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第三章 敗北が約束された戦争

第三章 


長い間、馬車に揺られて、やっとのことで旧ベチット共和国についた。

科学の民がこの場を不毛の地にしたようにみせかけるためこの地には何も無かった。

ただただ、不毛の地がつづいているだけ。

不毛の地の中に一つの扉がある。そこに案内した案内人は、そこで姿を消した。

一つの扉しかない。その扉を開くとそこは豪邸だった。

きらびやかな装飾。立派な銅像。そこは戦争とはかけ離れたものでいっぱいであった。

装飾の陳列を過ぎての大広間。そこには、勲章と老人たちが居た。

私と胸次郎は着席すると老人達からの質問に合う。

明らかに、侮蔑の表現で。


「貴君は、対戦国の科学者というものであるそうだが我らの軍とくらべてどうかね?」

私は答える。

「我が軍を構成しているのは、ドラゴン一〇〇〇体とペガサス一〇〇〇体。そして強化槍二〇〇〇本。爆裂札一〇〇〇〇個ほどでしょうか?まったくもって話にもなりません。敗北は必至です」

「ほう、なぜかね?」

「こちらの人数や武装がどんなものだとしても、相手は化学兵器や核兵器を使用すると考えられるからです」

「それは、何かね?」

「一滴でも肌に当たったら即死する液体と、半径三〇kmすべてを無にする火力です」

「では、どうすべきだと思うのかね?」

「この地にくる軍隊をこさせないようにすることです。あなた方が攻め入るはずのエネルギーがあればこの地に軍隊は来ません。それで回避できます」

たちまち笑い声がとどろく。

「きみぃ。分かっているのかね。一滴にでも肌に当たったら即死する液体を彼らはどうやって制御するのかね?半径三〇kmすべて吹き飛んだら使った軍隊そのものも壊滅してしまうぞ」

他の老人は言う。

「もし、その話が本当でも我々には隕石兵器や多くの加護や福音、さまざまな禁呪もある。それらの火力には決して敗北はしない」

ダメだこいつら。話にならん。

「火力では対抗できても、敵がそれらの兵器を使った場合どうやってそれを防ぐというのですか?この世界には化学防護服も核シェルターも無い。なによりも汚染に対する知識が皆無だ」

一人の老人が、苛立ちを隠さずに私に告げる。

「なにを言っている?それらを考えるのが貴様の役目だろう?」

おいおい、マジですか?

「無理です。魔法は破壊力と比例してマナが必要なため限界がありますが、科学の技術は破壊力と資源量は比例しません。僅かな資源で致命的な破壊と汚染は容易なことです」

フッと失笑をする老人達。

「君は、魔法のことはよく分かっていないようだな。魔法では基本的にマナと破壊力は比例するが、世界の作用に対しての破壊力とは比例しない。つまり、マナを使えば時も止められるがそれに伴う効果は果てしない。つまり、魔法は効果とマナの使用量は比例しないのだ」

「では、あなた方の作戦を教えてください」

「簡単だ。来たら最大火力で叩く。どうせワラワラと時空の穴から出てくるのだろう?」

違う老人は言う。

「そうだ。いきなり何千という大群が来るわけではない。来たところに最大火力で叩き続ければ相手は必ず退却する。そして、奴らが死ねばまたマナが補給される。そう、この戦いはマナが穴から這い出てくる福音だよ。喜びたまえ」

また、笑い声がこだまする。

「そうだ。万一、悪魔すら力を貸さない兵器で我らが敗走したとしてもこの地にはチミラー聖地がある。そこには多くの植物呪が聖地を守っている。そこでは我らは無敵だよ」

無理だな……

このくらいの策は普通の人間なら思いつくし、普通の人間ならこれに対抗する作戦で行く。私なら、時空の隙間に時限式核ミサイルを十発は撃ち込む。そして、一度時空を閉じて爆発させる。

そして、戦場を広大なさら地にしたあとに軍隊を展開しそこを拠点とする。

戦闘行為は一切行われない。ただの死体すら残らない。

あるのは、無常のさら地だけになる。

私はその惨劇を正確に予想できた。

発言をしなければ、発言しなければ、無駄な死が積み重ねられる。

そのとたん、老人達は起立した。

そして、言い放つ。

「解散」

と。


この時点で、戦争は敗北した。

 誰もいなくなった豪華な会議室。私と胸次郎はポツンと残された。


もうすでに、私は身の保身を考えたほうがいいかも知れない。

ダメだ。どうやっても勝てない。いきなりの核攻撃や化学兵器を防ぐすべなんかあるのか?

茫然自失としている私に胸次郎は声をかける

「なんだ、あいつら。こちらの言うことはまったく聞かないで……」

「それが、よそ者に対する礼儀だと思っているのだよ。奴らはたとえ私が必勝法を述べたとしても決してそれは採用しないだろう。彼らにとって勝つよりも大切なことは発言権を得ることなんだよ」

「なら、なんでミーレは俺達を戦場に送り込んだんだ?」

「それでも、なんとかすると思ったか。それか厄介払いか」

「そこまで予想できてなぜお前はこの話を受けた?」

「ここにいないと、壮絶な引き分けになって人類は滅亡するぞ。知ってしまったものの責務だ」

「なんで、それがお前なんだ」

「私は不幸なことに天才だからだ。天才じゃなければこんなことに巻き込まれるかね。私の幸福は家に引きこもってネトゲとギャルゲーを楽しむことだ。ただ、天才のせいでそれはできないのだよ。目の前で死に行くものを救える方法があればお前だって救うだろう?」

「それはもう……」

「それがたまたまでかいのが我々だ。私が引きこもってネトゲするのは人類滅亡を防いでからだ。誰かがいないとネトゲもつまらんだろ」

「なるほどな……ところで、対戦国はどこなんだ?」

「確実に中国だ。時空の移動ができるとすれば陳くらいなものだからな。戦争するためだけに一国を滅ぼすことを躊躇無くできるのも陳くらいなものだ」

「あのデブか……緑太郎、その舌先三寸で陳の戦闘行為をとめられないのか?」

「一国を滅ぼしてまで得た戦争の権利だぞ。奴が手放すものか」

「お前は言っただろう。戦闘を行う時点で敗者であると。真の勝者は戦わずに勝つことだけを考えると、お前はまだ勝者への行動を起こしていないのではないか?」

私は驚いて胸次郎を見た。ここまで賢くなっているとは……

「まったくだ。ちょいと電話して脅しておく。それでダメなら逃げるか」

「その判断は電話の結果から考えるのがお前だろ。常にハッタリだけでここまできたの忘れたのか」

「へいへい」

私はやる気無く答えた。

しかし、正直一年半でここまで賢くなるとこれから私の知識を超えるかもしれないな。

だが、半端な知識をつけると必ず不幸なことを自ら起こす。

それは、本物の知識を身につける上で必須のことなのだが今やられると本当に困る。

今しばらく、注意して見守らないといけないな。

「おい、胸次郎。ちょっと部屋を出てくれないか?」

「またか。何でだ?」

「決まっているだろう。デブとの会話は他人に聞かすには忍びない」

「俺はまったくかまわんぞ」

「……しょうがない。絶対に音を立てるなよ。交渉は一人で行うのが基本だからな」

「分かった」

私は愛用の携帯電話を取り出した。

しんと静まった大きな会議室。ゆっくりと陳に電話をかける。

かかった。デブだ。



「ようデブ体重三ケタ維持おめでとう」

「もしもし。なんだ、骸骨男か。なんのようだ?この世界から消えたんじゃないのか?」

「そっちも順調に太っているようだな」

「ただの世間話なら切る」

「私が言いたいのは戦争準備ご苦労様ということだ」

「ほう、現状の説明をしてもらおう」

「お前の相手は私ということだ。魔法世界の防衛を頼まれた」

「ファッハッハッハ!この世界から逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた果てが戦争屋か。ならば、最初からわしとともに戦えばいいものを!!わしとお前と胸次郎だけで世界は掌握できる」

「イレミとヴィナも忘れるなよ」

「……チッ。知っていやがったか。奴らのも最高だぞ。災厄の強さとありえない魔法を持っている」

「さて、用件はただひとつだ」

「奇遇だな。わしも貴様に一つ用件がある」

私と陳は同時に同じ言葉を言った。

「降参しろ」

「降参しろ」

私は続けた。

「貴様はなぜそこまで、この世界で戦いたがる?こちらの世界は人の死がそのまま力の源になる。わざわざエネルギーを調達させる必要はないだろう。ここは手を引け」

「そうだよなぁ。お前がそれしか言えないのもよく分かる。わしが確実に勝とうとしたら核ミサイル十本ほど飛んでくるのが目に見えているからなぁ。どうやって、防げばいいんだろうなぁ。わしにはわからんよ。だが安心しろ」

だめだ。こいつが相手だと手の内が読まれている。

「安心?」

「そうだ。核を使えばおまえの言う勝利などたやすい。しかし、お前とわしでは勝利条件が違う」

「ほう、なぜそこまでしゃべる?」

「同期だからさ。わしの勝利条件は同胞が全滅することだ。人が死んで死んで死んで死んで死にまくってもらわないと困る。だから、貴様もがんばれ。応援しているぞ」

「ちょっとまて!お前はなにを言っている?」

「我が中国には、もうまともな人間などいない。すでにほとんどが石油を食料とした石油人間だ。つまりだ。もうその食料である石油が切れたのだよ。石油人間二〇〇億はすでに死ぬしかないのだ。ならば最後に使い捨てるしかないだろう?そして、世界に広告を打つ。丸腰の人を殺して殺して殺しまくった果て無き悪魔。未知なる恐怖の技術、魔法。我が人類は全力を持ってこの未知の技術を操る悪魔と戦わなくてはならない!ほらほらほらほら傑作だろう?そして、殺された人はすで十億人と捏造する。みんな悪魔と戦うために戦争する。戦わなくては殺されるのだから。皆、国のために人を殺す。友のために人を殺す。家族のために人を殺す。美しいぞ?だまされて殺されるのだから、非常に美しい惨劇が見られる。そして、世界に魔法世界という桃源郷の証明ができる」

「こらデブ、公式では貴様の国の石油はあと三十年持つのではないのか?」

「それを信じているのは一般大衆とお前だけだ。本来なら資源切れで今年中に世界に対して宣戦布告する予定だったのだが、いい具合に未知の相手が増えた。ありがとう。安心して資源を使い切られる」

「そこまで資源がなくなったのか?私がいたころはまだ十年は持つはずだったぞ」

「そこまでバカになったのか?内部情報すら捏造だ。誰がどうやって真実を言うのだ?もう、我々は奪うしかできない。そして、すべての採取しつくした地球にすでに文明を支える力があると思うのか?」

私は、少し息をついて呼吸を整えた。もうこいつと話しても無駄だ。むしろ、私の動揺だけが伝わる。最後に、恐怖や動揺がまったく無いことを伝えなければならない。

伝える言葉はお礼の言葉。この言葉だけで動揺も恐怖も伝わることなく余裕を持って会話を打ち切ることができる。

「では、今から戦争の始まりだ。そして、マナの供給ありがとう」

「利害の一致を心から感謝する。それでは、楽しんで我が軍を虐殺してくれ。とりあえず一億は用意しておいた。もちろん必要最低限以下の装備はしておいてある。もちろん、どの兵も愛国心あふれる立派な兵士だ。そして、国のためにと必死で戦ってくるぞ。まぁ、別に勝っても別に困ることはない。同胞の血にまみれたすばらしい宣伝になってくれることは間違いないだろう」

一億の歩兵……考えただけでめまいがする。

「最後に、なぜ降参を勧めた?」

「お前がいいそうだから。魔法の兵器を楽しみだな。世界を魅了する美しい戦場劇を期待しているぞ。そうそう、お前は巻き込まれて死ぬなよ。まだお前の発明はわしにとって必要だからな。ファッハッハッハ。では、またいつか会おう」

電話が切れた。ダメだ。あいつ昔より危ない。どうすれば人を殺せるか。このことしか考えていない。資源がどうのこうの言っていたがあれは、人を殺すための理由にしか過ぎないな。もっとも、昔は私も人のことは何もいえなかったが。

陳……ここまで、落ちざるを得ない状況になっていたことを心底哀れに思う。

たしか、過去の中国は人口が限界まで爆発した。そのとき新たに油田が発見された。中国政府はそこから精製できる石油を食料に出来ないかと考え出した。人が一日に必要な二五〇〇キロカロリーは石油に換算すると本当に僅かな量で生きていくことができる。そこで、あの国は人を石油でしか生きていけないように改造し始めた。

