魔封じのお護りによって命拾いをした。
「被害の大きい黒鉄の葬列に代わって、第二騎兵団が先陣を取ると聞きまして大将軍の許可をいただき参りました」
「なに!?では命令であるのか?」
「いえ、個人的な考えを兄上にお伝えしてもよいと言われましたので」
「どういうことだ…よい!申せ!」
「はい、軍はこのまま王城を目指します。それは軍の主目的であるので仕方ありませんが、僕は王は既に逃れているか今逃れつつあると判断しています」
「…それで」
「王城に主戦力が突入するのと同時に、ラウザー隊長には命令として兄上を指揮として敵退路を塞ぐ任を与えるようにお伝えしてあります」
「それで敵の逃げ道を塞げというのか?」
「いえ、兄上には真っ直ぐに北門、つまり我々が突入したのとは反対側の門を目指して最速で駆けていただき、そこで目にしたものを仔細漏らさず僕に教えて欲しいのです」
「北門へ?」
「もしかすると、僕達は大きなネズミ捕りにかかってしまったのかもしれません…」
「なんだと?」
私は第二騎兵隊の一部と新たに本陣から貸し与えられた兵合わせて千ほどを率いてアリエンの、恐らくは大将軍の目となるべく北門を目指した。
そこで目にしたのはアリエンが危惧しているであろう光景だった。
いつもありがとうございます!
ペース戻すように頑張ります!




