第十三話 「女神の盾(イージス)」
更新滞ってすいません。
だって暑いのだもの・・・
ヴィクセン伯爵のところへ立ち寄り、主命まあまあ達成の報告と、馬を譲って欲しい旨を伝える。
リュタンのことは伏せておいた。だいたい一般には災害認定されている。
ん?王に報告するときは何て言ったらいいんだ?まあなんとかなるか。
サラに残ってもいいと伝えたが、案の定断固拒否された。
たぶん冷静に考えてみれば、メルレンは結構な男前だし、戦闘能力は高い、そこへ助けられちゃったのだから多少なり心は動かされるかもしれない。
それに引き換え僕がクールなのは、帰らなきゃならないので責任取れないということと、サラが惚れてるらしいのはメルレンであり僕ではない、と理解しているからかもしれない。
普通はこんな美女に惚れられたら多少は舞い上がるもんな。
リュタンは主役の一人なので結構美人だ。
ところが、それを覆い隠すのが例の評判である。
あのじじいはどんな勝算があってリュタンを同行させたのか。まさか厄介払いじゃないだろうな。
「リュタンさん、大賢者殿のおっしゃられていた特別な制御式とはどんなものですか?」
リュタンは相変わらずぽーっとした様子で答える。
「お師匠様はわたしが眠っている間になにかしたようなのですが、よくわかりません。『いざという時はこれで安心じゃろ』と言っていましたが、どういう時がいざという時なのか、どうやって使うのかも教えて貰ってないんですよ」
安心なのか不安なのかわからなさすぎる。
「大賢者殿のもとで結構修行されたのですか?」
「そりゃもう一生懸命ですよ。皆さんに迷惑かけないように修行に明け暮れる日々でした」
「成果は上がりましたか?」
「ええ!まずは威力を落とさずに早く魔術を発動できるようになってきました」
高速詠唱か。魔法剣士の修練でもやる手順だな。
「狙いは正確になりました?」
「はい!以前に比べて格段によくなりました。前は発射方向が空中だったり地面だったり後だったりが年中だったのですが、結構な確率で前向きに発動するようになりました」
前……向き?
「だいたい半分は前に飛びます。なので威力を高めにすれば標的ごと吹き飛ばせるというわけです」
えっへん、なかんじに胸を張るリュタン。
うん、なんでコイツが人間爆弾なのかわかった。
僕の思った以上にコイツは雑な性格してるんだ。
魔術師やっちゃいけないレベルだ。
十王国屈指の魔力、赤ん坊並みの精度。めげない、ではなく懲りない性格。戦場になどとても出せない小心さ。死人がでなかったのは奇跡に近いな。
怪我人が出たことを反省しているものの、まったく活かされていない。
コイツ…ダメだろ。
「大賢者殿の制御式とやらがまともに機能することを祈るしかありませんね」
「はい?」
リュタンも追放歴が結構あるので旅慣れている。
復路においても結局一番乗馬が下手なのは僕だったりする。
メルレンも旅の経験はあるはずなのに、古の森に帰ってきたあとはいい具合に引き篭もってたんだろうなあ。
エルフはグレイエルフに限らず、引き篭もり適正高いヤツ多いからなあ。
登場するエルフはぶっちぎりで長命なグレイエルフ、これはほとんどが一人暮らしで勝手に生きている。
繁殖活動も運任せ。純血のグレイエルフはどんどん減少中。
しかし長命なので有名人が多い。
あとはウッドエルフ。森で狩りをしながら小規模~中規模の集落を作って住むことが多い。
中には月の森のように数十万の単位で小国を作り、支配階級、戦士階級、農耕採集狩猟階級というように社会を作っているところもある。
ロガランドのドミトリィ新王の右腕アンデーヴァ・フライヤーは月の森の戦士長出身だ。
他には山を主なテリトリーとするダークエルフもいる。
なぜダークか、それは色黒だから…
本人達はダークとは言わない。ヒルエルフと自称している。
あと別に迫害されてない。
さて、一人増えたということで補給単位が上がった。
路銀は十二分にある。
行きと同じ街で補給したかったのだが、消費ペースの変化に伴い補給地点を変更する必要が生じた。
まあ些事だ。
最初に寄る事になった街はモナスといった。
盗賊団と悶着のあったファークスの街からすると規模は三分の一程度か。特殊な物資も必要としていないので特に不都合はない。
適当に宿を取ってランベールとアル君に補給用の買出しを頼んだ。
部屋で所在なくしていると、ドアがノックされた。
「はい」
「メルレン様ちょっとよろしいですか?」
リュタンだった。
「どうぞ」
リュタンは部屋に入ってくると僕に手紙を見せた。
「これは?」
「はい。お師匠様がわたしの荷物に入れてあったのです。メルレン様宛です」
「なんでしょうね?」
僕宛ならば開封しても構わないだろう。ガサガサとあけてみるとオーベイの手紙は日本語で書かれていた。
『前略 メルレン殿』
ふざけろジジイ。
『リュタンのことだが、制御式の実地テストはまだしておらん。さすがにぶっつけ本番は恐ろしいのでテストを実施する。日時やタイミングは秘密だ』
この!
