第二話 「王都ヌクレヴァータ」
何年かわかった。
王都まで行かなくても街道ではまあまあ人とすれ違う。
最初に会った隊商に聞いてみた。
「今って何年ですか?」
すんげー怪訝な顔された。
「僕、森で一人暮らししてたんで世情に疎いんですよ」
エルフの外見もあり、ああと納得された。
「西方暦七八一年だよ。ついでにいうと緑の月の二六日だよ」
「ありがとうございます。助かりました」
丁寧に礼を言うと隊商は通りすぎて行った。
一年は三六五日。
月は十二ヶ月。
一月から順に白、銀、黄、桃、緑、紫、橙、赤、金、藍、灰、黒の月という。
日割りは一、四、七、十、十二が三一日、あとは三十日だ。
だいたい五月二六日かー。
いや、そうじゃなくて。
やっぱりというべきか七八一年だった。
この年のバルディス王国の一大イベントというとやっぱあれだ。
新王の即位式だ。
ちょうどもうすぐ開催じゃないか。
まがりなりにもバルディス国民という設定なのだから、是非見ておこう。
はい解説コーナー。
バルディス王国が舞台となるのは、シリーズ第一弾「流浪の女騎士」だ。
登場人物はこのバルディスの宮廷騎士団の騎士団長ゼフィア・エンフィールド。
ゼフィアは先代の騎士団長ヴィダルの娘で幼少の頃から剣を叩き込まれる。
それと同時に「お前が王子を支えお守りするのだ」と言われ続けた。
それを忠実に守ったゼフィアはやがて若く美しいグレティル王子に恋してしまう。
身分違いとは知りながらも、騎士団長で貴族という身分であればもしかして、と励むゼフィア。
しかし彼女の想いは実らず、即位と同時にドロームンのヤーヴェイ王女との婚儀が決まる。
ゼフィアはショックのあまり遊歴(武者修行)と称し、傷心旅行に出てしまう。
グレティルをなんとか吹っ切ろうとするゼフィア。美しい彼女には言い寄る男も多い。
しかし、彼女がようやく心を許そうとすると彼女を愛した男は命を落としてしまう。
そんなことが三回続いて彼女は完全に心を閉ざしてしまう。
はい。救いがないね。
いや、でもこれ言わせて貰うとちゃんと後でフォロー入ってて、物語の最後では匂わせて終わるようになってるんだよお。
別巻になるけどちゃんと幸せになるから心配すんな。
というわけでこれからのヌクレヴァータは新王の即位と騎士団長の失恋→出奔というイベントが控えております。
しかし、しかしだ。
これまでの既刊では当然メルレン・サイカーティスなる人物は登場していない。
メルレンがメインストーリーに無理やり絡もうとしたらどうなるんだろう。
例えばゼフィア口説いて心変わりさせて出奔させないとか。
出奔するゼフィアについていって死ぬ運命の人を助けてしまうとか。
そしたらいわゆる「世界を矯正する力」的なものが働いて必ず必然の結果に帰結するのかな。
やべえ実験したくなってきた。
かといっていきなり王都に「天変地異」とか凶悪な魔法攻撃しかけるわけにもいかないし、触媒もない。
詠唱に九六時間かかるので大変だし、間違うと最初からやり直しだし。
魔術結界もさすがに構築されてるし、第一そんな非人道的なことはしませんよ。
とか危険なことを考えていたら見えてきました「麗しの都ヌクレヴァータ」。
アニメの美術背景より全然綺麗じゃないか!
門に近づくと行列になっており、門衛さんの検閲を受けている。
即位式のお披露目が近いので、内外からの観光客も多いのだろう。
たっぷり30分ほどかかって僕の番になる。
いかつい門衛さんだ。
「どもー」
愛想よく話かけるが反応はない。
「名前は?」
「メルレン・サイカーティスです」
あやうく来栖瞬と名乗りそうになる。
「エルフか。どこの出身か」
「古の森出身で街道に近いとこに庵を結んでおります」
「目的は?」
「グレティル様の即位式を拝見したいと思いまして」
「所持品をあらためさせてもらう」
「どうぞ」
バックパックを下ろし、剣をはずして、カバンを下ろして門衛さんに渡す。
「エルフなのに剣か」
「少々嗜んでおります」
「ふん」
まあ別に怪しいものも入ってないし、って、あ!