貧しい民衆は、食料が無く飢餓しか待ち受けていない未来よりも、石油という食料が保証される未来を選んだ。それが、共産党から本当に逆らえなくなることを示していても。

そして、その後中国からは食料問題が消え爆発的に発展をした……

全ての田畑は工場となり、中国は世界の生産地でかつ世界の消費地として世界経済の発展に大きく寄与した。

現時点、すでに食料であり産業の血である石油はすべて尽きたということか。

一年半前、私が逃げるときはまだ間違いなく十年石油が持つはずだった。

おそらく、やつの言葉からそのデータは下のものが捏造していたのだろう。

責任者として狂うに値する状況。すでに、二〇〇億人の石油人間の処理しか奴の頭に無かったのだろうな。


胸次郎が聞く。

「交渉はどうだ?」

「聞いてのとおり、今回の戦争はただのコマーシャルに使われるだけのようだ」

「コマーシャル?」

「ああ。世界はそう簡単に一枚岩にはならない。それぞれの国の事情があるからな。しかし、それでも一枚岩にする方法がある。それがコマーシャル、つまり宣伝だ」

「みんなに戦争がどれだけ優位か教えるというのか?そんなのにだまされる人間はいないだろ」

「頭を使え。科学世界が資源環境共にもうダメなのは周知の事実だが、今までそれを必死に隠してきた。状況証拠はたくさんあるが、明確な証拠が何一つない状況だ」

「そりゃ、本当のことを言ったら暴動がおきるだろうからな」

「そして、今度は本当のことを言い出す。今の資源と環境ではもって三年だと。これは事実だから説得力はある。そして、ちょうどわが世界に侵略者が現れるのだ。そして、その侵略者には沢山の資源と環境をもっている。そして、その侵略者が同情の余地もないただの破壊と殺戮の悪魔だとする。人はどうすると思う?もうすでに、毎日毎日すべてのマスコミが悪魔の行為を宣伝しているぞ」

「……戦争したがるだろうな」

「そして、まだその悪魔が無限の土地と資源を持っているとは思っていない人間も沢山いるが、今回の戦争で土地と資源と環境があることが発表される。そして、同時に悪魔の残虐さも。ついでに、今までの職務怠慢も悪魔のせいにして、今の政府には何も瑕疵はなかったように振舞う」

「……では、俺達はどうすればいいのだ?」

「今は、もうどうしようもない。過去の例として、二〇〇四年の歴史ではアメリカは同盟国だったイラクのネガティブキャンペーンを三週間行ってイラクに戦争をしかけた。今回は何ヶ月ネガティブキャンペーンを張るだろうな……」

胸次郎は会議室のイスを激しく蹴っ飛ばした。イスはとたんに粉々になる。

「なぁ、緑太郎。なんで怒らない?ここまで人がコケにされてなんでお前は怒らないんだ?」

「感情では物事は進まない。必要なものは情報とそれを加工する知恵だ」

「だめだよ。緑太郎……俺は先に怒りと悲しみが先に来るよ。……これは酷すぎる」

「それが正常だ。誇れ。だからヴィナはおまえにほれたのだ」

「なぁ、俺も戦っていいか?絶対に足手まといにならない」

「ダメだ。お前がいなければ誰が私の身を守ってくれるのだ?ちなみに、この私は必ずこの戦争を講和に導くぞ。愛すべきネトゲとまだ作られてもいない未来のギャルゲーのために」

「人類のためと言ったならウソとわかるが、ネトゲとギャルゲーに関してお前はウソ付かないからな。分かったよ」


そして三日後、敗戦が約束された戦争が始まった。


私と胸次郎は核攻撃に備えるため戦地を山で挟んだ平地に待機をした。

陳は、核を使わないといったがあれは偽りの言葉である可能性が高い。

現時点で、私は陳の敵だからだ。そういった意味で、陳の言ったことは全て信用できない。陳がここに攻める保証も無い。

事実は、ここの時空のゆがみが異常になってきているということだけだ。

一〇月一日正午。景色がゆがみ、色が削られた。時空の隙間が開いた証拠だ。

「胸次郎、攻撃音は聞こえるか?」

地面に耳をつけた胸次郎が答える。

「ああ。マシンガンの音も、魔法攻撃と思われる音も聞こえる。核関係の音はないな」

「核攻撃があれば、私でも分かる。人数は?」

「人が沢山だ。本当に沢山でてきた」

「このご時勢に人海戦術は中国しかやらない。これなら、陳の言っていたことは真実だろう。山登るぞ」

「行くのか?」

胸次郎は山というよりガケを指さす。

懸垂すらできない私には到底無理な光景があたりに広がっていた。

「ムリ。ムリすぎ」

「だから、体を鍛えろって言っただろう」

結局、胸次郎におぶさって山を登る私。非常にかっこ悪いがこれも人類滅亡を防ぐためだ。仁義のためには助手に苦労してもらわないと。

「なぁ、バナナ忘れたから拾ってもう一度上っていいか?」

「ダメだ。お願いだから指一本で体支えている状態でくつろがないでくれ。死ねる」

「落ちても俺は生きている」

「だが、落ちたら私は逝くぞ」

「本当か?試していいか?」

「むしろ、死なないのはお前だけだ」


山を登ると、そこは惨劇だった。

声が聞こえる。声というよりも叫びが聞こえる。叫びというより嘆きが聞こえる。


「自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!自由!」

兵士は、隙間の先には理想郷があると教えられていたのだろう。兵士の顔には希望が見える。だが、待っているのは……

時空の隙間から人が多く穴から這い出てきた。

老若男女多くの人がいる。そして、必死に自由を唱える。

その多くの兵士ともいえない民衆はドラゴンやペガサスの餌食となって散っていく。

かろうじて、ペガサスやドラゴンから逃れられた人は後ろの味方兵から次々と撃たれて散っていく。

おそらく、列を乱したものは後ろから撃てという指令があるのだろうか……

遠くからは、惨劇がまるでおもちゃのようにくりひろげられている。

「おい、緑太郎。あいつら、幼い子供も殺しているぞ……」

「ここで、死んだものはまたマナになり、奴らの糧となる」

「なんか、怒りよりも悲しくなってきた。奴らにも未来があって家族がいるというのが信じられなくなってくる……」

「こうして、感覚はマヒしていくのだ。だが、忘れるな。死んでいく奴も殺している奴も我々と変わらん」

私は口では分かっているよう言っているが、人の痛みを知ったのはつい最近。胸次郎は分かってくれるだろうか。人の痛みを。私には長い間理解できなかった感情や心の痛みを。

「なぁ、奴らは助けられないのか?どうみても救いを求めているだけだろ」

「今の中国に生まれた時点で人生は詰まれている」

胸次郎はやりきれない表情を見せている。この表情が偽りでないことを祈りたい。

戦況は、我が軍勢が圧倒的優位……

というよりも、ただの虐殺から始まり虐殺で終るように見える。

現時点では、中国兵は魔法世界の土を踏むことは出来ないだろう。

死体は死体を呼びそして崩されてまた死体を呼ぶ。

胸次郎はあまりの惨劇で目をそらす。そんな胸次郎を見ていると、昔の私を思い出す。

昔は、私には感情がなかった。人の痛みが理解できなかった。ただ、生存と勝利に必要な情報だけが私の脳に意図的に入ってきた世界。音楽も絵画もただの記号にしか見えていなかった。今は音楽のすばらしさも絵画の余裕もすべて感じ取れる。

昔の私は……なにをやっていたんだろう。

胸次郎が私に問いかける。

「もう、勝負ありだな……」

「ああ。このままだと中国の勝ちだ。ベチットは占領される」

「おい!こちらはまったくの無傷だろ!」

「昔のえらい人はこういったんだよ。『相手の弾が一万発あれば、こちらは二万人以上用意すれば確実に勝てる』と。強化槍はいくつだっけ?爆裂札は?」

「マナは?マナの供給は?」

「マナはこちらの世界ではガソリンや資源。加工する神や妖精はここにいない」

「だが、ただ行進している敵がそんなに強いのか?」

「最強だ。山は踏みにじられれ、川は踏みならされ、町は廃墟となり、すべての敵は踏み潰される。そして、垂直にはねるだけで大地震が起きる。そして、どんな火力でも決して全滅しない。どんな火力でも殺しきれないのだ。それが億を超えた人間の力だ。それが、恐怖を無くし規律と目的をもってまっすぐ突き進んで来る。これほどの恐怖があるか?」

「だからって、こんな作戦に賛同する兵士がいるのか!どう考えても……」

「知能をあげるのは非常に難しい。だが、知能を下げるのはとても簡単なことだ」

「…………おい。それは……あまりにも……」

胸次郎はそのまま黙った。


半日が過ぎた。


ドラゴンに疲れが見えたのか、一匹が火を噴くのをやめた。

それでも、無尽蔵に人は出てくる。

男も女も年よりも若者も子供も。すべてが必要最低限以下の武装で身を包み、その武器は主に敵ではなく逃げ出す味方を撃つために携えている。列を乱したものを撃つためだけの銃を。

ドラゴンが一匹殺された。銃を使われずにただ、人の群れに巻き込まれて踏み潰されて死んでいった。

「ここから、均衡が崩れるな。よし、聖地にいくぞ」

「……冷静だな」

「何か言いたげだな」

「バカ野郎!お前なら、あの機械を使えば防げたんじゃないのか?奴らがあの穴から這い出ることを!」

「そうだよ」

「ならなぜ、それを使わなかった!」

「………………」

「まさか、陳と同じく惨劇が見たいからか!答えろ!」

まさに、人のための怒り。昔、私がもっとも卑下していた感情。今は一番価値のある感情。人工人間のお前がここまで怒ってくれた。多少、知識に不自由があるかも知れないがもう大丈夫だろう。

正しい感情は知識を得て初めて出る答えを最初から知っている。もう、一人前の人間だな。

「閉じたしても、またあくぞ。いけにえの国が一つから二つになるだけだ。それなら条件が整っているこちらのほうがいい」

「条件?」

「誰もいない荒廃した土地が戦場ということ。それだけで、自由な手が打てるからな」

ペガサスが人の群れに巻き込まれ羽をもがれてそのまま行進に巻き込まれて絶命する。ドラゴンが人の群れによって圧殺される。

中国の兵士は自由を唱えてそのまま直進して聖地にまっすぐ進む。

人の死体は踏みにじられ、ドラゴンの死体も踏みにじりながら、行進はまっすぐにすすむ。

中国兵はただ行進するだけでドラゴン一〇〇〇匹、ペガサス一〇〇〇匹を踏み殺していった。どんな魔法を使おうとも、どんな爆発があろうとも、どんな崖があろうとも、人は行進だけですべて片つけていった。

崖は死体で埋まり、山は踏みならされ、森は切り取られて川も死体で橋が出来た。一億という人口。それは、行進だけで凶器となり全てを飲み込んでいく。

もう、誰にも止められない。そして、叫ぶ。

「自由を!」

その姿は、聖者の行進。戦争しているはずなのに不服従非暴力。

そして、絶対の勝利を得る。

兵士の顔には、絶望は無い。ただただ希望があるのみ。

希望を胸に死んでいく様は、とても皮肉だ。


私は胸次郎に聖地に運んでいってもらっていく。ここまでは、予想できた。

胸次郎は恐ろしいスピードで聖地まで私を連れていく。

聖地に最後の仕掛けがある。

聖地には、老人達が待機していた。

そして、無限と思われるマナを聖地に集め中国兵をいけにえに捧げた。

何千何百という行進している兵士がいきなり出現した無の空間に飲み込まれる。

悪魔の空間と呼ばれるその中は、地獄よりも恐ろしいという。そこでも何も知らず吸い込まれていく中国兵士達。

老人達は、私に聞き取れない単語を放つと、空が無くなった。

そして、再び現れた空に大きな粒がいくつも確認できる。


隕石兵器。


生物のマナをそのまま吸収して、そこから衛星軌道上の隕石を任意の場所に落とす。

この世界の核兵器。それが、時間差で十発。


チミラー聖地は隕石をつかさどる悪魔が支配しているという。

この聖地は隕石では傷が付かない。そして、その隕石には恵みはもたらさない。

そして、この魔法を起動させると生物がほとんど消えていなくなる。

このベチットを滅ぼしたのもこの隕石兵器を作動し隕石を落とさずマナだけ回収したにすぎない。

こうして、全ての行進は隕石に飲み込まれ、あとに残ったのは老人達と私と胸次郎。

他は、誰もいない。

歓声を上げる老人達。

たましいが抜けたように呆然とする胸次郎。

「今回、死んだ奴にはすごい奴も強い奴も弱い奴も賢い奴もいたんだよな。なんで……こんな……奴らのどこが悪かったんだ。なぁ、緑太郎。教えてくれ。奴らは何か悪いことでもしでかしたのか?」

「ああ。運が悪かったんだ」

一人の老人が騒ぎ出す。

「マナじゃ、マナの恵みじゃ!!これほど強靭なマナは生きていて初めてじゃ」

「そうじゃ!!これでこの地は再び人が生まれ、花が咲き、作物が取れる!!」

「もっともっともっと、人が死んでくれんかのう。中国はまさに恵みの国じゃ」

…………陳とはまた違う喜び方。

陳のほうはおそらく、隕石の恐怖、無の空間の事実、そしてここの資源などを宣伝するだろう。そして、平和的な入植の約束を反古にされ虐殺されたと捏造するだろうな。兵士はほとんど武装していないのだから。