『なおユーザーに優しいメンテナンスフリー設計なので、テストといってもお主は見てるだけで準備はいらん』
「なにが書いてあるのですか?」
「あ、いやあ…」
『テストの結果は芳しくない場合はワシが行くので心配なく。では元気で。 かしこ』
かしこは女性の添え言葉だ!バカタレが!
「あのう……」
あ、手紙を丸めて投げつける僕を見てリュタンが戸惑っている。
「すいません。取り乱しました」
「お師匠様がなにか失礼でも?」
「んー失礼というかなんというか。リュタンさんに失礼してる気がします」
「わたしにですか?」
買出しから帰ってきたランベール、アル君を交え、すぐ出立できるような準備をするように指示した。
「どういうことですの?」
サラは説明を求めてきた。
「どうやら大賢者殿が無茶をしているようなのです。正直言って我々がいるとこの町に迷惑をかけるかもしれません」
「無茶?」
「ええ、でも内容がわかりません」
「リュタンさんのことですの?」
「そのようです」
リュタンは申し訳なさそうに目を伏せる。
「結局わたしは皆さんに迷惑をおかけしてしまうのですね。わたしなど崖から身投げしてしまえばいいのです」
うわあ…いやきっと反射的に魔術発動させて助かりそう。
「いやリュタンさんの魔力はアテにしています。大賢者殿の手筈なら間違いはないでしょう」
といいつつも不安だ。あのジジイはどうもマッドサイエンティストの雰囲気がある。
常識を知りつつも無視する、あるいは遊び半分で乗り越えるような。
そんなわけで僕達は騒動が起こったらすぐ逃げ出せるように、もとい、街の人々の安全を第一に考えてすぐ動ける支度のまま夜を迎えた。
それは夜半前のことだった。
うつらうつらしていると部屋の扉が激しくノックされた。
「メルレン様!」
ランベールの声だ。僕は無理やり覚醒する。
来たか!
ねぼけまなこのアル君を起こして宿の外へ出る。
街は慌しく眠りから覚まされようとしていた。
「状況は?」
「はい、どうやら怪物の襲撃のようです。まだ街からやや離れているらしいです」
街から距離があっても発見できて衛兵団では対処不能な怪物。
こりゃ難物っぽいなあ。
サラとリュタンが合流したところで騒ぎの方向へ向かう。
街の南側防壁には衛兵たちが集まっており喧騒に包まれていた。
「宮廷騎士団メルレン・サイカーティスです!責任者はおりますか!?」
現場の班長らしき衛兵を捕まえる。
「どういう事態なのですか?」
「はい!この街付近は怪物も少なくこんな事例は記憶にないのですが……」
「怪物?種類と数は?」
「物見の報告によると、ゆっくりとした速度ではありますが、食人鬼の群れが百以上森から街へ近づいてきております」
「応援要請は?」
「近隣に早馬を出しましたが、さすがに態勢を整えるだけの猶予は無いと思われます」
青い顔をしている。当たり前だ。
食人鬼は身長3mほどの二足歩行型の怪物だ。膂力が強く、知能は低い。
普通の兵士なら一体に対し前衛、後衛含め十名ほどで対応できる。しかし百体は酷い。
群れを作って組織的行動をするタイプではないので、自然界ではありえない現象だ。
ジジイてめえ脳沸いてんのか?テスト失敗したら街滅びるぞ!?