門衛さんがちょうど肩下げカバンを開けるところだった。
「何だ?これは!?」
あーシャープペンはまずいかー。
というわけで衛兵詰め所で詳しい話を聞かれることになりました。
「説明してもらおう」
「はい。これはわたしが研究していた新しい紙とペンです」
「この字はなんだ。見たことがないぞ」
「これは古代魔法語を僕なりに解釈しようとしていた内容です」
よくもまあこれだけ嘘つけるもんだ。しかも意外と涼しい顔で言ってるよ。
ここでダメ押しとこう。
「わたしはグレイエルフなんですよ」
衛兵たちの間に軽い驚きが走る。
エルフは比較的見かけるが、グレイエルフが人の前に姿を現すことはほとんどない。
同時にその大半が埒も無い思索に興じているか、おかしな研究に没頭しているかだ。
こんなおかしな紙と異様なペンもグレイエルフならあり得ると納得したようだ。
「このペンも見てくれはおかしいですが、原理は単純でして細く加工した黒鉛と粘土の合成物を先端の細い穴から押し出して紙に字を書いていくという仕組みでして・・・」
説明を始めてやると衛兵詰め所の責任者はもういいというように手を振って、
「引き止めて悪かったよ。騒ぎは勘弁してくれ」
と解放の意思を示してくれた。
「そうですか。では失礼いたします」
行きかう外人。
変なかんじ。
見た目は外人なのに喋っている言葉は理解できる。
ちょっとバタくさいが、女性も美人に見えてしまいます。
かくいう僕ことメルレンさんも結構イケメンなはず。
鏡はないかな。
といってもこの世界は中世っぽいかんじなので、ガラスに銀メッキした裏面鏡などあるはずもなく、青銅などを鏡面研磨した金属鏡なのだろうが。
しかし初歩的なめっきの歴史は古いはずだなあ。
たしか東大寺の大仏もめっきっぽいもので表面処理されたらしいし。
ちゃんと鏡あるのかな?
あれ、話が逸れた。
さて情報収集といったもののどこから手をつけていいやらさっぱりわからないぞ。
とりあえず人もごったがえしているので宿の手筈からやらないと野宿になりそうだ。
目抜き通りを歩いていくと宿も目に付く。
見たまま豪華っぽいところが高く高級でくたびれた感じのところは安宿なのだろう。
風呂付がいいけどそうはいかないだろうなあ。
現実世界のルネサンス期は香水の発展により欧州での入浴文化は一時的に衰退したが、古代ローマの有名なヤツをはじめ、ルネサンス以前には入浴は民衆の間で習慣化していたらしい。
ただ多くは混浴の公衆浴場で、女子のオープンな姿を目の当たりにしちゃうと男子としても欲情しちゃう(ダジャレじゃないよ)ようでちょっとエロい社交場だったり、売春業もそこで行われていたりとかしたらしい。
この世界の設定ではさすがに風呂まで触れていなかったものの、ここはどうなってるのかな。
もしエロい感じだとチェリーな僕には敷居が高いな。
また話が逸れた。
宿、宿。
案の定ほとんどの宿が満杯だった。
手頃な価格の宿から埋まっているようで、現実世界に限らず中流意識は人間の根源的なものと通じているのかもしれない。
残る宿はお高いやつと底抜けにリーズナブルかつアレなやつだ。
二択はきつい。
が、しかし選ばねばここらへんすら満室になるかもしれない。
うーん。お高い方で!
さすがゆとり。先のことはあまり考えない。
宿に決定したのは目抜き通りから一本入った比較的明るい路地にある高級宿「銀杏の並木亭」だ。銀杏生えてねえけど。
お泊り料金は一泊二食付でお一人様銀貨二十枚。
二万円すか!