何より、新しい地球の存在の証明をした。

これで、本当の戦いが始まる。本格的に、各国が戦争を仕掛ける。


どこからともなく懐かしい現代兵器の音がする。

空を見上げると一つの飛行機雲。

よく見ると、ミサイルの形をしている。

まさか………………


長距離弾道ミサイル「東風」


間違いない。一機だけということは、間違いなく核弾頭だ。

一瞬のうちに血の気が引いた。

私は叫んだ。

「おまえら、早く!早く!早く!逃げろ!逃げろ逃げろ!」

胸次郎も叫ぶ。

「てめぇら。死にたいのか。早く逃げろ!!!!アレは、死ぬぞ!容赦なく死ぬぞ!!確実に死ぬぞ!!!」

老人達は私達を嘲笑する。

「なにをいってんじゃ。ただのカラクリじゃないか?」

「どうして、逃げる必要があるのだ。アレでは爆発力もたいしたことないじゃろ」

「一機のカラクリにそこまであせるとは、肝が小さいのぅ。情けない」

老人達は、いっせいに笑い出した。

バカいえ。半径三〇キロは吹っ飛ぶぞ。

着弾は五分。もう人にかまっている時間はない。

「胸次郎!!私を運んで時空の隙間の方角、全速力で!」

「ああ!!」

そして、私は老人達に最後の言葉を。

「バカは死ね」

私と胸次郎は死体でできた橋を渡り、血でできた赤絨毯を逆に走る。

むげに息絶えた人があちらこちらで見える。

山だったものは死体となり、木だったものには人の成れの果てに変わり果て、川だったものはすべて人だったもので埋まっている。

私と胸次郎は崖だった物を見つけ出し、死体を強引に出してもぐりこんだ。


その瞬間に全てが消えた。音、光、色、景色、温度、勲章、老人、死体。すべて消えた。

あるのは、さら地。山も崖もあったはずなのに、何もない。


聖地だったところにクレーターがある。

私は無傷だったが胸次郎は私をかばい核の熱を少しあびた。

この核の型は放射線が少ないタイプだ。

私と胸次郎に放射線障害が出ることはないだろう。

三日。聖地だった場所で胸次郎と救援を待つ。

その間、胸次郎と交わした会話は少ない。

「なぁ、俺ちょっと疲れた。一人で旅にでていいか?」

「ダメだ。これからはもっと酷いから」

「そうか。そうだよな」

これだけだ。

胸次郎が正常な感情を持っていたとしたら、この惨劇はきつかったのかもしれない。

私には分からない。私の行った蛮行のほうが残虐だったから。


ミーレが、四日目に助けに来てくれた。


空を飛ぶ馬車の中。

私も胸次郎も何も話さない。気まずい空気。早く時が流れることを願う。

そして、最初に居た城の一室で私と胸次郎は一緒に休んだ。

ミーレとの対決。一緒に冒険した酸素を探す旅。そして、半年間の研究。いろいろな思い出がこの部屋にはあるが、胸次郎との会話は何一つなくなった。

私は、正常な感情を持つように教育したつもりだ。しかし、それがいけなかったのだろうか。一年間半。笑いが止まった日はないし、怒らなかった日もない。しかし、現時点では会話も何もない。ただ、同室にいるだけの関係になっている。ただただ空虚。こんなことになるとは。


次の日、目が覚めると誰もいなかった。


「一人で考えたい。そして、ありがとう」

という、へたくそな置手紙を残して。


私はただ茫然自失と時を過ごしている。

胸次郎は最終兵器としての実力があるが、今のあいつならその力を悪用できないだろう。

そして、誰かがそれを悪用しようと思っても使える機能は脳細胞から消している。現代の科学でそれを取り出すのは不可能だ。もう、独り立ちを考えるときか。

本当は、この戦争を講和に持ち込むのには胸次郎が必須だった。奴がいないともう人類は終る。これからどうしようか…………

何時間か経っただろうか、ノックの音が聞こえる。ミーレだろうな。


「どうぞ」

「おや、相方はどうした。」

「一人で旅に行きたいといったので、いい機会だったから行かせました」

ミーレが少し笑った気がする。気のせいか?

「大切な助手なんだろ?」

「私はそう思っていましたが、彼は私を偉大な科学者として認めてくれなかったようですね」

「まぁ、人にはそれぞれ選択肢がある」

「選択できることは、幸福ですよ」

「なぁ、緑太郎。お前に大切な話がある。お前、わたしから魔法学を学ばないか?」

「へ?」

「科学と魔法をあわせるとなにが出来るか知っているか?」

「究極の豊かさ」

「そう。マナも資源もそれぞれに大切なところがある。お前は科学者としてはあっちの世界ナンバー一だ。そして……」

つぶやくように、ミーレは続けた。

「わたしは、この世界でナンバー二の実力があると自負している」

胸次郎を失って何もやる気はないが、いい気晴らしになるかも知れない。

今度は、魔法学を正式に学ぶというのも悪くはない。どーせ、ネトゲとギャルゲーのために使うのだが。

「分かった。喜んで学びましょう。私も何かお教えしますか?」

「わたしはいらない。軍事の仕事もあるからな。未来をお前に託したいんだ」

未来を私に託す?こいつはなにを言っているのだ。

胸次郎がいない今、人類は引き分けになって滅ぶというのになんでいまさら未来の話をするのだ?

ミーレは私の目を見ていった。

「やる気がないことは目を見ればわかるが、死んでも学べ。というわけで、この部屋から半年間出るなよ。授業は明日からだ」

ミーレはそういって部屋から出て行った。

半年間の監禁勉学。それが私に課せられたこと。


ザンコクナテンシノヨウニ♪

辺りに、懐かしいアニメの曲が流れる。

携帯電話が奏でているメロディ。イレミから電話のようだ。


「もしもし」

「ねぇ、緑太郎。今大丈夫?」

「ああ。こちらは大変だ」

「あたしも大変よ!ヴィナが……ヴィナがいなくなったのよ……」

「こちらも、胸次郎が失踪した」

「どうしよう。あの子まだ何もできないのよ。どうして……どうして、いなくなっちゃったの……」

「ヴィナは芯の強い子だ。大丈夫だ。また笑顔で戻ってくる。もちろん、胸次郎もな。少しは自分の教育に自信を持て」

そう、教育。一年半前、私が兵器だった胸次郎の記億を全て消去し、元の人格まで消去させた。胸次郎はそのとき点滴をうけて排泄するだけの人形だった。

三ヶ月語り続けることにより、やっと言葉を発した。四ヶ月目でコミュニケーションが取れるようになった。六ヶ月目でやっと歩けるようになった。八ヶ月目に言葉に意味があることを学んだ。十ヶ月目にトイレと食事を一人でできるようになった。そして、一年目で小学五年生レベルの知識を身につけたことを確認して私はこの世界に来た。もう、世界が限界だったから。そして、一年半後。悲しみと怒りという感情を覚え、周りの人を助けるという感情を得た。しかし、そのせいで戦争に耐えられない人間になったのかも知れない。

「ねぇ、緑太郎聞いてくれる?」

「ああ。もちろんだ」

「一年半前、ヴィナは忌み人だったことは言ったよね。あたしは、ヴィナを忌み人から人間にするために忌み人の記億を全部消すことにしたんだ。そうしたら、マナ投与と排泄するだけの人形に変わっちゃったの。人格まできえちゃってね。三ヶ月間。あたしはヴィナに語り続けたんだよ。そうしたらやっと言葉を発してくれたんだ。すごくうれしかったよ。四ヶ月目でやっと最低限の会話ができるようになった。六ヶ月目、一人で歩けるまで成長したよ。八ヶ月目に言葉に意味があることを知ってくれた。十ヶ月目でやっとトイレと食事を一人でできるようになった。ここからは本当に楽しかった。一年目に十歳程度の知識を得たことを確認して、こちらの世界にきたんだっけな。……ヴィナの成長はとどまることを知らなかった。一年半後には他者を助けるという感情を覚えて……そして、今回の戦争で心を病んだのよ。今は、書置きを残して消えてしまった……」

「戦争の相手は誰だったのだ?」

「ミーレの中央共亜国軍よ。中央共亜国の人たちはマナが食料なの。わずかな特殊なマナで生きることができる。そして、その特殊なマナを作る神様をヴィナがただのマナに分解してしまって、中央共亜国はもう滅びるしかない運命になったの……」

「戦争はどうなったんだ?」

「あたしとヴィナ残して全滅。中央共亜国の兵士が無限に出てきてアメリカは沢山の科学兵器で立ち向かったけど圧倒的な物量差でもろくも崩れていった。どうしようもない量の兵士達を退治するためにカクヘイキというのをアメリカは使ったのよ。そうしたら………全部なくなっちゃった。カクシェルターという要塞の中でじっとしていたら突然空から隕石が降ってきた。ベチットの悪魔の魔術だよ。ヴィナが決死で瞬間移動してくれて、あたしを守ってくれた…………だから、あたしはここにいる。生きている」

電話口でイレミは泣いている。泣きながらイレミは私に質問してきた。

「あなたはどうなの?」

「私も、胸次郎の出会いはイレミと何一つ変わらない。最初はただの人形だった。それを少しずつ、少しずつ、人間にしていったんだ。今は、あまりに人間になりすぎてちょっと壊れちゃったけどな。なに、すぐに直るさ」

「今回の戦争の相手は?」

「陳だ。無限に人間が出てきた。どんな魔法兵器もどんな生物も大量の人の前では無力だった。全てが人で埋まったとき、突然隕石が降ってきたんだよ。そうしたら全ての人が吹き飛んだ。私と胸次郎はベチットの悪魔の聖地にいて助かった。だが、すぐに核爆弾が降ってきた。そして、何もかも消えた。私は胸次郎の決死のダッシュのおかげで今も生きている」

「陳……なのね。あの人、私に半年間科学を教えてくれるというのよ。何でだろう……ヴィナのいないあたしは人を救えないよ……」

「ミーレは私に半年間魔法学を教えてくれるといっている。胸次郎のいない私になにができるのだろう……」

「話したら、少し楽になったよ。ありがとう」

「私も楽になった。大丈夫だ。ヴィナは忌み人には戻れないんだろ?」

「うん!あたしが魂から再構築したからどんな魔法でも無理。そして胸次郎も兵器に戻らないんでしょ?」

「当たり前だ。私は緑太郎だ。どんな科学でも絶対に兵器には戻らないぞ。脳細胞から代えているんだ。絶対に無理だ!」

「なら、あたし達ができるのは戻ってきた助手をしかりつけることだね」

「ああ。今度こそ、あのクサレ筋肉の飯に画鋲盛ってやる」

「その意気よ。あたしもあの天然おばかさんにきっつい罰を与えてやるわ!」

イレミも少し落ち着いたな。私は少しいたずら気味に言った。

「では、クソガキ元気でな」

「ホネ男さん、ダイエットしすぎじゃない?じゃあね」

電話が切れた。

私が元気無いだと?あのゴクツブシがいないだけで元気が無くなるだと?

らしくない。私は一人だ。今も昔もそしてこれからも。

たまたま、助手を得たがあれは幻だ。天才は孤独なのだ。

「私は天才だ。褒めたたえよ。そこの筋に…………」

反射的に、胸次郎に同意を求めてしまう。

胸次郎はいない。やっぱり代償は大きい。

人は一人では人間にはなれない。

私は、胸次郎という助手がいて初めて人間として活動できていた。

今思うと、本当にそう思う。

周りに誰もいないときの私は、ただの科学ロボットのようだった。

人は目的を達成する一つの手段。金と権力が動力源。私はそうだった。

そして、今も一人ぼっちの陳。奴も、感情の無いロボットのまま偉くなり、そしてロボットのまま戦争を始めた。奴は、イレミに科学を教えてなにをする気だ?

イレミに科学を教えても、陳自身には一銭の利益にはならないだろう。

何か発明とかするならともかく、今の中国は盗むか奪うかの二択なはずだ。

とりあえず、今日は眠ろう。明日はミーレの講義もある……


朝、目が覚めるとすでにミーレがいた。


「おはよう。早く目覚めろ。わたしは忙しい」

「私は朝寝るのが一番の喜びなのだよ。ミーレも朝寝のすばらしさを体感するといいぞ。では、おやすみ」

たちまち、蹴り飛ばされる私。ミーレの顔は笑顔だが怒りが見える。

「ボケたこといってないで、さっさと目覚めろ!!」

「なんということを、私の貴重な朝がぁ。昼と夜と違って、朝の時間は大切なんだぞ!」

「そうだ。大切だ。それをなぜ寝る?」

「朝の睡眠一時間は夜の三時間睡眠に匹敵するからだ」


ぶじょろ。


ミーレの肘が私の鼻にヒットする。

私は両の鼻の穴から血があふれてきた。なんという乱暴な奴だろうか。信じられん。

私がミーレの乱暴におののいているとミーレはあきれた様子で私に話を進める。

「こんなことを聞いても寝てられるのか?」

「なんだ。また悲報があるのか?」

「違うな。朗報だ。僅かなマナで科学世界にいける技術が発見された。おそらくイレミの技術と同じだろう」

私の顔はすかさず真っ青になった。

「おい。そんなことできたら間違いなく全面戦争だぞ!」

「やっと、目が覚めたな。そうだ。全面戦争の始まりだ。極秘情報だが、あちらも我々の世界に来る技術を確立したようだ。多くの兵隊がこちらの世界に展開している」

「まて!冷静に言っているがそれは非常にまずいだろ!」

「そうだ。わたしもそう思う。だが、アナタはココでお勉強」

そう言うとミーレは笑顔で私の肩をポンと叩いた。

ミーレは私の肩を叩く同時に、私のみぞおちに膝蹴りを一撃加えた。私はひざから崩れ落ちる。

床にへばりついた状態で私はミーレに問いただす。

「くそ……おい……なんのマネだ……?」

「逃げられたらたまったものではないから。わたしの講義に逃亡という文字はない」

そういうと私のポケットから携帯電話状の機械を取り出した。

それは、私の開発した時空移動機。この年増なぜこれが移動器ということを知っている?