肉食で動物や人間を捕食する。ゆえに非常に恐れられている。襲撃された現場に居合わせたら、自分が生き残れたとしてもトラウマものだ。
「ご主人様、どうしますか?」
「大賢者殿の策がうまくいくことに賭けるしかありません。しかし、アル君、サラ、ランベールは衛兵団と街の人の避難誘導をお願いします」
「メルレンはどうするつもりですの!?」
「リュタンさんのフォローに残ります。もし大賢者殿の策が不発に終わった場合はわたしが魔術を使って撃退します」
いや、それは無理だ。さすがに食人鬼百体を相手にしたら逃げる以外の手はない。しかしこう言っておかないと心配するだろう。
「食人鬼はおそらく街へ侵入し物色すると思われます。可能な限り迅速に街の住民を北側に向けて避難させてください」
班長に指示。
「了解いたしました!」
くれぐれも自身の安全を優先するように皆に言い聞かせて街の南端へリュタンと向かう。
遠くでは喧騒が聞こえるが、周りは静かなものだ。
「メルレン様、この騒動ってひょっとして」
「うんまあそうです。おたくのお師匠様は過激なようですね」
「すいません…」
「大賢者殿のやることですから、きっと確信があるのですよ。期待してますよリュタンさん、もし失敗してもわたしがいますのでご安心ください」
「はい!ありがとうございます」
やがて地鳴りのような音が聞こえてきた。
どうやらご到着のようだ。
暗いためよく見えない。
吊光弾でも打ち上げようか。
「明星」
食人鬼の群れに向けて照明弾を打ち上げる。魔術的な光源を空中に静止させるものだ。
暗闇に浮かび上がった姿、百体ではきかなそうな大群だった。
「これはまた」
壮観ですね。と言おうとしたが、瞬間リュタンが抱きついてきた。
「きゃあああああああああ!」
あ、こいつビビリだったっけ。まあこれだけ食人鬼いたら普通ビビるけど。
「こわいこわいこわいこわい」
「リュタンさん!大丈夫です!とりあえず落ち着いて離れてください」
「無理無理無理無理」
わあああ。これはマズい。
さきほどの悲鳴を聞きつけて食人鬼の注意がこちらに向く。
オーベイ!失敗してる気がするぞ!
その時だった。
リュタンが突然弾かれたように僕から離れた。
「イージスシステム起動条件を確認。ただちに起動します」
え?い、いーじす?
リュタンの目が虚ろになっている。
「イージスシステムバージョン1.01起動。プログラムドバイ オーベイ・ファスハンディル」
ジジイ……、お前何読んでるの?
「目標捕捉、ターゲットナンバー割り振りを完了。標的数135。攻撃シークエンスへ移行。高度占位準備ー」
リュタンは詠唱を始めた。これは飛行呪文だな。
「浮揚」
リュタンは空中に静止する。
「攻撃デバイスを展開。拠点より転送開始」
これは何だ?いわゆる転送の術みたいだ。
空中に何やら小さな扉のようなものが現れる。それが開くと大量の紙が噴き出してきた。
紙は折り畳まれた状態から開いていき、そこには
「魔方陣!?」
種々の魔方陣が描かれた紙が舞っているのだ。
あ、わかった。
これがリュタンの魔力をオーベイが遠隔で制御する方法なのだ。
書物に対して魔術が特化されているオーベイが、リュタンに埋め込んだ術式を用いてリンクして触媒の代わりに大量の魔方陣を媒体にしてリュタンに魔術を行使させる。
魔方陣は法則性をもって配置され、それぞれが同調し巨大な立体魔方陣を組み上げていく。
膨大な魔力が感じられる。
「射撃諸元入力完了。第一波攻撃開始」
耳慣れない詠唱が始まり、魔方陣が輝く。
「標的1から12にロック。魔銛発射」
いま、ハープーンつったか!?魔弾みたいだったが、全然威力が大きい。
ドゴーン!
轟音を立てて食人鬼を文字通り粉砕する。
「命中。標的の撃破を確認。第二波攻撃を開始」
ドゴーン!
リュタンは次々に魔術攻撃で食人鬼を破壊していく。途中から取り乱した食人鬼は逃げ出しているのだが、魔弾と同じ属性らしく標的を追尾して必中する。
五分とたたず百体以上の食人鬼は跡形もなく消し飛び、森の一部もひどい有様だった。
「全標的の沈黙を確認。システムをカットします」
リュタンは空中から地面へと降り立ちそのまま意識を失った。
「リュタンさん!?大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄って体を揺すってみたものの、意識を取り戻す様子はなかった。
しかし…イージスとか…。
しかもこれ多分魔術のオーバーロードかなんかで気絶したんじゃないのか?
単体で行使するにはあまりにも大きい魔術量だったぞ?
気絶したリュタンをお姫様だっこして街中へと戻る。
まだ皆避難していて閑散としている。
あらためてリュタンを見てみる。
この子も僕が生み出した。まあさんざんな設定だ。
そして今僕の手を離れてさらにさんざんなことになっている。
申し訳ない。
なんか親が子供に迷惑かけるとこんな心境になるのだろうか。
……ちゃんと面倒みてやろう。
あとオーベイ。お前はもうちょっとなんとかなってくれ。
この話自体が破綻するだろが。
オーベイが無茶してすいません^^;
見捨てないでください^^;
お気に入りになるといいなあ・・・