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序章 「不調のストーリーテラー」

この作品はフィクションであり実際の人物、団体とは一切関係ございません。

また作品の性格上、一部残酷な描写がありますので苦手な方はご注意ください。

 今までがうまく行き過ぎていたのかもしれない。


 デビュー作が人々の目にとまり、オーソドックスなファンタジーとしてはなかなかのヒット。


 漫画化もされ、そこそこの売れ行き。


 深夜枠ながらアニメも2クール放映され、平均視聴率2.3%は素晴らしい健闘ぶり。


 メディアミックスはさらにすすみ、大手ゲーム会社サイバーエンターテインメントからMMOロールプレイングゲーム化も進められている。


 本編はメインストーリーとなる時代を追って単行本6冊と外伝2冊。これらもおかげさまで売れ続けている。


 物語の名は「西の十王国物語」という。


 もともとは昔やっていたテーブルトーク型RPGの舞台として設定したのだが、インサイドストーリーを書くうちに興が乗ってしまい、いつのまにかここまで来てしまった。


 遅ればせながら「西の十王国物語」作者の来栖瞬(くるすしゅん)です。以後よろしく。



 どちらかというとラノベ中心な現状で、よくもこんなガチムチのファンタジーが売れたと思うが、挿絵、漫画を担当してくれた裕木裕(ゆうきゆう)さんの功績が大きい。


 作者としては想定外なほど登場人物が美形だったのだ。それで女性を中心にブームが起こり、やれ誰派だとか、カップリングだとかアングラなムーブメントになった。


 それが話題となり序々に広がっていき、男性にもなんとか支持を取り付けた。


 ネットでは賛否ある。


 描写が薄いとか、戦闘の表現がわかりづらいとか、心理に没入できないとか。あれ?批判ばっかだな。


 まあファンもいてくれるのでここまでこれたし、アンチにしろ注目してくれているのはありがたい。お客様は神様なのです。




 お話は主にチャンバラだ。


 魔法使いもいるが、数は多くない。


 まして強大な魔法使いもいるが数えるほどになってしまう。


 あと意外に使い勝手も悪い。


 攻撃術は豊富だが、日常使える魔法は少ないとか、効率が悪いとか。


 基本的に集中を持続させなければならないので詠唱して集中を続けるには遠距離から狙撃みたいにして使う。


 ただ高い威力の魔法を使うには大量の触媒、膨大な魔力と長大な詠唱を必要とするため、腕力押しの戦が主流になっている。




 メインストーリーはおおまかに言って、すごく強大な軍事国家が現れて、他の国に攻めてくるのでみんなで撃退する。


 以上だ。


 シンプルだ。


 ありきたりだ。


 人気はキャラ(のイラスト)だのみだ。


 やかましい。




 じつのところ限界を感じている。


 打ち切りにするには人気が出過ぎた。


 出版社の意向で「第2期を書いて欲しい」という。


 しかしネタがない。


 長く書くつもりだったら今まで書いてきた話は最後に持ってきて、前振りから書いていったのだが、メインストーリーを書いて最後を大団円でまとめた以上、まるで違う時系列ではじめるか、外伝をぼちぼち書くしかない。


