第三話 異世界では二つ名が存在するらしい
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異世界では二つ名が存在するらしい。
世界とは自分とは無関係に時間が進んでいく。
それは真理というものだ。
だが、そんな事分かりきってる俺でもこの時ばかり困った。
うーむ、困った。
奏は俺に抱っこされたまま寝た。それまではいいとしよう。
しかし、その先は大事である。何とか奏の部屋まで来てあとは奏をベットに寝かすだけなのだが奏が俺を離してくれない。
「どうしたものか。俺も眠いのだがな」
しかし困った。非常に困ったぞ。
奏ははっきり言って可愛い。そんなのをずっと抱っこしていたのだ。さすがに限界が近い。
このまま俺も寝てしまおうかとも思ったがそれはそれで困ったことになりそうなのでやめた。
こうなったら起こすしかないのか?
俺は奏の顔を見る。
ダメだ。起こせない。
奏の寝顔がとても気持ち良さそうなのに起こすなんてことは俺にはできない。
だが、このままでは俺が寝ることはできない。
困った。
非常に困った。
「もう、限界、だ。俺も寝よう」
俺は感念して奏と一緒にベットに入ったのだった。
朝の目覚めは悪い方だ。
低血圧には勝てない。
「ほら、早く起きて」
俺の体を揺らす力が伝わってくる。
もちろん奏であろう。
「すまん。俺は朝に弱い。もう少しだけ……」
「もう! 早く行かないと二つ名所有者新人大会に遅れるよ?」
なんだよそれ。高校の総体みたいなものか?
生憎、俺はそう言うのに興味ないんだ。
「は~や~く~!」
奏の声が頭に響く。
ああ、うるさい。
「わかった、わかったよ」
俺はそこで渋々起き上がる。
うっ、太陽が俺を攻撃してくる。
奏はもう準備万端と言った格好で立っていた。
「お風呂に入って、ご飯食べて、着替えて行くよ」
はあ。
俺はため息が出た。
それから俺は奏に言われた通りに仕度しクローゼットを潜る。
そこは昨日とは違い賑わっていた。
「ほらほら、早くしないから始まってるじゃん」
だからどうしたと言うんだ。
俺は非常に眠いんだぞ。主にお前をどうするかで迷っていて寝られなかったのが原因だ。
「大会って何するんだ?」
俺はあくびを噛み殺しつつ聞く。
「えっと、その人によっていろいろだよ。戦いがいい人は戦いに、知恵比べ、あ、イケメン大会なんかもあったような」
なんか、全部どうでもいいようなものだな。
「それにね。この大会で勝ち進むとお金がもらえるんだよ。もちろん自分たちの世界でも使えるね」
なるほど、つまり家の財政が悪いから俺に勝ってきて欲しいということか。
「どれくらい勝てばいい?」
俺は諦めたように奏に質問する。
「とにかくたくさん。お金はもらって悪いことはないからね」
俺は再びため息をして歩き出す。
「そういえば俺の二つ名ってなんだ?」
歩きながら俺が問うと奏はニコニコした顔で俺を見る。
「荒木くんにぴったりの二つ名だよ」
そう言って肝心な二つ名を教えてくれない。
「へい、そこのカップル! この大会出てみないかい!」
調子のいい青年が俺たちの前に立ちふさがり一枚の紙を突きつける。
「ボクシング?」
奏が字を読むと笑顔で俺を見つめる。
ああ、きっと俺はこの顔に弱いんだろうな。どうしても断れなくなる。
「はあ、いいよ」
俺は奏の笑顔に負け許可を出す。
そのままどこぞのグラウンドに連れてかれた。
『赤コーナー、東出身二つ名ファイター! 青コーナー、異世界出身二つ名全てを捨てて最強になった者!』
なんだか、イタイ。
俺の二つ名痛くないか?
まあ、捉え方によってはそうなるかもしれないけどさ!
もうちょっとオブラートにしようよ!
俺は涙を流しながらリングに立つ。
相手は俺の二つ名が気に入らないのか怒った顔をずっと向けていた。
「ファイトッ!」
レフェリーが言うやいなや敵が俺に向かって突っ込んでくる。
アッパーが俺の顎を掠めた。
「がはっ」
だが、倒れたのは俺じゃなく敵だった。
全体が静かになった。
たぶん俺以外何が起こったのかわからないだろう。
説明するなら、アッパーのカウンターをしたんだ。
ただ、それがハイスピード過ぎて見えてないと思うけど。
「し、勝者、全てを捨てて最強になった者!」
ワンテンポ遅れてレフェリーが慌てて叫ぶ。
会場内が歓喜の声で揺れた。
「あー、うるせぇ」
俺は両手で耳を塞ぎ保護する。
すると一人の男の叫び声が聞こえた。
「れ、冷血だぁぁぁぁああああああ!!」
冷血?
疑問に思ったがその答えはすぐにわかった。
「きゃあぁぁああああ!! 冷血の奏だわぁぁぁぁあああああ!!」
俺の視線の先には奏がバツが悪そうに座っていた。それを中心に周りの客が逃げ惑う。
「あ、あはは。参ったなぁ」
俺は奏のところまで向かい。状況説明してもらうことにした。
途中、客が危ないよとか、死んじゃうよとか言って止めたがそんな心配はいらないのだ。
「なあ、なんでみんなお前を恐れてんだ?」
普通に近づくと周りの客は悲鳴を上げた。どうやら、その人の中では俺はもう死んでるらしい。
「あ、あはは。私にも若かったときがあったって事だよ」
俺は呆れ果てリングに戻った。
なおも試合は続いた。
客席は奏の半径三メートル内には誰もいなかった。
俺は順調に勝ち進み決勝も一発で終わらせた。
「やったねぇ。これで当分家計が何とかなりそうだよ」
「あと、どれだけ勝てば楽になる?」
俺はそんなことを聞いていた。
「たくさん。もっと勝ってくれれば。一回だけなら荒木くんの言うこと聞いてあげるよ」
そうか。別に奏に言うことを聞いて欲しいわけじゃない。
ただ、俺はお前の笑顔が欲しいんだ。
そのあと合計30もの大会に出た。
そして、どれも勝ってきた。
強敵なんてものはいなかったし、俺と渡り歩いた者もいなかった。
故に俺は飽きが来ていた。これは俺の悪い癖だ。飽き性なんだ。
「いやぁ。儲かった儲かった! 荒木くんには大助かりだね!」
だが、そんな飽きは奏の笑顔で吹っ飛んだ。
はあ、俺はどれだけ奏に恋心を抱いているんだ。まだ、会って二日だぞ?
「じゃあ、これは頑張った荒木くんへのご褒美だ」
そう言って俺の頬に柔らかいものが当たった。
「お、おま――」
「へへぇ。安心してよ。それ。私も初めてしたから」
そういう問題じゃないだろ。なんでいきなりキスなんだよ。
「それにしても嬉しそうだねぇ。そんなに私に惚れてたの?」
ニヤニヤと小突く奏。
「……」
反論できない俺がいるのに泣きそうになった。
「あはは。荒木くん可愛い!」
俺は小っ恥ずかしくなり天を見た。
まだまだ始まったばかりの日差しには未だに体中を駆け巡る。
そう、まだまだ始まったばかりなのだ。今日も、俺たちの関係も。
これからどうなるかは明日考えればいい。今はこいつと一緒にいられるんだからそれでいいんだ。
奏が俺の手を引いて走る。
俺はいつものようにされるがまま走った。
奏は振り返り何か言った。だが、それよりも俺は奏の笑顔の方が大切だった。