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異界のストーリーテラー  作者: バルバダイン
第一部 「イダヴェル戦乱編」
42/65

第四十話 「一方その頃的なこと④」

 グレティル・ジャーメイン・バルディス視点


 

 ともすれば今が戦時であることを忘れてしまうような景色だ。


 見渡す限りの水平線。


 今まさに沈み行く夕陽は水面にきらきらとした光の粒を撒き散らし、濃いオレンジの巨体を海中へと没しようとしている。


「美しいですわね」


「そうだな、ヤーヴェイ。これほど息を呑んだのは初めて君を目にした時以来だよ」


「まあ、お上手ですわ」


 夫婦生活を円満に行うには妻を褒める。ベタ褒めする。手を変え品を変え褒める。飽きずに褒める。こまめに褒める。


 それが肝要であると、わが王家には代々語り継がれている。


 見よ、この連綿と続く家庭円満、そして国内の円満さを。


 これこそが成果であると余は信じている。


「さて、そろそろ冷えてくるな、中へ入ろう。休憩中とはいえ客人との会談の最中でもあるしな」


「それではわたくしは料理長のところに行って、夕食のうちの一品を作らせて貰えるよう頼んでみますわ」


「ほう、それは楽しみだな。お前の作る料理が余は一番好きなのだ」


「まあ」


 ヤーヴェイは赤面した。




「お待たせした」


「長時間こうして会談を設けていただき感謝にたえません、陛下」


 目の前で慇懃に頭を下げるこの男は我がバルディスを挟む二大帝国のうち北側に位置する帝政マガニアの軍務卿だ。

 

 メルレンのすすめに従い、こうして乏しい海軍の数隻の軍艦と旗艦リイウスィーンで海上に逃れた。


 それにあたり使者を出し、マガニアの要人とイダヴェル情勢について会談の席を設けた。


 そしてやってきたのが、この軍務卿と強大なるマガニア海軍の主力戦艦ランドオーヴァーだ。


 マガニアの皇帝はバルディスと違い選帝制を採る。


 基本的には王族から選ばれるが、有能であるとされれば凡庸な王族を差し置いて、公爵位などが次期皇帝に選出された例も少なくない。


 その際必ず、旧姓は使用せずに皇帝名である「ランドオーヴァー・ファイアブラスト・マガニア」を襲名する。


 現在の皇帝はランドオーヴァー二十六世にあたる。


 その皇帝の御名を戴く艦が旗艦でないとはおかしな話だが、皇帝座乗艦たる旗艦には全能を意味する「オムニス」が名づけられている。


 マガニア皇帝は権力の絶大さから「全能皇帝」と呼ばれていることによるのだろう。


 ちなみに我がリイウスィーンは古代語で「秩序を崇めよ」という意味だ。


 


 マガニア軍務卿は候爵位を持つフォルカーという男だ。


 鍛え上げられた軍人という風貌だが、舌戦でもなかなかに剛の者だ。


 おかげで余も楽しめている。


 さて、今のところのお互いの肚の内であるが、マガニアとしては最上の展開として王都を含めた多くの領土がイダヴェルに占領され、奪還にあたって多額の謝礼の代わりに北部領土を一部割譲させようというのがまずひとつ。


 そこまでの展開がなくても、援軍を差し向けることでバルディスに恩を売り戦後の復興などにおいてマガニアから高利の融資を受けることを約束させたり、優先的に物資の買い入れをすることを条件にしたい。


