断章 「ゼフィア」
すいません。今回突然番外編です。
急で混乱する方もいると思いますので少し捕捉。
今回のお話はバルディス宮廷騎士団の団長ゼフィアの戦前~戦後をダイジェストで紹介しています。
ちょっとネタバレ的な部分もありますが気にせずに。
なんとなく書きたくなってしまいまして…
次回は45話に戻ります。
3割くらいは書けてます。
いつしか私の心は千々に乱れていた。
王を守る。
王のために尽くす。
王を愛している。
王を愛すことは許されない。
王のご成婚を祝福したい。
王の隣にいるのは私でありたかった。
王のお姿を見るだけで辛い。
だから臣下にあるまじきことなれど暇を乞い、温情から親善使の任を賜り逃げるように祖国を出た。
でも繰り返しだった。
惰弱な私の心に染み入るように、優しく接してくれる者がいた。
メサノーヴァの小さな徒手道場の跡取りヨハン。
「強さではとても及ばないけれど、悲しみに沈むあなたの心をすくいあげ抱きしめたいのです」
真摯に語るその眼に私は絆されそうになった。
しかし、彼はその「及ばない強さ」で潜入していたイダヴェルの魔術師による奸計から私をかばい命を落とした。
死の間際に彼は謝っていた。
「済まないゼフィア」
何故謝るのかと問うと彼は言った。
「僕がここで死ぬことで、またあなたの心に悲しみを与えてしまうことが辛い」
私は自分の弱さと無力を悔いた。
私が弱いばかりに他者に同情され、庇われ、あまつさえ命を失わせた。
騎士とは王の命を帯び、弱きを助けるものではないのか。
栄光あるバルディスの宮廷騎士団の団長の職を一度でも拝命した者が、この様はなんだ。
私は心技体ともに高みを目指さねばならない。
それでも私の意志通りには行かなかった。
ハイエスタットの武装商船の船長、マヌエルは短慮から海賊船に切り込んだ私のせいで海中に姿を消した。
コルベインの対イダヴェル抵抗組織のレンデはイダヴェル第二軍団長マグニール・デュラハンによって文字通り血祭りに上げられた。
私は誰も守れない。
私に関わる者は皆死なせてしまうことになるのか。
私は自然と人を寄せ付けぬようになっていった。
王より拝命した任は、親善使からイダヴェル勢力下での潜入調査に変わり、その後抵抗勢力を率いているカタラクへの接触、協力へと変わっていった。
危険な任務だったが、なかば自分の命などどうでもよくなっていた私は、より危険な地域、より危険な戦場へと進んで身を投じていった。
そしてヤツと会った。
ここ数十年はとても一枚岩とはいえなかったカタラク諸部族を僅か二ヶ月で纏め上げ、その武は天下無双。
軍神ファグラードの加護を一身に受けたとも称される稀代の天才。
そんな噂を耳にしていたのだが、実際にあってみるとあまりにも印象が違った。
「よお、シケた面してんじゃねえよ」
褐色の肌、漆黒の頭髪、隆々と張り詰めた肉体。
しかしその顔には人懐こそうな笑みが満面にたたえられており、憎まれ口を言われてもなぜかまったく不快にならなかった。
ダルタイシュ・セルワー。
砂塵の覇者とも呼ばれる、カタラクの新王だ。
酔い覚ましに夜風に当たっていた。
和気藹々と酒盃を酌み交わす中に身を置く気にはならなかった。
「よお姫さん」
こいつは決まって私を姫と呼ぶ。
馬鹿にしているのだろう。
これだけは非常に腹が立つ。
「私は姫などではない。一介の騎士に過ぎぬ。その呼び方をやめろ」
「でも公爵の娘だろ?姫さんじゃねえのか?」
「違う!」
猛って振り向いた私の前にはよく冷えた果実酒の杯が差し出されていた。
「まあ飲め」
「いらん」
「いいから飲め」
押し付けられた杯にちびちびと口をつけてながら黙り込むと、ダルタイシュは勝手に話し始める。
「俺はよ、姫さんのことなんてなんにも知らねえよ。でもアンタは手も足も生えてて目も見えて口も利ける。ちゃんとメシも食えてるし、酒だって旨いだろう?それでいいじゃねえか」
慰めようとしているのか?
「ありきたりなことしか言えねえけどな。こうやって空を見上げれば星がいっぱいだ。ああやってピカピカ光りながら俺達を見れば、何くだらねえことやったり、言ったり、悩んだりしてんだろうなって思えるんだろうぜ」
そういうとダルタイシュは頭をかじって困ったように笑った。
「なんだか自分でもよくわかんなくなってきたな。要は姫さんは充分つええ、ただ一人でできることなんてたかが知れてるからよ、剣を振る背中が空くなら誰かにまかせりゃいい。悩んでどうにもならないことなら放り出せばいい」
「背中か…。私の背中を守ろうとした者は命を落としてきた」
「そうか…、まあ剣ふってりゃそういうこともあるさ。死なないヤツに背中まかせりゃいいんだよ」
「そんな者は!……いるわけがないだろう…?」
「え?オレは死ななねえよ?」
「何故だ!何故そんなことが言い切れる!」
「オレは地上最強だもんよ。それを目指してるわけじゃねえ。マジで地上最強だからそれを証明するために剣を振ってんだ。死んだらオレを殺したヤツが史上最強になっちゃうだろ?そんなワケねえからよ。だからオレは死なねえんだよ」
ワケがわからない。
「あ、オレの話はいいんだよ。姫さんのことだな。えとだな、しかめっつらしてても笑っててもおんなじように明日はくるんだよ。おんなじ明日が来て、それをどう感じるかは自分の心次第だ。せっかく明日が来てくれるんだ、どうせなら笑って迎えてやろうじゃねえか」
ダルタイシュはそういって顔中笑顔のように笑った。
「姫さんは美人なんだから、笑ってるほうが二割増しだと思うぜ」
な、なんだと!?