これが時空移動器と知っているのは、私と胸次郎と陳だけ…………

まずい。これで本格的に逃亡手段をなくした。現代のカギなら素手で電子ロックでも空けることはできるが、魔法の呪による施錠ははずすことはできない。

ミーレは私から時空移動器を取るとそのまま彼女のポケットにしまった。

そして、私に手を貸す。理解できない。なぜミーレはそこまで魔法を私に仕込もうとするのだ……

「おい。何で……」

「さてね」


その笑顔は今までのような偽りがないようにも見えた。

私は席についてミーレの授業を聞いた。

マンツーマンの授業。

魔法の講義は非常に分かりやすく、独学のそれとはとても比べ物にならない。最初からミーレの講義を頼んでいればもっと魔法の理解が早まったかも知れない。

初日の授業の終わりにミーレが私に一つの水晶球をくれた。

そこには、私の使用する言語で最新の軍事情報が常に流れている。


私は本当に半年間魔法の講義を受け続けた。

時間が過ぎていく。

一歩も外には出られずに授業か自習かの日々が続く。

時々、イレミとも連絡を取るがほとんどが陳とミーレの悪口で終る。

お互い外に出ることができないのだ。


私はまだこの部屋にいる。

半年間。水晶玉は人類の死滅のカウントダウンの情報を流し続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<特殊な魔法兵器は呪により名を表すことはできないため、一般的な名詞の組み合わせで呼称する>

一〇月三一日

魔法世界。<槍を人に授けた存在>とアメリカ海兵隊部隊と戦闘。

槍が空母を貫通させてメルトダウンを起こす直前、空母は核自爆<槍を人に授けた存在>はマナとなる。<槍を人に授けた存在>の聖地は徹底的にアスファルトで汚染。そこはアメリカの補給基地となった。

一一月一五日

科学世界。京都で<飢餓呪い>を行われた。全ての人間が餓鬼となった。

元々、京都は風水で呪いがかけられているので餓鬼は京都から出られずに共食いで滅びた。

一二月二五日

科学世界。科学世界で一番箱を開けられるクリスマス。そこにサンタに化けた同志が<最後に希望が残っているはずの箱>を科学世界の子供に配布。

ニューヨークを<すべての災厄>で汚染。復旧は不可能。

一月二一日

魔法世界サンポール上空に巨大人工衛星が出現。

巨大人工衛星はサンポールに落ち滅んだ。

二月五日

東京に禁呪<重力反転>が刻まれる。

東京にあるすべての人、ビル、建物全てが空に投げ飛ばされた。

三月一日

魔法世界。<海を飲み込んだ何か>と日本軍原子力潜水艦部隊による交戦。日本軍は海流に機雷一五〇〇〇発を放流。<海を飲み込んだ何か>は機雷をすべて飲み込み果てた。

日本軍周りの海域すべて原油という油で徹底汚染。カルテリア海すべての海神が死亡。

マナ開放により死亡確認。現地で取れた油を悪用。

三月一七日

魔法世界。ハルテヤ。<人と知恵の権化>と中国の戦い。<全ての嘆きの光>をもってしても中国軍は全滅せず。中国軍は水源を化学兵器で汚染。ハテルヤの兵士は化学耐性がないため全滅する。最終的に<人と知恵の権化>は一〇億の兵士に踏み潰されて再起不能。聖地は行進で踏み潰される。

四月一日

科学世界。システニア国専属神<混沌と法の象徴>とフランス防衛部隊の戦闘。<混沌と法の象徴>の裁判でパリを有罪とし裁きを与えた。システニア国はパリを<混沌と法の象徴>の聖地にとして法を執行する。

四月一五日

科学世界。ボツワナ。<因果の悪戯>の封印をとかれる。因果が逆転されボツワナに人も動物も建造物も何もなかった事になりこの記録もまもなく消える。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


事実が短い文字となって消えていった。

この短い文字の中にどれだけ多くの人のドラマがあるのだろう。

おそらく、多くの悲しみや怒り、復讐といった感情がこの短い文字に刻まれているのだろう。

お互いにお互いの兵器を止める術は持っていない。したがって、破壊された結果のみが際立って見える。

胸次郎に戦争を止めるといいながら、戦争を起こした張本人から魔法の講義を受けている。これでいいのだろうか。

本当に、ここで学んでいるだけでミーレの言うとおり人類のためになるのだろうか。

もっとも、今は人類よりもアニメのほうが大切なわけだが。

焦りとはべつに約束の半年間はとても有意義なものだった。

理解したことは、科学も魔法も基本的なことは何一つ変わらない。

違うのは、神や妖精が見えるのか。数式や法則が理解できるのかの違いだけだ。

チンパンジーは数字を十まで数えられたら天才という。

ここの奴らは、先天的に数学が苦手なのかも知れない。

だから、言葉と理解。それがこの世界の科学の代わり。

科学世界の人間は五感が恐ろしく鈍い。

本当に五感があるのか分からないくらい鈍い。

守ってくれる大切な神や霊が見えないからないがしろにする。

だから、法則や数字に頼る。

それが魔法の代わり。

ノックの音が聞こえる。

「どうぞ」

このドアは外からのノックと内側の「どうぞ」という言葉がなければあくことは出来ない。

ミーレの授業はすべて終っているはず。誰が私に会いに来たのだ?

大きな体が見える。バカみたいな筋肉も見える。

上を見上げるとそこに胸次郎がいる。


少しだけ涙がこみ上げてきた。助手にして最大の家族。怒りたいことは沢山あるが今いうべき言葉ではない。

今、どうしても一言だけ伝えたい言葉を伝えなくては……

笑顔で、目を見て一言言った。

「おかえり」

返事は、蹴りだった。横腹を蹴られた。

部屋の角までふっ飛ばされた。アバラを三本もって行かれた。

今までとは違う明らかな殺意。鬼の形相の助手。

「なにをする…………」

「緑太郎。答えろ。お前は四年前、俺の村でなにをした?」

「お前は、ずっと私の助手を……」

今度は、頭を蹴られた。私はそのままうずくまった。

「違う!日本にあるちいさな村でお前はなにをした?答えろ!!お前は沢山の人を実験台にしなかったか?俺の妹にお前はなにをした?解体して俺に食わせなかったか?親父を俺に食わせなかったか?お袋を俺に食わせなかったか?お前の道楽のために俺達に一体なにをしたと思っているんだ!!」

胸次郎は襟首を持って私の目を見る。胸次郎の目は暗かった。

私は目を伏せる。ついに全部バレた……?胸次郎の出生を。私の犯した大きな罪を。

私の犯した大きな罪の一つ。それは過疎地域の住民を使って兵器の実験をしたこと。

目的は自己満足。世界最強の兵士を作るためだけに。

そのためには、多くの人を面白半分におもちゃにしてきた。

老若男女問わず実験してみた。モルモットだった人に「人の心はないのか」問われたこともある。そういうとき、私は常にこう答えていた。


「出来ることを、どうしてやってはいけないのだ?」


私は昔、この答えが分からなかった。

一人だけ、私の実験場から逃げ出した奴が居た。

それが、胸次郎の妹。そいつは、隙を見て必死で逃げた。

何も知らないフリをしながら、必ず死ぬ実験を笑顔で志願し必死に逃げた。

私はそのたくらみをあらかじめ全て知っていた。そして、難なく娘を捕まえた。

私が、次の日にやったことは村人の目の前で麻酔なしでその娘を念入りに解体した。

そして、そのまま捨てずにモルモットの人たちのえさにした。

食わないモルモットは次の日のモルモットのえさにしてきた。

そんなことを、何度も何度も何度も何度も繰り返えしてきた。

一人ずつ、一人ずつ、モルモットの人たちの目の前で解体、実験した。

胸次郎がヴィナにあげた指輪。それはこの村の神社のご神体。

満足いく兵器を作った後、すべて隠し通すつもりで、金と知識で買収して被害者の一族を根絶やしにした。復讐されるのが面倒くさいから。

たぶん一番悪いのは、人の痛みを何一つ理解できなかった私が悪いのだろう。

私は、息がもうすでに絶えそうだがじっと胸次郎を見つめる。

「そうだよ。私が悪いのだよ。だが、質問させてくれ。どうして知った?科学では、お前の記億は絶対に戻らないはずだぞ!脳細胞から作り変えたんだ!」

「陳が、俺の記億を全てよみがえらせてくれた。そして、真実を教えてくれた」

ばかな。絶対に無理なはずだ!脳細胞から作り変えたのに……

私は、胸を押さえながら胸次郎に問いかける。

「まだ、何かいいたげだな?」

「ああ。記億が全部よみがえった。今ならなんでも覚えている。村を焼き尽くされたことも、妹を解体されたことも、徹底的な制御をされて破壊活動に従事させられたことも。パラシュートもつけられずに飛行機から叩き落され住民を皆殺したことも、中国の油田を壊滅させられたことも、紛争地域をそのまま無人地域に代えたことも」

一歩一歩、胸次郎は私に近づく。そして、話を続ける。

「他にも、デモを鎮圧するために丸腰で叩き潰したことも。核弾頭を命中されても俺は動いていた」

胸次郎の手には、私が過去に処分した高周波ナイフがあった。あのナイフは、人どころか鋼すら真っ二つにできる。あれを今取り出せているということは、胸次郎は人ではなく、また兵器に戻ったのか?


胸次郎は私ののどに手をかけた。


ゆっくり、ゆっくりと、力が強まる。だが、これだけは聞かなくては…………

「お前は、兵器に戻ったのか?」

「ああ。自ら望んだよ」

「目を覚ませ!!私が行ったことと同じことをお前はするのか?お前は人ではないのか!私とは違うはずだ!」

「俺が殺してきた人間の遺族が俺に頼むんだぞ?泣きながら、一番憎いはずのこの俺に涙を流して頼むんだぞ!!どうか、魔法世界の住民を皆殺しにしてくれと頼むんだぞ!!!そして、いっしょに家族にならないかって言ってくれるんだぞ!そいつの家族を皆殺しにしたこの俺をだ!そこまで言ってくれるなら俺は最後にもう一度兵器になる!」

ロンドンも東京もニューヨークもパリもすべて滅びた。すでに、死者に感情移入はできない。死者はすでに二〇〇億という数字になっているから。

激戦の戦争の中、科学世界が最強の兵器である胸次郎を使うのは当然だ。

胸次郎は涙を流して私の首を絞める。

おそらく、胸次郎が殺した人間の遺族達は憎い胸次郎を相手に毎日、毎日、毎日、魔法世界への復讐を懇願したのだろう。陳の手引きで。

あなたなら、魔法世界のすべてを壊せると。魔法世界の住民を皆殺しにできると。必ず殺された人たちに対する復讐できると。考えがまとまらない。

私なら泣いて頼む遺族を侮辱する。自分でやれ、人を頼るなと。

胸次郎、その動機は正しいよ。だが、行動は間違っている。息ができない。

それをやると、魔法世界の人とは戦争でしか付き合えなくなる。

人類が生き残るには、魔法の技術が必須なのに。


胸次郎が私の首を絞める力を強める。


意識がなくなってくる。口が渇いてくる。

足が地に着いていない。考えがまとまらない。幻覚が見える。楽しかった胸次郎との生活が……


………やっぱり、ここで死ぬんだな。


ミーレ、悪い。私には魔法の知識を役に立てられそうもない。

陳、一足先に逝ってくるわ。地獄でまっているぞ。そこなら貴様でもダイエットできる。

イレミ、お前が人類を救え。科学と魔法があれば人類の歴史はここで終らない。

ヴィナ、不肖の助手を支えてくれ。奴はバカだか人として強くなる。だが、まだ幼いから支えてくれ。

胸次郎、ありがとう。私は人になることが遅すぎた。だが、お前はもう人だ。人は人を殺さないのだ。私はそれを知るのが遅かった。本当におそすぎたのだ。

胸次郎の涙が地面に落ちた。

私は、最後に胸次郎の言葉を聞いた気がする。

懐かしい罵声。ホネと私をののしった日々。

私の人生で唯一楽しかった日々が…………


どれだけ時間がたっただろう。


私を呼ぶ声が聞こえる。

この半年間、ずっとずっとずっと聞かされて気がする。

誰だろう。そうだ、恐ろしくシワだらけで乳の垂れた年増だ。

「おはよう」

この言葉で私は条件反射的に目が覚めた。

「現れたな年増!!」


すかさずミーレの拳が私の顔面を捉える。


「よかった。生きていたのか……何が起きた?城のものが全滅している。生きているのはお前だけだ」

体が動かない。私は搾り出すように声を出す。

「胸次郎が現れた。奴が……」

「そうか……科学世界の最終兵器がでてきたのだな。……ならここの警備は無力だ」

もうすでにバレている。胸次郎が最終兵器ということを。

ミーレは自分のポケットから、一つのビンを取り出した。

「これを飲め。こちらの最高の霊薬だ。お前の魂は抜けかかっている。少しはこれでよくなる」

そういうと、私に妙な薬を飲ませた。

薬を飲みすぎて、どんな薬も利かなくなった私が少し力を取り戻した気がする。

私はすくりと立ちミーレにお礼を言った。

「助かった。すごい薬だな。まぁ、アバラは痛いが……」

「授業で教えたはずだ。魔法はあまり体そのものを癒すことはできないが、魂は癒せる。魂を癒せばある程度の不調は直る。怪我には悪霊が憑いて直りを遅くするからな。悪霊の憑いていない怪我などすぐに治る」

私は、胸次郎とのやり取りを思い出した。

「胸次郎のバカが……魔法世界はこのままだと間違いなく滅びる……」

「大丈夫だ」

「なにが大丈夫だ!奴は過去にあった武器を時間指定と座標指定で取り出せるんだぞ!つまり、今まで人類が行った核実験をそのまま武器として扱えるということだ!!私が作ったんだ!その恐ろしさは一番分かっている!人ではもう止められない!!」

「頭を冷やせ。この世界には、災厄の忌み人がいるだろう?」

おい、まさか…………

呆然自失する私を背にミーレは立ち上がった。

「先ほど、地下牢に移動させたのだ。ついてこい。この世界のタブーを見せてやる」

そういいながら私はミーレに連れられて地下室へ移動した。

いやな予感がする。


沢山の魔方陣。多くの呪詛。山ほどの封印。

そこには、地下牢に閉じ込められている一人の女性の姿があった。

呪われた杭や釘で徹底的に打ち付けられている。なんで……そんな姿になっている?