 最悪な展開としてはイダヴェルに国を奪われることによって、国境を接する敵国が誕生してしまうことだ。


 当初は非常にこれを心配していたのだが、断片的にではあるがメルレンの戦いぶりが伝わってくると、もう一方の最悪な展開の心配をするようになった。


 これは「バルディスが独力でイダヴェルを撃退してしまう」ことだ。


 なんの恩も売れない。


 復興で経済的に厳しくなるであろう我が国に、援助という名目で経済的に食い込むことは出来ようが、それでは他の国々と競合してしまう。


 せっかくバルディス遠征軍を組織していたのだ。


 売り込まなくては損になってしまう。


 フォルカー軍務卿は自ら遠征軍の編成作業をしていたのだが、売り込みすら自分でさせられることとなった。


 いささか同情してしまう。




 余としては実のところメルレンに絶対の信頼を寄せている。


 自分でもよくわからないところはあるのだが、あの者は何か超越者の雰囲気があるのだ。


 グレイエルフでありながら、まるで人間のような物言いをするところ。


 感じるものはごく普通の青年のようであるのに遠くを見通すような眼をしているところ。


 遠く。


 いや、違うな。


 あれはまるで世界を俯瞰しているようだ。


 いわゆる神の視点だ。


 神のようにはまるで思えない。


 神の眼を持った普通の人間、それが最も近いか。




 そのメルレンなら、まるで予め決められていたことのように、なんでもない様子でイダヴェルを退けてしまいそうに思える。


 無論それは余の予感でしかない。


 国の末を勘などに任せるわけにはいかない。


 であるからの交渉事なのだ。


 バルディスにとって最悪の事態を想定して対策をしておかなければならない。


 しかし金が必要なこともある。国の威信というものも余が考える以上に大切なものだということは知っている。


「フォルカー卿、皇帝陛下が古くからの友誼にて非常に心強い援軍を差し向けてくださるという申し出、真に感謝する」


「は、つきましては貴国の軍に組み入れたいのはやまやまなれど、命令系統の混乱による被害という愚を犯さぬためにも、マガニア独自の指揮権をお認めくださるよう伏してお願い申し上げます」


 言っていることは伏して願っておらぬな。


 進撃も撤退も自国の思うように勝手にするということだ。


 兵を傷めぬように安全に立ち回り、戦果だけ掠め取るつもりか。


 これには同席していた我が国の軍務大臣も顔を顰める。


「陛下、口を挟んで申し訳ございません」


「構わぬ」


「フォルカー卿のおっしゃるようにしては組織的行動など望むべくもありませぬ。我が軍に編入せよとは言わずとも、せめて我が軍の指揮のもとに行動することを確約して貰いませんと」


 まあ、もっともな話だ。


「ふむ。余としては援軍に来ていただくのはありがたいのだが、お礼を確約できぬのが申し訳ないのだ」


 被害は受けたくない。戦果は欲しい。ついでに見返りも欲しい。


 当たり前のことではある。しかし我が国としては援軍に払う金やもろもろが惜しい。


「実はロガランド、キャルバルからも援軍の申し出を受けていてな、貴国を含め同盟国の厚情には本当に感謝している。しかしながら三国への謝礼となると戦後復興を計算にいれるといささか心許ないというのが実情である」


 フォルカー卿の顔色が変わる。


 事実だから仕方ない。


「そこで余からの提案であるのだが、数万という大軍を長駆わがヌクレヴァータにまで展開するには日数も軍費もかかろう。ならばマガニア軍には国境にほど近いカルカ砦に陣を張っていただいて、万が一我らが敗れた場合マガニア領へのイダヴェル軍の侵攻を阻んでいただくということではいかがだろうか」


 でしゃばるな、というわけだ。


「しかし肝心の王都への援軍に向かわねば、我々が軍を動かす意義が失われますぞ」


「バルディスとて簡単に負けぬ。それともフォルカー卿は援軍なしには我が国は滅びるとでも言うのか?」


「あ、いや、そういうわけでは」


「我らとて猪ではない。王都を最後の一兵まで死守するとまでは考えておらぬよ。そのために重臣達は余をこのような海上まで逃がしてくれたのだ。不利となれば撤退して、イダヴェル軍が王都から更にマガニアや他国へ侵攻する素振りを見せればその後背を衝く」


「陛下!バルディスの興亡をそのように軽々しくおっしゃられては困ります」


「所詮戦争ではないか、勝つか負けるかだ。そして勝ち負けは絶対的なものではなく、それぞれの価値観に根ざすのだ」


 これはメルレンの受け売りだな。


「単にイダヴェル十五万対バルディス十万の話ではない。イダヴェルはたった十五万でバルディスという国を相手にしているのだ。見知らぬ敵地に踏み入り、罠に怯え、兵糧を細々と食いつなぎ、敵の待ちうける王都を攻め落とし、どこにいるのかわからない王を捕らえ、さらにその先の強国に侵攻しようとしているのだ。はたして有利なのはイダヴェルなのか?それとも我らなのか?」