伊豆のちょっとしたリゾートホテルに近い値段取るじゃねえかよ。
夕飯には活き造り出せよオイ。
さすがに高級宿らしく無愛想な宿の主人が応対するということもない。
フロントとまではいかないが、簡単なカウンターで若い娘が受付を行っていた。
「いらっしゃいませ。銀杏の並木亭へようこそ」
「こんにちは。一人ですがよろしいですか?」
「はい、お一人様用のお部屋をご用意できます。ご利用は何日間ですか?」
「即位式の翌々日までを考えています」
「五日間ですね。料金は先払いとなりますがよろしいですか?」
「構いませんよ」
うおー!金貨一枚だー!十万だー!リアルでポンと払ったことねえよー!
という心の叫びをおくびにも出さず、ジェントルな笑顔で金貨を取り出す。
「ではこちらの宿帳にご記名をお願いします」
メルレン・サイカーティスと。
「サイカーティス様ですね」
「メルレンで構いませんよ」
超ジェントルな笑顔。
こころなしか娘の頬が赤くなったようだった。
フハハただしイケメンに限るぜ!
「つかぬことをおうかがいしますが、宿にお風呂はありますか?」
「はい、一階の奥に湯浴み場を設けてございます。手狭ですので広いところをお望みでしたら公衆浴場をご案内できますが・・・」
娘は顔真っ赤に近い。
これでいろいろ予想できた。
この世界の公衆浴場はチェリーにはきついレベルだ。
面白いもんだよなー。
ここは物語の中の世界であるらしいのに、物語で描かれていない部分もちゃんと存在してちゃんと息づいている。
あ、風呂の返事しないと。
「ああ、構いませんよ。旅の垢を落としたいだけですから」
「左様でございますか、ではお部屋にご案内いたします」
ちゃんと荷物を持ってくれるあたりが高級だ。
案内された部屋はそれほど広くないが、羽毛っぽい布団、南京錠つきのクローゼット、灯りにしても細かな意匠が凝らされなかなかの高級感がある。
ソファやテーブルもクルミの木かなんかで作られているようでかっこいい。
「こちらになります。ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます」
「夕食は18時からとなります。お部屋にお運びするか、一階の食堂でお召し上がりになるかお選びいただけますが」
「食堂でいただきます」
交流の場があるかもしれないしね。
「かしこまりました。食事の御支度が整いましたら、お声掛けさせていただきます」
は!ここはある意味外国でここは高級宿!
ちょっと慌てて財布から銀貨1枚を取り出すとチップに渡した。
「こんなに!」
娘が小さい声で驚いたのを聞いてしまったと思った。
いや10円じゃガキの小遣いだし銀貨がいいかと思ったんだけどなー。
銅貨10枚とか渡せばよかったのか?