「お、お前は口説いてる積もりなのか!?」
思わずうわずってしまった。なんという失態。
「ラザルス師匠みたいにどすけべじゃねえけどよ、オレだって美人見りゃ心ときめくぜ。姫さんは美人だ、オレはそう思う。オマケに腕もたつ。たまには守るばっかじゃなくて守られてみな、姫さんは女なんだ。オレは男だ。そして地上最強だぜ」
「馬鹿なことを!」
私は言い放って背を向けて座ってしまった。
この時から私はダルタイシュを意識するようになったのだ。
「なんたる幸運か!このような血なまぐさい戦場でお前のような女を見つけられるとはなあ!」
不覚であった。
イダヴェル第二軍団長マグニール・デュラハン、聞きしに勝る外道であった。
もう一歩のところまで彼奴を追い詰めたというのに、なんと自国の民を人質にするとは!
それもまだ幼い女児を目の前で親を切り裂いて刃を突きつけた。
私はまさに腸の煮えくり返る思いであった。
しかし、狂ったように泣き叫ぶ女児を前に振るう剣は持ち合わせていなかった。
マグニールはまさしく舌なめずりしながら早速私の値踏みを始めたようだった。
我が身などどうなっても構わぬ。
ただその女児さえ助かれば。
私の武器を取り上げ、後手に縛り上げるとマグニールは悪魔の笑みを浮かべた。
「さてお前を縛り上げることに成功したわけだし、もうこの餓鬼は用済みだなあ」
「なんだと!貴様それでも人間か!?離せ!その子を離せ!」
「ふふん、ダメだ。俺をここまで追い込んでくれた礼はお前を慰み者にするくらいでは収まらん。この餓鬼の首でもねじ切って、お前が自分の無力に絶望するツラを拝ませて貰おうか」
私にできることはキリキリと歯を食い縛ることだけだった。
ここで舌を噛んで死んでやろうか。
こやつにできる抵抗など最早それくらいだ。
死んで何になるわけでもない、無駄死にであるが生きて好き放題にされるよりは…
颶風が疾った。
マグニールの周りでにやにやと下卑た笑いを浮かべていたおよそ30人ほどの手練の親衛隊が呼吸ひとつする間に原型をとどめぬ肉に変わっていた。
「すまねえ姫さん、はぐれちまった」
ダルタイシュであった。
「貴様!カタラクの!」
「よう雑魚。姫さんに手出すにはテメエは不細工すぎる」
言うなり剣を鞘走らせたようだったが、私の目には見えなかった。
「ひいい!」
女児を掴みあげていたマグニールの腕が重い音を立てて地面に落ちた。
「なんだ?人は殺しても殺されるのは嫌なのか?覚悟が足りねえんだよ。死んでやり直せ」
マグニールは残った腕で剣を抜き、慌てて構えるが、ダルタイシュは無造作に大剣を肩に担ぐと間合いを詰めた。
その剣がいつ動きだしたのか気がつかなかった。
それは既にマグニールの剣を断ち切り、頭から股まで、そしてその馬までも真っ二つに切っていた。
「ち未熟、力が入り過ぎちまった。オレもまだまだだな」
人並みはずれた才と膂力、それを一分の無駄もなく攻撃に変換したような、そんな太刀筋だった。
「……」
正直見惚れていた。
剣を志す者なら一度は夢見て、そして決して辿り付けないことを知る境地、それがこの目の前の男だった。
「怪我ねえか?こっちの嬢ちゃんはっと、うん気絶してるだけだな」
「大将が単騎で斬りこみとは馬鹿なのか!?」
違う。
こんなことが言いたいんじゃない。
「いやオレが一番殺せるからよ、効率いいだろ?あと馬鹿はよく言われるが自覚はねえぞ」
「余計悪い!」
何故私はいつでもこうやって…
「でも無事でよかった、ほっとしたぜ」
ダルタイシュはそう言って笑った。
その瞬間私は思考が停止してしまった。
「おいどうした姫さん、やっぱどっか怪我したか?」
「……ありがとう」
「ん?」
「あ、ありがとうと礼を言ったのだ!それと私は姫ではないと何度言えばわかる!私はゼフィアだ!」
「おう、ゼフィア。…おいどうした。なんでまた固まってんだよ。痛いとこねえのか?」
「さ、触るなー!」
全てが終わり、私は正式にバルディス王国宮廷騎士団、そしてエンフィールド公の地位を辞するために久しぶりにバルディスへと還った。
祖国は戦乱の爪痕など見られなかったが、なぜか王都だけは文字通り焼け野原になっていた。
仮の王宮とは名ばかりの粗末な建物で、私は陛下とお会いした。
「このたびはまったくの勝手による我儘で大恩ある陛下と王国に多大なるご迷惑をおかけしました。いかなる罰もお受けするつもりです」