 大臣はううむと黙った。


「優れた軍略家のおかげもあり、現在のところ我が国には被害らしい被害もない」


「しかし、南部各領はすべてイダヴェルに落とされたと聞きましたぞ」


「それは確かだ。ただ落とされたとは言え、誰一人死んでおらず、イダヴェルは各町、砦に見張りの兵を多くても千ほどしか置いておらぬ。建物や街はロクに焼かれてもいない。せいぜい作物が荒らされたくらいだと聞いている。これは果たして被害といえるものなのか?」


 フォルカー卿も黙ってしまう。形勢の不利が鮮明になってきたのだ。


「砦に駐留していただくというのも先に話した軍略家の考えである。もしイダヴェルが軍を分けて各砦を攻めるなら援軍の規模とほぼ拮抗するはずなので、防御側に利がある。また一箇所に集中した場合、他の二つの砦の援軍がイダヴェルの背後から挟撃をするのでやはり有利は動かないと。ゆえに各援軍にはそれぞれ国境と砦に留まっていただくのが最も良いという言を預かっている」


 大臣は頷く。


「確かに理にはかなっておりますな。ただ王都の戦いが不利になるのではないかと思いますが」


「それはそうだな。だが国土を守る戦いで、まず我らバルディス軍が戦わずしてどうする。我らが死力を尽くし、血を流すことで同盟国も認めよう。のうフォルカー卿」


「は、それはそうですが…」


「余とて皇帝陛下のご厚意を無碍にする気はない。援軍に関しては早急にカルカ砦へ移動していただきたい。砦での兵糧はすべてバルディスで賄わせて貰う。また、援軍を動かしてもらう礼としては働き如何に関わらず、戦後の交易拡大をお約束すると皇帝陛下に親書をしたためる」


「それはありがたい申し出でございます」


 最低限の成果を確保したことでフォルカー卿はややほっとしたようだ。


 復興特需にさぞ期待していることだろう。


 無論それはあるだろうが、交易というのはあくまでも商売だ。


 買うこともあるし売ることもある。


 我が国としても巨大市場であるマガニアへの参入は願ったり適ったりといえる。


 交易拡大、商人の往来の便宜を図るなどという条件もメルレンが出してきたものだ。


 割符という仕組みを示して、商人の身許確認を簡単にできるようにしたものだ。


 無論割符だけでは盗難される恐れがあるので、季節ごとに変わる合言葉を商人組合に伝達するそうだ。


 よく考える。




 