 外伝では売り上げがイマイチだそうだ。


 まあ確かに本編そろえた読者しか買わないもんな。


 とするとまったく新しいストーリー……


 うーん出てこない。


 モチベーションも上がらない。


 ぶっちゃけて言うと、ギャラが安いのだ。


 小説は通算120万部、漫画は合計250万部、アニメにもなった。今度はゲームだ。


 でも印税はあんまりもらえない。


 最初の契約がまずかった。


 なにせ当時まだ17歳だった僕は出版社のいいように契約内容を決められ判をついてしまった。


 学生生活と両立させながらボチボチと執筆してきたせいもあるが、これで食っていくにはいささか心もとない。


 幸い中堅出版社への内定も決まっている。


 無理せず兼業作家を続けるか、すっぱり足を洗うか悩んでいるのだが、締め切りが近づいた時の進行は絶対会社へ影響が出る。


 なのでどちらかというと「やめよっかなー」方向へと傾いているのだった。




 ピンポーン


 軽快な電子音が響く。


「はーい」


『宅配便でーす』


 ん?ジャングル通販は利用していないけどなあ。


 玄関で受け取った荷物はやや軽い段ボール箱。差出人は


「サイバーエンターテインメント・・・」


 とりあえず開けてみる。お手紙が同封されていた。


「んーなになに拝啓、梅雨空も鬱陶しい中いかがお過ごしでしょうかって、時候の挨拶こんなんでいいのかよ」


 どうやら西の十王国オンラインの正式サンプルが出来たらしい。


 これも苦労したなあ。


 原作つきゲームの悲しさで、ストーリーをどの程度からめていいのか、さじ加減が微妙だ。


 ストーリー放置だとなんのゲームかわからない。反対にストーリーで縛ると自由度はなくプレイヤーは超脇役になってしまって盛り上がらない。


 クソゲー扱いされるのが怖い。


 そんなに打たれ強い方じゃないし。




 このゲームのギャラは初回の50万円のみ。


 その割には広告だ、考察だ、制作会議だ、バランス取りだといろいろと付き合わされた。


 どうせなら自分もファンも楽しめるものがいいと気合を入れた。


 ゲームオリジナルのキャラを裕木先生と起こしたり、プレイヤーの行動によってグランドクエスト自体の方向性が大分変わるように分岐ストーリー書いたり、整合性調整したり。

 だあクソ!




 結構ゲームのシナリオライターも頑張ってくれたので細かいとこも作りこめたのではないかと思う。


 どうかなーウケるかなー。


 売り上げは僕には関係ないけど売れると素直に嬉しいしな。


 梱包をあけて1枚のメディアを取り出してPCにセットする。


 要求スペックはそんなに高くない。


 そのあたりは原作つきの強み。3Dグリグリというよりは漫画の雰囲気のテクスチャー貼ってあるのでグラフィックの精緻さよりは動きと快適さ重視。


 それでも結構なインストール時間がかかる。


 暇な時間で作成するキャラのことを考えていた。


 せっかくだからメインストーリーに影響を及ぼすようなIFキャラを考えてみよう。


 おねえプレイはきっと破綻するのでやっぱ男だな。


 出身はどこにしよう。カタラクはダルタイシュがいるから埋没しそうだよな。ドロームンじゃ出世できないし、マガニアか?ロガランドか?いや、やはり気候もいいしお話的には中心になるバルディスにしよう。


 職業は普通に戦士か、レアな魔法使いか、弓使いもいいな。盗賊はちょっとメインストーリーには絡みにくい。魔法剣士にしてみようか。サービス開始されたら人気でそうだけど本編のキャラクターではたった一人だもんな。


 成長率は悪そうな予感しかしないが、まあ根気よくやるしかないだろう。


 ん?ところでこのサンプル版のキャラって本編で使えるのか?