結構不便だな。
しかしさすがに返してくれとはいえないし。
「これも前払いです。とっておいてください」
負け惜しみとジェントル笑顔。
娘は破顔すると
「ありがとうございます。頂戴いたします」
後でさりげなく聞くと、もう一種類硬貨があるそうでニッケル貨(=10銅貨)だそうだ。
先に言えメルレン。
さてまだ日は高い。
メルレンもしくはこの時代の人間は基礎体力が高いらしく、二週間の旅を経ても別段ぐったりしていない。
どちらかというともやしっこだった現実の僕から比べると驚嘆するレベルだ。
なので夕食まで散歩兼情報収集しよう。
外に出てみれば、麗しの都というには少々熱気あふれる喧騒だった。
即位式を前に観光客の増加と街の人のテンションの上昇があるのだろう。
初期冒険者としては所持金充分だしスキルも高い。
あと揃えるのは装備品なのだろうか。
どうですか?メルレンさん。
(通常戦っていくには必要充分な装備だと思われる)
強さの数値とかが見れないのでよくわからんが、いきなりドラゴンとタイマン張ったりしなければいいのかな。
しかしそれじゃあ武器屋とかにいってドワーフな親父とナイストークを繰り広げるチャンスもないなあ。
ま、まさか公衆浴場で情報収集か!?いや、ない。
仕方なくウインドウショッピングである。
情報収集するには何を聞いていいのかわからないというお粗末っぷり。
見慣れた食材、見慣れない道具。
そんなものを手にとっては店の人間に質問したりして主に生活習慣の情報収集に終始するうちに日が傾いてきた。
宿へ着こうという頃に鐘が鳴る。
おそらく一八時、夕餉の鐘だろう。
宿は営業形態として酒場、食堂を併設することが多い。
これは安宿でも高級宿でも同じで、昼間のランチで利益を上乗せして成り立つといった具合らしい。
専門の飲食店もあるが、宿併設の方が数が多い。
これが大都市ではなく地方都市ともなると全て宿と酒場、食堂はいっしょくたになる。
銀杏の並木亭も酒場をやっているが、イメージにある「THE 冒険者の酒場」よりは随分と大人しい。
これは無論価格帯によって客層が変わるからだろう。
見回すと、貴族の子弟っぽいカップルや、みなりのよい商人などが主な客だった。
アネカ(宿の娘の名前、ジェントルに聞き出した)に案内され席に着く。
すぐに前菜のプレートとワインが運ばれてきた。
「メインは肉と魚どちらにいたしましょうか」
「肉で」
やや食い気味に言った。
肉食いたい。
「かしこまりました」
前菜のなんかわかんないのを食べるととても旨い。
隣のやっぱりわかんないのを食べるとこれも旨い。
まずいな。
人間贅沢に慣れると抜け出せなくなるぞ。いやエルフだけれども。
速攻でオードブルを片付けてワインをぐいぐい飲んでるとメイン到着。
「お待たせいたしました。こちらフリエス鴨のグリル バルサミコ風味です」
おおおお!鴨食うの初めてだー!まさか異世界で初鴨とはなー。
置かれるやいなやアズスーンアズの勢いで食う。
アネカはびっくりしている。
しまったジェントルキャラが崩壊する。
「旅でお腹がすいていらしたのですね」
にっこり。おーイケメンのおかげかセーフだ。
愛想笑いだけすると鴨を仕上げる。
旨いぜー。
ワインをゴプゴプ飲む。
どっちかというとイケる方だが、メルレンは余計強いらしい。
なんかワインが甘さ控えめの葡萄ジュース程度にしか感じない。
「ワインおかわりください」
アネカにオーダー。
すると
「それは是非わたしに奢らせていただけませんか」
と声がかかる。
ん?誰?
ナプキンで口許のバルサミコ酢風味ソースを拭きつつ顔を上げると、目の前には一人男。
豪華な服、肩には肩章、長いブーツ、腰には飾りのついた高そうなサーベル。
薄い色の金髪で背中に流れる長髪。しかもイケメン。
あれ?こいつどこかで見覚えがある気がする。
「失礼ですが、エルフの方、しかもグレイエルフの方ではないかとお見受けいたします。お会いするのが初めてで興味をもってしまいました。しかもほれぼれするような飲みっぷり。是非同席させていただけないでしょうか」
礼をする動作も優雅かつ隙がない。
「申し遅れましたが、わたくしはこのバルディスの王城に勤める宮廷騎士バルテルミ・ピアーズと申します。お見知りおきください」
おー、思い出した。確かに裕木先生の絵でもこんな感じだった。
失恋して出奔しちゃうゼフィアの後を騎士団長代行としてまとめる、この国2番目の騎士だ。
「あ、ありがとうございます。古の森のグレイエルフ、メルレン・サイカーティスと申します。何分田舎者ゆえご無礼がありましたらご容赦ください」
ちゃんと立ってお礼を言いました。
「サイカーティス殿と申されるのですね。よろしくお願いいたします」
「メルレンとお呼びください」
「ではわたくしのこともバルテルミと」
イケメン同士の握手。
アネカは目をキラキラさせてワインを持ってきた。
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