 さて、夕食だ。


 フォルカー卿との合意に達したささやかな祝いの席は明日改めて執り行われることになったので、今夜はヤーヴェイの手料理つきのメニューだ。


「ヤーヴェイ、これはなんという料理だい?」


「これはメルレンにすすめられた料理ですの」


「ほほう、いつの間に君たちは仲良くなったんだい?妬けてしまうよ」


「まあ、わたくしはあなたを喜ばせようとメルレンに珍しい料理を知っているかたずねたんですのよ」


「冗談だよ、ヤーヴェイ。余が君の愛を疑うことなどあり得ないさ。で、これは生の魚に見えるんだが」


 余の前に並べられたのは綺麗に切りそろえられた、生の魚だった。


 おなじく切りそろえた生の野菜。そして火にかけられたボールに沸騰したお湯だ。


「この(ふね)で魚釣りの心得がある者に釣らせた、アンバージャック(かんぱち)温スープくぐり(しゃぶしゃぶ)という料理ですわ」


「ほほう、これをメルレンが?」


「ええ、東の方で古くから伝わる海の料理だそうです。せっかく海にいるのですもの、新鮮なお魚ならではの料理のレシピを貰っていたのを思い出したのです」


「それは楽しみだね」


 ヤーヴェイが食べ方を得意気に余に説明する様子はなんとも可愛らしい。


 うっかり見とれてしまい説明を熱心に聞いていなかったため、怒られるはめになった。


「これは…うまいな!」


「そうでしょう」


 胸を張るヤーヴェイ。


 生の魚はやや抵抗があったものの、沸騰するスープにくぐらせると薄切りにされた魚の身は熱で縮れる。


 スープは海草で下味がつけられており、さっぱりしている。


 それを器に入れられた濃い味のソースにつけて食べると、柔らかな身が旨みとともに口の中でほどけていく。


「このソースは?」


「ええ。本当のこの料理は独特なソースを使うそうなのですが、入手が困難らしいので色々なソースで代用しましたの。あなたが持っていらっしゃるのが、オリーブオイルとケッパー、ワインビネガー、ガーリック、ブラックペッパー、塩、ハーブ等で味付けしたソース、わたくしが試しているのがトマトソース、他にもレモンと粒マスタードのソースもありますのでいろいろお召し上がりになってください」


 ヤーヴェイは後宮に来た当初、女性至上主義であるドロームンとの文化や作法の違いに相当戸惑った。


 しかしこの(ふね)にも乗り組んでいる料理長が気分転換に料理をすることをすすめてくれ、それ以来とても料理を楽しみ、また上達した。


 その中でバルディスと後宮にも急速に馴染んで行った。




「とてもおいしかったよ、ありがとうヤーヴェイ」


「あなたがそう言ってくださるのが何よりの喜びですわ」


 ヤーヴェイは急に遠くを見る。


「わたしたちだけこうして戦場を遠く離れてしまい、忠実な臣下達は危険な戦場で命を賭けているかと思うと少し…」


「うん、余もメルレンと何度も話し合った。メルレンだけでなく皆と話し合った。その結果だ」


 最終的な結論として、予言の書によれば余は生き延びることがわかっている。


 しかしイダヴェルに身柄を押さえられ、その解放を交換条件に苛烈な要求をされる可能性がある。


 その危険をみすみす冒すわけにはいかない、ということになった。


 余としては王都防衛の士気低下が気になったのだが、メルレンは「影武者を用意します」と言った。




 そんなことで誤魔化せるのかと思ったが、その後見せられた影武者に納得してしまった。


 果たして余の従兄である次期ピアーズ候ロイド、つまりはバルテルミの兄だった。


 幼少より顔立ちが似ていると言われていたロイドなら適任だろう。


 久しぶりに会ったロイドは余に比べてやや淡白な顔立ちを化粧で補うため、たくさんの女官にまとわりつかれてまんざらでもないように見えた。


「久しいなロイド、随分とご満悦のようだな」


「ふざけるな!グレティ…いや陛下!なぜわたしがこのような」


「ははは、苦労をかける。しかしまあそう言うな、それでも大変な任務ぞ。なにせ余の身代わりとして兵の士気を鼓舞し、ともすればイダヴェルに狙われかねんのだ」


「なんと!」


「しばらくお前に王位を預ける。壊れ物ゆえ大切に扱うようにな」


「お戯れを申されては困ります」


 仲の良い遊び友達でもあった余とロイドは気心が通じるところもあるし、反面やりづらいこともある。


 そのうち何か意趣返しをされそうだ。




「王ともなると、身の安全を保つことすら公務となるのだ。余としても心苦しいが、頼もしい臣下達を信じて吉報を待とうではないか」


「…そうですわね」


 ヤーヴェイも何度目かの問答と何度目かの納得をする。


 いちいちつきあってやるのも良人の務め。


 明日はキャルバル、明後日はロガランドとの会談が控えている。


 今日フォルカー卿に言ったはったり( ・ ・ ・ ・)を現実のものにしてやらねばいけない。


 王という仕事もどうしてどうして楽には行かないものよ。


 世の中の仕事どれひとつとっても楽なものなどあり得ないのだが、な。

いつも読んでくださってありがとうございます!


AutoREALMという地図描画ソフトを入手して地図を描いてみようとしたのですが、相変わらずの壊滅的美術センスに辟易するのみで終わりました。

まあ、そのうちに^^;

なので、キャラ絵とか掲載予定はありません。

すいません。

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