人間
城下では、神なるものが庶民に強く根づき、強く信仰されていた。
神に祈れば叶うのだ…と。
庶民の中には、厳しい生活を送っているものがたくさんいる。
しかし、御上がそれを許すはずがなかった。
信仰は、将軍に向けるもの。
神などという“まやかし”の存在のせいで、将軍の地位が危ういがために、規則で縛られるようになった。
信仰したものには、罰則を。
そうすることで、信者を減らそうと御上は動き出していた…。
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「…母様、神様っているの?」
幼い子供が小さな声で母親に聞いた。
「しぃー!そんなこと、今口にしてはいけません!!」
母親は人差し指を口元に当て、小さな声で子供を叱った。
「ごめんなさい…」
素直に謝る子供。そして、そんな子供をそっと抱く母親。
「いい子ね…もう少しの辛抱だから…ね?」
子供は、母親の言葉に小さく頷いた。
二人は今、『絵踏み』という神の書かれた絵を踏むために、役人たちの指示の元、列に並んでいる。
「おい、女とガキ」
背後から急に声をかけられた二人は驚いた。
「何でしょうか、お役人様」
落ち着いた口調で答える母親。
「今、神がどうとか言っていたな?」
「いいえ、そんなことは一言も申しておりません」
あくまで白を切る母親。
「いいや、言った。少なくとも俺にはそう聞こえた。よって、お前らを死刑とする」
「そんな!!私たちはそんなことは一言も申しておりません!!」
そんなことは知らない、と言い刀を抜く役人。
「ま、待って下さい!!どうか、この子だけはお許し下さい!!」
土下座して許しを請う母親を「邪魔だ、ドケ!!」と言い蹴り飛ばした。
「母様!!」
母親に近づこうとする子供の前に、役人が立ちふさがる。
「…誰か、私…の子供、を助け…て」
地面にひれ伏し、涙を流しながら言う母親。
だが役人を恐れてか、誰も助けようとしない。
目を逸らし、足早に逃げる者さえもいた。
「いいかぁ、ガキぃ。これは、お前を殺すための道具だ、わかるよなぁ?」
「あ、…あぁ…あぁあ…」
恐怖で声にならない叫びをあげる子供。
逃げようとするが、恐怖で足がすくんで動けない。
「ひっひっひ。あぁ、こわいよなぁ!!もうすぐ自分が死ぬってんだからなぁ!!」
一人酔いしれる役人。
刀を舐め、不気味な光を帯び始める刀。
「なんてひどいことを…アレが役人のすることなのか…」
うなだれる町人。
「悪名高い役人だ。
確か…相模大二郎だったか?」
うなだれるが、誰も助けに行こうとはしない。
「運がなかったんだ…」
やはり、自分の命が大切なのだ。
「運が悪かったなガキ!この俺、相模大二郎の名を冥土の土産に持っていきな!!」
名乗りながら、下品に笑う相模。
「死ねぇ――――!!」
という役人の雄たけびと共に刀が振り下ろされていく。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!」
緊迫した空気に母親の悲鳴が、町一帯に響き渡る。
その光景に目を伏せる町人たち。
「あんな小さな子供が何をしたって言うんだ…」
次に口を開いたのは母親だった。
「…あの子が、殺された…?…い、いや…嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
顔を抱えながら泣く母親。
「なっ!」
驚きの声を上げる相模。
それもそのはず。
男の振り下ろした刀は、子供に届いていなかった。
二人の間に割り込んだ男が、両手で振り下ろされた刀を、片手で受け止めていたからだ。
しかも、その男の手は手甲というには、あまりにも薄い布をはめた手で止めていた。
「て、てめぇは何者だ!!」
建物の影のせいで、男の顔がよく見えない。
「何者だって聞いてんだよ!」
男は吸っていたキセルの煙をはいた。
フゥ――――――――
月明かりが、男の顔を照らし出す。
相模の顔が明らかに青ざめていく。
「お、お前は…!!」
相模は何か言おうとした。
が、男の声にさえぎられた。
「うせろ、目障りだ」
男は役人の刀を握ったまま、相模の腹に膝蹴りをかました。
「グァッ!!」
なすすべもなく、その場に崩れ落ちる相模。
男は目障りな奴は消えた。用なし。
とふんだのか、何も言わずにその場から立ち去っていった。
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「久しぶり、瞬クン」
瞬は背後から急に声をかけられた。
振り返るとそこには一人の少女がいた。
「久しぶり、お夏ちゃん」
「三年ぶりかな?懐かしいなぁ」
「そうだね~…」
笑顔で答える瞬。
が、その笑顔には「用がないのなら話しかけるな」としっかりかかれていた。
「私ね、今そこの食堂で働いているの。君は?」
「うん、まあ、それなりにやってるよ」
(世間話しにきたのかな~)
「え~何それ。教えてよ」
苦笑いを浮かべる瞬。
隠す気すら起きない。
(早くここから立ち去りたいんだけどね…)
「あ、いたいた。こんなとこで何してんだよ、瞬」
話に割り込んできてくれたのは、一人の大柄な男だった。
「ったく、ちょっと休憩入れてくるって行ってから、どれだけ経ってると思ってるんだよ!」
「ごめんね、昔の知り合いに会って、会話に華を咲かせてたんだよ~」
(ぐっどタイミングだ、炎龍…!)
「ったく、帰るぞ瞬」
そういうと瞬の腕をつかんで、引っ張っていこうとする炎龍。
「まぁ、そういうことだから。じゃ」
炎龍の手を振り払うと瞬は、炎龍に続いて人ごみの中へと消えていった。
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「ったく、相変わらず人間に関わりやがって」
ぼやく炎龍。
「いいだろ~別に。元は人間だし~?
ていうか、一応人間の血が流れてるんだけど、僕。
それに、さっきのは向こうから話しかけてきたんだよ?」
「元、な。一応、な今はもう妖だってことを忘れんなよ」
言葉を詰まらせる瞬。
「なぁ、炎龍」
急に立ち止まる瞬。
「なんだよ、急に立ち止まったりして」
頭の後ろで腕を組みながら、振り返る炎龍。
「僕はなんていう名前…種類の生き物なんだろう」
真顔で瞬の顔をのぞく炎龍。
「お前…頭でも打ったか?」
ブチッ―――――
何かが切れる音がした。
はぁ―――――――――
長いため息をもらす瞬。
「…うん。お前に聞いた僕が悪かったね~」
そうつぶやくと家へ、別名『妖が巣食う屋敷』へと帰るべく、とまった足を動かしはじめた。
「おい!」
炎龍が後ろから怒鳴っている。
「どういう意味だ、そりゃ!!」
「そのままの意味だよ~」
そっけなく返す瞬。
(屋敷に帰ったら、砂雪にでも聞くか…)
後ろではまだ何か炎龍が言っている。
(無視無視…)
そう心の中で言うと、瞬はそのまま足早に城下をあとにした。