「ヴィ……」

すかさず、ミーレは私の口をふさぐ。

「言うな!!呪いが解ける!!!これは物扱いだ。忘れるな。忌み人は物なのだ。人ではない!!」

私はミーレの手を払う。

「あれに、質問していいか?」

「言葉は選べ。蔑みを忘れないように」

慎重に言葉は選ばなくてはならないのか。蔑みと物扱いでの言葉。私にはヴィナという名前は禁句か……

あまりの姿に少し涙がでてきた。

「そこのそれは、ここでなにをしている。イレミが悲しんでいるぞ」

ヴィナはぼろぼろの血だらけの姿をしていたが笑顔で私の質問に答える。その笑顔が本当に痛々しい。

「イレミちゃん?イレミちゃんは、もういないよ。ヴィナが殺しちゃったから」

おい。なにを言っている?

「殺した?なにを言っている?イレミは誰よりも………のことを心配していたんだぞ!!」

「だって、イレミちゃんがヴィナの村を襲って殺してきたんだから。ここにいる忌み人はイレミちゃんの暇つぶしの成れの果てなんだよ。イレミちゃんは、マナも世界も本当はどうでも良かったの。ただ、強そうなものを作りたかっただけ」

「違う!」

「違わないよ。ヴィナの村の人たち全員をホムンクルスの実験材料にされたんだもん。ヴィナの毎日のごはんが実験で失敗したお父さんだったり、お母さんだったり、隣のおじさんだったり……」

どこかで聞いたことがある内容。吐き気がしてきた。

私が胸次郎にやったことそのままだ…………

ヴィナは話を続ける。

「そこでね。弟のヴィッカが一生懸命逃げたんだけど、イレミちゃんに見つかって生きたままこわされちゃったの。ヴィナたちはそれから目を背けることは許されなかったんだ。そして、ヴィッカは生きたままヴィナたちのご飯になっちゃった。そのご飯を食べなきゃ次の日のご飯がその人だったんだよ」

私がやってきたことそのままイレミもやってきたというのか………

念入りに呪いで縛るわけだ。復讐が怖いから。

「でも、また忌み人に戻ることはないだろ!!」

「だって、ヴィナは沢山の人を殺してきたんだよ。本当に沢山の人を殺してきたんだよ。それでも、ヴィナが殺してきた人の家族がみんなヴィナを許してくれるんだよ。そしてね、科学世界の人たちを殺してくれって、奴らさえ皆殺しにできればこれからは家族だって言ってくれたんだ。だから、物扱いは辛いけど最後に忌み人になることにしたんだ」

長い沈黙。

ミーレが忌み人を牢屋からだした。

牢屋には多くの金槌や鋏みや刀などがある。

ミーレは大きな金槌を取り出した。

「忌み人と接見したらやることがある」


そういうと、巨大な金槌でヴィナの頭を何度も何度も殴りつけた。

ミーレの表情は変わらない。義務でやっているように執拗に殴る。

酷い音だった。ヴィナは糸の切れた人形のように床に倒れた。

血が沢山流れている。間違いなく致命傷……

私は真っ青になった。

「おい!ミーレ!ミーレ!!なんてことを…………」

ミーレは不思議そうな顔をしている。

「え?これは、これじゃあ死なないよ?」

むくりと起き上がるヴィナ。何もなかったように全てが再生している。

血のあとだけが残っている。

そして、笑顔。

なんで……こんな扱いで笑顔になれるんだ……

「緑くんも殴ってよ。ここには、はさみもあるし、金槌もあるし、刀もあるし、オノもあるんだよ。なんでも使っていいんだよ」

「そんなことできるわけないだろう!」

ミーレが口を出す。

「ダメだ。殴れ。それをしないとこれの呪いが解ける」

ヴィナが不思議そうな顔をしている。

「えー。みんな喜んでヴィナを殴ったり切ったり叩いたり壊したりしてくるよ。殴られて喜ばれるのも忌み人の大切な仕事なの。だから早く殴ってよー」


そんな……


私は一番軽いメリケンサックを手に取った。

それで、思いっきりヴィナを殴った。ペチと情けない音が聞こえる。

ハエすら殺せないパンチ。これが私の今出来る精一杯のこと。

ヴィナは不満足げに話す。

「なんで……もっともっときつくてもぜんぜんいいんだよ。もっとバラバラなくらいにしても、もっとコナゴナになるくらいにしてもいいのに」

「これが私の最大の攻撃だ」

「いくじなし」

笑顔が痛い。

「最後に……胸次郎はどうするんだ……?」

「胸くんはヴィナの大切なお婿さん。この仕事が終ればヴィナには家族もお婿さんもできるんだよ」

「そうか………」

ミーレは再びヴィナを地下牢に閉じ込めた。ヴィナはじゃね。とだけ言った。

そして、私とミーレは地上にもどるための長い階段を上がっている。

私は、ミーレに一つの疑問をぶつけた。

「ミーレ、本当にイレミは死んだのか?」

「わたしは何も知らないぞ」

「少しも驚いていなかったからな」

「あのクソガキが死のうと生きようとわたしには関係は無い」

「ヴィナの記億が完璧に戻っていたな。イレミは元に戻すのは不可能といっていたぞ。どうやって戻した?」

「イレミは自信過剰ということ。ただそれだけだ」

「で、その災厄の忌み人をどうするつもりだ?」

「さっき言っただろう。最強の人工人間にぶつける」

「…………奴らは婚約しているんだぞ」

ミーレは私の言葉を無視して話を進める。

「とはいえ、その最強の人工人間はそう簡単に出てくるとは思えない。そこで、最大戦力がある場所に忌み人だけを送り込む。他の兵力は邪魔にしかならない」

「どこに送り込むつもりだ?」

「カール高原。そこに巨大な戦闘力を抱えた部隊が駐在している。忌み人にそこの戦力を全滅させてもらう。そうだ。お前もいくか?誰かが忌み人を監視しなくてはならないし」

「私でいいのか?」

「別にかまわん。もうすでにこの世界の軍部はぼろぼろだ。もうろくな人材はのこっていない」

「分かった。では、カール高原に行こう」

「頼むぞ。そうそう、講義をやり終えた印としてこの世界の秘術をひとつ渡しておく。これは本当にいざというときに空けてくれ。そのとき以外には効果はない」

「分かった。ありがとう」

私は秘術といわれた袋をミーレから受け取った。


「それともうひとつ………」


ミーレはそっと私の唇に自分の唇を重ねた。

私は突然のことに慌てふためいた。

「こら!!なんてことしやがる!!!!!」

「まぁ、いいじゃないか。わたしのファーストキスだ。ありがたくもらっとけ」

「ああ……!!私のファーストキスはアニメキャラクターに奪われる予定だったのに!!」

「おや。お前もファーストキスか。お互いモテないときついよな」

「くそう………」

「では、わたしは次の戦場で指揮をとらなくてはならない。………そこで、緑太郎にお願いがある」

「なんだ?」

「わたしの教えたことを…………お願いだから……次世代の次世代の次世代……末代まで伝えてくれ。わたしが次に残せるものは知識だけだから…………何が……あっても……本当に頼むぞ?」

「へ?ああ……大丈夫だ。任せておけ」

「では、カール高原までいく馬車は用意しておく。もちろん忌み人用の奴もな」

なんだ、ミーレの奴。これが最後のように…………

そりゃ、軍人だからつねに死と隣り合わせということは理解できる。

しかし、ここ半年は疑問ばかりだ。

私に半年間魔法学を教えたミーレもおかしいし、今、ヴィナにあわせたこともおかしい。

陳の奴もイレミに科学を教えた。

そして、イレミは本当に死んだのか?

ミーレや陳は一体なにをたくらんでいるのだ?

そして、誰が胸次郎を兵器に戻し、ヴィナを忌み人に戻した?

今までの技術では絶対にできないはずなのに…………

ちょっとまて。

科学では胸次郎を兵器にはできないが、魔法ならどうだろう?

魔法ではヴィナを忌み人にできないが、科学ならどうだろう?

しかし、そのようなことのできるレベルの人間は限られている。

私とイレミじゃなければ…………

他には……陳と……ミーレ………………

まさか………………そんなことは……ないよな…………?


三日後。カール高原行きの馬車が来た。


ヴィナは多くの拘束呪を引きずってそのまま馬車の荷物の置き場に押し込められた。

私が人用の席を用意したというと、彼女は笑顔で断った。

「この戦争が終るまでヴィナは忌み人だから」

といって狭い荷物置き場に自ら乗り込んだ。

かなり遠くから私は水晶玉であたりの様子を伺った。

軍が展開されている状態でヘタに近寄るとパトリオットで撃墜されるからだ。その点、水晶玉はいい。

人工衛星のように現時点の様子の鳥瞰図を見ることができる。

広々とした緑の台地。それがカール高原。

どこまでもどこまでも、広く広く緑が続いている。

景色はどことなく胸次郎とヴィナが結婚式をあげた景色に似ている。

少し、シロツメクサが生えていて緑に白がところどころ見える。

その鳥瞰図をよく見たがどこにも軍隊などは展開されていない。

おかしい、私はつぶやく。

「軍隊なんてはどこにもいないぞ?」

慎重に慎重を重ねて、馬車を高原に近づけた。美しい平野が広がっている。どこまでも広い。やっぱり、何も無い。

私は馬車を高原に留めた。ヴィナを荷台からおろす。

ヴィナを高原に降り立つとつぶやいた。


「あのときの、景色と似ているね……?」

「ああ……」

ヴィナの左手には、胸次郎の指輪がはめられている。

私の罪の証。

私はヴィナに聞いてみる。

「なぁ、本当にイレミを殺したのか?」

「うん。この手で首をしめたもん。確実に死んじゃったはずだよ」

「だが、イレミは本当に…………心配していたんだよ……」

「ヴィナには、それがウソにしか見えないんだよ。私だけじゃなく、お父さんもお母さんも弟もイレミちゃんの趣味でころされちゃったから。それが、一年半ヴィナと居ただけなのになんでお母さんの代わりのような顔をするの?」


それは、人と触れ合っていなかったから。ずっと一人だったから。

痛みが分からなかったから。人が痛がるなんて予想も出来なかったから。

人が死んでも、代わりが沢山いると思っていた。

人を能力という数字でしか見えていなかった。

世界の全てがくだらなくて、何もかも壊そうとして、最終兵器を作って一から教育するつもりだった。最初は今まで通り自己満足。途中からそれは家族を育てるようになっていった。

初めて人と触れ合ってその痛み大切さが分かったら。

私にとって、初めて心から触れ合った人間。それが胸次郎。

おそらく、イレミにとって初めて心から触れ合った人間……それがヴィナだったのかもしれないな。

私が本当に科学世界から逃げた理由。

それは、資源が無いだからじゃなく、陳に会いたくないのではなく、過去に犯したことを見たくなかったから。人として生きることがどういうことがやっと分かったから。

だから、一から出直したかったんだ。新しい世界で大切なことを教えてくれた家族とともに一から出直したかったんだ。

でも、胸次郎にとって私はただの家族のカタキ。

そして、ヴィナにとってイレミはただの家族のカタキ。

不覚にも涙が出る。

いきなり、音がなくなった。色があせてきた。景色が崩れだした。

時空に穴が開きだしたのか。まずい、まだ戦闘準備はしていないぞ。

時空から出てきたのは、一組の男女。

男は、大きい体だった。すさまじい筋肉。そして一番見たかった顔だった。

女は、小さい体だった。あどけない子供の顔。そして死んでいるはずの顔だった。


胸次郎とイレミがそこから現れた。


私とヴィナはイレミを見て驚いた。

そして、胸次郎とイレミは私を見て驚いている。


「どうして生きているのだ?」

「どうして生きている!!」

「どうして生きているの?」

「どうして生きているのよ!!」


四人は同じセリフ。

次の瞬間、胸次郎は私に向かって切りにかかってきた。

「緑太郎!今度こそ、確実に、絶対に、間違いなく殺してやる!!」

胸次郎と私との距離が三メートル位になったとき、ヴィナが何か唱えた。

そして、周りの草を操ったのか胸次郎を草で絡めて止める。

「緑くんは、ヴィナのお仕事を監視する人なんだよ。殺したらだめ。そしてね……イレミちゃん。今度こそ、確実に、絶対に、間違いなく死んでもらうね」

空が消える。次現れた空から隕石が現れた。

ベチットの悪魔。隕石兵器。

イレミは全ての隕石がターゲットにされたようだ。

まずい。これでは、ヴィナと胸次郎はともかく私とイレミが粉々になる……

私には何もできない。イレミも頭では分かっているが体追いついていない様子だ。

隕石が近づく。


まずい…………風が……気温が……まちがいなく……死ぬ………………


とたんに空の周りの景色が壊れる。色がなくなる。音がなくなる。時空移動特有の景色。

隕石はすべて、時空の果てに飛ばされた。

「イレミは俺の仕事の大切な証人なんだ。死なすわけにはいかん」

胸次郎がやったのか…………

胸次郎は手に持っている高周波ナイフでまとわりついていた草を全て切り捨てた。

これが、災厄のホムンクルスと最強の人工人間の戦い。

私は一体なにを作ったんだろう?

