陰陽師
月明かりが、城下町を明るく照らす。
「十六夜…」
瞬は一人つぶやく。
(昨日は、結局見つけられなかった…)
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
昨晩―――
「匂い…こっち…」
白虎を先頭に、ついていく翔たち。
カサッ―――――――
屋根の上を走る瞬の耳に、人間なら聞こえないような、ほかの妖なら絶対に気付かないような、小さな音が聞こえた。
「誰だ!?」
瞬が立ち止まり、一点を見据え構えをとる。
瞬の行動に一同もまわりを警戒し、それぞれ構えた。
「さすがは妖。――――あんな小さな音でも感づいたか」
一組の男女が、瞬の見据えるところから出てきた。
「何者だ!」
炎龍が瞬を背後に庇う形で、一歩前に出る。
「お前たち妖の天敵…といえば分かるか?」
「…陰陽師か」
瞬がつぶやいた。
「ご名答。
―――――本来なら、すぐに滅したいところなんだが…」
男が語尾を濁す。
「辻斬りか」
「…ご名答。奴はおそらくもうすぐ―――」
「修羅の妖となるだろうね」
瞬が男が言う前に、そう言った。
「ほう…ということはお前たちも辻斬りを追っているのか?」
「まぁ、ね。仲間が何人か殺されちゃったからね…」
「…意外だな。妖にも仲間を思いやる心を持ったやつがいるんだな」
ふんっ、と鼻を鳴らす男。
と、次の瞬間!
「!!」
男が声にならない悲鳴を上げた。
獣のような耳を持った女が、男の首にクナイをあてた。
そのクナイは、男が少しでも動けば確実に血があふれ出すほどにまで、密着させている。
「…調子に乗るなよ人間。我らの主を侮辱する奴は誰であろうと許さん!」
ものすごい殺気をほとばしらせながら、女は言う。
「やめて、猫娘」
「しかし…」
瞬が猫娘にそっと微笑む。
「主がそういうなら…」
クナイをどけ、瞬の後ろへと戻る猫娘。
「さて…」
おもむろに口を開く陰陽師。
ふぅ――――――――――――――――――
口に銜えていた、キセルの煙を吐きだす瞬。
「妖の主…お前に少し、話がある」
「何?」
瞬が男を見据える。
「…辻斬りを倒すのに、お前ら妖の力を貸してくれ」
男の言葉に、衝撃が走る。
「ちょっと、兄様!いくらなんでもそれは―――!!」
沈黙を決め込んでいた、隣の女が口を開いた。
「何で妖が人間に手を貸さねぇといけねぇんだよ!!」
炎龍が激しく抗議する。
激しい言い合いが続く。
その論争を止めたのは、瞬だった。
「いいよ。――――――陰陽師、君たちに協力してあげる」
「ちょっ、いいの!?」
砂雪が抗議する。
「こちらが出す条件を、呑めるのなら、ね」
不敵に微笑む瞬。
((うっわぁ…瞬ってば腹黒いの全開だぁ…))
妖たち全員が心の中でそう思った。
もちろん口には出さなかったが。
「で、どうする?陰陽師」
「…内容にもよる…」
「そうこないとね」
さらに笑みを深くする瞬。
「まず一つ、むやみやたらに何もしていない妖を滅さないで」
「…心がける…」
「してね」
「…分かった」
瞬が男を完全に圧倒する形で、交渉が進んでいく。
交渉というよりは、命令に近いものだが。
「二つ目、妖たちをもっと利用してあげて」
「…というと?」
男が訳がわからない、といったような顔で瞬に問う。
「今回のこの辻斬りにしてもそうだけど…。
妖たちは闇に巣食う者、ていうのは知ってるよね?
情報収集も得意だし、戦闘や傷の治療を得意とする奴もいる」
瞬が男を見据える。
「…そんな奴らを、ある程度の範囲の規律を作り、利用しろ…ということか?」
無言で頷く瞬。
「この二つを守れるって言うのなら、今回だけでなく、さっきも言ったようにこれから先も協力してあげるよ」
考え込む男。
「十数えるから、その間に決めてね。それ以上は待たないよ?」
「十」
瞬のカウントダウンが始まる。
「九」
皆が息を飲む中、男が必死に考える。
「八」
「七」
「六」
「五」
(残り五秒をきった!――――――兄様…早く!!)
「四」
「三」
「二」
「一」
最後の数が読まれた。
「さぁ、陰陽師。答えを聞こうかな?」
不敵に微笑む瞬。
「…分かった…いいだろう。その条件を受け入れよう」
「交渉成立だね」
キセルの煙を吐き出す瞬。
「僕のことは、そうだね~…。瞬でいいよ。みんなそう呼んでるし?
―――――――君は?」
「久遠翔だ」
瞬が、ほぅ、と言った。
誰にも聞こえなかったが。
男が一歩後ろに控える女に目をやる。
「私は妹の、愛と申します。」
ぺこり、と頭を下げる愛。
「さて、自己紹介も済んだことだし…辻斬りを捕まえに動かないとね~」
と、瞬が言い終わった頃に、ちょうど空が明るくなり始めた。
「朝だ…」
白虎がつぶやいた。
「残念、僕らは昼間動けないんだよね~」
肩をすくめ、形だけは詫びる瞬。
「承知している」
「なら話は早いね~。
――――――――んじゃまた、今晩にでも~」
そう瞬が言い残すと、風と共に妖たちは消えていた…。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
「よかったのですか、兄様」
愛が翔に問う。
「あぁ。こちらにも利があった…問題ない」
そういうと翔は、愛の頭を乱暴に撫でた。
「子供扱いしないで下さい!!」
頬を朱に染め、むくれる愛。
「俺たちも一度戻ろう」
翔がそういうと、無言で愛が頷き、帰路についた。