第十一話 「大賢者」
もうすぐISOがくる・・・書類見直しが忙しい・・・
さて賢者とはいかにして定義されるものか。
文字通りでいくならば「賢い者」だ。
しかしそれでは基準があいまいで定義できない。
魔法使いと僧侶の呪文がつかえる、とかは禁止。
ビショップな場合もあるからね!
全知全能と神が称されることもあるが、神なんざ意外にできないことの方が多い。
あれだけ馬鹿だと全知すら怪しい……おっと。
一般の人からみてあり得ない知識量を蓄積している者が賢者である。
と、言い切ってしまう。
何人かはこのお話の中にも出てくるが、およそ人外の方法で知識を収集している。
たとえばカタラクのティルクーク・セルワー。
彼は生まれついての全盲ながら、あらゆる情報を常に精霊より受け取っているため、通常の人間には見えないものまで見えてしまう。
戦場の敵の配置なんか俯瞰で見れちゃうんだから普通負けない。
蓄積された知識も精霊達の王様みたいな存在から得てしまうため、恐ろしいほどの知識量となる。
ただ彼は賢者ではあるが賢者と呼ばれることはない。
精霊使い、神降しと呼ばれる。
知識を収集することを自身の目的とせず、自分や周囲に必要な情報を適宜得て利用しているからだ。
さて今僕らが向かっている千年森の大賢者、オーベイ・ファスハンディルはどうか。
おとぎ話から伝説まで、彼は一様に大賢者と呼ばれている。
何故か。
知識をためるだけためて満足して引きこもってるからだ。
知識による助言を求めて訪れる者にも冷たい。
他者が容易に近づけないように、いろいろ仕掛けをしたりする。
幻術で森の奥に向かおうとしてもずっと同じところを回り続けさせられる。仕方ないので引き返すと、ちゃんと戻れる。
どこから連れてきたのか古代竜が森に鎮座していて訪問者を指一本であしらったりする。
そんなにいやなら人が絶対来ないようなとこに隠れ住めばいいのにそうもしない。
たまーに会う。
きまぐれで会う。
自分が興味を持ったら会う。
そんな調子だ。
さてさて僕らにはどんな態度に出るのやら。
でも正直秘策がある。
所詮ファンタジー世界の賢者だ。
文明社会から来た僕にとっては所詮エテ公に過ぎない。
アル君に教えた初歩の数学や、ちょっとした化学の知識をひけらかすだけで食いつくに違いない。
「ヒヒじじい…ぷっ」
「ん?どうかして?メルレン」
「い、いえなんでもありません」
千年森の大賢者は気難しいが人に危害は加えない。
古代竜がいた時も怪我すらさせられなかったそうだ。
おまけにモンスターの類も姿を見せないので安全な旅だ。
旅のメンツは変わらぬ四人のまま。
ちなみにお漏らし坊ちゃんことグロウス・ドロアーはまだ精神に若干、結構?なダメージがあるようで、母親が呼びかけてもヒッと声をあげて怯えるのみでコミュニケーションが取れないそうです。
そかそか、まあ大人しくなって何より。
ダメなら去勢してやろうと思ってたのになあ。
こう手足縛り付けてから空刃と着火で…おっと。
個人的用事もさることながら、ヌクレヴァータ防衛の手段に関してもヒントが欲しい。
こっちの世界のことは僕より全然情報量が多いはずだ。
実際出てきてもらって、賢者的な方法で奇跡でもブチかましてもらえると助かる。
僕の魔術ではさすがに十五万の兵と千の魔術師をどうにかする手段はない。
「逃げる」一択だよな。
そういえば、僕はこの世界で死ぬとどうなるのだろう。
ゲームオーバーとかドーンと画面(?)にでかでかと表示されて気が付いたら元の部屋でしたー、という都合のいいことがあるのだろうか。
本物の死が訪れて、メルレンだけでなく来栖瞬も死んでしまうのだろうか。
もしPCデスクに座ったところに戻れるなら即自殺してもいいのだけど、リスクが高すぎて試せない。
まず第一に飛び降りも切腹も首つりも恐ろしくてできないよ。
リスカとか意味わからん。
だって痛いじゃんかよ!