なにがしたかったんだろう。


ヴィナが胸次郎に近づき手を取る。

「ねぇ、胸くん。イレミちゃんを殺させてよ。イレミちゃんはね、すごく悪い人なの。イレミちゃんのせいでヴィナはこんな物になったの。人から物になったんだ。だからね、人も神も殺すための道具になっちゃったんだよ。お願いだから、そこをどいて。そして、一緒に魔法世界で暮らそうよ。戦争が終れば……科学世界の人をみなごろしにすれば……ヴィナにも家族ができるんだよ。胸くんも一緒に家族になるんだよ。胸くんも一人だから……みんなといっしょに家族になろうよ。今度は楽しいよ…………魔法世界の人たちがみんなみんな家族になれるんだよ……だから…………お願いだから……どおいてよぉ…………」

忌み人は、人とついているが人ではない。

ヴィナは胸次郎に指輪を見せる。家族になれるための指輪。

ヴィナは泣きながら必死に言葉をつむぐ。

マナを開放するために神殺しするための道具。

人格はおまけ。人に会ったら殴られなければいけない、蔑むべき物。

神と人と自然の調和を壊すから。

胸次郎がヴィナの手をやさしく握り返す。

「なぁ、ヴィナ。緑太郎を殺させてくれ。緑太郎は悪い奴なんだ。緑太郎のせいで俺は兵器になってしまった。人から武器になってしまった。人を殺す道具になってしまったんだ。お願いだからそこをどいてくれ。そして、ヴィナも…一緒に科学世界で暮らせるんだ……戦争が終れば……魔法世界の人さえ皆殺しにすれば……俺にもやっと家族ができるんだよ。今度は楽しいぞ……科学世界の人みんなとヴィナが家族になるんだから……だから……お願いだから……そこを……どいてくれ!!!」

二人は同時に一言

「ヴィナはどんなことあっても胸くんだけはキズつけたくないよ」

「俺は、どんなことあってもヴィナを傷つけない」

見つめあい、抱き合う二人。

同じ言葉をなんどもなんどもつぶやき確かめ合いながら。

時間がすぎていく。

胸次郎はヴィナを納得させて私を殺したい。

ヴィナは胸次郎を納得させてイレミを殺したい。

だが、逃げようとすると問答無用で殺されるだろう。


私は、イレミに合図をしなければ……


この場を逃げなければ、間違いなく巻き添えで死ぬか胸次郎に殺される。

イレミも同じことを考えているらしく私の目をじっと見ている。

何かで、イレミとコミュニケーションを取らなくてはならない。

逃げるタイミングとその方法を。


そうだ。アイコンタクトだ。


私は、「逃げるぞ」という念をイレミにウィンクという形で送った。

だが、イレミは不快そうに目をそらした。

…………おのれ、クソガキ。誰が貴様などに気があるか。

逃げるから何か良い手はないかと聞いておるのだ。

やはり、急ごしらえのアイコンタクトでは無理だ……

イレミはしばらく考えた様子で、私に向かって投げキッスをしてきた。

私は目を伏せた。


人が生きるため一生懸命に考えているのにあのクソガキはなにを考えているんだ!

もっと、真剣に考えなくてはならない。

念波での通信は、ヴィナが感知する。そして、その瞬間、イレミはヴィナに殺される。

電波での通信は、胸次郎が感知する。そして、その瞬間、私は胸次郎に殺される。

モールス信号は胸次郎が感知する。

言霊はヴィナが感知する。

声は二人とも探知する。

何より、私とイレミが共通して持っている暗号などない。

科学文化と魔法文化はまったく違うのだ。

あったとしても、魔法関係の暗号はヴィナにすべてとかれる。

ヴィナは数多くの神も体に取り込んでいるのだから。

科学関係の暗号は胸次郎にすべてとかれる。

胸次郎は体に量子コンピュータを取り込んでいるからだ。

ヴィナと胸次郎はお互い抱き合ってお互いの言葉を確かめている。

私達のことを見る余裕はない。

よく考えろ。

私とイレミは腐っても天才だ。

出しぬけられる。絶対に出しぬけられる。

必ず。必ず盲点があるはずだ。

声も電波も念波も振動も暗号も魔法も科学も使わないコニュミケーション方法が。


そうだ。

紙と鉛筆だ。


私はポケットにあるメモ帳と鉛筆を取り出してイレミにメッセージを送る。


「逃げるぞ。何か良い方法はないか?」

イレミもそれに答えるように紙と鉛筆で答える。

「逃げる方法は思いつかない。なにか逃げる道具をもっていない?」

「持っているのはノートと鉛筆と水晶玉。お前は?」

「ノートと鉛筆とスマホ」

「人生終了の件について」

「大丈夫。きっと見たこと無い王子様があたしだけを救ってくれるから。はぁと♪」

「王子とともに天にでも召されてしまえ」

ダメだ。紙の無駄だ。

やはりこのクソガキ使えねぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!!!

私がイレミに失望しているさなか、イレミは紙で再びメッセージを送ってきた。

さっきとは違う、真剣な表情。まともな質問。

「胸次郎は戦争が終れば幸せになると思う?」

「ならないよ」

私も同じ疑問を持っていた。ヴィナは科学世界を滅ぼしたら本当に幸せになれるのだろうか。

少なくても、胸次郎は科学世界では幸せになれない。

過剰能力をもった兵器が幸せになれる場所は限られている。

それが、精神的にまだ幼いとしたらなおさらだ。

家族がうんぬんは所詮言葉。言葉は真実からは程遠いものからできている。

そして、再び兵器扱いされて人殺しの道具として生きていくのは目に見える。

私はイレミに同じメッセージを送る。

「ヴィナは戦争が終れば幸せになれるだろうか?」

「むり」

すぐに、返事が返ってきた。

おそらく、同じ理由で無理なんだろうな。

イレミが意を決したようにゆっくりと文字を書く。

「ねぇ、どうせ逃げられないなら……」

私も紙でその言葉の続きを書いた。

「せめて、安易な幸せに逃げたバカどもに説教をするか」

私とイレミは同時にうなずくと、スマホと水晶玉をお互いに向かって投げ渡した。

その瞬間。胸次郎がナイフを私の首に突きつけて後ろに居た。


かすかな痛みが、首筋に流れた。

ゆっくりと、血が服に染み入る。

スマホが、地面に落ちる。

イレミの後ろにはヴィナがいた。ヴィナの手は変形してナイフのようになっている。

イレミも首から血を流している。

水晶玉を持てずに地面に落とす。


ヴィナと胸次郎の動きがまったく見えなかった。たしかに二人で抱き合っていたはずなのに……


胸次郎とヴィナのあまりのスピードにあっけに取られたが、ここからは正論を。

本当のこと以外は、今の胸次郎には通じない。

ウソは私の脳の反応から確実にバレる。ウソをつく時は、必ず脳に特徴的な変化が生じる。兵器になった胸次郎には、その変化を見逃さない。

「魔法世界の人を皆殺しにすれば胸次郎が殺した人の罪が許されなおかつ家族になる」というウソはこの能力が一時的に狂わされたか、ビデオレターのような形で胸次郎を説得したのだろうか。

どちらにしても、陳ならできる。

必ずウソを見抜ける能力があるばかりに、この能力をだます方法で必ず胸次郎はだまされる。まったく皮肉なものだ。

「おい、胸次郎。なにをするんだ?」

「お前が言うか?お前だけには言われたくないな。お前こそ、そのスマホでなにをする?」

胸次郎が、私を殺しきれなかった理由。そして、今も首にナイフを突きつけるだけで殺せない理由。

たぶん、私と過ごした一年半の月日が胸次郎にとっても大きかったんだろう。

そうだとしたらこれほどありがたいことはない。

深い沈黙。止めをさせない胸次郎。

私は、ゆっくりとスマホを拾った。

「なぁ、胸次郎。お前は本当に魔法世界の人間を皆殺しにするだけで、お前が犯してきた罪を償えると思っているのか?」

「…………他に償う方法はないだろ!」

「今度は、魔法世界の人間から恨まれるぞ。ヴィナはどうする?皆殺しといったらヴィナも入るぞ」

「………………」

「お前がやっているのはただの逃げだぞ?逃げて、逃げて、逃げた先の人間の末路をお前は見ただろう?」

「見ていない!!!知らないぞ!!俺はそんなものを見ていない!!」

「社会から逃げて、モラルから逃げて、人から逃げて、罪から逃げて、法律から逃げて、母国から逃げて、世界の全てから逃げるために行ったことがお前の村での実験だ。お前は、逃げた先の人間がどれだけ醜いのか見なかったのか?」

「俺は違う!絶対に違う!償うためだ!そのために俺は魔法世界の人を殺すだけだ!」

「なら、ヴィナを殺せ」

「………………」

「なぁ、出来ないならせめて誰も殺さずに償うことを考えないか?」


胸次郎のナイフが私の首から離れた。

そして、ゆっくりとヴィナの方向に近寄った。

ヴィナもゆっくりとイレミから離れて胸次郎の方向に近寄った。

お互いに涙を流して。

二人ともゆっくりとつぶやいた。もう、お互いの目はあわせていない。

「ごめん……」

「ごめんなさい……」


一瞬のうちに胸次郎に一メートルを超える無数の巨大な針が刺さる。

何千何百という針が胸次郎に刺さり続ける。胸次郎はすでに人の形ではなかった。針の中が何も見えない。串刺しになった胸次郎だったものが倒れた時に、巨大な岩が何も無い空から降ってきて胸次郎だったものをつぶした。


ヴィナは頭と右腕と左足がなかった。

辺りに、鮮血だけが噴水のように吹き出ている。

それでも、ヴィナは倒れることなく立ち続けている。


ヴィナと胸次郎は、逃げることを選んだ。


記億がなかったころは、十歳程度の精神しかなかった。とても軽い結婚式。

小学生が結婚を夢見てマネするくらいのもの。

記億がよみがえったときは、寂しさを紛らわすだけの存在。

「結婚」という響きだけの関係。約束という言葉に甘えた関係。

それでも、同じ境遇としていっしょに戦って支えあうこともできた……

甘えた関係でも、支えあえば本当の絆になるかも知れなかったのに……

それでも、ヴィナと胸次郎は、逃げることを選んだのか。

「バカ野郎どもが……」

悔しさのあまり涙がでてくる。

イレミが隙をついて私の方向に走ってきた。その目には涙があふれている。

「緑太郎……ごめん。ヴィナを止められなかったよぉ…………」

「泣くな!こうなったら誰も止められない。逃げるぞ!」

「あんただって、泣いているじゃない!」

「……こんなに悔しいことなんて他にあると思っているのかよ!」

「……だって……ヒック、ヒック……」

胸次郎は巨大な針も大きな岩でもまったくダメージを受けていない様子で、岩を割ってはいでてくる。胸次郎は巨大な散弾銃で頭と右手と左足の無いヴィナを粉々にした。

破片になったヴィナは胸次郎の後ろで一瞬のうちに再生した。

胸次郎は再生したヴィナに気がつかずにヴィナだったものを撃っている。

ヴィナは聞き取れない言葉を発して右手をかざすと巨大な光線が現れて胸次郎を吹き飛ばした。

それでも、胸次郎は無傷だった。

胸次郎はヴィナの後ろに回わりヴィナを五つに割った。

おびただしい血であたりは染まる。


だめだ。このままでは間違いなくこちらが巻き込まれる。

早く……早く逃げないと……

「イレミ。水晶玉で科学世界にある時空移動器の場所分かるか?時空移動器ならどれでもいい」

「ええ。それくらいならできるわ」

イレミは水晶玉に何かをつぶやくと、水晶玉に時空移動器のようなものの画像がでてきた。

「これの場所は?」

「アメリカのワシントンというところ」

「分かった。よし、逃げ切れるぞ!」

私はイレミのスマホに自分の携帯電話を接続して科学世界のインターネットに接続した。

自作ソフト「三分ハッキング」を使って水晶玉で見た時空移動器の番号を入力、その接続コードをとりだして……。そのアドレスの時空移動器をリモートにかけて……

経度……度……緯度……度……と。完了。

「緑太郎!早く!!早く!!!ヴィナが禁呪を全部集めて多重輪唱しているよ!!!」

ふと、胸次郎の方向を見ると巨大な鉄の塊と共に、ある兵器のキーナンバーを空間に映し出していた。


「七三.八五°N五四.五〇°E四二〇〇М一九六一一〇三〇一一三二」


やばい……あのキーは……ツァーリボンバ……

あの兵器は……この高原どころか、下手したら地球が……


景色が崩れた。色がなくなった。音が剥ぎ取られていく。

時空の隙間が開いた。

「遠距離リモート成功!!イレミ!飛び込め!!」

「緑太郎、早く早く早く早く早く!!」

私とイレミは時空の隙間に飛び込んだ。

私は魔法世界への時空の入り口はすぐさま閉じた。


上もなく下もなく、ただ時空に漂っている私とイレミ。

ため息が二人分。涙が二人分漂っている。


長い沈黙。


私とイレミはお互いの顔を見合す。私の顔を見ながらイレミが私に話しかけてきた。

「最初……あんたとここで会ったんだよね」

「ヴィナもいたよな。あの時は、本当に驚いた。まさかここを通る人間が他にいようとは」

「あたしもよ。そのまま陳に会って、銃を突きつけられて、ホテルという場所に行ったんだ。陳をへこますために砂漠に転送したアーティファクトをとりにいったんだよ。そして、ヘリコプターというカラクリに追い回されたんだ。結局ヴィナの魔法で難を逃れたんだけどね」