 などと考えていたらインストールが完了した。


 規約は読まずに同意する。


 オープニングムービーはやはりちゃんと見てみる。


 画面は黒一色から「Time has come・・・」という白い雰囲気のあるテロップが流れるところから始まった。


 イダヴェルの第二軍とみられる凶悪そうな集団がゆっくりと進軍している。


 軍団長マグニールの合図で一斉に攻撃開始。重装の歩兵はイダヴェル軍になぎ払われ一方的な戦況になる。


 白銀の鎧に身を包んだゼフィアが登場し、弓兵隊によって側面から奇襲、乱戦になる。


 場面が変わって、イルベオスが赤竜と1対1で対峙している。にいいっと不敵な笑いを浮かべて斬りかかっていく。


 夜の湖のほとりに立つ濃紺の騎士。


 宙に浮かびながら周囲を凍結させていく魔道士ルロイス。


 尖塔の屋根の上で怒りの咆哮をあげるドミトリィ。


 様々なキャラ達が登場し、最後に主役級ともいえるカタラクのダルタイシュが画面を覆う砂嵐を巨大な剣で切り裂いて登場する。


 ダルタイシュは異様なスピードで戦場を走り抜けイダヴェル皇帝バシュトナークに斬りかかり、バシュトナークがそれを受け止める。


 そこで画面がぐいーっと引いていき、丘の上で詠唱を続けている美しい青年ティルクークを映し出す。


 詠唱が完了したらしくティルクークが両手を天に突き上げると、空が裂けたような光る亀裂が現れ巨大な炎の魔人ルーティラヌスが現れる。


 ルーティラヌスは右手を振り下ろすと圧倒的な炎が撒き散らされ、画面も炎で覆われる。


 ややおいて炎は黒く消えて画面には燃える炎のロゴで「Western Ten Kingdoms Online」「Cyber Entertainment」と残る。


「おー」


 思わず声をあげた。


 どうせゲームのオープニングムービーなど最初の一回しか見ないものだが、これは気合が入った造りになっている。


 結構嬉しい。





 さて本編。


 開始画面からキャラクター作成画面に移行する。


 まずは名前。


 サンプルのみだったら「ああああ」でもいいだろうが、生憎商売柄キャラ名には捨てキャラでもこだわりたい。


 厨二ぽい名前は避けつつもいい名前ないかなあ。


 いつものように思索にふける。


「和風の名前のキャラいないし、和風の名前でストレンジャー感を出すのも手だが、そういう突飛な設定は合わないんだよなー」


 そう西の十王国物語はどちらかというと叙事詩に近い。


 「最後のファンタジー」という大層な宣伝文句すら戴いてしまった王道モノだ。


 設定を壊しちゃいかん。しかも作者が。


「メルレン・サイカーティス」


 悩んだ挙句決定。


 厨二度は微妙だ。


 次は職業。これは魔法剣士一択。


 この話での魔法使いの数が少ないのは言ったが、魔法剣士はもっと少なくて、登場キャラでは一人だけだ。


これはそれぞれの修練が難しく両方やっても大成できないような設定になっている。


 ゲームではどうだろね。


「あ」


 職業の次の種族選択で声をあげた。


「なるほど」


 人間、エルフ、ドワーフの選択肢があるはずなのだが、ハイライトしているのがエルフしかもご丁寧にグレイエルフだけになっている。


 ハイエルフとも言われるそれは人間に比べて非常に長命で2000年も生きるといわれる。


 基本は生まれた土地を出ず、主に思索などしながら寿命の大半を過ごし、排他的で保守的だ。好奇心にも乏しい。

 ただあまりにも長い寿命の中で研究や魔術に没頭するものも多く知識の蓄積が豊富。


 話の中に出てくるグレイエルフは少ないが、人前に姿を見せている時点で異端者かつ変人ということになる。


 ゲームで選択できるグレイエルフは変人なわけだが、人気種族となってプレイヤーの多くがグレイエルフになったらどうするのだろう。


 まあゲームだしそこは割り切るしかないか。


 グレイエルフを選択すると外見設定だ。


 基本の外見はグレイエルフらしく長身痩躯。あとはお約束で耳が人間より少し長く尖っている。


 しかし魔道士ではなく魔法剣士をチョイスしたのでちょっと逞しくする。

 顔はせっかくなので自分の美的センスの限り上等にしてみる。エルフでブサイクはダメだろう。


 切れ長の目、高い鼻、なんだか少女マンガの登場人物のようだ。


 年齢設定。これもすごいな。


 15歳から1900歳まで選択できる。


 これはイメージが沸かなすぎるな。


 作中に登場するほかのグレイエルフを思い起こす。


 参考になりそうなのは作中唯一の魔法剣士。設定年齢はおおよそ1200歳。

 400年を魔法に、100年を剣に、残り700年を魔法の改良に費やした阿呆だ。


「やや若い方が気分的にいいな」


 ということで自身の年齢である21歳をグレイエルフに換算した。答え550歳。

 若手なのか?これで。


 出身地。おーこれもグレイエルフ居住地のいずれかを選択するわけか。


 バルディス国内の居住地の森というと(いにしえ)の森か。


 ステータスやスキル設定はないのか。


 固定なのか、後からでも容易にいじれるのか。


 僕は画面に出た「完了」をクリックする。


 画面は暗転した。


 これから導入のムービーが流れるわけか。


 


 ん?フリーズしてる?


 HDDのアクセスランプは明滅している。


 しかしBGMも流れないし、画面も真っ暗なままだ。


「かんべんしてくれよ。初期不良とかか?」


 はあっとため息をついて、もう一度画面を見る。


「あれ?」


 何か画面に映った。


 細長い筋のような緩やかな曲線が左右一対。なんだこれ?


 するとその筋が上下に割れていく。


 中から現れたのは目玉だ。 


 とすると先刻のは目が閉じられた状態だったのか。


 しかし薄気味悪い。


 妙にリアルだ。


 まるで生きているかのような。


「え?」


 気づいた。


 この目は明らかに僕を見ている。


 恐ろしくなってガタっとパソコンデスクから立ち上がると目は僕の動きを追っている。


「どうなってんだ」


 頭の中にはニーチェの有名な一節「深淵を覗くならば、深淵も等しくおまえを見返すのだ」が浮かんできた。


 ニーチェのそれは無論比喩だが、この目はまさに深淵から覗くように思えた。


 (逃げられない!)


 身体が動かない。


 視線もはずせない。


 僕の目は深淵の目と真正面から見つめ合っている。


 (まずいまずいまずい)


 全本能がアラームを鳴り響かせる。


 視界の中で深淵の目が大きくなった気がした。


 深淵の目が近づいてきたのか。


 僕が深淵の目に近づいたのか。


 僕は目に吸い込まれたように意識を失った。

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