脱線。
来たるべきヌクレヴァータ攻防戦で、できることなら多くの人を救いたい。
しかしその戦は必ず発生して、なんらかの形で大きな被害が出ることを、すでに僕は書いてしまった。
それを完全に回避するような方策を講じた時、この世界や僕にどんな影響が出るのかわからない。
もう一つは先程の僕の生き死にと関係あるが、その戦によって劣勢を挽回しようと奮戦し、僕が死んでしまうことも避けたい。
臆病と言ってもらっても構わない。
ただ、もしこの世界に僕が来たことに何か意味があるのだとしたら、それはきっと僕の死で贖われるものではない気がする。
じゃあなんだと言われてもそれはわからないのだけれど。
「メルレン様」
ランベールだ。
「なんでしょう」
「差し支えなければでよろしいのですが、大賢者にお会いになる個人的な用とはどのようなものですか?」
うん正直差し支えしかないな。
しかしオーベイに会って、なんと切り出したらいいのだろう。
『ぼくは異世界からきたので帰る方法を教えてくださーい』
ダメな気がする。
僕が帰れたとしてメルレンはどうなるのだろう。
消えてしまうのだろうか。
それとも記憶にあるメルレンの人格が戻るのだろうか。
何もわからない。
「すいません」
思わず謝るとランベールは慌てたように
「いえ、こちらこそ変なことを聞いてしまい申し訳ありません」
「なんというかうまく言えないのです。大賢者に会ってもうまく言えるかわかりません」
「メルレン様は大賢者の話を耳にしたことはありますか?」
「ええ」
そりゃ僕が書いたのだもの。
「大賢者が何故そう呼ばれるのか。それは全てに限りなく近しいことを知っているからだと聞きます」
「全て、ですか」
「はい。全てです。それはこの世の知識を束ね続けたがゆえに至った境地、彼は過去のことのみならず、未来のこと、そして人の心さえも知ると聞きます。それゆえに大賢者と呼ばれると」
オーベイ、僕の話では実際に登場するのは一度きりだ。
会話や噂、回想には何度か登場する。
しかし性能がずいぶん盛ってるなあ。
プチ神レベルじゃないか。けれど…
「それも噂、ですか?」
「ええ、わたしも実際にお会いしたことはありませんから」
無論もう一つの用事も口には出せない。
なぜイダヴェルによる侵攻をはっきりと知っているのか、それを説明できない限りは信用されまい。
千年森。
この場合の千年は比喩だ。
永遠とか人間には計り知れない長い時間、という意味の千年だ。千年王国とかと同じだな。
千年かけて育った森という意味ではあるが、実際は軽く数千年だ。
ここに住んでる大賢者が三千歳なのだ。森の方が年下でどうする。
そう名づけられるだけのことはあり、昼なお暗い。鬱蒼としている。道なんかありゃしない。緑の迷宮だ。
大賢者はこの天然の要塞に立て籠もり、自分の気分や都合次第で来客を一方的に選別しているわけだ。
会う方法はただ一つ、「オーベイが会う気になること」だけだ。
どうやって偏屈の気をひいたものか。
過去の傾向としてはおだてても、逆に森を焼いても失敗した例がある。
大声で褒めた訪問者は案の定無視されていたし、森を焼いた奴らは当然ひどい仕返しをされた。精神を病むような仕返しを…
あちらは訪問者に基本興味を示さないが、何でも知ってる大賢者様ではあるので、こちらの来訪にはとうに気づいているはずだ。
特にアピールは必要ない。いや念のためアレ出しとくか。
暇を見つけては書き溜めている、この世界での日記(日本語版)と未記入のルーズリーフ、シャープペン、消しゴムだ。