「ここまで、私と胸次郎の旅そっくりだ」

「そう?あたしとヴィナはその後、半年間ホテルで科学のお勉強したんだ。まったく分からなかったけどね。陳から国連軍にいかないか打診された後、あんた達とまたあったんだっけ?」

「そうだ。おまえの膝蹴りは生涯忘れない。その後、ヴィナと胸次郎が結婚したんだよな。確かに結婚したんだよな……」

「あたしもかなり驚いた。あの時まで幸せだったよ。あたしの人生で楽しいことなんてほとんどなかったから」

「私もだ。逃げることしか出来なかったから。楽しい人生からも自ら逃げた気がする。天才を理由にして」

「ミーレとの戦争が引き分けて、ヴィナが心の病気にかかって逃げ出した。そして、陳から半年間科学のお勉強。逃げられなかった。科学世界のマナはすごく濃いけど、より濃密なマナが生み出されるのがよく見えたよ。いっぱい死んだんだろうな……って、思った」

「陳をミーレに変えたら、私もそのまんまだぞ。もしかして、陳に唇奪われなかったか?」

「げっ…………!あたしのファーストキスのこと、なんであんた知っているのよ?」

「私はミーレにファーストキスを奪われたからだ」

アレ?これってまさか…………

イレミも驚いた顔をしている。

同じ結論にいきついたのだろう。

「ねぇ……これって……」

「ああ……だけど、現時点でこれを知っても意味は…………」

「もう、意味はないだろうね…………」

私とイレミが気づいたこと。魔法世界の私がイレミ。胸次郎がヴィナ。陳がミーレ。時空の狭間を軸に魔法世界と科学世界は対称だった。イレミは私の魔法世界での姿とも言える。

なんてこと無い。同じような世界で同じような人物が同じようなことをして同じような過ちを繰り返してきたというだけだった。やっぱり、最初の計算どおり科学世界と大きく異ならない。

そして、同じすぎて嫌になる。

科学世界についた。静かな公園に私とイレミは投げ出された。

ここは……どうやらアメリカのようだ。

私の携帯電話についているGPSが全てを示している。

やはり、科学機器が使えるこの世界は私にとってすみやすい。

イレミが不安そうに周りを見渡している。

「ねぇ、これからどうする気なの?」

「あのバカ共をとめなきゃならんだろうが…………」

「できるかしら……あたしが一番言ってはいけないセリフだけど………ヴィナは正直バケモノより強いよ」

「胸次郎は世界を壊せる設計にしてある。私がそのように作っておいた。正直、弱点は無い」

私は後悔の念を、イレミの後悔の表情を隠せなかった。

二人して、公園のベンチに腰をかける。再び二人してため息が漏れる。


空が憎いほど青かった。イレミがうつむきながら私に質問する。

「そういえば、胸次郎って絶対に兵器に戻らないじゃなかったけ?あれどう見ても兵器だよ」

「ああ。胸次郎自身は陳がやったといっていたが、科学では無理だ。ヴィナは見事に忌み人になっていたぞ。あれはどうなんだ?」

「ヴィナはミーレが記億を戻して忌み人に戻したと言っていたよ。あの呪を解ける奴なんていないはずなのに………」

「ところで、おまえと胸次郎をカール高原に向かわせたのは陳だよな。なんていわれた?」

「そこに、最強兵力がいるから殲滅してくれって」

「私も、ミーレに最強兵力がいるから殲滅してくれって言われてカール高原に行った」

「そして、あたしと胸次郎はあなたとヴィナに会った」


そうか。そういうことか………


私は頭を掻きながら、つぶやいた。

「ああ。決まりだ。陳とミーレはつながっている」

「え?何で?」

「私は科学宇宙一と自負しているが胸次郎の封印をとかれた。科学では解けないという絶対の自信があるが、正直魔法だとどうなるか分からん」

「そういえば、陳がヴィナに胸次郎をぶつけるみたいなことを…………」

「ミーレも同じことを言っていたぞ。最初からぶつける気だったんだな」

「てことは……ヴィナの失踪も陳が一枚からんでいたの?」

「そういうことだ。胸次郎の失踪もミーレが計画してミーレが胸次郎を兵器に戻した。たぶん陳もいっしょにいただろうな」

「まってよ。なら陳はなんであたしに科学を懇切丁寧に教えるのよ!」

「そこだけが分からん。ミーレはなんで私に魔法学を教えたのだろう。しかも別れ際意味深なことを言いやがって……」

「陳は『わしの科学の知識を次の世代の次の世代の次の世代の……末代まで伝えてくれ……、』とは言っていた」

「ミーレも同じく。言葉まで同じだ。とりあえず、今言えることは最大の家族と最大の火力をなくしたということだ」

「羽の無いカナリヤみたいだよね……」

「とりあえず、今日は休もう」

「そうね………」


私はスマホを起動させて、とりあえずの寝床を探すことにした。

寝床を探すためにいつものポータルサイトを観覧していると信じられない記事がそこに書いてあった。

「おい、イレミ…………」

「なによ?」

「中国と中央共亜国が同盟を結んで科学世界国連軍と魔法世界国際軍に宣戦布告したぞ………」

「え?どういうこと?」

「そうして、災厄の忌み人と最強の人工人間を率いて、国連と国際の本拠地に戦闘予告したらしいぞ……そこに一ヵ月後攻め入るって……」

「陳とミーレはヴィナと胸次郎で世界を征服するつもり?」

「だろうな。魔法世界の資源を含めば石油人間など無限に養える」

「科学世界の濃密なマナがあれば、中央共亜国の食べ物を作る神様を再び召喚できる……」

この世で胸次郎を止められる兵器はヴィナしかいない。そして、ヴィナを止められる兵器は胸次郎しかいない。陳とミーレは最強のジョーカーを二枚手にしていたということか。

ミーレが私に魔法を教えたことと陳がイレミに科学を教えたことを除けば、全ては世界征服の最短距離だったということが理解できた。

どうやら、陳とミーレにいっぱい食わされたということだけは確かだ。

つまり、我々ははめられたということだ。

非常に、腹が立ってきた。


イッチョウキメテ♪ ワタシニキメテ♪

そんな中、場の雰囲気をすべてぶち壊すアニメの着歌がなった。

私の携帯にメールが届いている。

陳からのメールだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

件名 ホネ、面白くなってきただろう?


一ヵ月後、ベルギーのブリュッセルにある国連本部に攻め入るから必死に守れ。

とりあえず、わしは忌み人と攻め入る。

今回は特別に全兵力でブリュッセルを落とす。

わしは中央共亜国という同志を得て魔法世界と科学世界を征服することにした。

ミーレという将軍は知っているだろう?彼女は国際本部を叩くようだ。

貴様のかわいいかわいい助手を連れてな。


では、昔のように楽しく人を殺してくれ。沢山いるぞ。

今のお前は感情的になりすぎて楽しいぞ?

素直に昔に戻れ。


愛する同期へ。陳 列山

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

デブよ……私に挑戦状か。

面白い。受けてやろう。

ナンバー二は何時までもナンバー二ということを示さないとな。

デブはデブらしく、永遠に私の背を追っているのが似合うのだよ。

隣で、イレミが震えている。

そして、笑い出した。

「きゃはははは。年増のくせにあたしと対等のつもり?あたしとあんたの格の違いを何度教えてあげればいいのかしら?ふざけているんじゃないわよ!!!」

「どうした?普通に怖いぞ」

「年増から、念報がきた」

念報とは、魔法のメールのことだったな。

私はメールの内容をイレミに見せた。

「あらあら、あたしといっしょの内容じゃん」

「ということで、胸次郎はおまえに任せていいな?私はデブに屈辱的な敗北を味あわせてやる必要がある」

「あんたも、ヴィナのお相手を任せたわよ。年増のプライドを粉々にしてみせるから」

「そうだイレミ。魔法で架空世界をくみ上げて、その世界の動物を召喚させて使役する召喚獣という手法があったよな?いくつか呼んでもらいたい召喚獣がいる」

「胸次郎って、たしか体に沢山の金属が混ざっているんでしょ?一つ作って欲しい化学物質があるんだけど…………」


私は国連の事務総長に電話をかけた。

最初はただのいたずら電話だと思われたが、最強の人工人間の作者だということが分かると簡単に国連軍の一員となることが出来た。

兵器状態の胸次郎の恐ろしさはみんな知っていたからだ。


イレミは国際の総統に念話を飛ばした。災厄のホムンクルスの作者だということが分かるとすぐに国際軍の一員になれたようだ。


五日後。国連軍と国際軍は同盟を結んだ。

中国中央国同盟に対抗するために。


私とイレミは一ヵ月後の戦争に備えて、対ヴィナ兵器と対胸次郎兵器を共同で作成した。

夜も寝ないで仕様検討。私はイレミに胸次郎の仕様書を渡す。イレミは私にヴィナの基本マナ構造設計図をくれた。

私は魔法生物兵器。

イレミは化学魔法兵器。


本番で、うまく作用してくれるといいが…………


戦争の三日前。

私とイレミはベルギー、ブリュッセルに到達した。


手元に新作兵器を携えて。

「あたしは、ここで国際本部にいくよ。時空の隙間だしてよ」

「あれ?おまえ自力で出せるだろ」

「あのアーティファクトは陳にとられたままなのよ」

「しかたない。私もミーレにとられたままだし……ちょいと待ってくれ」

私は、ポケットからスマホを取り出し、いつものハッキングソフト「三分ハッキング」を立ち上げた。

「ありがと」

「とりあえず、胸次郎をしとめたら携帯電話で私に連絡してくれ。そのときまた会おう」

「緑太郎…………死なないでね………?」

「なにを言っている。私はアニメがある限り何度でも蘇る。その前にあちらの仕込みは終っているのか?」

「もう、ほとんど」

「戦争の九九パーセントは準備。残りの一パーセントが対戦。怠るなよ」

「魔法でも同じよ」

「実は科学でも同じだ」

スマホを使いリモート操作で時空の隙間をあける。

景色が崩れ、色がなくなり、音がなくなる。

時空の隙間がひらいた。

イレミは別れ際に私に質問をした。

「ねぇ?もし、ヴィナと胸次郎が元に戻ったら………あたしもあんたといっしょに住むことになるのかな?」

「仕方ないだろう。ヴィナと胸次郎は夫婦だからな。ヴィナの家族はおまえ。胸次郎の家族は私。なし崩し的にいっしょに住むことになるだろうな」

「あたしの………家族が増えるんだね。ちょっとうれしいな。じゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

「うん……すぐ帰ってくるよ!」

イレミは微笑んで魔法世界に旅立った。

いってらっしゃい………か。

初めて使う言葉だよなぁ。

他にも使ったことのない言葉は、おかえり ただいま いただきます ごちそうさま さようなら おはよう おやすみなさい。

胸次郎相手だと、あわただしくてこんな言葉は使わなかったしな。

胸次郎やヴィナではないが………

私にも、この戦争が終れば新しい家族ができる。もっと暖かい単語を使うようになる。

そのために死ぬわけにはいかん。そして、ヴィナも殺すわけにはいかない。

大丈夫。すべてやるべきことはやってある。

かかって来い陳。

昔の守るべきものがない私に負けていたお前が、守るべきものを見つけた私に勝てると思っているのか?

お手並み拝見とさせてもらおう。


戦争予定日


中国軍が現れた。ブリュッセルの町の川にもビルにもと道路にも全てを覆い隠すように人であふれる。ブリュッセルの美しい景色がみるみる人による単色の景色と変わる。

しかし、本当に来るとは思わなかったな。ミサイルも兵器も使わずに…………

すでに、ベルギーにいる人間はすべて退去させた。

ここがターゲットになると分かったときには、国連軍の本部を別のところに移している。

ここのビルはすでに「国連軍の建物だった」という意味しかない。

ただの象徴を壊したところで戦争の役にたつのだろうか?


半日が過ぎた。


中国軍は何も攻撃を仕掛けてこない。魔法世界の国際軍からもすべての攻撃を想定していろいろな兵器をいただいたのだが……

中国軍は何もせずただ、国連本部だった建物を取り囲んでいる。まるで、私の作戦を行って欲しいかのごとく。

もう、景色は何も見えない。三六〇度すべてが人でうまった。兵士達は何もすることなく待機をしている。

陳からの連絡も無い。


私は作戦を決行した。

核爆弾によるブリュッセル完全爆破。

ベルギーの全てを消した。

音、光、熱、土、家、緑、森、そして兵士のすべて消した。


私のいる場所は何も感じない。ボタンを押す前と押したあとの環境の変化は何も無い。

音も無い部屋でただボタンを押しただけだ。

私は地下にある巨大な核シェルターですべての業務を終えた。

こなした仕事はただ一つ。ボタンを押すことだけ。

ここで仕事をしている限り、戦場の感情は感じられない。ここは、人が数字でしか感じられなくなる場所だ。慈悲の心は生まれない。ここなら誰でも個人的な感情のまま人を殺せる。

結局、必要なのはボタンを押す僅かな力だけ。

だから、戦争は幼児でもできる。


私は、外の様子をモニターでのぞいた。

もう、さっきあったビルも公園も家も駅も無い。

ただの荒地。それしか見えない。中国軍は何もせずに消えた。


広大な荒地の中で何かがこちらに向かってきた。

ぼろぼろの鎖をまとった一人の女性。

ヴィナ。


核ですら、再生して復活するのか。知識として知っていたが、改めて見ると驚愕する。

本当に恐ろしいテクノロジーだ。イレミ……本当に世界を壊したかったんだな。

この性能を見るとその怨念がどれだけ深いものかよく分かる。

ヴィナは、私の場所を正確に把握したのか?

