妖と人
「ただいま」
瞬が屋敷の扉を開けると、そこには一人の少年が立っていた。
「おかえり…瞬…」
そう言うとなぜか頬を赤らめて、屋敷の奥へと少年は、逃げるように走り去っていった。
「ひゅ~、瞬はモテモテだな」
「炎龍…白虎はただ恥ずかしがっているだけだと、思うんだけど…?」
気にしねぇ~、と言い残し炎龍も屋敷の奥へと入って行った。
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大広間の襖を開けると、案の定妖怪たちが真昼間だというのに、ドンチャン騒いでいた。
(…昼間から…頭痛が…)
目頭をおさえる瞬。
「いい加減なれたらどう?」
酒瓶を片手に持ちながら言う女。
「僕的には慣れたくないなぁ~。慣れた、って言う砂雪がすごいと思うよ~…」
苦笑いする雪女の砂雪。
その顔は酒のせいか少し赤みを帯びている。
「もう十年か…早いわね…瞬も今年で十七になるのね…」
感慨深そうにつぶやく砂雪。
「僕はもう人じゃないからね~…。しばらく死ぬことはないだろうし、そんなことを十年立つ度に言ってたら疲れるんじゃない~?」
微笑む砂雪の顔は、とてもうれしそうだった。
「ねぇ、砂雪」
「なぁに~?」
「突然だけど、質問して良い~?」
砂雪が目をパチクリ、と瞬きする。
「いいわよ~、瞬の質問だもの」
「ありがとう。
―――――僕って、なんていう生き物の種類になるのか、分かる?」
「種類~?う~ん…。存在名称なら、分かるわよ?」
瞬が苦笑する。
「それなら、僕も知ってるよ~。
―――――“妖遠の妖”、でしょ?」
「ふふふ。正解~」
(砂雪、うれしそうだ)
心の中で瞬は、素直にそう思った。
そして、
(やっぱり、みんな分からないよね~)
と、思った。
「瞬、帰ってたのか」
上座に座る大きな狼の妖が言った。
「あぁ、ただいま氷狼様」
にこやかに返す瞬。
頷き返す氷狼。
そんな軽い挨拶を済まし、さらに奥へと瞬は入っていった。
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「にしても」
部屋の奥では相変わらず、妖怪が飲んだくれていた。
(まだ、日が出てるってのに…ったく…はぁ…)
瞬は心の中で人知れずため息をついた。
「いいじゃないか、仕事も今はないんだし」
酒を飲みながら言う青年。
「水龍…何があったんだ…?」
足元で酒瓶をあおる水龍に目をやる瞬。
「何って、見ての通りとしか言いようがない…」
上半身をさらけ出した状態で、酒瓶をあおっている水龍。
「そう…。どんまい…」
水龍から目を逸らす瞬。
「ったく…なんだって俺がこんな格好をとさせられんだ…?」
「水龍、とりあえず袴をきちっと着ようよ~」
ったく、とぶつぶつ言いながら袴をただす水龍。
他の妖怪たちも水龍と似たような格好で酒を飲んでいた。
「さて、全員聞いて欲しいんだけど…?」
瞬が話し始めたとたんに、その場の妖怪たちが酒を飲む手を止め、瞬のほうを見た。
「城下の辻斬りが、ついに僕たちの仲間にも手を出してきちゃったみたい~」
ザワザワ――――――
ざわめく妖怪たち。
人間の分際で…
俺たちに勝とうなんざ百年早いんだよ
と、口々につぶやく妖怪もいる。
「それもあって、城下の仲間たちから、正式な仕事の依頼がきたの」
この屋敷に巣食う妖たちは、毎晩遊んでいるわけではない。
仕事というのは、城下町に住まう妖怪たちの依頼に応じて行う、いわゆる何でも屋だ。
遊んでいる日の方が圧倒的に多いのは、否定しないが…。
それは、ほぼ間違いなく先代たちのせいだろう。
先代たち…つまりは、瞬の両親は、生きてはいるが現在屋敷には、いない。
理由は、単純明快。
隠居という名の、遊び呆ける旅に出ているからだ。
瞬が幼い頃から、その旅に出ており、瞬も昔はよく付いて行っていた。
ここ数年は、修行やら何やらで行っていなかったのだが。
一度の旅で何処まで、どれくらい行くのかは、彼らの完全なる気分しだいだ。
故に、先代たちはいない。
故に、先代たちを見本とした妖たちが、今ここに居る、というわけだ。
話を戻そう。
何日かに一度、城下町に住む妖怪たちからの依頼がくる。
『人間が俺らを苛めてくる!助けてくれ!』
など内容はさまざまだが、人間を懲らしめてくれというような依頼がくる。
そんな仕事をこの屋敷の妖たちは、主に生業としている。
人間だからといってむやみやたらに殺すと、瞬に逆に殺されるし、殺さないでおくとまたやる阿呆もいる。
見極めが大切な仕事なのだ。
そんな見極めをし、人間と妖怪の微妙な均衡を保たせるのが、その間の存在である“妖遠の妖”の役割であり、責務だ。
そして、妖羅という妖を従える陰陽師の称号を持つ瞬は、妖と人間の間の存在でありながら式神を操り、妖の主であるため、妖羅として妖すらも容易に操ることが出来る。
そんな瞬は…妖遠の妖たちは、常に妖と人間を平等に見なければならない。
黙って瞬の話を聞く妖怪たち。
「今夜、そいつを討とうと、思う」
先程までとは違う、張り詰めた空気をだす瞬。
「確か一ヶ月程前から、盛んになったやつだったよな」
あくまで、確かめるように言う炎龍。
「ワシの調べだと、ここ一ヶ月で約四十人以上の人間を殺している」
ずいぶん前から噂されていたのか、次々に調査結果を報告する妖たち。
その中で瞬の耳に、ひっかかる言葉が聞こえた。
「そいつの手口がまたひどいんっすよ…。首を刎ねたり、体の一部を切り落としたり…」
「それは本当か、煉」
無言で頷く茶髪の青年。
あどけなさの残るその顔には、不釣り合いな角が二本頭から生えていた。
「…よし――――用意をしとけよ、お前ら」
頷きそれぞれ散っていく妖怪たち。
「分かった、今ここにいない奴にも伝えておく。
―――――お前も用意をしてこい、瞬」
「うん」
瞬はそう短く答えると、大広間を出た。