「ご主人様、それはなんですか!?」
ま、当然食いつくよね。
「これは、わたしが研究していた黒鉛と粘土を使ったペンと新しい紙です。大賢者がこれに興味を持ってくれたらいいなあと思いまして」
「たしかに初めて見ます。紙もスベスベでとても白いですねー」
アル君は日本語を見て首を傾げる。
「ご主人様、この文字はなんですか?まったく見たことがないのですが」
「これは特殊な言語で、そうですね、神代の文字とでもいいますか。これはわたししか読み書きできないので、内容を秘密にできるのです」
「ご主人様だけ!それはすごいです!一体なにが書いてあるのですか?」
「内容は単なる日記ですよ」
これに食いつくか、僕の用件に食いつくかわからないが、異世界からきて異世界に帰りたいという用件はきっと賢者のハートを鷲掴みに違いない、と思う。
案の定、というかあっけないというか、半日ほど森を進むと一本道で迷うこともなく大賢者の家についた。
こじんまりとしていて普通の一軒家だ。
門や柵があるわけでもなく、なんかウエルカムな雰囲気だ。随分敷居低いな。
僕たちは馬を馬留めに繋ぐ。
えっと、どうしようかな。
「あっさりつきましたわね」
「そうですね」
「大賢者オーベイはわたくしたちを歓迎しているということですわね」
サラも身構えていたらしく拍子抜けした様子だ。
僕ら四人は入口のドアへと向かう。
コンコン。
ノックする。
「大賢者オーベイ殿のお宅と存じます。突然の訪問をお許しください。無知なる我らに教えをいただきたい」
沈黙。やがて
「エルフだけ入ってまいれ。後は外で待て」
あまりしわがれた印象はない、よく通る声。僕らは顔を見合わせる。逆らって得はないだろう。僕は頷くと一人でドアを開ける。
「失礼しまーす」
中は書物の山、ではなかった。
がらんとした室内に木製のテーブルが一つ。その上にはシンプルな燭台が一つ。向かい合わせに椅子が二つ。奥の椅子には老人が座っていた。
痩身長躯。髭は長いがよく整えられ、髪は総白髪で白い三角帽子に綺麗にしまわれている。
一般的「魔法使いのおじいさん」イメージからすると随分とスマートで身なりも綺麗だ。
目つきもどちらかというと鋭く、切れ者の司祭のように見える。
エルフ独特の美意識を未だに残すこの老人こそ、大賢者オーベイ・ファスハンディルであった。
「はじめまして、古の森のグレイエルフ、メルレン・サイカーティスと申します」
床に膝をつき頭を垂れた。
「不躾な願いをお聞き入れくださり感謝いたします」
オーベイはじっと見ていた。やがてふんっと鼻を鳴らすとつまらなそうに言った。
「ワシを舐めておるのか?」
「は?」
思わず顔を上げる。
オーベイは片肘をテーブルにつくとこちらを見ていた。
「ワシを舐めておるのか?と問うておる」
「申し訳ありません、浅はかな身なればおっしゃる意味がよくわかりません」
どういうことだろう。
心が読める、という噂だそうだ。
ということはこちらの訪問の意味がわかっている、だから無駄な前口上など必要ないということか?
それとも単なるカマかけか?
どうにも掴みかねて黙っていると、オーベイはしばらく黙った後に突然話出した。
「イマジン」
「!」
それはこの世界の言葉ではない。
耳慣れた世界の言葉だった。しかもimagineではない、イマジンと発音したのだ。
「想像せよ
宇宙は美しく完璧であると
預言者は君達よりもうまく
それを想像するだけである」
リ、リチャード・バックの「イリュージョン」だと!?