まっすぐと、私のいる方向に向かってくるな。

ある程度、近づかれると瞬間移動されてヴィナに殺される。

そして、どんな兵器でもヴィナには無効だ。砕こうか毒だろうが核だろうが問答無用で再生される。

しかし、陳の部隊がここまで簡単に撃退できるとは思わなかったな。

だが、ヴィナは単体で陳の部隊の戦闘能力をはるかに上回る。とりあえず、嘆きも悲しみも後悔もすべて戦争が終ってから。今は、ただ勝利という目的で感情を捨てないと必ず殺される。これからが、本当の勝負だ。昔のように、感情を捨てないと。

私は、核シェルターにあるすべての監視カメラを起動させた。

画像OK、音声OK。接続問題なし。その他……無事起動。


第一作戦開始

私は、核シェルターの扉を開けてヴィナをシェルターに招いた。

ヴィナは臆することなく堂々と入ってくる。

ヴィナの声がカメラ越しに聞こえる。

「緑くん?どこなの?なんで緑くんもヴィナの邪魔をするの?」

私はマイクでヴィナにメッセージを送る。

「ようこそ。ヴィナ。私の核シェルターにようこそ!」

「ヴィナはあなたとは話したくない。あなたもイレミちゃんと同じ外道だから」

「まぁ、そういわずこの核シェルターを楽しんでくれたまえ。案内を一人つけよう。驚きのプレゼントもある。楽しみにしてくれ」

ヴィナは聞き取れない言葉を喋ると私が見ていたカメラを壊した。

「バカにすんなぁ!!ヴィナはあなたからもイレミちゃんからも施しはうけないよ!!まっていて、ヴィナは緑くんを殺しにいくからぁ!!」


第一作戦終了。

第一作戦の目標はコミュニケーションをとること。

最悪の可能性は問答無用で核シェルター内で禁呪を使われることだった。

それをやられたら、私は死んだ。この設備には対魔法防御は無い。

ここから、一つでも疑われたら私の命は無い。騙す。騙しきる。一つでもミスは許されない。

私は違う監視カメラに切り替えた。


第二作戦。開始。

どこまでも、続く廊下。そして、多くの通路。

誰でも迷い、誰もが出られない核シェルター。二〇世紀の昔から核戦争に備えて少しずつ少しずつ増設された。ヴィナは、その中で闇雲に私を探している。

そんな中、出来損ないのロボットがヴィナの前に現れた。

ヴィナは足を止めてロボットに問いかける。


「アナタは誰なの?」

「ワタシハ、タダノ、アンナイニン。アナタニ、ミテモライタイ、セツビ、プレゼント、アリマス」

「ヴィナに見てもらいたい設備?」

「ハイ、ソウデス。ミテモラエマスカ?」

「……いいよ。どうせ、緑くんの場所分からないし」

「コレハ、ワタシカラ、アナタヘ、オクリモノ」

ロボットはヴィナに贈り物を渡した。

それは、ヴィナの村の秘宝だったダイヤモンド。

「ねぇ!!なんで、アナタがこれを持っているの!!イレミちゃんがこれを遊び半分に燃やしたはずなのに!!!」

「ワタシニ、ツイテクル。スベテ、ワカルマス」

「本当?本当に分かるの?」


第二作戦終了。

ここでの目的はロボットを信用させること。

ちなみに、ロボットの声の主は私だ。

自立プログラムでも出来ないわけではないが、トラブルに弱い。

人をだますのは、やはり人でなければな。

当然、あのダイヤは偽者だ。イレミの話で私が正確に復元した。

最悪の事態は、ロボットの話を聞かれる前に壊されること。

そうなると、次の施設への誘導ができなくなる。

少しずつ、少しずつ、信用を高めないと。私ではなくロボットの信用を。


第三作戦開始。

ロボットは多くの道を迷うことなく大きな部屋にヴィナを連れて行く。

ヴィナはロボットに話しかける。

「あなたは、いつからここにいるの?」

「ズット、ムカシ、カラ。ココハ、マヨイヤスイ、カラ」

「さびしくない?」

「ロボット、カンジョウ、ナイ」

「ねぇ、これが終ったら、ヴィナとここでないかな?」

「ダメ、ココ、アンナイニン、ヒツヨウ」

「そう?なら、遊びに来るからね」

ロボットはヴィナの問いかけに応じずに次の部屋にヴィナを案内する。

沢山のカプセルがこの部屋に並んでいる。

「なんなの?この部屋は?棺おけみたいのが沢山…………」

「カプセル、イイマス。ノゾイテ、クダサイ」

ヴィナは言われたようにカプセルを覗いた。

そのとたん、ヴィナは叫ぶ。

「お父さん?お父さんお父さんお父さんお父さん!!!なんで…………ヴィナがたべちゃったのに!」

ヴィナは、他のカプセルを覗いた。

「お母さん………お母さん…………お母さんまで…………」

すべてのカプセルを覗いたヴィナ。あまりのことで気が動転している

ヴィナのいた村人全員、ここのカプセルに眠っていたからだ。

「みんな……みんな、なんでこんなところで寝ているの?」

「ソレガ、カガク。シンダモノ。ヨミガエル。ナンドデモ」

「でも……でも、ヴィナの一番大切な弟がいないよ!」

「カプセル、ナカノヒト、マダ、シンデル。キノウ、ヒトリ、イキカエッタ」

「まさか…………ヴィッカ……生きているの?確かに、ヴィナもお父さんもお母さんもみんなでヴィッカ食べちゃったのに…………生きているの?」

「ツイテクル。アワセル」


第三作戦終了。

ここまでくれば作戦は九割成功した。

科学が人を生き返すという言葉を入れるかどうか少し悩んだ。

普通に考えて、科学は万能から程遠い。知識があればウソはばれる。しかし、ちょっと前の私は魔法が万能と思っていた。知れば知るほど、万能から程遠いことを知る。知らない技術は人に夢を与える。ヴィナは科学を知らないだろうと考えた。

そう、知らなければ人は夢を信じるのだ。

もちろん、ここの人は生き返らない。中のカプセルは精巧に作った人形である。覗き窓のピントをゆがめて人形とは気がつかれないように工夫した。

さて、最後だ。ここでミスるとすべて台無しになる。


第四作戦開始。

ロボットは最後の部屋まで案内した。

「ココニ、イル」

「ねぇ、早く!早くあわせて!!お願いだから早く………」

ロボットは部屋を空けた。

ヴィナはロボットを押しのけて部屋に入る。

部屋の中では、一人の少年が部屋で本を読んでいた。

少年はヴィナを見ると、驚いたような顔をしている。

その少年は一言

「ヴィナおねぇちゃん?」

と、一言ヴィナに聞いた。

ヴィナは、そのまま少年に向かって走り出してそのまま抱きついた。


「良かった。生き返ったんだね。科学で生き返ったんだね。もう離さない。絶対に離さない。どんなことをあっても離さない。ねぇ、ヴィッカごめんね。ねぇちゃんがダメダメでごめんね」

少年は何も話さない。そして、少年の体から一つの針が出てきてヴィナの体をさした。

ヴィナが顔をしかめる。

「うっ…………!ヴィッカ?なにをするの?」

第四作戦終了。


ヴィナ。お前はもう詰まれている。

ヴィッカは人形だ。本当に精巧に作った人形だ。

それを、イレミの魔法で僅かに動かしただけ。

本当の目的は、ヴィナにこの兵器の卵を植えつけることだ。

この兵器はマナを無限に吸い取る寄生虫の卵だ。

この世の生物で寄生虫のいない動物はいない。いたとしたら寄生虫くらいなものだ。

イレミにいろんな召還獣を徹底的に召還してもらいそのフンを採取。

十日間、フンを採取し続けた。そして、マナ吸収型の寄生虫を見つけ出すと今度はブタの寄生虫の遺伝子にマナを吸収する遺伝子を組み込んだ。

ブタの寄生虫。それはイスラム教徒がブタを食べなくなったくらいに恐ろしい寄生虫。

それは、人の養分を吸って、人の体の中で無限に増殖を始める。

この兵器は、人のマナを吸って、人の中で無限に増殖する。

もう、魔法は使わせないぞ。ヴィナ。

ちなみに、イレミの持っている対胸次郎兵器は金属がん細胞。

一分子の有機金属化合物で特定の魔方陣を作り出す。その魔方陣には増殖と吸収の意味がこめられている。体にある金属に取り込んで徹底的に増殖。転移する。

胸次郎の体には多くの金属が埋め込まれているので、それらがすべて生身の部分を食い散らかす。そして、全身に転移する。

私は、ヴィナのいる部屋に向かった。

部屋に入ると、すでに多くの虫でヴィナの体は取りかこまれていた。

私はヴィナに言葉をかけた。

「チェックメイトだ。ヴィナ。マナを開放するな。食われるぞ」

ヴィナは、人形を抱きながら泣いている。そして、かすれた声で私にいった。

「弟が生きているというのは………ウソなの?」

「そうだ。科学でも魔法でも死んでいる人はよみがえらない。これは真理だ」

「違う!!!ヴィッカは生きている!!みんな生きているんだ!!」

ヴィナの周りが光だしよく分からない言葉を唱える。

「ヴィナ!!やめろ!!!食われるだけだ!!」

「何もかも!何もかもきえちゃえぇぇぇぇ!!!」


ヴィナが魔法を解き放とうとすると、ヴィナの周りの虫たちが十倍以上に膨れ上がった。

たちまち、魔法がすべて四散した。

ヴィナはがっくりとひざから落ちた

「うう…………わぁぁぁぁ………………!!」

ヴィナの泣き声だけがこだまする。


任務終了。


私は国連軍に頼んでヴィナを静かな部屋まで運んでもらった。

ヴィナは、誰とも口を利かずにただただ泣いている。

私はヴィナの部屋までヴィナを見送った。

ヴィナが行った後には、沢山の虫が落ちている。

………これをヴィナの体から除去するのは大変だ。

かなりの時間、リハビリすることになるだろうな。

体はともかく、心のほうもかなりの傷を負っている。

あれしか方法がなかったとはいえ、やっているほうも気持ちがいいものでいない。

イレミのほうはどうなっているだろうか。

私はイレミに電話をかけた。

プルルルルルルル…………


「はい、もしもしイレミよ」

「私だ。緑太郎だ。こちらは終ったからすぐに援護にいける」

「あたしも、今終ったよ。やっぱり………人の心をもてあそぶのはあまり気持ちの良いことではないね…………」

イレミも、胸次郎に対して私と同じ行為を行った。

聖地の禁呪でミーレ軍を滅ぼす。残った胸次郎を村人の幻影を見せ続けながら、胸次郎の妹のところまでおびき寄せる。

そして、その妹で魔法化学兵器を仕掛ける。

こういう人の心につけいることは昔のイレミの得意技。そして、昔の私の得意技。

「ああ……昔は、人をだますことしか楽しみがなかったのにな。今は、心地悪さだけが残る」

「うん……でも、少しおかしいのよ」

「おかしい?」

「ミーレが………あのミーレが何も手を打たずに全滅するなんて………」

「陳もだ。なんであいつは何もしなかったんだ。核爆弾が無数に仕掛けてあることくらい分かるはず」

「最初から、こうなることを望んでいたとしか思えないよ……」

「胸次郎はどうなった?」

「大丈夫。命には別状はないわ。ただ、あのがん細胞を摘出するのはかなり大変そう。それに……胸次郎はかなり心に傷をおっているよ……」

「ヴィナも同じ状況だ。今は、正直見守ることくらいしかできない」

「そうね…………」


徹底的な勝利。すでに中国と共亜国には、人はいない。

世界の人口の半分を占めていた国はすでになくなった。

国連と国際は陳とミーレを指名手配とした。

科学世界と魔法世界の平和的な交渉を妨げたのは、陳とミーレだったということになり、戦争は終った。

国連が、科学世界を代表するように一つの連邦国となり、国際が魔法世界を代表するように一つの連邦国になった。双方の連邦国は友好条約と通商条約など平和に向けていろいろな政策を打ち出すことが決まった。

残りの人口、魔法世界三億人。科学世界十億人。

汚染地域多数。再起不能地域多数。

もう、だいぶ人は減った。

しかし、これで人類の歴史は途切れることなくつむがれる。

科学は魔法により汎用性が増し、魔法は科学の力でより機能的になり、資源、マナの問題そのものが解決されるはずだ。

私と胸次郎とイレミとヴィナはいっしょに住むことをきめた。

ヴィナの虫は私とイレミが共同でやらないと駆除はできないし、胸次郎の金属がんも私とイレミの共同の技術が必要だ。

しかし、ヴィナは今回の件のせいで私に心を開くことはなかった。

胸次郎もイレミに心を開くことはなかった。

そして、胸次郎が私に抱いている殺意も変わらず、ヴィナがイレミに抱えている殺意も変わらない。

ヴィナと胸次郎は殺し合いをしてしまったので、会話を拒否している状態だ。

話をするのは、私とイレミ。

しかし、明るい話題はない。


第三章完





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