わたしはバルディスを出奔することになるので、場合によっては死罪もあり得ると思っていた。
戦ばたらきが出来ぬように両手の腱を切られても構わない。
それでも私はあの男の傍に、ダルタイシュの妻になりたいと願った。
「久しいなゼフィア、顔を見せてくれ」
そこには恋焦がれた顔があった。
私の眼からは思わず涙があふれた。
「陛下…」
「よい、よいのだゼフィア。何も申すな。余は幼き頃よりお前の兄のように、父のように、誰よりもお前の行く末を案じていた」
そうだ。この方にはとうの昔から私の心など見抜かれていた。
それでもこの方は私のために、王国のために、知らぬ顔をして王としてありつづけた。
その私の心を兄と、父と言って許そうとしてくださる。
「陛下、本当に申し訳ありません」
「よいと言っておる。既に父も母も亡くなっているお前にとってバルディス王宮がお前の帰る家だ。お前が去る公爵領もこの国全てもお前の故郷だ。そして余はお前の家族であり終生の友である。胸を張り、安心してかの新たなる英雄のもとでと嫁ぐがよい」
私はもう立っていることが出来なかった。
生まれてより私を育ててくれたエンフィールド領へと別れを告げに戻った。
「ネヴェ!」
「ゼフィア様!」
ネヴェ・バンドワールは私の御付として長く仕えてくれた後、騎士として私が王都に発った後はカーマインより公爵領の運営全般を引き継いでくれた。
「もう公爵領のお勤めも終わりを告げます。私はゼフィア様のお傍に仕えとうございます」
昔からこうだった。
いくつになっても宝石のような眼をキラキラさせて、私の影となり手足となり身を粉にして仕えてくれた。
「ならん、ネヴェ」
「どうしてでございますか!?」
「お前はそろそろ自分の幸せを探すべきだ。お前ほどの才覚があれば王宮の文官としても十分働ける。そして家庭を持ち暮らすのだ」
「いやです!私の幸せはゼフィア様の隣にしかございませぬ」
必死の訴えだった。そうだ、わたしが王都に行くときもついてくると言って聞かなかった。
それを公爵領を守ることが私の願いだと言ってここに縛り付けたのだ。
そして帰ってくればその公爵領を放棄してしまうという。私はなんと悪い主人であったか。
「私の隣はダルタイシュ様が埋めてくださる。私がお護りするだけではない。私が護られるばかりではない。初めて力を合わせて生きてゆくことを教えてくださった方だ。お前は安心してよい」
「ゼフィア…様…?私はもういらないとおっしゃるのですか?」
「そうは言っておらぬ。しかし私は国を離れカタラクへと嫁ぐ。後宮などという上等なものなどない国だ。私はこれからはダルタイシュ王やカタラクの民と力を合わせて生きる。私ばかりがお前に世話をしてもらうわけにはいかん。わかってくれるな」
「……」
ネヴェは黙り込んでいた。幼き頃から最後には私の言うことを聞き分けてくれる。今度も大丈夫であろう。
エンフィールド領は先の戦にて功績の大きかった者に配分されるらしい。
中でもあたらしく伯爵位を得た騎士がいるそうだ。
王都ではその騎士の話題で持ちきりであったが、私はついに会うことができなかった。
挨拶を済ませ、カタラクに戻ると婚礼の宴の準備の真っ最中であった。
「よう早かったな、もう充分か?」
「ああ、たまに里帰りをさせてくれると言うので会えなかった者は次回にする」
「次はオレも付き合うぜ。バルディスは行ったことねえしな」
「今は戦災でひどい場所もあるが、いい国だぞ」
「姫さん見てればわかるよ」
「姫と呼ぶな」
一方、カタラク近衛戦士団の戦士頭、巨人アクム・サハはいつもの獣皮の鎧とはまったく違う白銀の鎧を着ていた。
「サハ殿、それは?」
「これはゼフィア様!実は…」
「ああ!そいつな!バルディスにくれてやることにした」
「なんだと!?」
「だって宮廷騎士団長貰っちゃっただろ?わりいなあって思ったから、ウチでオレの次につええ奴をくれてやらなきゃ悪いだろ」
「しかし…」
「いいんですゼフィア様、どうせ若は言うこと聞きませんし」
「バカヤロー、若じゃねえ。王様って呼べえ」
無茶苦茶だ。
でも楽しい。こんな楽しいと思えたことなんてなかった。
これからこんな楽しい日が続くんだ。
苦しいことがあっても平気だ。
きっとそれさえ楽しく感じることができる。
ありがとう、みんな。
私は幸せだ。
いつもありがとうございます^^
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