僕が好きな本……。
「それはほとんどの場合、計算のための用紙として使用される。
しかし、もし君が望むなら そこに現実を書き込むことが可能だ。
意味のないこと。嘘。
何でも書き込むことができる
そして、もちろん、
破り捨てるのも自由だ」
間違いない。イリュージョンだ。救世主と人間のお話。僕が衝撃を受け、物書きを志すことになったきっかけの一つ…。
オーベイ。
こいつは僕が作った。
この世界も僕が作った。
なのに、なぜこいつは……
「あんた一体、何者だ…」
オーベイはそれまでの仏頂面をやめてニヤリと笑った。
「お前はそれをよく知っているではないか」
そうだ。知っている。そのはずだ。しかし…
「だが、知らんこともある。不思議だ」
まったくその通りだ。
「お前は白い紙を持っている。そこに全てが書き込まれる。しかしそれはまた全てではない」
謎かけのようだが、真実だ。僕の物語は僕の書いたものが全てだが、書かれていないことも多い。書かれていないことを繋ぎ合わせなければ世界は成り立たない。
僕がこの世界を作った。
いわばこの世界にとって僕は神のようなものだ。
この世界の出来事を作り出し、行く末を決める。しかしまた一度生み出した出来事を容易に変える様なことはできない。
生み出した物語を出版し、人の目に晒した時点で物語は虚構から現実へと変わる。
破り捨てることは僕にはできない。
書き換えることはできないのだ。
しばらく放心していた。
オーベイもまた無言だ。
その時唐突に一つの考えが浮かぶ。
この世界は僕が作った、のではないとすればどうだろう。
なにか造物主のようなものがこの世界を作り、ただ僕はそれを覗き見る機会を与えられただけだとすれば。
それなら納得がいく。
その造物主のようなものが僕をこの世界へと引っ張り込んで何かを見せようと、させようとしているのではないか。
「生み出すこと。見ること。その違いにどれほどの意味があろう。ありはしない同じことだ」
そうなのか?同じこと?違うのではないか?
造物主がいたとして、僕やオーベイの考えの及ばないものだとすれば、僕の頭の中にこの世界のことを映し出すことができるとすれば……
それは僕が考え出したことと区別がつくのか?
誰もそれを解き明かせないのであれば同じことなのか。
オーベイはニヤリと笑ったまま僕を覗き込む。
「お前の問いにワシは答えられぬ。だが、お前の紡ぐ物語が結ばれる時に望む結果がもたらされるのではなかろうか、とワシは想像する。なんの根拠もないがな」
これがオーベイの答えか。僕がどうやって異世界から元の世界へ帰るのか。
メルレンの物語を完結させろというのか。
……いいだろう。
どうせそれしか方法がないのなら。
「さてとついでだ。お前のほかの疑問について答えてやろう」
他の疑問?なんだっけ。
僕の心は麻痺していた。
「お前がこの世界で死ぬとお前は本当に死んでしまうだろう。帰る算段がつかぬうちに肉体を失えばそれは霊魂と同じではないか。お前は霊魂のままこの世界を永遠に彷徨うだろう」
ぶるっと怖気をふるった。ある程度予想はしていたが、本当のことだと言われると急に恐ろしくなる。
死んだら死ぬ。なんか当たり前のことだ。
オーベイは少し考え込んで、
「あとは戦乱のことじゃったか。お前は趨勢が見えているはずだが、それは事実として曲げられぬ。事実が曲げられぬことはお前も充分理解しておろう」
その時になってようやく僕は久々に言葉を発することができた。
「ああ」
「お前が把握している通りで正しい。世界と物語を欺いてやればいい。それがお前の望む結果に近づく道じゃよ」
言わんとするところはわかった。
物語で描かれていない部分こそが今の僕にどうにかできる部分だということだ。
しかし
「何者なんだ…」
もう一度口に出てしまう。
「ワシはその名の通り賢者さ。知ることに全てを注いだゆえ知りうることのあらかたを知る。しかし知ってもそこへ手が届くことはない。知るだけだ。古代魔法王国の魔術を知るが、その手順を実行できないことも知っている。なんの役にも立たん」
「では未来もやはり知っているのか?」
「知っておるとも」
当然というように頷く。
「物事のありようは決まっておる。未来はその流れの先に過ぎん。じゃがそれはお前を含めたほとんどの者は知らん方がよい、ということも知っておる。絶望しか未来になければ生きてゆけぬじゃろうし、望む未来が待っているとすれば誰も努力などせぬだろう。それは最終的に非常によろしくない結末へ到る」
「賢明だな」
「賢者相手に何を言うか」
ぐったりだ。
チートは主人公ではなく大賢者か?w
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